絶望と希望の差
「通信やっ!」
パットから声が飛び、パネルに錬太郎が映し出された。
「成功だ、月着陸コースに乗った……誰だ? パスワード解析したのは?」
錬太郎は榎木林達三人に微笑んだ。
「全次郎じゃ」
「そうか……」
榎木林の言葉に、目を閉じた連太郎が静かに頷いた。
「錬ちゃん……」
浅田目は俯いた。
「平ちゃん、俯くな」
榎木林は浅田目の肩を抱き、猿田川はずっと頷いていた。
「おじいちゃんっ」
桜花はパネルの前で、流れる涙を拭おうともしなかった。
「桜花……ここから見る地球は本当に美しい。お前にも見せてやりたい」
錬太郎は優しい目で、桜花を見た。
「うん……」
無理して桜花は笑った。
「何で親父なんだ?……」
全次郎は錬太郎の顔が見れなかった、ただ俯いて声を絞り出す。
「誰かがやらねばならん」
錬太郎の声は優しかった。
「親父じゃなくても……」
全次郎の声は掠れた。
「全次郎……俺は桜花と……お前の為なら……大切な息子の為なら……」
錬太郎の声も少し掠れた。
「何でなんだよっ!」
錬太郎の言葉は桜花の言葉”おじいちゃん、お父さんの、お父さんなんだよ”と重なり激しく全次郎を揺さぶり、息が出来ない位に涙が溢れ、咽た。
「どうした全次郎?」
錬太郎の優しい言葉にも返答出来ない位に、全次郎は泣いた。パットは全次郎の涙に身を引き裂かれそうだった。自分でも震えが止まらず側の桜花を強く抱き締め、桜花もまたパットを強く抱き締め返した。
「しっかりしろ全次郎っ!」
急に錬太郎は声を上げた。全次郎はゆっくり顔を上げた。
「お前は俺の息子だ」
錬太郎は、また優しく笑った。
「……親父……」
声を絞り出した全次郎は、やっと錬太郎と目を合わせた。
「全次郎……後は任せた。地球を頼む……桜花の未来を頼む」
錬太郎は頭を下げた。その姿に全次郎の体の奥に、一筋の光が走った。
「……やるよ……今度は俺の番だ」
全次郎は真っ直ぐ錬太郎の目を見た。
「……その言葉が聞きたかった」
安堵した様な震える様な、錬太郎の声に全次郎は困惑した。初めてだった、父親が自分に対して弱い仕草を見せるなんて……。
「親父……」
「本当はな、俺だって怖いさ」
錬太郎はぎこちなく笑った。
「それなら……」
全次郎は今更ながら胸に激痛が走った。
「でもな……もう大丈夫だ」
錬太郎の声に力が増した。全次郎は言葉を失い、長い沈黙が周囲を支配する。しかし、全次郎は微かに震える連太郎の口元に、全身を貫かれる衝撃を感じた。
何もしないで親父を失うのか? 死ぬと分かっている父親を自分はただ見ているだけなのか? 震えだす身体、込み上げてくる怒りにも似た衝動、全次郎は腹の底から声を絞り出した。
「待てよ……たった一人を救えないで何が地球救助隊だ? 映画みたいにお涙頂戴で終わらせてたまるか! 俺の親父なんだ!」
「全次郎……」
浅田目が、そっと全次郎の肩に手を置くが全次郎はその手をそっと払って見詰めた。
「行く前から分かってたでしょ? 試作品のシャトルを使うなんて無理だって!」
「すまん、全次郎」
俯く榎木林や猿田川、本当は全次郎には分かっていた、連太郎が自分から言いだしたって事を。でも、我慢が出来なかった。腹の中の怒りや言いたい事を全て吐き出すと、最後に何かが出てきた。
「……そうだ、順番が違う……先に酸素を確保してから作業をすればいいんだ……地球救助隊は世界の英知の集まりなんでしょ?」
「前に科学番組で見たよ、月の砂には酸素が含まれてるって」
連太郎の笑顔が桜花の脳裏に浮かぶと、急に何かが閃き言葉に出した。その瞬間! 猿田川の脳裏に光が炸裂する。
「そうじゃ、レゴリスじゃ! 何で気付かんかった!」
連太郎から計画を打ち明けられた時、そのあまりの衝撃に生存より先の死に柔軟な思考や発想が支配され、猿田川を初め計画を知る者達全てがネガティブな闇に落ちていた。
「月にはヘリウム3がある! 電力もソーラーパネルで問題ない! 持って行った装備で装置が作れるか検証じゃ! 直ぐに他の支部にも協力要請じゃ!」
慌てて榎木林が他の支部に連絡する。
「アメリカの支部にレゴリスのストックがある! 直ぐに検証実験じゃ!」
猿田川も大慌てで立ち上がる。
「それって、何とかなるって事ですか?」
理解出来てない全次郎は、興奮する猿田川の背中に聞いた。
「よいか全次郎、月の砂レゴリスは言ってみれば酸化物じゃ、酸化物とは金属と酸素が結びついた物質じゃ、これにヘリウムを反応させると金属は分離され、酸素はヘリウムと結びつき水となる。水を電気分解すれば、酸素が取り出せるんじゃ……でかしたぞ、桜花」
振り向き興奮した猿田川が早口で解説し、その後に桜花に限りない笑顔を向けた。そしてその笑顔は全次郎にも向けられた、猿田川も浅田目も頷きながら全次郎を見た。
「お前があそこで全て受け入れたなら、わし等は連太郎を見殺しにする所じゃった。改めて礼を言う……ありがとう、全次郎」
榎木林の言葉は、全次郎の胸を激しく締め付けた。




