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第二話 目覚め01


――ああ、熱下がったな。


 からだが軽かった。

 もうどこにも痛みはなかった。

 陽の光で暖まった心地よい空気を感じて、一馬はほほをゆるめていた。


――まる一日寝てたのか。そういや変な夢を見たな、ずっと歩いてる感じの。


 一馬は仰向けになったままベッドでまどろむ感じを楽しんでいた。

 前日まで感じていたつらさがすっかり消えたことに、心の底から安心していた。

 太陽の強い光が目を閉じていても感じられる。


――部屋のカーテン閉め忘れてたっけ。


 そんなことを思いながらゆっくりと薄目を開けてみた。

 妙なものが見えた。

 見上げた天井には太い梁が何本もあった。

 狐につままれた気持ちを棚に上げ、仰向けの頭を真横に向ける。

 視線の先には一馬を見つめる二つの顔があった。

 興味深そうな目が何度もぱちぱちとまたたいた。

 そこから一拍おいて、まんまるほっぺが膨らんでゆく。

 顔の端いっぱいに口をのばした笑顔が、一馬に向かってやってきた。


 一馬はびっくりしてヘッドから跳ね起きると、二人の姿をまじまじと見る。

 まだ小学校低学年といった女の子たちだった。

 子供たちはベッドの木枠に両手をかけ、両膝を床につけてしゃがみ込んでいる。

 ふたつの顔はまったく同じもので見分けなどつきそうになかった。


 ともにフリルまみれの白の長袖と、胸元から膝下までをカバーするふわりとした黒のスカートを身につけていた。モノトーンの衣装にあって首元にある青いリボンが、唯一色が付いたものか。

 陽光を受けて輝く白金色の髪が腰のあたりまでまっすぐに伸びている。

 笑顔をのせたピンクのほっぺは、あどけなさだけでなく将来の端正なラインを予想させるものだった。

 ふたりの顔立ちは成長するにしたがって、見ほれる人間をどんどん増やしてゆけそうなほど素晴らしいものだった。

 意図せずに半分ほど開けられた口を除けば、だ。

 もちろん二人にはもっと魅力的なものがある。

 きらきらとスミレ色に輝く大きな瞳だ。

 しかしその目の光は一馬に安心感を与えてはくれなかった。

 一馬は二人に見つめられると、いたずら好きの子猫の眼前にいるネズミのような気分になってくるのだった。


 突然かくれんぼで鬼に見つかった顔をした双子は、両手で半口を隠すと勢いよく立ち上がった。

 口に当てた手はそのままで、じりじりと後ずさりしていく。

 ふたりは後ろに四歩ぶんだけ下がると、首から上だけを向かい合わせにして瞬きの通信を何度かくり返した。

 目には見えない三角の耳がぴくぴく動く。

 交信を終えた双子は一馬にくるりと背を向けると、ベッドとは反対方向に一目散にかけ出していく。


「うふふふっ。 やったっ! やったっ! 起きたわあっ!」


 声をそろえて叫びながら、双子は部屋のすみから階段を駆け下りていった。



「……何が、どうなってるんだ」


 一馬は呆然としながらも床に降りる。裸足の足にフローリングよりも堅い感触が返ってきた。

 納得がいかない顔つきで一馬は部屋の中を確認してみた。


 自室の二倍もの奥行きがありそうな部屋を順に目で追っていく。一方の壁際には椅子が付属しない小なテーブルがあり、その反対側の壁には幅広のチェストがあった。チェストの両横には上着を掛けるためのものなのか、幅の狭いパイプハンガーのようなものが二つ置かれている。

 長細い部屋の向かい側には階下へと続く階段がある。それから自分が寝ていたのとは違うもう一つのベッド。この部屋はあまり使われていなかったためなのか、部屋の反対側にあるベッドにはシーツもひかれていなかった。

 どこかの安宿か何かなのだろうか。


 濃い茶色をした木の床をかかとで軽く蹴とばすと、重くて鈍い音が返ってきた。どうやらずいぶんとしっかりとした造りのようだ。

 部屋の壁も分厚い木製らしい。ところどころある太い柱は壁に凹凸模様を作っていた。

 見上げた天井には部屋の両端に向かって勾配がかかっている。よくある洋館の屋根裏部屋を連想させるものだ。

 一馬は一番低い部分で手を上に伸ばしてみたが、百七十六センチの身長で何とか手が届く高さだった。

 天井には蛍光灯のようなものが見あたらないのに、部屋全体はずいぶんと明るかった。これはふたつのベッド脇にある大きなガラス窓のせいだろう。

 ふたつの窓はどちらもカーテンが開けられていた。そのため外の光が存分に部屋の中に入ってきていたのだ。


 風邪で苦しみながらも眠りに落ちた自室とはまったく違う部屋だった。


「熱がひどくてそのまま病院にとか……って無いよな。こんな病院なんかどこにも無いだろ」


 事態に頭をひねる一馬はベッドの上に両膝をつきガラス窓に身体を寄せて、外の様子をながめてみた。


 わずかな雲しかない空はずいぶんとまぶしかった。太陽は真上だ。

 三角屋根の茶色ばかりが目についた。建物は判で押したように濃茶と白の壁でそろっている。しかしなんだか古めかしい。

 通りの向かいにある家はどれも背が低く、二、三階の高さでしかない。ビルやマンションなど、どこにも見あたらなかった。

 背の高い建物が無いせいか空がずいぶんと広い。

 ずっと遠くにはとんがり屋根がいくつか見えるが、あんなものには人が住めそうにはない。いわゆる尖塔という奴だ。

 そういえば目障りな電柱や看板も一つも無かった。


 一馬は目に馴染まない風景から視線をそらすかのように下方向へと顔を向ける。

 しかしここにも違和感があった。

 目に写るのはアスファルトの黒ではなく石畳の白だった。

 道路には自転車や車は走ってもいないし、止まってもいなかった。

 通りをまばらに歩く人の頭は黒髪などではなく金色に輝いていた。

 よくある茶髪などではなくはっきりとした金色だった。


「……どう考えても日本じゃねえよなあ」


 一馬はなんだかばかばかしくなって大声で笑いそうになった。

 風邪を引いて寝て起きたらまったく別の場所にいました、なんて笑い話にもならない。

 友達に話したてみても「それギャグにもなってねえよ」とあきれられるだろう。

 考えて一番しっくりとくる答えはまだ夢の中にいるということだった。


「夢ならゆっくりしててもいいよな。もう昼っぽいけど学校は本日休業っことで」


「――夢なんかじゃありません!」


 声に振り返ると、自分とそう変わらない年齢の少女が部屋の中央に立っていた。

 一馬は自分の行儀の悪さを恥じると、大急ぎでベッドから飛び降りた。

 自分を見つめる少女からは心安らぐ不思議なものが伝わってくるような気がした。


 少女が持つ背中まで伸びた金色の髪はもともと軽いウェーブがかかっているらしく、ボリュームがあるというのにふんわりとしていた。

 優しい目尻と少しまるみを帯びた顔つきは、見るものに安心感を与えてくれるようだ。

 事実、少女の口元にはやわらかな笑みがあるような気がする。

 どうやらこの少女のかわいらしさの本質は笑顔の中にある、とも言えそうだ。

 温かそうななほほのラインが少しピンクに上気しているのは、ちょっとした興奮状態にあるせいだろうか。

 聞いた声には強い調子があったのだが、表情からは非難するイメージは湧いてこなかった。むしろ一馬を見つめるエメラルドグリーンの瞳には、待ち人を見つけた時のような喜びが見え隠れしている。


 身につけている衣服には華美なところは無く、どちらかというと簡素なものだった。

 白を基調に襟や袖口に薄桃色の軽いアクセントが付いた上着と、落ち着いた感じの若草色のボックススカートをはいている。

 少女のシンプルな装いのなかでは例外ともいえるものがたった一つだけある。コルセットでは閉じられていない上着の部分を、下からぐいっと押し上げている二つの大きなふくらみだった。

 ずいぶんと攻撃的なしろもので、持ち主の知らないところで数々の武勇伝を掲げていそうな気がした。


 一馬が少女の身体から視線をずらそうとすると、その影に隠れてこちらをうかがう鋭い視線に気がついた。さっきの双子が金髪少女の後ろから顔だけこちらに突き出している。白金色のかわいらしい頭だ。しかしその瞳は獲物を狙う肉食獣のような目だった。

 慌てて視線をそらした一馬はもはや天井を見ることしかできなかった。


 天井の梁を愛でていたせいで一馬は少女の動きを見落とした。金色の頭のてっぺんが目の前にあることを発見して大声を上げそうになる。


 と、その両手になにかがそっと触れてきた。


――やわらかい。


 上目遣いで一馬を見つめる少女の指がその手をしっかりと握りしめたのだ。

 中学時代に彼女などいなかった一馬にとっては、女の子にちゃんと手を握られたことなど初めての経験だった。

 きらきらと光る緑の瞳で一馬の目を射付けながら、少女の熱弁が始まった。


「わたしファーリアっていいます! あなたに命を助けてもらったから、いまここにいるんです! それを夢だなんて言わないでください!」


 少女の手は熱があるかのように温かくしっとりとしていた。

 握られた手から伝わってくる少女の心地よいぬくもりと、男とはまるで違うシュマロのようなやわらかさは一馬の心をぐるぐるとかき回す。

 自分を見つめる少女の目の輝きに耐えられず、一馬は目線だけを少し下の方へと動かしてみた。


――く、くちびる。


 まるで何かをせがむかのようなしっとりとした唇が、少し上向きになったピンクのほほの間にあった。

 一馬の理性がふるいにかけられる。だが耐久レースは始まったばかりだった。

 少女の顔の下では一馬との距離をさらに縮めるものが待っていた。

 そこにはコルセットで絞った胴からはみ出した二つの重量物が、まるで存在を誇示するかのように鎮座している。少し前かがみになって両腕の間に挟まれているせいか、布地越しであっても中身の持つ柔らかさがうかがえた。

 圧迫感さえ感じるふたつの突起物は、一馬の目を引きつけてやまない特殊な力を出しているようだった。


 ほんの一歩身体を前に出すだけでぶつかるほど近くに、一馬を見上げてほほを染める少女の肉体が存在していた。


――ち、近すぎる。そ、それにこの顔の位置はどう考えてもヤバイ。


 一馬の男性としての忍耐力は破綻寸前だった。

 思わず腕を回して「好きです」などと言いそうになる。

 だが犯罪者にはなりたくなかった。

 なんとか気の利いた台詞を掘り出そうと、一馬は必死になって混沌から言葉を探した。

 うわずった声が口からもれる。


「コ、コンニチハ。ハジメマシテ」


 すでに自分でも何を言っているのかよく分かっていなかった。

 一馬の中身はどろどろだった。魅力的な少女はバター作りの名手なのか。

 自分の手を握る女の子が息がかかるほどのそばにいる。――これは破壊的な攻撃だった。


 混乱した一馬から生まれた言葉など相手はまるで気にしていない。

 少女の口からあふれ出る演説は、さらなる熱を帯びだした。


「闇の軍勢との戦いのなか退却もうまくいかず、もうどうしようもない時にあなたが現れてくれたんです!」


 一馬を見つめる緑の瞳は恋でもしているかのように潤んで光る。

 上気したほほの間にあるピンクの唇からは、甘い吐息が漏れている。

 話し出すたび力が加わる両腕は振動兵器を起動する。腕のあいだのたっぷりが衣服の中で波打った。

 一馬のからだの中ではかき混ぜられたものが煮立っていた。

 フィクション好きな少年もここでは現実の優位を認めるしかなかった。

 少女の目の前の様子はずいぶんおかしなはずだった。だが熱に浮かされた少女の暴走は、とどまるところを知らないようだ。


 少女が握った手にぎゅっと力が加わる。、


「死の戦場に現れた光の御柱で、すべての敵を追いやってくたんですよ!」


 一馬の手を握る指にさらなる力が加わった。


「……最初に魔法で呼びかけた時には応えてもらえなかったけれども……、わたしたちが本当に危ない時に来てくれました!」


――ぎゅううっ。


「やっぱり……あなたは、伝説の統星者ユニスター様です!」


「ご、ごめん、ちょっと無理。……痛くて。悪いんだけど、手を離してくれないかな……」


「あああっ、ご、ごめんなさい!」


 握っていた手をぱっと離した少女は部屋の真ん中にまで駆け戻る。それから恥ずかしそうに顔を赤らめ、何度も一馬に頭を下げた。


 相手からの一言でさっきまであった少女の熱も少しは落ち着いたようだった。

 そうなると少し前まで自分がしていた行動を理解したようだった。落ち着かなそうに緑の瞳をあちらこちらに泳がせる。

 まだまだ自虐は足りないようだ。こんどは両手を前で組み合わせ、体を左右にまわしだす。

 まわりが見えなくなる癖でもあるのだろうか。


 視線を宙に浮かせながらその場でふらるらと体を動かし、恥ずかしさと気まずさでくるくると変わる表情に、一馬はずいぶん親しみを感じていた。


(見た目はかわいいのに、なんだかおもしろい女の子だなあ)


 しばらく一人芝居をしていた少女はようやく決心をしたのか、ふたたび一馬の方へと向き直る。

 そして照れ隠しとして少し甘えたように一馬にほほえみかけてきた。



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