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カガヤクヒカリ

「全次郎……言わなきゃならん事がある」


 沈黙を破って、榎木林は掠れる言葉を発した。振り向いた全次郎に、榎木林は俯いたまま言った。


「錬太郎は帰って来れん」 


「…………何だって?」


 反応の遅れは、全次郎の精神状態を表していた。


「月面に降りて、触媒の設置。弾頭の形成準備にデモ……それを一人でやらなければならん。最初にお前が言った通りじゃ、わし等と違って連太郎はその手の仕事は素人じゃ。マニュアル見ながらの作業は、どんなに急いでも要する時間は7日間。試作品のシャトルの積載量では、最低限の装備しか持って行かれんかったんじゃ……」


 榎木林の言葉は最悪の結末だった。


「だから何なんですか?」


 震える声の全次郎に最悪の予想が襲いかかる。


「……酸素が……足りない」


「……そんな……やっぱり……止めなきゃ……」


 震える脚で全次郎は外に出ようとしたが、パットは後ろから強く抱き締めた。


「全次郎、もう間に合わんねん」


 パットは涙と一緒に力を込める。


「俺の親父だっ!」


 全次郎はパットを振り解こうともがく。


「すまん全次郎……」


 榎木林は出口の前で頭を下げた。


「何でなんだよっ!」


 全次郎はまた大声で叫んだ。刹那、地響きが起こり、眩い閃光が強風の艦橋に差し込んだ。光は雲を太い引き、空へ舞い上がる……時間差の衝撃波は強風の艦橋を揺らした。まるで、全次郎の心も同時に揺さぶる様に。


「……親父……」

 

 全次郎はその場に座り込んだ。


「お父さん……」


 いつの間にか桜花が艦橋の入口に立っていた。


「桜花……実はな……」


 榎木林は小さな声で今起こっている事を説明しようとした。


「言うなっ!」


 立ち上がった全次郎は、榎木林を制す。


「……いいの、教えて……」


 俯いたまま、桜花は呟いた。


「お前は知らなくていい」


 全次郎は桜花の肩をそっと抱いた、しかし桜花は首を振った。


「私は大丈夫だよ、お父さん……もう子供じゃないから」


 顔を上げた桜花はぎこちなく笑った。いつの間にか目線まで背の伸びていた桜花に、初めて気付いた気がした全次郎だった。


「大丈夫なんだな?」


「うん……」


 桜花の声に迷いはなかった、全次郎はゆっくりと事態を話した。桜花は俯いたまま聞いていた、我慢している事は握り締めた手が物語っていたが何にも言わなかった。


「俺は間違っていると思うし、親父を死なせたくない」


 話し終えた後、全次郎は自分の考えを言った。


「私は……」


 桜花の言葉は途中で千切れる。


「どう思う?」


 全次郎は切れた言葉に被せた。


「……信じてる」


 桜花の呟きは、全次郎のココロの言葉とそっとリンクした。


_________________



「いかん、迎撃ミサイルが発射された」


 突然猿田川が声を上げた。


「どっからじゃ?」


 榎木林の声も飛ぶ。


「国籍不明のイージス艦からじゃ、命中まで二十三分っ!」


 猿田川の声は、悲鳴にも近かった。


「こっちも迎撃ミサイルがあるだろっ?!」


「大気圏外で撃ち落すつもりじゃ……強風のミサイルは届かん」


 全次郎の悲鳴にも似た言葉に、榎木林は声を落とす。


「何か方法ないのかっ?」


「……パット、桜花を使う」


 榎木林はパットに振り向いた。瞬間、桜花の全身に稲妻が走った。


「でもあれは……」


 パットは思い出し、切られる様な思いに包まれた。


「プログラムの強制変更じゃ、目標を迎撃ミサイルに合わせるんじゃ」


 榎木林の言葉に、猿田川も浅田目も頷いた。


「……また知らないのは、俺だけか」


 全次郎は自分の知らない現実に、諦めの言葉しか出なかった。


「保険じゃ。万が一の時……錬太郎を撃ち落す為のな」


「何だとっ?」


 榎木林の言葉にもう、やめてくれと全次郎のココロは叫んでいた。


「錬太郎が自ら考えた事じゃ……」


「……そうか」


 全次郎は理解した、自分の父親の性格は分っているつもりだったから。そして桜花と呼ばれたミサイルは、墓にあった物と頭の中で一致した。


「パット、急ぐんじゃ」


「分った」


 榎木林の言葉に、それまで動けないでいたパットは入力を始めた。そして全次郎が桜花に視線を移すと俯いたまま、小さく震えていた。 


「ダメや、最後のパスワードが分らんっ!」


 ものの数秒でパットが叫ぶ。


「色々試してみるんじゃ、時間がない」


 パットの後ろに立った榎木林は、考え得るコードを示したがどれもエラーだった。


「全次郎、心当たりはないか?」


 振り向いた榎木林は真剣な顔で聞く。


「分る訳ないじゃないかっ……俺は親父の事を知らない……親父も俺の事なんか知ろうとしなかった」

 

 全次郎の最後の言葉は、空間に溶けた。


「あのミサイル……私と同じ名前なんだね……」


 桜花はそっと全次郎の手を握った。全次郎の血は逆流した、父親を助けられるのは自分しかいない……その事が更に全次郎を追い詰める。


「ちきしょう……ちきしょう……」


 体が震えた、頭が爆発しそうだった。それを食い止めたのは、桜花の小さな手だった。


「私は、お父さんの事……大好きだから……おじいちゃん……お父さんの、お父さんなんだよ」


 桜花は当たり前の事を言った。その当たり前の事が、全次郎の胸に突き刺さった……そして、小さい頃の思い出が全次郎の胸の奥に蘇った。


 それは縁日の時の肩車、河原でのキャッチボール、縁側での将棋……思い出は全次郎に真実を突きつけた……知ろうとしなかったのは……自分だと。


「……俺は……」


 全次郎は顔を上げる事が出来なかった。


「お父さんも……おじいちゃんの事……好きなんだよね」


 桜花は真っ直ぐな瞳で全次郎を見た、その瞳の奥には輝く光があった。その瞬間、あの場面が全次郎の脳裏に浮かんだ……妻の妊娠中に錬太郎が言ったあの言葉”絶望の中でも輝く光”……。


「……カガヤクヒカリ」


 全次郎は呟いた。


「えっ?」


「パット、入力じゃ!」


 榎木林はパットに叫ぶ。


「……発射確認」


 猿田川の声に全員が安堵した。全次郎はパットの隣の椅子に腰から崩れるように座り込み、桜花は床にペタンと座った。


__________________



 十数分の時間が永遠にも感じられた、全次郎は頭の中が真っ白で何も考えてなかった。


「ミサイル……迎撃確認」


 安堵の声は猿田川だった。


「よかった……」


 桜花は俯いたまま、呟いた。


「親父……行ったんだな……」


 窓の外から空を見た全次郎は呟いた。そこにはまだ微かに残るロケットの残した細く折れ曲がった雲の跡、風に晒されそらに消えそうになっても、全次郎の脳裏に焼き付いた。添ったパットはそっと、全次郎の手を握った。


「今夜は満月じゃ……」


 榎木林も空を見上げ、浅田目も猿田川も同じように眩しく青い空を見た。


「私……ご飯、作るね」


 立ち上がった桜花は服の埃を払い、食堂へと向かった。


「移動しよう」


 榎木林は強風を、再び海原へ進路を向けた。



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