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海底の晩餐会

「死ぬかと思った……大丈夫か? 桜花、パット」


「大丈夫だよ……」


「なんとかな……」


 周囲は非常照明に照らされ赤い視界になり、計基盤からは火花や煙が立ち込める。連太郎を始め、榎木林や猿田川も無事の様で、全次郎は大きな安堵の溜息付く。しかし、その数分後には、榎木林が各種装置の点検後、殺生な言葉を平然と吐く。


「空気はボンベを二つやられたが三十時間以上持つ。じゃが、ポンプや電気系統がかなりやられておる。気蓄器も回路断線、バッテリーも長くは持たん……爆発の影響がかなり出ておる様じゃ」


「それで?」


 ワナワナと震える全次郎を前にして、榎木林が止めの言葉を吐いた。


「浮上出来ん」


 全次郎は間の前が真っ暗になり、その場に座り込んだ。


「うちのせいや……」


 パットは声を沈ませた。


「パットがいなかったら欺瞞は失敗し、戦闘機に撃沈されてたさ。それにパットにしか出来ない事がある」


 錬太郎は優しくパットの肩を叩いた。パットは頷くと、電気系統の状況を調べ始め、榎木林も猿田川も作業に取り掛かった。


「大丈夫だよ」


 桜花は全次郎の手をそっと握った、全次郎は桜花の小さな手を強く握り返した。


__________________



 忙しく働くパット達を尻目に、全次郎は何もやる事が無かった。自分の知識や経験はこんな専門的な状態の中では、何の役にも立たないと無力さを恥じた。


「桜花の側に居てやれ」


 錬太郎は手を止め、立ち竦む全次郎に呟いた。


「ああ……」


 力なく返事した全次郎は、暗い艦内で桜花を探した。しかし医務室にも桜花の姿はなくて、全次郎は宛てもなく歩いた。艦内は思ったより広く、最後にエンジンルームへとやって来た。そして、その隅で膝を抱えて座る桜花を見つけた。


「どうした?……」


「……お父さん」


 振り向いた桜花は、無理して笑っている様に感じた全次郎だった。


「見たこともないエンジンだな」


「おじいちゃん達が作ったんだよね」


 桜花はそっとエンジンに触れた。


「そうだな……なあ桜花」


「なあに?」


「親父の事……」


「……おじいちゃん、変わってなかったよ……優しいおじいちゃんのまま」


 桜花はそっと目を伏せた。全次郎は胸が痛んだ、誰にでも優しい娘……素直で真っ直ぐな娘。全次郎は、堪らなく愛しいと感じた。


「そうか……」


 全次郎は呟いた。そして、分った様に感じた。この感覚……この娘の為なら命さえ惜しくない……それは錬太郎の毅然とした態度と重なった。


「桜花……腹が減った。皆の飯、作ってやれよ」


 全次郎は桜花に笑顔を渡した。


「うん」


 桜花は満面の笑顔を全次郎に返した。この笑顔を見れるなら何もいらないと全次郎は、また心から思った。


_________________



 作業は難航していた。爆発の衝撃と各種の要因が重なったシステムの破損は、パットを持ってしても復旧は容易ではなかった。


「少し休めよ」


 全次郎は、凄い勢いでキーボードを叩くパットの背中に声を掛けた。


「システム的にもプログラム的にも壊れとるんや、何や全部作り直してるみたいや……」


 凄い勢いで変化する画面を見据えたまま、パットは自分に言い聞かせるみたいに呟く。


「そうか……」


 笑いながら全次郎はパットの顔を覗いた。


「何で顔見るんや?」


 パットは耳たぶまで赤くなる。


「パット……」


 全次郎は顔を近づけた。


「なっ何やねんな」


 パットは噴火した。


「化粧ぐらいしろよ、ソバカスがみっともない」


 顔を近づけたまま、全次郎は呟く。


「ブッ殺すっ」


 パットは立ち上がって叫んだ、全次郎は笑いながら逃げて行った。


「……アホ」


 パットは全次郎の背中に呟いた、そしてさっきまでのまでの追い込まれた気分は嘘みたいに晴れていた。


「ほんまに……アホや」


 呟いたパットは作業に戻った。複雑に入り組んだシステムが、種の分った手品みたいに簡単に感じたパットだった。


__________________



 艦の厨房は爆撃の跡みたいだった。幾ら男所帯だかと言っても墨みたいに焦げた鍋やフライパン、散乱する調味料や食べ散らかしたような空き缶の山に、桜花は大きな溜息の後、腕まくりしてから片付けに入った。


「ご飯、作ってた後だよね……さて、本物のご飯を作りますか」


 汚れてはいるが調理機材はオール電化、食材や調味料も揃っていた。桜花は、一生懸命食事を作った。食べてくれる人達の笑顔を思い浮かべながら。


「ご飯出来たよ」


 笑顔の桜花が艦橋にやって来た。錬太郎達はゾロゾロと食堂に移動した。錬太郎はパットの事が心配になったが、パットは桜花の声に少しヨロヨロしながら食堂に向かった。


「久しぶりのまともな食事じゃ」


 榎木林は嬉しそうに箸を動かした。


「どうせ桜花に敵う訳ないわい」


 それまで食事係だった猿田川は、ふて腐れていた。


「あたり前じゃ、お前さんと桜花を比べる自体がおかしい」


 やっと起きる事が出来た浅田目は、自分の事みたいに言う。


「おじいちゃんの好きな肉じゃがだよ」


 桜花はお鍋の横で笑った。


「美味い……」


 錬太郎も久しぶりの味を噛み締めていた。


「お前もこのくらい作れたなぁ」


「うちが本気になったら凄いんやで……多分」


 全次郎の憎まれ口に、パットも応戦していた。食事は和やかに進み、ここが海底だと言う事を忘れさせた。


 でも全次郎の心の奥底に、死ぬかもしれないのに何んで飯なんか食べてんだろうって疑問が確かに存在していた。そしてふと見た桜花やパットは、いつもと何も変わらずに存在していた。笑い、食べ、話していた……そんなことが全次郎をそっと支えた。


「正やん、修理状況は?」


 食事の後、錬太郎は榎木林に聞いた。


「ポンプはなんとかなりそうじゃ。圧搾空気が亀裂や配管から漏れ続けとるんで、そこをシラミ潰し補修すればよい。後はタンクをブローするのに気蓄器の空気残量が足らん、酸素も使わんといかんみたいじゃな。酸素生成装置は物理的修理と並行して、システムプログラムをパットが修復中じゃが、如何せん壊れ方が酷い」


 またまた例によって榎木林は平然と言った。


「酸素、後どのくらい持つ?」


「そうさな、ブローの分を差し引いたら……四時間もあるわい」


 錬太郎の質問に、榎木林の答えは前向きだった。


「四時間もあれば、新しいシステム作れるで」


 パットは自信たっぷりに言って大きく胸を張った。当然、その見事な”お山”に浅田目は満面の笑顔になり、全次郎の溜息を誘った。そして、各自は作業に戻った……生存という目的の為に。



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