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第五話 目覚め04


 大部屋の中央には大きなテーブルがあり、向かい合わせで八人分のもの椅子が配置されていた。白いクロスがかけられたテーブルはなかなかなおしゃれな感じがする。ここに花いっぱいの花瓶か豪華な燭台でもあれば完璧だったのだろうが、さすがにそこまでのものは無かった。

 大型の燭台は左手の壁にあった。反対側にはそれと同じのものと、せり出した窓がある。

 がっしりとした椅子の背もたれには、ところどころにへこみや傷が見える。きっと長いあいだ使われているのだろう。

 奥向かいにある大きな食器棚には白い皿や鉢などがガラス扉の内側に積み重ねられていた。四、五人用とも思える鉢や大皿も斜めに立てかけられている。それが食器棚の中をずいぶんと狭いものに感じさせていた。

 この家はずいぶんと大所帯なのだろうか。


 パンがのせられたお皿を双子が奥の部屋から一つずつテーブルに運んできた。


「着替え、終わったよ。なんかすっごくいいにおいがするね」

「ふふっ、もうちょっと待ってね。これ夕飯用に準備してたものだから、ちょっと時間がかかるの」

「まっててね」

「カズマお兄ちゃんの席はここよ、どうぞ」


 ちょっぴり澄ました八歳児は真ん中にある席を指し示す。


「ふたりとも準備を手伝ってるんだな。えらいよな。ねえファーリア、俺もなんかできることあるかな?」

「うふふふ。わたしってえらい? もおっとほめてっ」

「ニニアったら一人だけでずるいわよ! わたしだって手伝ってるのよ。ちゃんとほめてよねっ」


 双子のもう片一方、ユーニルが奥のキッチンからふくれた顔をのぞかせる。


「わかった、わかった。ユーニルも手伝っててえらいよ」


 ふくれていたほっぺたはそのまま大きな笑顔に変わった。

 ファーリアは空いた片手を口元に当てて苦笑すると、一馬を見ながら双子を一人ずつ指さした。


「だいじょうぶよ。こ、の、二人だけでじゅうぶん手は足りてるから」


 双子はファーリアの指名にこたえて得意げな顔を見せつける。


 そういえばキッチンでも少女たちだけで、大人の姿が見えないのどうしたわけなのだろう。一馬は少しだけ気になったが仕事などで出かけているのかもしれないと思った。

 自分だって親と顔をつきあわせていることなどわずかな時間でしかなかったからだ。


 椅子に座った一馬はちょうどいい時間つぶしになると思って、さっきの疑問をファーリアにぶつけてみた。


「日本語って?」


 ファーリアは鍋をかき回しながらも不思議そうな顔をしだした。

 どうにも話が通じなかった。

 三人から返ってきた答えをまとめると、彼女たちはレムンディア王国の言葉を話しているのであって日本語を使っているとは思ってはいないということだった。

 もちろん一馬はこの王国の言葉などまったく知らなかった。

 お互いが自国の言葉を話していると思っているのに、それが勝手に変換されて相手にとっての母国語となっているのだ。

 しかしなぜだか人名などの固有名詞は自動で変換してくれなかった。

 どういう仕組みでこの現象が起きているのかは理解できなかったが、一馬としてはこの事実を受け入れるしかなかった。


 この世界ではそういうものなのだ、と。


「ねねね、カズマお兄ちゃん。カズマお兄ちゃんが住んでたニホンってどんなとこなの?」

「みんなすごい魔法とか使ってるの?」

「いやあ、それはないかな。魔法は無いんだよ。その代わり科学技術があるんだ」

「なんかおもしろそうね。わたしも聞きたいな」


 日本語の話が出たことで、三人は一馬がもといた世界に興味を示し始めた。

 一馬は自分が住んでいた街のことや技術などについて簡単に説明していった。


「でさ、途中のインストに合わせてディーバの髪が揺れるんだけど、髪の毛が落ちる速度が曲調と完全に一致してるんだよ」

「髪の毛が落ちる速度は編集でいじったりしてるんじゃ無くって、取り込む身体を動かす動作で調整してるって知って、すごく手間がかかってるって感動したんだ」


 一馬は自分が最近はまっていることをなんとかファーリアに伝えようと、ずいぶんと熱を帯びた話しぶりを続けていた。


 ふと気がつくと、一馬を見つめる双子の目がみょうに冷たかった。

 われに返った一馬はずれかかった雰囲気をあわてて正そうとする。


「あああっと、ごめん。なんか俺、わけ分かんないはずなのに勝手にしゃべってたみたいで」


 一馬は自分勝手な演説に恥ずかしさを覚え、軽く汗をかきながら頭に手をやった。


「ううん、聞いてても楽しいわよ」

「ええっ、ファーリアって俺の話が分かるの。それってすごいことかも」

「んふふ、わかんない。でも話の内容は分からないけど、カズマがそのことがすごく好きなんだってことは分かるわよ」


 ファーリアはいたずらっぽい笑みを浮かべると、鍋の味見をし始めた。


「それで一馬の……高校だっけ……の友達とかは?」


 ファーリアがなにげない質問を向けると、さっきまでは饒舌じょうぜつに話していた一馬の舌がろくに回らなくなっていた。

 スマートフォンやテレビ、ゲーム、コンビニなどについては言いたいことがたくさんあった。だが自分のまわりの人間については話したいことがどうにも少ない、ということに一馬は気がついた。


「……えっと、俺ってさ、けっこう人見知りする方だったりするから。あんまり交友関係が広くないんだ。……趣味が一緒の奴らでかたまっててさ」


 一馬は精一杯おどけた調子を作りだす。せめて話の方向を別のものへと変えようとした。


「へええ、そうなんだ。でも不思議よね。統星者ユニスターになる人が別の世界に住んでいる人間だなんて。そんな人がわたしたちと同じように生活してるだなんて、思ってもみなかったわ」


 重くなった一馬の口に気がついたのだろうか。ファーリアは鍋の味を整えると、暗い顔をした少年に笑いかけてきた。


 一馬はからだの真ん中にぽっかりと穴が開いたような感覚があった。ひどい空腹のせいだけではない気がする。

 唇をかみしめ身体の真ん中にあてた手を背中の方にきつく押しやることで、一馬は何とか空っぽの隙間を埋めようとした。


「……やっぱりお腹がすいてたのね」

「三日も眠っていたんだから、がまんできないのかもね」


 ファーリアは一馬の動作に気づくと、ひとりで納得がいったような声を上げた。


「三日も? え、俺ってそんなに眠ってたの?」

「そおよぉ。まる一日たっても目が覚めないから、最初に運んだ軍の砦からここまで馬車で運んできたのよ」


 双子から次々と手渡される深皿に、ファーリアはたったいままで煮込んでいたものをひとつづつ順番に注いでいく。


「けっこう大変だったんだから」


 双子たちはファーリアの言葉に同意をもって大きくうなずく。それから自分たちの仕事の大変さを一馬に向かって説いてきた。


「うんうん。大変だったのよ。ベッドのシーツを運んだのもそうだしぃ。朝になったら窓のカーテンを開けてぇ、いつ目が覚めてもいいように、ちゃあんと準備してたのよ」

「カズマお兄ちゃんが安心して眠っていられたのは、わたしたちのおかげなんだからね」

「ふたりとも、なんかすごいこと言うわね」

「ずっと起きないから、何度も何度も上まで見に行ってあげてたのよ」

「ほっぺたを引っぱっても、ぜんっぜんっ起きなかったわ」


 一馬はからっぽのお腹になにかが入ってくるよう気もしたが、どうにも腑に落ちないといった感じでほほに手を当てると、奥間とテーブルとを笑いながら往復する三人を見つめるのだった。



「はーい、本日のお昼ごはん、完成っ!」


 ファーリアは少し芝居がかった口調で言うと、いたずらっぽく一馬に笑いかけてきた。

 赤、緑、茶とさまざまな色の具材が入った白っぽいシチューのようなスープから、湯気とともにいいにおいが立ちのぼってくる。

 それから紫や赤のドライフルーツを練り込んだパン。黄色で濃さがそれぞれ違うチーズ。

 スライストマトとレタスのようなサラダもある。

 三人は自分たちで作り上げた昼食に満足しているようだった。明るい表情を浮かべて一馬と向かい合わせとなるそれぞれの席に着く。


「どう、かな? お口に合うとは思うんだけど」


 ファーリアはテーブルの上で両手を組むと、体を少し前に傾ける。ちょっぴり不安をのぞかせる態度で一馬をしっかり見つめてきた。

 双子たちも前のめりになった胴体からさらに首を突き出して、神妙な顔つきで一馬の様子をうかがった。

 期待と不安が入り交じった少女たちの目は一馬をとらえて放さなかった。


 三人の真剣な表情と空腹とで手が震えそうな一馬は、シチューをすくったスプーンをこばさないようにゆっくりと口まで運んでゆく。


「……これ、すごくうまいよ」


 三人の顔に笑顔の花が咲いた。


 普段の昼食がコンビニパンの一馬には三人と食べる昼食がとても豪華なものに感じられた。

 いつもは友達と食事しながらでも、視線の先にはずっとスマートフォンの画面があった。

 もちろん他のやつらも同じ動作をとっていた。

 食事なんて必要な栄養素を取るだけのものだと、ずっと思い込んでいた。


 今日のはそれとは違っていた。


 一馬はうまいよ、をくりかえし言いながら勢いよく何度もスプーンを口に運んだ。


「さっ、わたしたちも食べよっ。熱いからやけどしちゃだめよ」


 双子はすくったスプーンにふうふうと息を吹きかけて冷すと、口をいっぱいに広げて食べ始めた。



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