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1-15 モデルチェンジは登校から

 いつもは早朝の誰もいない通学路を歩く尾栗だが、今日は違った。

 時刻は八時過ぎ。駅を出たすぐの路上で単語帳をめくる尾栗の姿が珍しく、クラスメイトの何人かは声をかけた。

「誰かと待ち合わせ?」

「ああ、夢乃さんとな」

 その答えにクラスメイト達は怯え、巻き込まれないように笑ってごまかして先を急いだ。

 夢乃がクラスメイトの輪に入るにはまず変化を見せることが必要と尾栗は考えた。

 夢乃と共に登校することで一匹狼のイメージを払しょくしなくてはならない。それにはみんなの注目を集められる『一緒に登校する』という行為が最適だとした。

 そして約束の時間から五分を過ぎると改札口に夢乃の姿が見えた。

「おはよう」

 夢乃の悪気のなさそうな様子に尾栗は奥歯を鳴らす。

「ああ、おはよう。注意をしたい点がいくつかあるから歩きながら言うことにする」

 尾栗は夢乃の顔を見ず、足早に通学路を進んだ。夢乃は慌てて少し後ろをついて行く。

「注意って何?」

「俺は時間が最も大切だと説明したはずだ。今日の待ち合わせ時間も計算されたものだというのに五分も遅れてさ、計画が崩れた」

「計画? 登校時間にそんなものあったんや」

「ああ。始業五分前くらいに教室につけば、大半のクラスメイトがいる中、俺たちが一緒に登校したことを気付けてもらえる。そして残りの五分でその話題を話すんだ。最も大事なのはこの話す時間だ。コミュニケーションは輪に入ることと同義だからな。それなのに……」

「ごめん。いろいろ考えてくれてたのに」

「いや、いいんだ。もう忘れろ。今から前向きな気持ちで行こう。暗い顔で教室に入ってもだれも話しかけてくれないぞ」

「う、うん」

 そうは言われても夢乃は笑顔になんてなれなかった。気にするなと言っても不機嫌丸出しな尾栗、その原因を作った罪悪感、それでも暗い顔をしてはいけないという難題に、ただただ感情がぐしゃぐしゃになる。

 そんなぐしゃぐしゃな心をごまかすきっかけをくれたのは先輩であり後輩の少女の姿だった。

 自販機でブラックコーヒーを買う仲井に気づいた尾栗は無視をしようと思ったが、後ろにいた夢乃はもう仲井の方に駆けだしていた。

 朝から上から目線な後輩と会うのは気分が少し悪くなるが、夢乃を放ってクラスに行くわけにはいかないので尾栗は夢乃の後を行くことにした。別に二人の仲に入らなくても近くにいて教室さえ一緒に入れば問題はない。そう考えて楽しそうに話す二人を見て歩いていると仲井が手招きしてきた。逃げるのも癪なので尾栗は軽くため息をして足を速め、二人の間の一歩後ろまで行く。

「おはよう。朝からブラックコーヒーとかおっさんか?」

「おはよ。ま、年齢的にはそろそろおっさんだから否定はできないかも」

 相変わらず仲井はキャラ設定を徹底している。精神は二十七歳、体は十五歳。

「そうだ夢乃さん。学校まではあと五分くらいあるから作戦を立てよう」

「さくせん?」

 夢乃は目を少し丸く、仲井は尾栗の顔を覗き見る。

「ああ。作戦はちょっと大げさすぎたかな。これだけはやっておけっていう注意事項のようなものだよ。じゃあさ、夢乃さんは教室に入ってまず何をする?」

「まずは机に書いた幾何学が薄くなってないかチェック」

「違う。そんなものは消えてしまえ」

「ひどい! 幾何学は召喚値を収集するにはもっとも効率が良いんやで!」

「そんな面倒なことをするよりももっと簡単で手っ取り早い方法を教える。それは挨拶だ」

「おはようとかそんな感じ?」

「ああ。挨拶はコミュニケーションでも重要な部分を占める。まず目があったらおはよう。これで相手はわずかにでもつながりを感じて警戒心も解くだろう。ま、最初のうちは警戒されるだろうけど」

 挨拶がそんなに大事なのかと疑問そうな表情をしつつも、尾栗が言うのならと夢乃はうなずいた。

「ちゃんと目を見て挨拶。これも大事だから」

 あとは何かあるかなと、中空を眺めながら尾栗はぼんやりという。すると仲井が口を開いた。

「もしさ、今日あたしと会ってしまったみたいに、想定外のできごとがあったとするじゃない? 夢乃さんはそれに対応できる?」

「確かに。困った時に自己解決するだけのコミュ力が夢乃さんにあるとは思えない」

「二人してアホにしてるやろ」

 夢乃は唇を突き出し落ちていた石を前に強く蹴って転がす。

「じゃ、もしこの間、喧嘩したことをあのクラスメイトがまだ根に持っていて、机の幾何学模様を消されたらどうする?」

「素手で勝たれへんのやからその辺の堅そうなので殴って、手を粉砕骨折させる」

「ハイ駄目」

「なんでやねん! 召喚にどんなけ神聖幾何学が大事かわかってないやろ!」

「わかってないよ。だって説明されてないんだから」

「異界人ならわかるやろ!」

「俺がわかっても普通の人間にはわからない」

「そ、そうか。そうやな。……困ったら助けてください」

「わかった。困ったらな」

「ちょっと待って。困ったらって、尾栗くんは夢乃さんがいつ困ったっかわかるの?」

 仲井の言葉に、咄嗟にわかると言いそうになるが、わかればそれはそれで気色が悪いし何様だってなるし、こんなところで粋がっても得はないので尾栗は腕を組んで考えた。

「確かにわからない」

「何かあるごとにメールなんてできないし、何か合図があればいいけど」

「合図かあ。尾栗はモールス信号出来る?」

「わからないよ。てかもしかして机をトントンと叩いて合図するのか? そんなの感づかれるだろ」

 二人にしかわからない合図が他人に気づかれるなんてことになると恥ずかしいなんてものじゃない。合図を送るごとに誰かが嘲笑うことを思うと尾栗はゾッとする。

「これならどうだ? 椅子を引いたままにして教室を出ろ。それが合図だ」

 尾栗はこれは名案だとドヤ顔を二人に向けるが、どうも反応が薄い。まあ、それでいいかという感じだ。

「ま、それでいいんじゃない?」

「それって、なんだ。お前が大事って言ったのに雑な片付け方だな!」

 尾栗のツッコミをシカトして仲井は言葉をつづける。

「一緒に登校する友達ができてよかったじゃない」

 独り言のような仲井の言葉に夢乃が反応した。

「友達というよりも協力者って感じですけど」

「ふーん、そうなんだ。で、あんたは?」

 仲井は尾栗に目くばせをする。

「へっ?」

「あたしは二人に聞いてるのよ」

「……お前も一緒に来たいのか?」

「ふん。ごまかすのが下手ね」

 鼻で笑う仲井に尾栗は舌打ちをした。

「夢乃さんのモデルチェンジデビューだというのになかなか幸先悪すぎだ」

「思い通りになることなんてほとんどないのよ。肝に銘じなさい」

「うるさい。年下のくせに偉そうに言うな」

「あんたその台詞コナン君に言える?」

 そろそろキャラ設定に相手するのも面倒なので無視をして、夢乃に話しかけようと夢乃の方を見ると、鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌でニヤついていた。

「仲井と会うと本当機嫌よくなるな。これから困ったら仲井を呼ぶことにしよ」

「仲井さんだけじゃないよ。尾栗も」

「えっ?」

 その言葉の意味がいまいちわからず尾栗は聞き返す。

「異界人と異界に行った人と登校できるなんて、まるで異界にいるみたいで幸せやん」

「そういうことか」

 ニヤけた仲井が肘をぐいぐいと尾栗の二の腕あたりを押すので、尾栗は不自然なくらい不機嫌な表情で押し返した。

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