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テロリズムの定義

「後、20時間で宇宙センターじゃ」


 榎木林は艦橋に座る錬太郎の後ろからボソっと言った。


「そうか……」


「まさか、桜花が来るとはな」


「参ったよ」


「大丈夫か?」


「勿論」


 錬太郎は振り返り、ぎこちなく笑う。


「お前さんでもそんな顔するんじゃな……まあ、連太郎のたった一つの弱点は桜花じゃからな」


 見たこともない錬太郎の顔に、榎木林も微笑み返す。


「まぁな」


 自分でも、気持ちの揺れは制御出来ない錬太郎だった。


「さてと、客じゃ」


 榎木林は話題を変えた。


「近くに艦艇は確認できないぞ?」


 静かに錬太郎は呟いた。


「支部からの索敵情報じゃ、確認が取れた。潜水艦が近くの海域で哨戒中じゃ」


 他人事みたいに榎木林は言う。


「会敵しそうか?」


 錬太郎もまた、驚いていない口ぶりだった。


「速度が違う、追い付けまい。距離的に魚雷も届かん、問題はない」


 言葉とは裏腹に、榎木林は少し困った顔をした。


「他に何かあるのか?」


 榎木林の言葉に、錬太郎は疑問を投げる。


「どうも敵は原潜みたいじゃ……対艦ミサイル、持ってりゃ撃ちたくもなる」


 また他人事みたいに榎木林は言う。


「撃ってくるか?」


「撃ちたくてウズウズしとるじゃろ、じゃが撃つ前に見付けてなんとかするわい」


 榎木林は平然と言った。


「任せる」


 錬太郎の心配は一つだけだった。


「岩ちゃん、ソナー投下」


 榎木林はレーダー画面を見ながら指示する。


「何個じゃ?」


「全部」


 猿田川の問いに榎木林は平然と言う。


「何じゃと?」


 驚いた猿田川は錬太郎を見る。


「出し惜しみしてると、ミサイルが団体で来るぞ」


 錬太郎も平然と言った。


「航空支援が無い以上、自分で探すしかあるまい。自動索敵で広範囲をカバー出来る、先に見付ければ勝機はある」


 本当は際どいんだろうが、榎木林はいつもの様に平然と言った。


「もったいないのぅ……」


 ぶつぶつ言いながら、猿田川はソナーを投下した。目前に広がる海原、太陽の輝き、一見普通に美しい光景は、破滅に向かっている事を曖昧に見せた。しかし、確実に進んでいる事は遥か彼方の暗雲と雷鳴が証明していた。


__________________


 

「平蔵おじちゃん……起きないね」


 ベッドの横に付き添ったまま、桜花は小さな声で呟いた。全次郎達は点滴などで、かなり回復したが、老人の浅田目は回復がかなり遅れていた。


「大丈夫や、このオヤジは……」


 パットは桜花の肩を抱いた。


「お前も荷担してるんだろ?」


 全次郎は医務室の壁に凭れていた。


「……そうや」


 パットの瞳は、真っ直ぐに全次郎を見る。


「親父達、何をするつもりだ?」


 優しい口調の全次郎は、少し俯いた。パットも俯いたままだったが、やがてゆっくりと話し出した。


「平蔵の作った気象モデルはな、確実な破滅を示唆してたんや……青年地球特別救助隊は協議の末、結論を出したんや」


「どんな結論だ?」


 全次郎は確信に触れる事を怖いと直感した。桜花もパットの言葉に息を呑んだ。


「……テロ……や……」


「何だってっ?」


 全次郎の予感は悪い方に的中した、そして戦慄は桜花を殴打した。


「反対したのは平蔵達、ごく一部だけやった……」


「……お前は?」


「うち……分らんやった」


「反対しないなら、支持したのも同じだっ!」


 全次郎は声を荒げた。


「そんな事ないよ」


 桜花は、かばう様にパットの前に出た。そして、その瞳は全次郎の次の言葉を吸収した。


「……うちは……」


 俯くパットの綺麗な金髪がサラリと落ちる、訳なんか分かり切っている。そう、全次郎なら反対するに決まっている。そして、全次郎にだけは嫌われたくない。パットは小さく震え続けた。


「……確かにテロは許されない事じゃ……じゃがのぅ……誰かが食い止めなきゃならん……どんな汚名を着てでも……」


 ふいに浅田目の掠れた言葉が割り込んだ。本当は浅田目にも分っている様に、全次郎には聞こえた。


「詭弁だ……」


 でも全次郎は否定する。どんなに正しい事だと分かっていても、どんなに正義があったとしても、目的の為にテロを行うなど全次郎は容易く頷けなかった。


「わしもそう思った……でもな……本当に一番大切なものを守る為は……」


 浅田目の言葉は、最後にまた掠れた。


「でも……」

 

”一番大切なもの”その言葉の先が桜花の不安そうな顔と重なって、戸惑う全次郎は自分中の疑問に答えられなかった。桜花の名前が祖父にまで記憶を巡らせ、何が正しくて何が間違っているのかなんんて、全次郎には分からなかった。


 テロリズムとは政権の奪取や政権の攪乱・破壊、政治的・外交的優位の確立、報復、活動資金の獲得などを達成するために、暗殺・暴行・破壊活動などの手段であり、暴力に訴えた脅迫なのだ。


 犠牲の多くは一般市民であり、自らの目的の為に何の関係も無い尊い命を奪う最悪の行為だと、全次郎は拳を握り締めた。


「なら、そのテロの目的は何だよ? 対象は何処だよ?」


 全次郎が押し殺した声で浅田目に詰め寄った。無言の浅田目が天井を見詰めた。そして張り詰めた空気の中、警報が鳴った。


「パット、桜花と平蔵おじさんを頼む!」


 叫んだ全次郎は艦橋に走った。


_________________



「対艦ミサイル接近中。敵は見付けたけど、先に撃たれた」


 榎木林は例によって、他人事みたいに言う。


「何だとっ?」


 艦橋に走り込んだ全次郎は叫ぶ。


「一番から四番までのベトベト魚雷発射」


 そんな全次郎の叫びを無視して錬太郎は静かな声で指示し、猿田川は魚雷を発射した。


「ミサイルだぞっ! 魚雷撃ってどうする!?」


 全次郎は海図盤を叩く。


「落ち着け全次郎、迎撃ミサイルも発射じゃ」


 例によって落ち着いた声で榎木林は言った。


「迎撃ミサイル五番まで連像発射、じゃが戦闘機も接近中じゃ」


 猿田川はミサイルを発射しながら、青ざめた。


「パットを連れて来いっ!」


 錬太郎は全次郎に叫んだ。反射的に全次郎は医務室に走った。


「パット、プログラムの変更を頼むっ。五番ミサイルの迎撃ポイント、ゼロ距離に変更だっ!」


 走って来たパットに錬太郎が叫ぶ。


「ゼロって、当たる寸前やんっ」


 パットも叫び返す。


「いいから早くっ!」


 錬太郎はまた叫ぶ。


「何でやねんっ!!」


 パットは悲鳴を上げながら、キーボードをブッ叩いた。


「初弾命中まで後三十秒……五番ミサイル進路変更確認、艦に当たる寸前に堕とすんじゃぞ」」


 榎木林は平然と言う。


「そんな事言うたかてっ!」


 更にパットは、キーボードをブッ叩く。


「一番、二番、三番迎撃……四番迎撃……五番、目標背後から追尾中……後五秒」


 榎木林は平然とカウントダウンした、猿田川は神に祈り錬太郎は不動の姿勢だった。全次郎には艦橋の窓から覗く、接近するミサイルがはっきり見えた。桜花の笑顔が走馬灯みたいに流れ、医務室に走ろうとしたが脚は固まっていた。


「こんちくしょうっ!!」


 パットはエンターキーを拳で殴る。


「壊れるがな……」


 榎木林が真顔で言った瞬間、艦の至近距離で大音響と共にミサイルが爆発した。




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