沈没
耳鳴りがした、艦橋内にも煙が立ち込めていた。見回すと全員無事の様で、大きく息を吐いた全次郎だった。
「凄い音だったね」
艦橋の入口に驚いた顔の桜花の姿があった、全次郎はその姿を見るとヘナヘナと座り込んだ。勿論、猿田川も後に続いて座り込んだ。
「傾いてるぞっ」
一息付いた全次郎は、艦の異常に気付く。慌てて窓から外を見た全次郎は、艦橋後部の火災や立ち上る黒煙に背筋を凍らせた。
「沈没じゃ」
恐ろしい事を榎木林は平然と言う。
「桜花! パット! 救命胴着っ!」
全次郎は叫ぶ。
「落ち着け全次郎」
錬太郎も平然と言う。
「これが落ち着いていられるか、平蔵おじさんの分もっ!」
全次郎は救命胴着の入った箱を引っかき回した。
「この艦は潜航出来るんじゃ」
「何だとっ?!」
榎木林の言葉に全次郎は叫んだ。
「戦闘機が接近している。分が悪い、沈没に見せかける。火災も煙も欺瞞だ」
腕組みした錬太郎が簡素に説明する。
「早く言えよ……」
全次郎は、またヘナヘナと座り込んだ。
強風は潜航して行った、窓の外は漆黒で全次郎は不思議な気分だった。
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「この先に海嶺がある、水深700m。ウェイク島近くで良かったわい」
榎木林は海図を見ていた。
「どういう意味ですか?」
覗き込んだ全次郎が質問する。
「こいつの限界深度は700m、ギリギリじゃな」
「そうですか……って、底まで行くんですか?」
全次郎はまた嫌な予感がした。
「行くんじゃない、行ってしまうんじゃ」
振り向いた榎木林は笑顔で言った。
「何ですってっ?」
「パットが壊してしもうた」
榎木林の笑顔の向こうに小さくなるパットがいた。
「お前なあ……加減しろよ」
全次郎は溜息混じりに言う。
「そやかて……」
パットは更に小さくなる。
「パットのせいじゃないよ。それより綺麗だよ、お魚がいる」
サーチライトの光に照らされる、窓からの海中に桜花は嬉しそうだった。
「そろそろだ。岩ちゃん、どうだ」
錬太郎は浅田目に聞いた。
「魚雷、目標に進行中じゃ」
レーダーを見ていた猿田川は報告した。
「忘れてた……何なんだ今頃?」
全次郎もレーダーに目をやった。
「超長距離からの先制攻撃じゃ、時間差がある。秘匿兵器の対潜ベトベト魚雷をお見舞いしたんじゃ」
榎木林は嬉しそうに言う。
「そう言えば、さっき親父も言ってたな? 何ですかその変な魚雷」
いつもネーミングが悪いなと、全次郎は苦笑いした。
「敵潜、アンチ魚雷発射したぞい」
猿田川はレーダー画面を見て言った。
「こっちもアンチアンチ魚雷じゃ」
また嬉しそうな榎木林だった。
「だから、何なんですか?」
大きな溜息を付いた全次郎だった。
「ベトベト魚雷には、対アンチ魚雷用の小型魚雷を装備しておる。アンチ魚雷をアンチする、即ちアンチアンチ魚雷じゃ」
胸を張った榎木林に、また猿田川が報告する。当然、全次郎は溜息に包まれる。
「アンチアンチ魚雷発射確認……目標に進行中………………全弾命中」
そしてベトベト魚雷の一番は敵潜水艦のスクリューに命中し、強力な粘度の樹脂で回転を停止させ、二番三番はミサイルや魚雷の発射口を樹脂で密封した。四番は通信システムを密封して、敵潜水艦は浮上して漂流するしかなかった。
と、言う状況を榎木林が、したり顔で説明した。
「相手の戦力だけを奪う……か。ヘリや哨戒機も同じ様な事したんだな」
全次郎は錬太郎の背中に言った。
「殲滅が目的じゃない」
錬太郎は静かに呟く。
「でも、どんな理由があってもテロは許されない」
強い口調の全次郎はゆっくりと錬太郎の前に回った。
「そうだな」
「分っているなら!」
錬太郎の静かな声に、全次郎は声を荒げた。
「その前に、ちょっと」
榎木林が割って入る。
「なんですか?!」
連次郎が更に声を上げる。
「総員、耐ショック防御」
平然と言う榎木林。次の瞬間、大音響と大震動を伴い強風は海底に激突した。




