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1-16 コミュニケーション学院

 夢乃が教室の扉を開け、席に向かうまでに声をかけてきた者は誰もいなかった。扉を開けた時にチラリと数人が夢乃を見た程度だ。誰かが扉が開いたから見るという、ただの条件反射だろう。

 夢乃は自分の席の周りの人達に「おはよう」と声をかけてから座った。緊張と自分らしくない行為からの恥ずかしさで赤面しながら、かなりの緊張の元に行った行動だったが、それに見合う対価、反応は得られず、ただ目を丸めて驚くばかりで誰も返答をしてくれない。そのことでまた顔を赤くしてしまう。

 こそこそとクラスメイト達がささやきあう。

「一昨日の事で反省したのか?」

「いきなりあいさつされてもなんか怖い」

 夢乃の挨拶を肯定的に取る生徒はいなかった。仲間が異分子に傷つけられたのだから。それを謝罪もなく朝のあいさつで距離をとろうとしているのだからよく思われないのは当然のことだろう。

 夢乃は立ち上がって椅子を戻さず席を離れ扉に向かう。出るときに遅れて登校した尾栗とすれ違うが目を合わせずに夢乃はゾンビのようなだらりとした様子で歩いていく。尾栗はすぐ席に鞄を置いて、夢乃の椅子を確認した。予想通り、椅子は戻されていない。ゾンビのような夢乃を思い出し、相当ダメージを負ったのだろうと簡単に想像でき、すぐに後を追った。

 登校して一分もたたないうちに限界を迎えるとは早すぎだろうと尾栗は苦笑いした。

 三年棟最上階にあたる三階には使用されている教室が一つしかなく、教室の反対側の階段にはほとんど人が来ない。そこを待ち合わせ場所と決めていた。

 尾栗が着くと夢乃は階段に腰を下ろして貧乏ゆすりをしていた。そして早口言葉のように「召喚されたい召喚されたい召喚されたい召喚されたい」と呟ている。

 追い込まれたその姿に尾栗は気おくれしてしまうが、呼ばれたのだから必要としているのだろうと思い声をかける。

「だ、大丈夫か。夢乃さん」

「召喚されたい召喚されたい召喚されたい―――」

 人の言葉を聞く余裕がないのだろう。夢乃は早口言葉のように繰り返すことをやめない。尾栗は仕方なく隣に座って夢乃が落ち着くまで待つことにした。体内時計によると始業時間まではまだ五分ある。

 二分後、ようやく夢乃は呟きをやめて俯きながら隣に座る尾栗に話しかけた。

「やっぱり無理かもせえへん」

「泣き言が早い。相当な嫌がらせをされたのか?」

「あいさつしたのに誰も返してくれへんかった。なんかくすくす笑われたし、小さく文句言われた」

「夢乃さんがずっとそんな態度取ってたんだから仕方ないだろ」

「それはそうやけど……正論言われても困る」

「なんでも最初は難しかっただろう? 英語にサバイバル術も喧嘩もさ。大丈夫、夢乃さんにはみんなを惹きつける能力がある。だから乗り越えられるに決まってる」

 尾栗は一息吸い込んでから言った。後悔と覚悟を込めて。

「今度こそは助けになって見せるから」

 大きく頷いた夢乃は鼻を啜ってから力強く言ってみせた。

「ありがとう。コミュ力高めて異界に行ってみせる」


 教室に戻った夢乃はまずこの間殴った生徒に頭を下げに回った。これは尾栗の提案だった。

 どうして受け入れられないか、それはクラスメイト達が夢乃を敵だと見なしたからだ。危害を加えなければただの変わり者で済んだが加えれば危険なやつと思われ有害と見なされる。そうなればクラスメイト達は積極的に追い出そうとする。理由もなくいじめを行うようなクラスがあるのだから、むしろ危害を加えたはみ出し者を追いやるのは良心すらあるように思える。

 正義心を持って追い出そうとするクラスメイト達を心変わりさせるには、まず原因となった行いを詫びることで自分は異質ではなくクラスメイトと同じ人間なのだ、人間になりたいと示すことが効率の良い行いだと尾栗は考察した。

 夢乃の謝罪に感情がなく形だけだったこともあって殴られたクラスメイトに効果はそれほどなかったが、それ以外のクラスメイト達は夢乃が謝る姿を見て警戒心を少し解いていた。

 しかしそれだけで夢乃に対しクラスメイトが距離を近づけるわけなんてないので、尾栗は積極的に会話の輪の中に夢乃を呼び込んだ。自分から話すことはなかった夢乃だが、異界の話を振られると自然と話ができ、尾栗の机を囲んで会話をするクラスメイトの一人になることに、日が経つごとに少しずつ慣れていった。しかしそこに不安もあった。

 モデルチェンジを行ってから一週間後の放課後。夢乃は教室で勉強している尾栗に不安を打ち明けた。

「ほんまにこれがコミュニケーションっていうんやろか」

「友達が出来たとは言えないけれど、ちゃんと輪の中に入れてるじゃないか。焦らなくてもいい」

「せやけど、こんな受け身な感じでええんかなって。尾栗に任せっきりでなんか悪いわ」

「慣れてくれば自分から話を振ればいい。今は夢乃さんの武器の一つ、異界の知識で信頼を得てきているんだ。明日になれば変わるさ」

「明日? ってなんやっけ?」

「忘れたのか? 近所の神社で催し物があるから、そこでうちのクラスメイトで焼きそば屋を出すんだ」

 思い出したのか気まずそうに夢乃は眉をひそめ俯く。

「明日は異界サークルの集会があるし――」

「どっちが大事なんだ?」

「どっちも」

 夢乃はどちらもと言ってはいるが、前から約束をしていたのにそれを忘れるくらい集会に行きたかったのだろうから、答えははっきりしている。ただ、ここで素直に言わなくなったのは相手の気持ちをくみ取るコミュニケーション能力が向上した結果ともいえる。

「どちらも、というのならこっちに来てくれ。頼む。夢乃さんのコミュ力向上とかよりも、とにかくその能力が必要なんだ」

「わたしが?」

 夢乃が心の隙間を魅せる。きっと能力を必要とされることに喜びを感じているのかもしれない。尾栗はここがポイントだと気持ちを引き締めた。

「ああ。いてくれないと困る」

 尾栗はじっと夢乃の目を見る。その意志の強さに夢乃は思わず流されてしまい頷いた。

「わかった。明日は焼きそば焼く」

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