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お墓がミサイル

”この美しい世界の中で、一番大切な桜花の為に”


「これって戒名じゃないよね?」


 新しい墓の前で桜花は呟いた。風に揺れる緑の黒髪、穏やかで優しい瞳、見る者や接する者を全て幸せに導く、そんな感じの娘だった。


「しょうがねぇジジィだ……」


 父親の財前全次郎も腕組みして呟いた。無精髭と撫で上げた髪は年齢より若く見え、鍛えている訳ではないが全身には活気が宿っていた。


「でも、生前にお墓作るのって縁起がいいのよね?」


 目を伏せた桜花はそっと墓を撫ぜた。風に綺麗な髪が揺れ、長い睫は全次郎に愛しい記憶を甦らせる。『似て来たな……』ココロで呟く、その記憶先には妻の笑顔があった。


「そうだな……でもまあ、あのジジィは殺しても死なないだろうがな……」


「変わった感じのお墓だよね」


 もう一度、不思議そうに墓を撫ぜた桜花だった。


「これが墓に見えるのか?」


 呆れた様に墓を見上げた全次郎だった。3月初旬なのに初夏を通り過ぎて、夏みたいな気温に全次郎は額の汗を拭った。そして、その墓の形は子供が見ても分る……ロケットと言えば聞こえがいいが、どう見てもミサイルだった。


「ここは墓地だぞ、基地じゃない……監視衛星にでも見付けられたら、特殊部隊を送られるな。ご丁寧に素材は石じゃない、どう見ても金属だ……それに、見ろよ」


 全次郎は苦笑いで言った後、周囲に目配せした。そこには巨大なミサイルを見詰め、唖然と目を見開いている墓参りの人々がいた。


「なんだか皆、見てるね」


 嬉しそうに桜花は笑った。


「笑ってる場合かよ、俺達は完全に見世物小屋の関係者と思われてるぞ」


 冷や汗を流した全次郎は、また苦笑いした。


「どうする? お代頂く?」


 また桜花は笑う。この祖父にしてこの孫だなと、全次郎も笑顔になった。


「お父さん、おじいちゃんの仕事まだ知らないの?」


 桜花のお日様みたいな笑顔が、ふいに俯く。


「ああ、あんなクソジジィ縁を切ったままだからな。見せたい物があるんなて、戦争でも始めるつもりか……帰るぞ桜花。台風、九州の方に上陸しそうだし」


 帰りながら、全次郎は背中で言った。


「でも、桜花が高校に受かったの知ってて……お祝いに……」


「どこの世界に入学祝いにミサイル贈る奴がいるかよ、しかも墓だぜ……大体、自分の孫にロケット特攻機の名前付けるヤツだからな」


 桜花の言葉に答えながらも、呆れた様に全次郎は歩き出す。


「私は結構気に入ってるよ……名前」


 今度は桜花の声に全次郎は何も言わず、先を歩いて行った。桜花の中では、祖父錬太郎はヒーローだった。いつも抱き締めてくれた、いつも笑顔をくれた……そして、いつも傍にいてくれた。


 しかし錬太郎は、2年前に桜花の前から消えた”大事な仕事がある”と言い残して。


「おじいちゃん……」


 振り返った墓標にお日様が反射して、その輝きはとても優しく桜花を包んだ。そして少し強くなって来た風は、遠くの雲の形をビデオの早回しみたいに変えていた。


 近年の台風は破壊的威力で日本を襲い、干ばつや大雨、大雪や竜巻、巨大雹などの異常気象が休む暇なく日本という国を蝕んでいた。その増加する数は次第に角度を増し、後を振り返っても後戻りが出来ない程に急傾斜になっていた。


______________________



「全次郎、錬ちゃんから何か連絡はあったかね?」


 夕食が終わると錬太郎の昔ながらの友人、浅田目平蔵がやって来た。ツルツル頭にグリグリ眼鏡、そのショボくれてガリガリの外見とは裏腹に、浅田目は世界的な気象学者なのである。


「ありましたけど……」


 居間で晩酌していた全次郎は、物凄く面倒そうに答えた。


「ほう、聞かせてくれ。桜花ちゃん、わしにもオチャケ」


 勝手に上がり込んだ浅田目は、台所で洗い物をする桜花に笑顔で言った。


「平蔵おじちゃんも知らないの?」


 グラスを持ってきた桜花は、寂しそうに呟いた。


「榎木林も猿田川も連絡が取れん」


 何故か浅田目は嬉しそうだった。そしてグラスを受け取ると、勝手に晩酌を始めた。榎木林正介は世界的電子工学の権威、猿田川岩次は物理学界の重鎮で、連太郎や浅田目とは昔からの友人だった。


「親父の奴、見せたいものがあるって墓地にミサイル置いてやがった」


 全次郎はグラスを飲み干し、独り言みたいに言う。


「ほう、そりゃやっぱ地対空かの? 対艦かの? まさか弾道ミサイルかのぅ?」


 浅田目は、また嬉しそうに笑った。


「知りませんよ、それより……例の青年地球救助隊」


 グラスを置いた全次郎は、浅田目に視線を向けた。


「特別がぬけとる」


「へっ?」


 真顔の浅田目を見て、全次郎は口をポカンと開けた。


「正式には、青年地球特別救助隊じゃ」


 浅田目は胸を張る。


「……どこが青年だよ」


 聞きえないように、小声で言った全次郎だった。


「気持ちじゃよ」


 浅田目はまた胸を張った。地獄耳かよと、全次郎は心の中で呟いた。


「どういう隊なの?」


 床にペタッと座った桜花は、浅田目に向かって笑顔で首を傾げた。


「ま、要するに地球の庇護者じゃ」


「正義の味方って訳ね」


 嬉しそうに笑った桜花はテーブルに頬杖を付いた。


「親父の奴、その救助隊にいるんじゃないですかね? 平蔵おじさんもメンバーなんでしょ?」


 全次郎は浅田目の顔色を見た。


「勿論そうじゃ。でもわし、最近ご無沙汰してるからのう……」


 浅田目の表情は、全次郎から見ても変化は無かった。もっとも、こんな狸親父のことなんか全く信用してない全次郎だったが……。


「そのなんとか救助隊って、いっぱいいるの?」


 桜花も浅田目を見る。


「隊員は全世界におる。もうすぐ各支部は196に達するぞ」


 浅田目は自慢そうに微笑む。


「世界規模の変態老人会だな……」


 他人事みたいに呟いた全次郎は、ツマミの枝豆を頬張った。全次郎の言う通り、隊員の殆どは男女問わず老人で構成されていた。


「世界の半分以上は年寄りじゃよ」


 浅田目は少し目を伏せた、全次郎もそれ以上の言葉は酒と一緒に飲み干した。


「なんやねん、全次郎。辛気臭い顔して」


 またまた突然の客は、パトリシア・ジョウ・ロウゼンマイヤー。まだ20代半ばの若き天才プログラマーで、軽いウェーブの輝く金髪と映画女優も真っ青な容姿とスタイル、流暢な関西弁がトレードマークだった。


「あら、パットどうしたの?」


 桜花は毎度の事に、驚くでもなく対応した。


「暇やったからな」


 パットはソファーにドッカと座ると、これまた晩酌を始める。


「全く……ウチは居酒屋か?」


 呆れたように全次郎は呟いた。


「何言ってんねん。こないな美人がわざわざ来てんねんで、ちっとは喜び」


大きく開いた胸元を揺らし、パットは全次郎に迫った。


「ほんまじゃ、ナイスなバヂィに金髪、たまらんのぅ」


 満面の笑みの浅田目は本当に嬉しそうだった。


「エロじじぃ、何がバヂィだ。子供の前だぞ……あっ、そうだ、パット。俺のパソコン何かいじったか?」


 また小声で全次郎は呟いた全次郎は、パットの顔を見ると具合の変なパソコンを思い出した。


「調子ええやろ。ちょいOSをチューニングしたんや。まぁ、ベースはそのままやけど、パット特性プログラムかましてな、既製品のチンケなPCもあっと言う間にスーパーマシンや」


 パットは薄気味悪い笑いを浮かべ、チロチロと舌を出して呟く。


「顔が怖い、お前はヘビ女か?……それより、デスクトップの変なアイコン何なんだ? バードビューみたいに街が見えるけど、通行人の顔まで分かるし、声まで聞こえるぞ。おまけにビルの中まで透視化するわ、何か赤外線映像みたいにもなる」


「システム侵入のプログラムなんやで。ペンタゴンの軍事衛星画像や、全部オンタイムやで」


「何っ!! 今消せ! すぐ消せ! 早く消せ!」


 自爆ボタン連打みたいな事を平然と言うパットに、顔面蒼白の全次郎は飛び起きた。


「なんやそんなに慌てて、そう簡単に足なんか付かんわ」


 全く、これっポッちも、1ミリも動じないパットは他人事みたいに笑う。


「いいから消して来い、ペンタゴンに家庭訪問させる気か?」


「ほいほい、しゃーないな」


 全次郎の押し殺した声に、仕方なくパットは立ちあがる。父親が全米を敵に回そうとしている時でも、桜花はそんな様子を見ながらクスクスと笑い、浅田目はテレビのアイドル歌手に変な声援を送っていた。


「こいつら……」


 全次郎は大きな溜息でグラスの酒を飲みほした。パットが戻ってくると、晩酌は飲み会となり、宴会に発展し、最後はドンチャン騒ぎになった……毎度の事だが。


______________________



「なぁ桜花……全次郎、幾つだっけ?」


 酔いを醒ましに桜花のベッドに横になってたパットは、片腕で目元を覆いながら呟いた。


「今年、37だよ」


 机に向かったまま、桜花は背中で答える。


「ふぅん……あんたは、23ぐらいの子なんやな」


 パットは腕をずらし、桜花の背中を見た。


「そうだね、大学出てすぐみたい。お母さん同い年だったって」


 桜花の背中はとても小さく見えた。


「ごめん……うち……」


 まずい事を聞いたとパットは後悔した。桜花の母親は、桜花を産んで直ぐに亡くなっていたのだった。


「何、謝ってんの……今のパットと同じぐらいだったんだね、お母さん」


 振り向いた桜花の笑顔は優しくて可愛くて、パットの胸はキュンとなる。


「そうやな」


「ね、パット……お父さんのこと、気になる?」


 ふいの桜花の言葉にパットの動悸は早まった。お酒のせいだけじゃなく、顔は真っ赤になる。


「なっ、何言ってんねん、うちはただ……」


「どこがいいの?」


桜花の瞳は真っ直ぐにパットを見つめた。


「どこがって……」


 完全に逆転していた二人だった、パットは桜花の瞳から目を逸らす。


「正直に答えなさい」


「別に……何ともないわ」


 パットは自分の胸の奥にあるものに覆いを被せ、頭から毛布を被った。


「ふぅん……そうなんだ……分かりやすいパット」


 桜花のお日様みたいな笑顔は、パットに不思議な感覚を投げかけた。それはとても暖かで優しかった。

 


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