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1-1 道化と電波

 尾栗亘は道化を演じている。

 それは太宰の影響をわりと受けつつも、何もできない自分がヒトの輪に入る方法はこれだと彼なりに模索した結果だった。この結論に行きつくまでに十五年かかり、実行に移したのは高校入学からだ。

 いわゆる高校デビュー。

 少し方向がねじれてはいるが。

 自己紹介は決まって、「僕は世界の秘密を握っているので本名を言うと狙われてしまいます。だからあくまで仮名、仮名ですが尾栗亘と言います」と言った。

 クラスメイトは小馬鹿にし、「カメイ、カメイ」と尾栗(仮名)の名を呼んだが、尾栗(仮名)は不快ではなかった。むしろこういう反応をしてもらうための行動だったのでしめしめといった風だ。

 尾栗は学生生活において道化としての気を抜くことはなかった。

 授業中に教室がまどろみにまみれると「フリーメイソンが! フリーメイソンが黄金の騎士団と接触しています!」と前触れなく奇声を発しクラスメイトを覚醒させ、数学の授業中、黒板の前に立たされ答えが出ず、教師から睨み付けられる生徒を見ては「その数式はヴォイニッチ写本の文字の並び方が似ています。もしかするとヴォイニッチ写本の解読のヒントになるかもしれませんので、僕に解かせてくれますか」と手をあげることも少なくなかった。

 尾栗は並の頭脳と並の体力と並の容姿と中肉中背をしているが、空気を読むことには長けていた。

 空気を読んだ上での電波的な発言。ただの知識をひけらかしたいオタク、自分こそが特別という空気に酔う中二病とは違い、彼は電波発言によって人々を救い、その結果クラスメイトだけではなく教師からも信頼されていた。

 こうして学校内だけの友人関係を築きつつも、二人組や班決めであぶれない絶妙な距離感を取ったまま、尾栗は三年生になった。

 三年にもなると尾栗のことを知らない生徒は登校拒否をしている生徒以外おらず、クラスに溶け込むことは簡単だった。

 このまま授業中に空気を読みつつ適当な電波発言をかまし、たまに休み時間に陰謀論を話せば、それなりの干渉で快適な受験生活を送れる。そう尾栗は思っていた。

 そんな天狗になった五月。時期遅れの転校生の噂が学年に広まった。

 男か女かわからないけれど、とにかく来る。という薄らとした情報だけが学年に広まり、尾栗はここが好感度ポイントだと思い、教師や生徒から得られる限りの情報を得て、転校生の転入日を聞き出すことに成功した。

 そして転校生の登校日の朝。尾栗は転校生が生徒指導室にいるという情報を聞きつけて扉に耳を当てていた。転校生の情報をギリギリまで引き出すために。

 今日まで転校生は女子か男子か、どこから来たのか、容姿は優れているか、スタイルはいいか。などなどの質問が担任に浴びせられたが、謎の個人情報保護法が執行されてしまい、転入日以外わからないままだった。

 少しでも情報を得て、電波としての人気を得るため、尾栗は耳を澄ます。

 ぼそぼそとした関西弁が聞こえてくる。目をつむって耳だけに集中すると、女子の声だと判別がついた。男女の判別が出来れば無理をする必要ないと思っていたが、更なるキーワードが欲しくなる尾栗は何を話しているのか聴くために強くドアに耳を押し当てた。そして息を止める。呼吸の音で重要な言葉を聞き逃さないように。

「関西からこっちだから、何か不安なことあるだろ。最初が肝心だ、自己紹介の時に何かそういった質問すればアタリがいいかもしれないぞ」

 担任がアドバイスするも転校生の返事はない。質問を考えている間なのかもしれない。

「例えば、新喜劇はやってますか? ナイトスクープは? 屋台のたこ焼きはどこで食べれますかとか――」

「アホにしてるんですか?」

 担任の言葉を遮って尖った声がドアを伝う。すぐに担任が焦りながらも言い訳をする。

「してないしてない。関東民の勝手な関西のイメージだから」

「関西イコール大阪と思われるのん、ヤなんやけど」

「ごめんごめん、じゃあれだ。夢乃さんの出身からすると中華街のおすすめありますかとかか?」

「んなアホな。そもそもわたしはウケるとかそんなん大事やと思ってない」

「でも自己紹介は大事だぞ?」

「わたしは異界人を探しに来てるだけや。欲しい情報はそれしかない。そもそも学校もどうでもええし」

「なんだ、夢乃さんもそっち系か?」

「そっち系て?」

「夢乃さんみたいなこと言う奴いるんだよ。やれ陰謀だ、ヴォイニッチや世界の秘密を握ってるやら」

 日ごろ自分からそうした発言をしている尾栗だが、第三者からそう言われると恥ずかしく頬が火照り体が熱くなり耳を塞いでしまう。頃合いを見て手を放すと、転校生が興奮した様子で声を荒げていた。

「やっぱりおった。もしかしてその人異界人なんですか!」

「そうかもなー」

 担任は冗談のつもりで笑って答えるが、夢乃は本気そのものだ。

「先生、教室どこ? 早く!」

 誰か、おそらく夢乃が席を立つ音がして、ヤバいと尾栗は耳を離して立ち上がろうとするけれど、夢乃が扉を開ける方が早く、勢いよく部屋から出てきた夢乃は前しか見ておらず、立ち上がろうとしていた尾栗の太もも辺りを思い切り蹴ってしまった。「いだっ」と鈍い声を出して廊下の方に転がるも、その勢いのまま立ち上がって全速力でその場を立ち去った。背後から「待って」と懇願する関西弁を受けながら。

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