表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

超駆逐艦 強風

 朝目覚めるとパットは桜花の横で、何故か半裸で静かな寝息を立てていた。そっとベッドから抜け出し居間に行くと、全次郎はソファーで浅田目は床でうつ伏せになり豪快に寝ている。


「全く……生き倒れみたい」


 溜息を付いた桜花は朝食の準備を始めた。そして、テレビを点けた瞬間固まった。


「おじいちゃん……」


 そこには錬太郎がアップで映っていた。


「お父さんっ、平蔵おじちゃん起きてっ!」


 悲鳴の様に叫んだ桜花は、二人を激しく揺り起こした。


「なんだ……朝メシか?……」


 全次郎は寝ぼけナマコ、否、マナコで桜花を見た。


「わし……お年頃、低血圧……」


 浅田目は更にふざけた寝言を言って、ボリボリと尻を掻く。


「どないしたん桜花? 朝っぱらから大声出して」


 ボサボサ頭の寝乱れたままのパットも、欠伸しながら居間にやって来た。


「テレビ見て、おじいちゃんが!」


 桜花の指差す画面には、確かに戦闘艦の甲板に立ち腕組みする錬太郎が映っていた。その周囲は海上自衛隊の艦艇に包囲され、空には報道を含めた多くのヘリコプターが浮かんでいた。


「親父の奴、何で軍艦なんかに?」


 やっと起きた全次郎は不思議そうに画面を見た。しかし、あまり驚いてる様子は無く、桜花は冷や汗を流し愛想笑いする。台風の接近で、白立つ波は艦艇を叩き現実の映像ではない印象を与えている。


「戦争の映画みたい……でも何か小さい船ね」


 桜花は不思議な感じがして呟いた。


「ありゃ、大昔の駆逐艦じゃな」


 寝ぼけマナコの浅田目は欠伸と一緒に言った。確かに錬太郎の艦は、他の護衛艦と比べれば遥かに小さい。


「何でそんなもんに乗ってんねん?」


 パットも欠伸しながら頭を掻いた。


「俺が知るかよぉ~」


 パットの欠伸が移った全次郎は更に大きな欠伸で、他人事みたいに呟いた。


「ゼカヨツ……どういう意味なのかな?」


 舷側に書かれたカタカナに、首を傾げた桜花は浅田目を見る。


「昔は正面から見て、右から読んだんじゃよ。即ち”ツヨカゼ”じゃ」


「強風……強そうな名前だね」


 何故か錬太郎らしい名前に感じた桜花は、画面の強風を見て微笑んだ。


「まあ、親父も見つかった事だし飯にしよう」


 全次郎は朝食の準備を促した。何か大変な事になってるのに、緊迫感のない言葉は桜花を呆れさせた。当然パットも浅田目も平気な顔でお膳に座り、お預けされたワンコロみたいに朝ごはんを待っている。


「へいへい……」


 テレビに見はまる三人を尻目に、仕方なく朝食の準備を続けた桜花だった。 何時もと変わらない平穏な朝食が済むと、インターホンが鳴った。


「誰か、出ろよ」


 まだテレビに釘付けの全次郎は、寝転んだまま言う。


「ほいほい、どうせ私でしょ」


 動きそうもないパットと浅田目に、桜花は独り言みたいに呟いた。


_________________



「財前錬太郎さんのお宅ですか?」


 玄関には人相の悪い二人の男が立っていた。


「生憎、祖父は留守です……テレビ、見ました?」


 桜花の返答にも、男達は顔色を変えなかった。


「公安の桜井です」


「海上自衛隊の鷲尾です」


 大男の方は桜井と名乗り、小柄で目の鋭い男は鷲尾と名乗った。


「お父さん、公安と海上自衛隊の人……」


 桜花の声に、全次郎は面倒そうにゆっくりと玄関に向かった。


「公安や海自がウチに何の用です?」


「息子さんですね、事件はご存知ですか?」


桜井は全次郎の表情から、何かを探ろうとしているみたいに言葉に含みを持たせた。


「まあ、朝から全国放送でやってますからね」


 身に覚えのない全次郎だったが、桜井の雰囲気には少し気分が悪かった。


「艦形は第二次大戦中の我が国の駆逐艦に似ています。しかし、機関などは最新型にも匹敵するものが搭載されてる模様ですし、ミサイルの発射口も確認されてます」


 鷲尾も全次郎の目から視線を外さない。


「それが何か?」


 呆れた様な仕草で全次郎は呟いた。


「つまり、外見は旧式艦だが、中身は最新鋭の艦と遜色はないのです」


 鷲尾は強い口調で言った。


「そんな大層な船で、親父が何かするって言うんですかね?」

 

 全次郎も語尾を強めた、そのまんまじゃねえかと心で呟きながら。


「既にしています」

 

 今度は桜井が視線に力を込める。


「何を?」


「武装している艦船で、日本の領海内を航行している。明らかな敵対行為です」


 鷲尾は全次郎に詰め寄ろうとした、それを視線で制した桜井は何か言おうとしたが言葉を飲み込んだ。


「まあ、レジャーボートには見えないですけどね」


 明らかに敵意を示す二人に対し、全次郎は平然と言った。


「どないしたん、全次郎?」


「騒がしぃのう」


 玄関にパットと浅田目がやって来た。


「これは浅田目博士にローゼンマイヤー女史」


 桜井は軽く会釈した。


「ワシ等の年代には、軍服は物騒に見えるのぅ」


 鷲尾の制服に、浅田目は眉をひそめた。


「あんたら、錬太郎を犯罪者扱いなんか?」


 パットは睨みながら腕組みをして壁に凭れた。その時、桜花の大声が響く。


「大変っ、おじいちゃんが!」



__________________



「連ちゃん、そろそろ始めるか?」


 猿田川は艦橋から声を掛けた。


「そろそろだな」


 振り向いた錬太郎は、波飛沫に目を細めながら呟く。


「ポンポン電波砲、目標捕捉」


 榎木林は大柄で丸い身体を更に丸め、老眼鏡を額に掛けるとサイトを覗き込む。髭だらけの顔は、遠目にはクマさんに見える。


「正やん、威力があり過ぎるのは困るぞ」


 横から小柄な猿田川が白髪だらけの長髪を掻き上げ、困った顔をした。連太郎達とは同級生のはずだが、童顔の猿田川は二人よりかなり若く見えた。


「半分以下の出力なら、たいしたことないだろ」


 艦橋に戻った錬太郎は、濡れた服を拭きながら言う。年齢を感じさせない長躯と、伸びた背筋、整えた髭は風格みたいな雰囲気を醸し出していた。


「まあ見とれ」


 自信満々の榎木林は、発射スイッチを押した。しかしヘリコプターに向かって照準していた電波砲は”ポン”というマヌケな発射音だった。


「音……情けないのぉ」


 猿田川は、悲しい顔で榎木林を見る。


「結構可愛いと思うんじゃけど……まあ、そんな物騒なモンじゃなく電磁波で電子部品を破壊するだけじゃからな」


 涼しい顔で榎木林は言った。


「墜落するぞ」


 錬太郎は変な音を出して降下するヘリコプターを指差した。


「直ぐには落ちん、なんとか護衛艦に着艦できるじゃろ。その後は使いもんにならんがの」


 平然と言った榎木林は次々に攻撃した。


「でも、なんか迫力ないのぅ」


 何となく猿田川は不満そうだった。


「まあ、今度考えるわい」


 また涼しい顔で榎木林は言った。


「あれで、最後だな。それじゃあ、機関全速と行こうか。岩ちゃん、ワクワク電探幻惑、開始」


 最後の撃墜を確認し、操舵システムの前に立った錬太郎は猿田川に言った。


「これ本当に効くんか?」


 システムを稼動させた猿田川は、また榎木林の方を見る。


「まあ、ステルスシステムとはチョット違うがの、レーダー波を反射しにくくするんじゃなくて、レーダー波自体を幻惑して、見えてるけど見えてない状態にするんじゃ」


 例によって、榎木林は涼しい顔だった。そして艦は、車の急発進みたいに速度を上げた。


「まあ、分かったような、分からんような……それより、なんちゅう加速じゃ」


 そこらへんに掴まった猿田川は変な声を上げた。


「護衛艦なんかにゃ追いつけまいて。追い付くなら、水中翼の水雷艇かなんかじゃないとな。しかしコイツの水素ガスタービンエンジンと高温超電導モーターは最高だな、しかもジェット噴射推進」


 嬉しそうな錬太郎は、更に速度を上げる。


「しかし、この舵の効きは何じゃ?」


 猿田川はその急旋回にまた声を上げた。


「ジェットボートと同じ原理だ。艦底から吸い込んだ海水を超高圧に圧縮し、それを船尾のノズルから放出する。ノズルの向きを変える事で自動車並の旋回性能も出る。しかもコイツの燃料は海水から無限に取れるエコの基本の水素だからな……燃やしても水が出るだけだ」


 錬太郎は得意そうに言う。


「環境に優しい戦闘艦ってのも微妙じゃな」


 榎木林は微妙な顔で錬太郎に振り向く。


「全くだ」


 錬太郎の笑顔は、波の彼方へ消えた。


「まだ哨戒機がおるぞ」


 窓から空を見上げた猿田川が、他人事みたいに言った。


「まあ、あれはレシプロじゃからな。ヘリより速いからのぅ……捕捉スピードを高モードにして、と……ほい捕まえた」


 榎木林は捕捉すると簡単に撃墜した。


「あれは護衛艦に着艦出来んやろ?」


 心配そうに墜落して行く哨戒機を見た猿田川だった。


「少し海が荒れちょるが、まあ海水浴じゃな……救命胴着ぐらい持っとるじゃろ、周りに船は沢山おるし」


 心配する猿田川をよそに、いつもの様に榎木林は平然と言う。


「そんじゃ逃げますか。戦闘機が接近して来た様だ、相手が速すぎてポンポン電波砲も補足が難しいからな」


「連ちゃん。前方にスコール」


「了解、進路を向ける」


 榎木林の声に、錬太郎は強風をスコールへと向けた。強風がスコールにに入ると、戦闘機のパイロットは目を疑った。


 確かに激しい雷雨で目標視認は困難だったが、ほんの数秒目を離した隙に、強風は視界からもレーダーからも忽然と消えた。


 連太郎達の旗艦”強風”は、全長60m、全幅7.2m、吃水なんと1.4mで、艦形は旧海軍の陽炎型駆逐艦と(なんとなく)似ていた。


 驚くべき事に、最大速力58ノット[水上]、航続距離[おおむね]無限大の性能を持っていた。兵装はポンポン電波砲一門、4連装魚雷発射装置一基、対空対艦ミサイル発射セル16基で、ワクワク電探幻惑システムを装備し、神出鬼没の超高性能艦だった。


 その他にもビックリドッキリの秘密兵器が存在するが、それは次第に明らかとなる。


_________________



 テレビの画面を見ていた全次郎達は驚いた。何もしてない様に見えるのに次々にヘリコプターは墜落した、そしてテレビの画面は突然ブラックアウトした。


 画面がスタジオに切り替わり、コメンテーターが言いたい放題議論して全次郎達も更に釘付けになった。


「桜井です……分りました」


 暫くして、部屋の隅で様子を見ていた桜井に連絡が入った。


「親父、どうなった?」


 全次郎は桜井に詰め寄った。


「あっさり逃げましたよ」


 呆れた様に呟いた桜井は鷲尾に目配せした、そして一礼すると帰って行った。


「さすが全ちゃん、あの様子じゃと榎木林も猿田川も一緒じゃろ」


 テレビはヘリコプターや哨戒機を撃墜した後、猛スピードで逃走し自衛隊は見失い、しかも負傷者は無かったと報道していた。


「ほんま、錬太郎どういうつもりなんやろ?」


 パットも呆れた様に呟いた。


「どうして二人がいると分るの?」


 浅田目の方を見た桜花は腕組みをする。


「分るわい、桜花の人生の四倍以上の付き合いだからのぅ」


 ニヤリと笑った浅田目だったが、その奥の気持ちは桜花にも微かに感じられた。


「でも、おじいちゃん……どうしてあんなこと……」


 桜花はそっと目を伏せた。


「心配か?」


 優しく桜花を見つめた浅田目だった。


「うん」


 桜花はそっと瞳を閉じた。


「大丈夫じゃよ、きっと訳がある」


 浅田目の言葉は優しかった。


「そうだね……」


 桜花の中に錬太郎の笑顔が溢れて、心のモヤモヤはゆっくり流れ落ちた。そして、元気が日の出みたいに優しく桜花を包み込んだ。


「一緒に行きたいんでしょ?」


 桜花は浅田目に微笑んだ。


「そんな事はない……それじゃあ、わし用事があるから」


 微笑返した浅田目は急ぐ様に帰って行った。その背中は明らかに嬉しそうだった。


「怪しいで……」


 パットは浅田目の背中に笑い掛ける。


「嫌な予感がするな……」


 苦笑いした全次郎だった。


「ほんならな」


「パットも帰るの?」


 帰ろうとするパットを桜花が呼び止めた。


「うちも急用や」


 慌てた様にパットも帰って行った。当然パットの背中からも嬉しさが溢れている。


「見え見えだな……桜花、あいつ等の口車に乗るなよ」


 呆れた様に呟いた全次郎は大きな溜息を付いた。そして桜花も二人の様子に大きな溜息を付いた。


「そうだね……」


 二人きりになり暫くすると、桜花は壁の錬太郎の写真に目をやった。


「おじいちゃん、どうしたいのかな?」


「さあな、昔から分らんよ」


 全次郎も写真を見た。


「どうして私の名前、桜花って付けたのかな? おじいちゃん」


「俺は反対したよ……でもな、母さんがな……」


「お母さんが?……」


「親父の親父、つまり俺のじいさんはロケット特攻兵器桜花の設計者の一人だったそうだ。そして親父の兄貴は一回り以上歳は離れてて、ロケット雷撃隊の隊員だったそうだよ。その兄貴は出撃の時、親父に言ったんだってさ……”俺は国の為でも、ましては自分の信念の為に行くんじゃない。お前や父さん、母さん。一番大切な家族を守る為に行く”……だから親父は、俺の名前を兄と同じ全次郎とし……お前を桜花と名付けた。特攻が是か非かと問われれば俺は非だと思う。でも体験してない者には本当の事は分からないし、語る資格も無いかもしれない。でもな、桜花はな、そんな時代の一瞬の中で一番大切な人を守る為の……絶望の中でも”輝く光”だったんだってさ……その話をな、お前がまだお腹にいる時に母さんは聞いて……桜花にしたいって言ったんだ」


 全次郎は言葉を噛み締め、丹念に紡ぐように話した。


「そうなんだ……」


 目を伏せた桜花の綺麗な瞳に涙が滲んだ。


「参るだろ?」


「ううん……」


 桜花は壁に掛かる家族の集合写真に目をやった。そして、そのすぐ横の母の写真も優しく笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ