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第三話 目覚め02


「えええっと、じゃあ、もう一度最初からにしますねっ」


「わたしは星道儀官のファーリア・クラウロットです。といっても、まだ見習いなんですが……。でも、資格のある人たちにも決して引けは取らないと思っています。それからこの子たちは……、あれっ」


 言葉を止めた金髪の少女から、いきなり白金色の髪がわいて出た。

 いつのまにか紹介者の後ろに隠れていた双子が、自分たちの番が来たとなるとその両脇にさっと姿を現したのだ。


「……ユーニルとニニアです」


 年上の少女は小さいふたりの行動に、少しあきれたような顔を見せた。


「あ、ああ。よろしく」


 姿を現した双子はそれには答えず、一馬をじいっと見つめている。

 スミレ色の瞳には心を射貫く不思議な光が備わっている。

 一馬は不作法なはずの二人から目をそらすことが出来なかった。

 この子たちにとっては自分の魅力を行使することなど容易いことだった。

 双子は視線を保ったままで後ろ手を組む。ウォーミングアップは済んだようだ。

 そのまま二人は一馬に向かって、跳ねるような一歩を踏み出してきた。


 軽やかな動きはまるで水面を弾いているようだった。

 その動作は一足ごとに立ち止まるもので、見るものすべてを魅了する。

 跳ねるたびに白金色の長い髪と柔らかな黒のスカートがふわっと広がっていた。

 しかしなぜだか一馬にはその姿が獲物を誘う疑似餌のように思えるのだった。


 ようやく二人が一馬のそばまで近づいた。

 前に手を伸ばせば目的の相手に触れられるほどだった。

 しかし魅惑の歩みはそこで終わる。

 双子は見せる側から見る側へと立場を変えた。


 ふたりは後ろ手のまま、こんどは左右にゆっくりと体を揺らしだした。間近からの視線が一馬を灼く。

 スミレ色の瞳が一切の情をはぶいた無慈悲な光を放ちだした。四つの瞳はいまや完全に探査モードに切り替わっていた。

 双子による獅子ヶ崎一馬の調査が始まったのだ。


 (うわあ、なんかすっごくマズイ気がする)


 視線にさらされた一馬は身のうちに冷たい汗を感じていた。目をそらそうと思うのに、そらせない。

 ふたりが自分よりはるかに年下の女の子だとは到底思えなかった。

 決して長い間ではないのだが、一馬には無限に等しい時間が流れたような気がしていた。


 動きを止めた双子は顔を見合わせ無言のままでうなずき合った。

 そして満足したかのように口の端を少しゆがめる。

 どうやら解析が終了したようだ。

 ふたりはもう一度一馬の方へと向き直ると、広げた両手をそれぞれの肩口で構えてみせた。


――え、その手って?


 目には見えない二つのしっぽがぶるぶる震えた。

 瞳の奥に渦巻く凶暴な輝きを解放すると、双子は勢いよく一馬に抱きついてきた。


「わっ、ちょおおおおおおおっ」


 子供とはいえ胸元までもある二人に飛びつかれると、バランスを保つのは困難だった。

 一馬はそのまま後ろのベッドに倒れ込んでしまった。

 双子の体が仰向けの一馬に、ちょうど覆い被さるような格好となった。



 目を光らせた双子はベッドに倒れ込んだことなどおかまいなしだ。

 見えないしっぽがピンと立つ。

 一馬に身体をあずけたままで、ふたりは口々に歓喜の声を上げた。


「んふふっ。ふうぅふふふ。あなたを今日からわたしたちのお兄ちゃんにしてあげるぅ!」

「ねえっ、ねえ、ねえ、お兄ちゃんっ。お兄ちゃんって統星者ユニスターなんだよねっ!」


 ふたりは倒れた一馬を左右から囲むと、胸元に顔をこすりつけるかのようにそれぞれの頭を振り出した。


「一人で敵をみんなやっつけたのよねっ。うふふふっ、すごいっ、すごいよおっ!」

「お兄ちゃんも魔法使えるんでしょっ! わたしたちにもいっぱい、いーっぱい教えてっ!」

「わたしたちだってすっごく、役に立つんだよおっ! んふふんっ、手伝ってあげるからぁっ!」

「お兄ちゃんとなら何だってできるわっ! いっしょに行ってあげるよっ!」


「……こ、これは。……ぶふっ……」


 叫ぶ二人がその頭を振るたびに長い髪が舞い広がった。

 極細の髪がスローモーションで落ちてくる。

 白金色の髪が一馬の顔をどんどんと埋めつくしていった。


(……なん……か、これ……。)


 一馬は甘い香りのする髪のなかで、溺れる感触を味わった。


「っひゃあああっ。い、いま助けますからっ」


 ファーリアがあわててかけ寄ってきた。

 一馬の腕を引っ張り、髪の海に沈んだ一馬をどうにか助け起こしてくれた。

 勢いよく体を起こした一馬にはじかれ、双子はベッドの上で尻もちをついた格好となった。

 しかし一馬に向けた二人の顔には悪びれた様子などまるで見られなかった。

 それどころかふたりには満足をしめす笑顔が宿っていたのだ。


「…………あ、ああ……。おれ……なにが……」


 一馬はベッドの上であぐらを組んで、やっとのことで体を立て直した。その顔は小さな台風に巻き込まれたかのように呆然としていた。

 一馬の両横で体勢を整えたスミレ色の瞳にまたもや邪悪な光がともる。

 双子は自分たちの膝とお尻を上手に使って、気を抜いた一馬にじりじりと近づいていった。

 瀕死の獲物にとどめを刺すかのように、だらりと垂れ下がった一馬の両腕にふたりは一気に襲いかかってきた。


「んんっ、んふふうっ。たったいまから、これはユーニルのものになりましたあっ!」

「ふっうーん。じゃあ、こっちはニニアのものだからねっ! もう、知らないよっ!」


 一馬の左右の腕をそれぞれ一本ずつ抱え込んだ双子は、自分の身体の動きと合わせて大きな腕を左右に激しくゆすり始めた。


「うああうあうあう……」


 双子にしがみつかれた一馬の両腕は壊れたブランコのようにあちらこちらに振り回される。



「ユーニル! ニニア! いいかげんにしないと怒るわよ!」


 両手を腰に構えたファーリアがベッドの前で三人を見据えていた。

 にこやかに笑っていた顔からは想像がつかないものだった。

 緑の瞳の持ち主は腰から上を前に傾けると、厳しい目で双子の非難を開始した。


 双子はしばらくにあいだ一馬を見つめたあと、お互い顔を見合わる。

 不服そうな視線は最後にファーリアに行き着いた。視線の先の表情が変わらないことを確かめると、子供たちは大きく息を吐き出した。

 ふたりは名残惜しそうにして一馬の両腕の解放する。お尻を引きずってのそのそとベッドから降りていった。


――ハ、ハーレムって思ってたのよりも、ずいぶんきついじゃないか。


 最初の大歓迎ではやくも消耗してしまった一馬は、片手をつきながらのろのろとベッドから立ち上がった。それから足に力を入れてまっすぐに立つための努力をしてみる。

 なんとか気合いを入れ直し体勢を整えると、一馬は少し戸惑った笑みを三人の方へと向けるのだった。


 一馬はこれまでの歓迎会で聞いた単語を頭の中で反すうしていた。

 耳には言葉の断片は入ってきていたのだが、少女たちに振り回されていた状態では話の中身などは頭に入ってこなかった。


(――しっかりしろ、俺。これってなんだか異世界でウフフな展開っぽいが、まだそうと決まったわけじゃない。……まずはちゃんと確認からだ。)


 自分の立場がまだはっきりとは分かっていない一馬は、そのあたりを正しく理解しておきたかった。


 双子をたしなめつつも、ファーリアはふたりの絡み合った白金色の髪をとかしていた。

 疑問を確認する必要がある一馬は金髪の少女をしっかりと見つめた。


「あのさ、少し聞きたいんだけど。ここって一体どこなの? それにさっきから俺のこと統星者ユニスターって言っているみたいだけど、それって何者なの?」

「ここはメイリングムーンの街ですよ。それから統星者ユニスター様っていうのは世界の危機に応じて現れ、人々を救ってくれるという伝説の人なんです。それは天星の力をすべて受け継ぐ救世主様なんですよ。戦場での大きな危機を退けてくれたあなたが新たな統星者ユニスター様なんです。」


「ちょ、ちょおっと待って」


 一馬は大急ぎで広げた手のひらをファーリアの方に向ける。

 伝説の救世主の役目は了解した。

 思わず笑みがもれそうだったが、横を向いてごまかした。


(これは、やっぱり召喚された最強勇者のパターンだぜ)


 予想が確信に変わったことで、一馬は心の中でガッツポーズを決めていた。

 思ったとおりここは異世界で、なぜだか自分は召喚されたらしかった。


(こういう時はその手の小説を読んどいて良かったって思うな。何というかすんなり理解できる)


 ここは一馬が夢想し冒険したいと思っていた異世界だった。


――でも、なんだかなあ。


 しかしなぜだか素直に喜ぶことができなかった。

 ここで初めて目を覚ましたはずなのに、すでに何かを成し遂げたような話になっているからだった。

 さっき少女が話していた闇の軍勢との戦いのことなど、これっぽっちも記憶に無かった。

 人には礼を持って接するようにと教えられたが、彼女たちのものは少し行きすぎている気がする。ほとんどほめ殺しのようなものだ。

 相応の行いを一馬ができているなら問題無かったのだが、現在は三人からほめ讃えられる心当たりがまったく思い浮かばなかった


(これだとちょっと居心地が悪いな)

(だいたい、一番おいしいとこがすでに終わってるような気がするんだよなあ。わけが分からないことで勝手に盛り上がられても、こっちが困る)


 一馬はずいぶんと困ってしまった。

 本人のあずかり知らぬ理由で勇者にされてしまう話なら、何度か小説で見たことがあった。

 しかし覚えが無い英雄譚を聞かせられても、一馬には自分の行いとしてすぐに受け入れたりすることは出来なかった。


――それに……。


(人違いなんかじゃないんだろうな。もし間違ってたりしたらヤバすぎる)


 異世界で冒険するにしてももう少しちゃんとした段取りがあってもいいような気がする。

 真偽はともかく、本人の理解できない理由でこれからも賞賛を浴びせられるなんて、たまったものではなかった。


(とりあえず会話だけでも普通の人っぽくしてもらおう。いまのままだと話をするのにも違和感がありすぎる)


 一馬はせめて称号みたいな名前だけでも変えてもらうことにした。


「あのさ、とりあえず俺は統星者ユニスター様ってガラじゃないから、別の呼び方で呼んで欲しいんだ」


 一馬はいまだに自分の名前すらも名乗ってもいないことに気がついた。

 さっきは女の子の顔が間近にあったせいで、まともに話をすることすらできなかったからだ。


「俺、獅子ヶ崎一馬っていうんだ。獅子ヶ崎が名字。だから普通にこっちで呼んでくれないかな?」


 ファーリアは不思議そうに小首をかしげた。

 ちょっぴり悩んだ顔も魅力的だった。

 緑の瞳がくるくる動いた。

 決心した少女は、言われたとおり一馬の名前を復唱しようとした。


「……シーフィーガ……、……シスガサッキ、……ヒッスガミン」


 どうも獅子ヶ崎の発音がうまくできないみたいだ。

 双子たちも加わって、三人での発音練習を始めだした。

、しかし誰も正しい発音はできなかった。


「じゃあ、一馬だとどう?」

「カズマ様」


 こっちなら大丈夫そうだ。


「あのさ、様ってのもやめて欲しいんだ。あと敬語なんかも。もっと気安い感じでいいからさ」

「俺いま十五歳だけど、見た感じ年はあんまり変わらないんじゃないの?」

「わたしたちは八歳よ! 八歳!」


 双子は同時に叫んで、まっすぐ上に両手を差し出した。

 一馬の目の前に小さい手が四つやってきた。

 広げた指の合計で八を表し、自信たっぷりの顔を見せつける。


「十五歳? ……だったらわたしと同い年ですね。あっ、でもやっぱり命の恩人だし、救世主様なんだし……」

「いやっ、そんなこと無いから。俺は自分がそんな偉い人だなんて思ってないから。なるべく普通に話がしたいし、敬語とか使われたら逆にものすごく会話がしづらいから」


 一馬はひどくまじめな顔をつくり出した。

 これは大事な交渉だった。

 同い年の子から一馬様だなんて、くすぐったくって仕方がない。

 ものすごくと、しずらいを、芝居がかった口で強調して説得の難易度を下げてみた。

 さいを投げた一馬はあとは結果を待つだけだった。


 ファーリアは迷った目をしながらあとの二人と同じ目線にまで頭を降ろす。

 双子も片方のこぶしをあごに当て小首をかしげると、悩ましそうな視線を返した。 しばらくのあいだ難問を分け合うかのように見つめ合った三人は、下を向いてそれぞれの答えを探し始めた。


 一馬は少女たちの判断を固唾をのんで見守った。


 少女たちは結論の出た顔を上てみせた。

 お互いの表情を確認し合うと、納得したかのようにうなずきを交わす。

 そして三人は声をそろえて名前を呼んだ。


「カズマ!」


 それを聞くと、一馬は少しくすぐったいような恥ずかしいような気分になった。

 ただ名前を呼んでもらっただけなのに、なんだか身体がぽかぽかしてきた。

 いきなり呼ばれたこの異世界もなんだか結構いいものかもしれないと、一馬は考え始めていた。

 一馬は三人に自然と笑顔を返していた。



「ところでクラウロットさん、俺ってなんでこの世界に呼ばれることになったの?」

 一馬の質問を聞いたファーリアの片眉が、ぴくりと動いてつり上がる。


「…………」


 さっきまでの笑みが消え一馬から視線を外したその顔は、なぜだか硬い表情になっていた。

 金髪の少女は、への字にした口元に指先を当てたまま黙り続ける。


「あれっ、どうしたのクラウロットさん?」


 目に冷ややかなものを蓄えながら、少女は一馬に向かって不満そうな顔を見せた。

「わたしがカズマって呼んでいるのに、クラウロットさんだなんて仰々しい言い方をするのはおかしいと思うんだけど? それにわたし、ファーリアって呼ばれるのことの方がずっと多いんだから」


「じゃ、じゃあ、ファーリアさん」

「ファーリア!」

「…………」


 一馬は舌の上で何度も名前を転がしたあと、ようやく口から言葉を吐き出した。


「……ファ、ファーリァぁ」

「ちゃんと言ってよ。でないと統星者ユニスター様って呼ぶからね」


 ファーリアは腕を組んで一馬と直角になるよう横向きになった。

 そこから軽く膨らませたほほと強めた視線だけを元通りにして、相手の返答をじっと待つ。

 双子たちははこぶしを口元に当てその肘を残りの手で支えると、難解な数学問題を考え込むような表情で見上げる一馬を代弁した。


 すぐには答えが出せずうつむいた一馬は自分の心の中で自問した。


(これって俺が最初に言い出したからだよな。気軽に話しかけて欲しいから自分の名前を呼んでくれって。そのくせ恥ずかしいから自分はできないって言うのだと、都合が良すぎるかもな……)

(……やっぱり自分の言うことだけ聞いてもらうってわけにはいかないよな)


 一馬は意を決して顔を上げると、大きく息を吸い込んだ。


「ファーリア」


「はい」


 ファーリアはくるりと向き直ると、満面の笑みを浮かべてうれしそうに応えた。



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