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第四話 目覚め03


 名前の問題が一段落すると、ファーリアがこの世界のこととを少しずつ説明することとなった。

 一馬が現在いる場所やここの歴史について何も知らないことを不思議に思っていたようだが、少女も統星者ユニスターがどのような人間なのかということを、深くは理解していないようだった。

 そのためにまずは現在の状況について一馬の疑問に答えることになったのだ。


 いま一馬たちがいるのはレムンディア王国の南西部にあるメイリングムーンという辺境の街なのだという。

 五百年を超える古い歴史を持つこの王国は、別の世界から現れる闇の生物との間で数十年ごとの断続的な戦争を続けてきた。

 救世主として伝わる統星者ユニスターというのは、闇の敵との戦いで最悪の様相がしめされた時にどこからか現れて人々を救ってくれる英雄なのだ。

 およそ二百年ほど前に王国が危機に瀕した時に現れ、実際に世界を救ったという伝説が存在していた。このあたりを治める領主の祖先もそのときの戦いに大きな助力を果たしたのだという。

 ファーリアは以前に老魔導師から教わったという呪文で一馬をこの世界に召喚した。奇妙なことにその呪文について初めて教わったのは二年も前のことだという。老魔導師がなぜ呪文を教えてくれたのかはファーリア自身も知らなかった。

 困ったことに統星者ユニスターについて一番詳しいはずの老魔導師は、現在では失踪しているのだ。そのためファーリアの知識は星道儀官なども知っている一般的なことだけだった。


――闇の生物との戦いから世界を救う統星者ユニスター、か。


 なんとも大それた存在だった。


(しかし、これって本当に俺で大丈夫なのかな……)


 三人からは救世主扱いをされているとはいえ、一馬としては普通の高校生の自分に、どこにそんなすごい能力があるのかと思っていた。


 一馬はもしかしたらこの異世界では、現代人が特殊な力を出せるのかも知れないとも考えてもみた。転生などして生まれ変わったりしたわけではないのだから、勝手に能力が追加されているとは考えにくい。

 しかし頭の中をかき回しても魔法の呪文など出てこなかった。

 片手をぎゅっと握ってみたが、握力は普段とまるで変わらない気がする。床をかかとで蹴った時にだって大穴が開いたりはしなかった。

 一馬は自分の手を握ったファーリアの指の感触を思い出すと――もちろん現代世界で女の子に手を握られたことなど一度も無かったのだが――この世界も元いた世界もまるっきり同じものとしか思えなかった。

 そうすると残るのは現代の知識なのかも知れないが、高校生が持つ知識などたかだか知れている気がする。ネットで検索でも出来るのなら少しはましになるのだろうが、この世界にはそんなものは無いような気がしていた。

 本当に人違いではないのだとすると、自分の知らない何かの力がどこかに隠されている、と言うことになるはずなのだが……。


「あのさ、統星者ユニスターってほんとに俺のことなの? 人違いとかじゃなくって」

「うん、そうよ。カズマが現れたとき戦場で大きな光の柱が現れたの。ものすごい輝きだったわ。その光が広がっていって敵が全部逃げていったから、わたしたちは助かったのよ。その光の柱が消えた時に、光の中心にいたのがカズマなのよ」


 もう認めるしかなかった。

 どうやら人違いなどではなく、一馬がなんらかの能力を持っているというのは本当のことのようだった。


(記憶にもないし、いまだってそんな力があるような感じはしないんだよなあ。これってそのうち覚醒したりとかするのかね)


 打つ手がない一馬は事態を少しは前向きにとらえてみることにした。

 いくら考えても分からないことは仕方がない。求められている役割についてのプレッシャーはあったが、これ以上は深くは考えないことにした。

 せっかくの異世界なんだし、もう少し楽しめる方がいいと思ったのだ。目の前にはかわいい女の子がいて自分に好意を寄せているような感じなのだ。


 そう思って金色の髪の少女をあらためて見つめてみた。

 やはりかわいくって。……とても素晴らしいプロポーションをしている!

 しかし一馬は最初に見た時とは異なるものを、ファーリアの中に見つけてしまった。

 そのことに気づいた一馬は、自分の心の中ででふくらみ始めていたいい気分も一気にしおれてしまった。

 少女の伏し目がちな顔には悲しみを帯びた暗いものが浮かんでいたせいだった。


――そうだよな。戦争してるって言ってたよな。


 一馬は浮かれてばかりなどいられないことに気がついてしまった。もう少しまじめに情報を集る必要があった。


「それじゃあさ、いまもその闇の生物と戦争をしてる最中ってわけ?」

「……そうよ。戦っているの」


 ファーリアは苦しげな声でいま戦っている相手のことを語ってくれた。


 一年ほど前から王都の北西部の地域――この街からはずっと北にあたる――で闇の軍勢と大規模な戦争が始まった。さらには三週間ほど前からはこの街の南方にも闇の生物が現れ、ここでも戦いが始まったのだ。


 人間がずっと戦ってきた相手は、無黒エボンと呼ばれる人の形を模した真っ黒な闇のような生物だった。

 動物たちは彼らを恐れて逃げ惑い、決して彼らに近づくことはなかった。

 大型の武器を携え、一部のものには魔法までも使いこなす恐るべき無黒エボンは、まるで軍隊のように集団となって人間に戦いを挑んでくるのだ。


 人間が彼らと戦う理由は襲いかかる火の粉を振り払うためというだけではなく、もっと重要な意味があった。


 無黒エボンはこの世界に自然に発生するものではない。彼らは影里ダークネストと呼ばれる闇の領域からわき出てくるのだ。

 影里ダークネストは王国のどこかに出現する真っ黒なしみのような空間で、数十年ごとに現れては人間の世界を闇の中に取り込んでゆく。それは恐るべき暗黒の領域なのだ。

 影里ダークネストが出現した時には、握り拳ほどの大きさの小さな黒い球体でしかないものだ。しかし時間が経つにつれどんどんと大きく膨らんでゆく。

 もしも放置すれば、森であろうが山であろうが、人の手が入った畑も街も、すべての大地が影里ダークネストという暗闇の中に飲み込まれてしまうのだ。


 この影里ダークネストを直接小さくする方法はいまだに見つかっていない。

 闇の領域を小さくする唯一の方法が、そこから出てくる無黒エボンを倒すということだった。

 影里ダークネストからわき出てくる無黒エボンたちを倒し続けることで、闇の領域は少しずつ小さくなっていく。それを何度も何度もくり返すことで最終的に影里ダークネストを消すことができるのだという。

 人間の王国を浸食する影里ダークネストという闇の領域を消し去るために、人間たちはずっと無黒エボン戦い続けてきたのだ。


「もう街の南にある影里ダークネストは、小さな森一つを飲み込むほどに大きくなっているわ」


 ファーリアはいままではずっと硬い表情のままで、どこか遠くを見るような目で無黒エボンの話をしていた。

 だがもういちど一馬の顔をはっきり見据えると、喜びにあふれる声を出した。


「でもカズマが来てくれた。敵とは剣の力だけだと戦えなくって、天星の加護の力で何とか対抗してきたの。それをカズマはいっぺんにやっつけてくれたのよ!」


 一馬は相変わらずの称賛には少し慣れてはきたのだが、敵とは普通には戦えないと言ったファーリアの言葉には、さすがに驚いてしまった。


「ええっ、剣で駄目なら今までどうやって敵と戦ってたんだ。魔法とか使うの?」

「普通に剣を使っても無黒エボンに傷を負わせることは出来ないけれど、剣を振るう人に星震体アスターで力を送り込むと、倒すことが出来るようななるのよ」


 一馬はこの世界での戦いがどんどん分からなくなってきた。


星震体アスター!?」


「んもーっ。ファーリアァ、おなかすいたぁ」

「もー、ぺこぺこぉ」


 双子はファーリアを見上げながら一本ずつその手を取ると、自分の体と一緒に、甘えるようにして左右にぶるぶると腕を振った。


「そうね、お昼にしよっか」

「カズマも食べるでしょ?」

「うん。なんかすっごく腹が減ってる」


 一馬は双子の言葉を聞いたとたん、自分もひどい空腹なことに気がついた。

 目覚めてからずっと三人に振り回されっぱなしだったため、食事のことなどまったく意識に上らなかったのだ。


「そうだ、ちょっと待っててね」


 ファーリアはいそいそと部屋を出て行くと、しばらくしてから折りたたんだ服のようなものと一組のブーツを抱えて戻ってきた。


「これお父さんのだけど、たぶん着られるんじゃないかな?」


 広げてみると少し厚手の白無地の綿の上下だった。じゅうぶん丈のある長袖と、腰のあたりをベルト代わりのひもで止める長ズボンだった。


「着替えたら降りてきてね」


 ファーリアそう言い残すと双子をうながし、階下へと階段を下りていった。



 一馬は三人を見送ると、さっそく上着に袖を通してみた。

 一人になって羽織った上着を整えていると、ある疑問が胸にわき出してきた。

 獅子ヶ崎の発音のことからも、一馬は自分がずっと日本語を話しているのだと思っていた。

 しかし日本語学校などがあるとも思えないこの世界で、いったいどうやったらあんなに流暢りゅうちょうに話すことが出来るのか。

 やはりこの世界の魔法なのだろうか。

 一馬は大きめのズボンに足を通しながら、着替がすんだらえ三人にこのことを質問してみようと思った。


 ひととおり着替え終わってみると上着の丈には問題が無いのだが、胸元も腰回りもだいぶ余ることが分かった。

 どうやらこの服の持ち主はずいぶんと恰幅かっぷくがよい人物らしい。

 上着の肩がいくぶん落ちるのは仕方がないにしても、ズボンの方は太もものところにそのまま腕が入るほどだった。腰の所でしっかりと絞ってみたが、ぶかぶかのスゥエットをはいているような格好になった。

 ブーツの足先にも少し余裕がある。が、こちらはくるぶしから上のひもを堅く縛ることでしっかりと足に固定することが出来た。


「けっこうなんとか着られるもんだな」


 ブーツの履き心地を確かめると、一馬は三人を追ってゆっくりと階段を下りていった。


 階段を一段下りるたびに足下からは堅い木の反響音が響いてくる。

 堅い木の手すりはあまり冷たく感じなかった、木製だとプラスチックのものよりも、なぜだかあたたかい気がした。

 一馬が最初にいた部屋と同じように、この家は壁も柱もすべてが分厚い木でできているようだった。

 重厚な木で造られた家だった。

 しかもけっこうな年月を経ているかのような雰囲気もある。

 どっしりとしたこの建物は自分が住んでいたマンションとは違い、「なんともいえない味がある」ように思えてしまう。

 くたびれた感じがする手すりに付いたしみまでもが、小粋な風味を感じさせるものになっていた。

 まるでちょっとした旅行にでも来ているようだ。調子が出てきた一馬は足取りも軽く、左右に扉のある廊下を進んで行った。


 人の気配を探しながら階段を継いで一階まで降りて行く。

 一馬が最初にいた部屋はどうやら三階にあたるようだ。

 二階の廊下の長さから考えると、この家は一馬が住んでいたマンションの部屋を合計した面積よりもずいぶんと広い気がする。


 一階に到着すると、建物の奥の方からは何かを煮込んでいるようないいにおいがしてくる。

 ダイニングルームと思われる大部屋に一馬が入っていくと白金色の髪がふわふわ揺れていた。彼女たちはもう一つ奥にある部屋とのあいだで、忙しく行き来している最中だった。

 双子が消えていく奥の部屋を見ると、開きっぱなしの扉の向こうで大鍋の前に立つファーリアの姿が見えた。

 いいにおいはその部屋から漂ってくるようだ。



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