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鬼のユメ  作者: 縹まとい
29/31

第十三幕:終劇

 ひゅうん。

 空間を切り裂き、芳華のワイヤーが唸りを上げてムジナの首に巻きつく。

「京から離れなさい!!流石のアンタでも、首を落とされたら…どうかしらね?」

 力を込めてワイヤーを引く芳華に対し、ニタリとムジナの口元が厭らしく歪む。

「キ、キ、キ、オンナ、お前は後回しだ。ヒャハハ!残念だったな、俺は好物を後に取って置くタイプなんだよ、え?キヒ!」

 フワリと音もなく、無数の空気の刃物が芳華のワイヤーを切り落とし、スルリと器用に方向を変えて芳華たちへと襲い掛かった。

「きゃ!!」

 力を込めてワイヤーを握っていた芳華はバランスを崩し、凪へ覆いかぶさるように倒れ込んだ。今、攻撃を受ければひとたまりもない事は誰の目にも明らかだ。

「やめろぉぉぉ!!!」

 私は声を限りに叫ぶ。

「ヒャーハハハハ!!」

 ムジナの高笑いが響き、続いて衣類や肌が切り裂かれる音が響いた。

 飛び散る水音が生々しく、撫で上げる様に背筋を凍らせる。

「くっ……あ……」

 低い呻き声。

「幸人くん!!バカ!アナタ、一体…!!」

 芳華の悲鳴が聞こえた。

「ぼ、僕だって、役に……くっ…!」

 幸人くんが凪と芳華、二人を両腕に掻き抱き、己の身を盾としてムジナの風の刃物・空刃くうはより守っていた。その背中は鋭い刃物で切り刻まれ、赤く染まっている。

「役にって…バカよ!!こんな…!」

「うるさい!僕にだって、これくらいは、出来る!!出来るんだよ!!僕には那岐や仙道さんの様には何も出来ない、でも!!」

 これくらいは、出来るんだ。

 そう言いながらも、幸人くんの背中は私の目から見ても明らかに震えていた。

 彼にとっては精一杯の行動。自分の身を犠牲にしてでしか、何かを守る事が出来ない。

 それはとても悲しい事。

 けれど、それも強さだ。

「幸人…くん……」

「京さん、ソイツを貴方は倒せるんでしょう?なら、あの、消えたあの人分も…!!」

 僕はまだ、二人を守れるから、早く。

 言葉にならない心の声。それでも、私にはしっかり伝わった。

 私は呼吸を整え、すべき事を迅速に処理する。

 今までやった事がないので、出来るか自信はなかった。だが、試す価値はある。

 両腕を同時に修復しながら、ムジナの足下で腹を上にするよう態勢を変え、足で回転する勢いを付けるとムジナの腹へ左足を絡めて引き倒す。

 しかし腕がない為、ムジナの体勢を少し崩すのみだが、私はそのままムジナの足元より転がり出ると、素早く身体を起こした。

 この距離ならば、私の領域だ。ムジナの平衡感覚を崩す為、私はありったけの力を振り絞ってムジナへ投げつける。

「キヒ?」

 すると、フラリと傾いたムジナの左目付近に、突然漆黒の点が現れた。

 ぎゅるん。

 ムジナの顔が不自然に歪み、点に収束していく。

 まさか、これは……!!

「凪!駄目、止めて!!凪が壊れちゃう!!」

「…俺は…死なねぇよ……。こんな奴、直ぐに……」

「キ、キ、キ、キヒヒヒ!!生意気な餓鬼だな、え?お前、一体何モンだ?え?」

 吸い込まれるムジナの姿。

 しかしその足元は既に黒い液体となって形を失い、ついには蜥蜴とかげの尻尾切りの様に首だけを残し、床へと逃れ出る。

 ズズズ…そんな形容が似合う黒い液体の移動。

 そこにムジナの顔が半分だけ色の付いた状態で浮かんでいる。

「キ、キ、キ、失った部分の材料、え、餓鬼。お前から補充するとするか、え、どうだ?キヒヒ!」

 ムジナの黒い液体は細長く糸のように伸び、一息に距離を伸ばすと凪の首へと巻き付いた。

「あぐっ…!!」

「凪!!」

「キ、キ、キ、でも、こんなにちいせぇと、え?足りねぇか?キヒ!」

「凪ぃ!!」

 私は素早く凪の傍へ駆け戻り、伸びたムジナの黒い液体を切り落とす。しかし、翁の掌の件もある。私は躊躇わず、その液体を己の体に吸収した。

 身体の中に取り込んだそれは、這いずり回るナメクジの様な感触で酷く気持ちが悪い。

「凪…何で、こんな無茶を!!」

「ふん……。守られんのは性に合わねぇ……。それに、俺は…京を守る為だけに居るんだ」

 先ほどの不安げな色をは失われ、何時もどおりの真っ直ぐで強い瞳で私を見上げる。有無を言わさぬ激しい想い。

 私は改めて凪の強さを目の当たりにした。

 凪は、ずるい。

 私より遥かに強く、どんな時でも激しく私を惹き付けて止まない。

 どんなに固く心を決めたとしても、凪の想いの前では太陽に照らされた雪の様に溶け出してしまう。

 私は慌てて凪から目を逸らした。

 駄目だ、今はムジナを片付ける事だけに集中しなくては。一度、強く瞼を閉じると、再び視線をムジナに戻す。

 ザワザワと部屋の空気が振動を始めた。

「キ、キ、キ、チビ、ナメた真似してくれるじゃねぇか、え?キヒ!」

 ムジナはいつの間にか元の姿に戻り、涼しげな顔で私たちから少し離れた所に立っている。

 肌を撫でる空気の小波。

 ムジナはこれを利用して私たちの行動を制御する気なのだろう。確かに、この中では芳華のワイヤーは勿論、凪の術も正確さを失う。

 遠距離からの攻撃は無理だ。けれど、ムジナは一つ大事な事を見落としている。

 ムジナにはまだ、私の力が効いている。

 ならば、方法はただ一つ。

 私は一息に油断しているムジナの胸元深くに潜り込んだ。

「ギ……!?」

 そして、修復した両腕でムジナを押さえ込むと、そのままムジナの首元に喰らい付いた。

 腹は減っていない。

 しかし、液状になるムジナを形の有る物に閉じ込めなければ、何時まで経っても同じ事の繰り返しだ。

 当然、消耗戦になればこちらの方が圧倒的に不利。

「ギ…ギ…チビ、キサマ、何を!」

 再び液体になって逃げ出そうとするムジナを私は逃がさない様に、一筋も残さぬよう一気に飲み込んだ。

 酷く不快だ。

 ムジナは中から私を逆に喰おうと暴れている。

「芳華!!時間がない、早く…早く…ムジナを…私ごと消して!!早く!!」

 吐き出しそうになる黒い液体。口を押さえて、無理矢理押さえ込む。

「早く!!!!」

 呆然とした表情を芳華は素早く引き締め、胸元から一枚の札を取り出した。

「……分かったわ」

 あの札は、いつか私が芳華に渡した物。

「止めろ、芳華!!一体、何を……!!」

 札を見るなり、凪の顔色が変わる。

「何も。……ただ、私は約束を守るだけ…」

 淡々と芳華は立ち上がり、辛い痛みを堪える表情で私へ歩み寄る。

「芳華!!まさか、その札!」

 凪が崩れる膝を押して、芳華の腕へ絡みつく。

「京にそれを使うな!!止めろ!!」

「放しなさい!凪!!アナタなら、分かってる筈よ?」

「嫌だ!!お前に、京を消させるものか!!」

 パァン。

 鋭く響き渡る音。

「…いい加減にしなさい、凪。分かってる筈よ?アナタなら…ね」

 無表情で冷たく言い放つ芳華。凪はそれを静かに受け止める。

「……ああ、分かってるさ!!だから、お前になんてやらせはしない。それは俺の役目だ!オレだけの!!……退けぇ!」

 凪は私の下に跪いた。

「京。何度も言っているだろう?俺は…お前の願いを叶える為だけに居るんだ。言え、お前の願いは何だ?」

 凪の痛くなる程の悲しい顔。

「私を…」

 そんな顔をされると、私も悲しくなるよ……凪。

「私を……」

 別の言葉を言いたくなる。

 もっともっと凪の傍に居たい。

「…消して。私の最後の我が儘。私は凪のお陰でこんなにも長い間、人として生きる事が出来た。だからこのまま、私が私で居るうちに……お願い」

 凪は無言で頷いた。

 腹の中で暴れるムジナは、次第に私を侵食し始める。

「早く…もう、抑えられなくなる……」

「分かった」

 凪は芳華から札を受け取り、もう一つ何かを受け取った。そして、右手で私の左掌に指を絡めると、微笑んだ。

「京、お前が行くところなら、俺はドコにでも行く。……一緒に、行こう」

「凪……」

 涙が溢れた。

 凪は私の掌と自分の掌を芳華に貰ったワイヤーでしっかり結び付ける。

「凪、ありがとう」

 私は凪の小さな胸に額を押し付けた。暖かな鼓動がしっかりと優しく伝わってくる。

 凪は呪を唱え、印を切る。

 ありがとう凪。

 私は幸せだった。

 人間として凪の傍で暮らした時間、とても幸せで、幸せで、幸せで…………。

 だから、凪……今度は凪が幸せになって。

 私はもう十分、素敵な夢を見る事が出来た。そして、何よりも最後を凪の腕の中で迎える事が出来る。それでいい。私の夢は、幸せなまま終える事が出来る。

 凪が今まで別れ際に言ってくれていた最後の言葉。

 それを今度は私が。

「……愛してる。愛してるよ、凪」

 私は凪の掌と繋がっているワイヤーを切り捨てた。

 ここから先には凪を連れては行けない。

 行くのは私とムジナだけ。

 夢はいつか終わる。

 でも、満たされたこの気持ちのままで終えるなら悪くない。

 凪、芳華、みんな…ありがとう。

 さようなら、凪。

 痛みも何もない、目が眩む光に包まれて次第に薄れていく意識。けれど、私の目には最後まで凪の輝く笑顔だけが見えていた。もし……もう一度だけ願いが叶うなら、私は凪と…………。


いよいよ、次回で最終話になります。どうぞ、今しばらくお付き合い下さい。

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