狂った半妖精と竜の恋のひとつの結末
「俺が死んだら、血の一滴髪の一筋魂の一欠けらさえ残さず喰らってほしい」
そう、竜に願った半妖精の男がいた。
妖精の恋は狂っている。
狂気と狂喜に塗れ相手の何もかもを手に入れるか、相手に何もかもを奉げるか。
その、二つしかない。
竜の女は、半妖精の男に全てを奉げられていた。
竜は美しく煌めく蒼白金の鱗と深緑の瞳を持ちながらも、人としての姿をとると鮮やかな紅の髪をしていたから、『瑪瑙』と呼ばれていた。
その紅色の髪は、王の証だった。
竜、瑪瑙は全ての竜を従える王だった。
【我は無敵の民の盾。全ての厄より守護する剣】
全ての竜を従えて、瑪瑙は高らかに吼える。
愛した世界を護る為、彼女と共に竜はその硬い鱗で人を庇い、その爪で敵を引き裂き牙で砕く。
そんな竜の女王に、半妖精の男は恋をした。
半妖精の男は、紺碧の森、全ての妖精が生まれる始まりの樹海を治める王だった。
半分人間だったが、それでも彼は飛び抜けて強かった。
竜の女王と肩を並べる事が出来る位に。
男は森と同じ紺碧の髪と瞳をして、その美しい色とよく似た鳥から『翡翠』と呼ばれていた。
彼の歌は呪歌と呼ばれて、敬われ恐れられ憧憬されていた。
翡翠が謳えば、ありとあらゆる精霊が喜んで力を貸した。
誰かの傷を癒すことも、誰かの身を護ることも、何もかも。
そして、彼の歌は全て竜の女王のためだった。
「私の一番は世界。だから決して私の一番にはしてやれない」
「それでもいい。そんなあんたを俺は愛した」
翡翠が焦がれたのは、民のため世界のため愛した全てのためにその翼を広げるひとだった。
決して彼女の心の一番にはなれない。なろうとも思わなかった。
ただただ身を削るように愛した民を世界を護ろうと走り続ける彼女の傍にいられればよかった。
瑪瑙も翡翠に恋をしていた。
決して裏切らず静かに傍らで佇み優しい声で自分のために謳う半妖精を想っていた。
たとえ誰に否定されようとも、彼だけは決して自分を否定しない。
確信よりも深く、それは瑪瑙が世界を愛したように当たり前の事実だった。
翡翠から全てを奉げられ、けれどそれと同じだけのものは返せないと知っていて、なお。
だから一つだけ、自身の根幹を揺るがす以外の願いなら叶えようと彼に言った。
翡翠は言った。
喩えば自身が死ぬとして。
その瞬間全てを喰らってほしいと。
愛したあなたのその身体の一部となり永遠に傍に。
この身体と魂が持つ全てをどうか奉げるから受け取って。
竜は長く永く生きる。
半分でも人の血が流れる妖精は、きっと途中で死ぬだろう。
傍にいられないことが何よりも恐怖であった。
翡翠にとってそれこそ瑪瑙に愛されないことよりも恐ろしい事だった。
それだけは耐えられなかった。
だから縋りつくように彼女の一番にしてやれないという罪悪感を利用してまでも願った。
瑪瑙にとっても、翡翠にとっても友人であった男と経過した時によって死に別れ。
妹のようであった娘と道を違え。
目まぐるしく変化し続ける世界を護りながらその瞬間は来た。
こふり、と翡翠の唇から血と吐息が吐き出される。
幾多の戦場を駆けてきた身でありながら、あぁ、なんという油断だったことか。
二人は互いにそう笑いながら、血を吹き病魔を撒き散らし世界を侵食しようとする異界のバケモノに囲まれながら笑った。
まったく、こんな色気も情緒もないところで約束を果たすことになろうとは。
「一番ではないけれど、確かにお前を私は愛しているよ」
「知ってる」
人の姿で笑う竜の女王は、ゆらりと竜へと姿を変えて、半妖精の男を丸呑みにした。
約束どおり、血の一滴髪の一筋魂の一欠けらさえ残さず呑み込んだ。
口に広がる愛した半妖精の血と、魂に染み渡り溶け込む男の魂は、確かに歓喜に満ちていた。
妖精の恋は狂っている。
狂気と狂喜に塗れ相手の何もかもを手に入れるか、相手に何もかもを奉げるか。
何もかもを奉げて、翡翠はその魂から狂喜していた。
ボロボロと大粒の涙を流す瑪瑙の深緑の瞳は、右半分だけが綺麗な紺碧に染まり。
人の形を取れば、紅色の髪に一房の紺碧。
唇を震わせて漏れ出す旋律に、精霊たちは喜んで応えた。
竜の姿であれば、蒼白金の鱗に映える紺碧の爪。
翡翠は翡翠。背には竜とは異なるもう一対の翼。
竜が謳えば全ての精霊は歓喜と共に応え。
空を翔けるための翼はこれまでよりも風を攫む。
【我らは無敵の民の盾。全ての厄より守護する剣】
世界に降り注ぐ全ての厄をその歌と爪と牙とで叩き潰しながら竜と妖精を従える女王はそう高らかに謳う。
これは狂った半妖精と竜の恋の一つの優しい結末。
ずっと昔から私の中で暴れまわってくれているとある二人の一つの結末。