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鬼のユメ  作者: 縹まとい
17/31

幕間・凪ノ参 中段

 直ぐそこと言う芳華の言葉は本当だった。一体、何処をどう歩いたのか、ハッキリと覚えてはいないが…一瞬、己の目を疑った。

 何処の馬鹿がこんな山奥に、しかも、マトモな道すらない山中にお伽話にでも出てきそうな西洋風の城を模した家屋をブチ建てると云うのか。

 まるで今にもシンデレラとかそんなのが出てきそうだ。

「…芳華、まさかコレは……?」

「素敵でしょ?私の力作なんだから。因みに、この山は私の所有物だから問題ないわよ」

「いや、そうじゃなくてダナ…」

 別な意味でヘナッと全身の力が抜ける。幸人に至っては、あんぐりと口を開いたまま固まっていた。

 芳華は昔から少し…いや、だいぶかな、少女趣味な所があったのは知っていたが、まさかここまでとは考えもしなかった。

「どうせ別荘建てるんなら、この位はしなくっちゃ。さ、ぼさっとしてないで、早く入って頂戴。私の場所はその式がそのまま案内してくれるから」

 そう言い放つと、再び式は無言・無表情のただの操り人形に戻った。

 きっと芳華は意識を自分の中に戻したのだろう。しかし、式の動きはスムーズで、傍目には今までと何ら変わりはなく見える。

 だが芳華の意識が抜けた今、式は芳華の与えた指示以上の事は出来ず、機械的にただ淡々と動くだけになる。応用は出来ないのだ。

 式は玄関の前で立ち止まった。京を抱えているので扉を開けることが出来ないとも思えるが、単に扉を開けると云う指示を受けていないと考えることも出来る。

 全く、出来が良いんだか悪いんだか…。

 俺は式の前に回りこむと、馬鹿でかい扉の前に立った。が、頭を抱え込む。

「…コイツはどうやって開けるんだ?」

 式を通して芳華に聞こうにも、もうコイツは正面を見据えたまま微動だにしない。力でゴリ押ししようにも、俺の力では高が知れている。手伝ってもらおうにも幸人はさっきから固まったまま動かない。

 全く、芳華のヤツは肝心な所で詰めが甘いのも変わっていない。

 仕方がない…余り好きではないが俺も式を使うしかないようだ。

 式を使う退魔師は多いとも少ないともいえないが…大まかに札を使うか、他の媒体に念を閉じ込め使うかの二派に分かれる。

 芳華は後者、俺は主に札を使う。基本は当然、札ならば墨で手書きをする事が絶対だし、媒体なら常に身に付けている事が望ましい。

 だが今回は急場であることに加え、主だった媒体がない事などから手持ちはない。…が、出来ないこともない。

 俺は己の髪を二本引き抜き、呪を口内で含むように唱えるとその髪に息を吹き掛けた。簡単に言えば、西遊記の孫悟空が己の分身を作り出すのと要領は似ている。

 ただし、実際にやるのは今回が初めてだ。

 以前、古い文献に書いてあったのを覚えていただけなので、上手くいく保証はない。だがやってみる価値はある。

 空に放った髪はゆっくりと地面に下りていく。すると、そこからユラリと滲み出すように人の姿が現れた。次第にその輪郭がハッキリすると俺の左右に人型の式が二体現れる。

 どうやら、上手く行ったようだ。

 式を使う便宜上、顔は俺と同じだが、年齢設定を少し上げたので俺とは親子のように見えるだろう。

「扉を壊さずに開けてくれ」

 二体の式は無言で頷くと、行動を開始した。

 一体は扉の隙間に侵入し、まるで扉を透過するようにスルリと内部に侵入する。元の媒体が髪の毛なだけに、少しでも隙間があるなら難なく内部に進入することなど朝飯前だ。

 残りの一体は内部の式の動きに連動するように首を左右に動かしたかと思うと、おもむろに輪環になっている取っ手を引いた。

 ギ、ギ、ギ…。

 重く軋んだ音が鳴る。扉はその音と共に、ゆっくりと左右に開かれていく。中に進入した式の全身が見えた時点で俺は二体の動作を止めた。

「もういい。十分だ」

 二体の式は互いに見合い、俺に視線を戻すと、大人しく俺の後ろへと下がる。

「行くぞ」

 俺は芳華の式に中に入る様に促し、幸人にも視線で動く様に無言で促す。

 扉の隙間は大人の男が通り抜けるのがやっとの幅だ。京を抱えたままで、芳華の式が通れるのか少しの不安はあったが、俺の心配をよそに以外にすんなり通り過ぎてくれた。

 俺は全員が通り抜けた後、二体の式に扉を閉めてここで待機するように命じる。

 内部は予想通り、白く華やかな中世ヨーロッパ調の内装で彩られていた。

 眼前に広がるのは、日本家屋のこじんまりとした玄関などではなく、二階以上の高く吹き抜けになった広いホール。大きなシャンデリアが全体に煌びやかな光を振りまいていた。

 歩き出そうとした瞬間、ゾワリと背筋に嫌な感覚が走った。眉間に皺が寄る。俺は動きを止め、もう一度、慎重に周囲を見渡した。

 何とも言いようの無い違和感が視界の中にある。だが、それが何なのか今ひとつハッキリしない。所狭しと飾られた調度品、絵画、美術品…。

 新しい物は見当たらないが、そもそもアンティークと言われれば、そうだろうと頷けるものばかりだ。古い物には魂が宿る事が少なくない。それなら、いくらなんでも芳華が気付かないとは思えない。ならばまあ、危ない者ではないのだろう。

 俺の考えをよそに、芳華の式は足元にある真っ直ぐに敷かれた、金の縁取りのある細長い赤い絨毯をサッサと歩き、正面から中央辺りで左右に分かれる階段を上へと上がって行く。

 何処まで行くのか聞くのは無駄だ。後ろ髪を引かれる思いだが、黙って俺たちは式の後をトボトボト付いて行くしかない。

 階段を上がり切ると、吹き抜けを挟んだ左側には奥へと伸びる廊下があるが、俺たちの居る右側には長く伸びる壁面にドアがたった一つ。

 芳華の式がその前に立ち止まると、扉は内部から音もなく開かれた。

「待ちくたびれたわ。さぁさっさと入って」

 芳華は自ら俺たちを部屋の中に招き入れる。

「あ、靴は履いたままでも良いわよ」

 ほら、早く来なさい、と芳華は俺たちを急かした。

 薄暗い蝋燭の炎が静かに揺れる室内。不思議とここには無駄な装飾は一切なく、家具や調度品の類いが一切ない。こざっぱりと言うより、むしろ殺風景だ。

「今更、言うまでもないだろうケド…携帯なんかは電源切っておいてね」

 芳華は式に京を床に横たえるように指示を出しながら、後ろに居る俺たちにもテキパキと指示を出す。

「幸人くんはそこにある数珠、首に掛けといて。凪!ぼさっとしてないで、こっちに来てこれを京に握らせて」

「あ、はい。え…!?」

 幸人は宙に浮いている数珠に手を伸ばし、ギョッと目を見開いて固まった。そりゃそうだろう。幸人は見る目を持っていないのだから。それこそ数珠だけが宙に浮いているように見えている筈だ。しかし、俺の目に見えているのは、一つ目の鳥の形体をした妖異が嘴にそれを引っ掛けて幸人に差し出している姿だ。

「…………」

 ああ…そういうことか。

 俺は改めてこの建物の中の気配を探り、下に残した式たちの目を使って周囲を覗った。

 中に入った時は違和感としか感じなかったのだが…考えてみれば、ここの様子は外界と少し異なっている。

 式の目を通した景色には、小さな妖異がチョロチョロと見え隠れし、本来ならここに居るはずのない様々な形体の妖異がこちらの様子を窺っていた。

 要するに、別荘と言うよりはちょっとしたお化け屋敷だ。

「芳華、お前…」

「ナニ?……っそうよ。彼らはここに住んでいるわ。色んな事情で本来の場所に居られなくなった妖異たちよ。言っておくけど、勘違いしないでよね。ただ私は、京との約束を守りたいだけ。同情じゃないわ。居場所がなくなるコたちに場所を提供してあげるだけよ。彼らは人間に害を成すワケじゃないし、そもそも人間があのコたちの住処を奪ってしまったんだもの。コレぐらいしても問題ないでしょ?」

「…そうか」

 確かに、ここに居る妖異たちは悪意や害意を持っている者はいない。成る程、それなら違和感以上は何も感じなくたって可笑しくないハズだ。

 芳華は以前、京と何やら約束をしたと言っていたが…そうだったのか。

 昔から京は人間たちが無害な妖異の居場所を奪う事を嘆いていた。そうする事によって、本来害意が無い者でも、自然と人に悪意を抱くようになってしまうからだ。

 きっと芳華はそうなる前に、交渉して応じる者たちへ住処を提供しているのだろう。力ずくで、ただ消し去るのは簡単だ。しかし、話し合えばそれなりにお互いの妥協点が見つかる事も確かにある。

 京、良かったな。

 俺はこんな状況だと云うのに、自然と口元がほころんでいた。

「な、ナニよ!ニヤニヤしてないで、早く手を動かしなさい!」

 芳華はバツが悪いのか、照れているのか…イライラと俺を怒鳴りつけた。

「ああ。……芳華、ありがとうな」

「やだ、ナニよ!気持ち悪い!!これから集中しなきゃいけないのに、失敗したら、凪のせいだからね!」

 耳まで赤くなった顔を、芳華はツンと叛ける。

 俺は横たわった京の傍に跪き、雪の様に白くなった頬に自分の頬を寄せた。

 京、帰って来てくれ。

 お前の願いが一つ叶ったんだぞ?

「京…」

「さぁ、凪、擦り寄るのはいいけど、私はこれから全神経・全精神力、全てを使うわ。言いたい事は分かって貰えると思うけど、万が一の時は…」

「ああ、任せておけ」

 俺はもう一度、京の頬を撫で、手を握った。

 俺は何時も京を待たせてばかりいた。

 今まで一度も待たされる者の気持ちなんて考えた事はなかった。

 待たされるのがこんなに辛いなどと、一度も思ったことがなかった。

 京はずっとこんな思いをしていたのだろうか?

 ジリジリと焼け付くような心の痛み。不安で胸が締め付けられる。

「戻ってきてくれ…俺はここに居る…」

 離れがたい思いを振り切り、俺は立ち上がった。

 入れ替わりに、芳華が京の頭上にドサリと胡坐をかいて腰を落とす。芳華は息を大きく吸い込み、ゆっくりと唄うように言葉を紡ぎ出した。

 それに合わせて、ゆるゆると空間に満ちる穏やかな空気が心地よい。

 芳華の使う術は主に祝詞のりと、言葉によるものだ。派手な動作は一切なく、炎を使った術や祭壇を作る事もない。その代わり、酷く精神力と体力を消耗する。

 京の額に芳華は左手を下に両手を重ねて置いた。

 次第に芳華の額には玉の様な汗が浮き出し、旋律を紡ぐ声は時折掠れ、震える。京には目に見えて大きな変化はないが、芳華の表情は苦悶のものとなっていく。

「…帰って、きて!京!!私の声を道標に、私の力を手繰って、引きずられないで、迷わないで、躊躇わないで、貴方を受け止める者たちがここに居る…!目を、覚まして!京!!」

 ビクンと京の体が大きく跳ねた。

 それと同時に芳華は力を使い果たしたのか、崩れ落ちる様にドサリとその場に倒れ込む。

 正直、俺は不味いと感じた。

 芳華の力が弱いのでも、京が悪いわけでもない。しかし、恐らく芳華が行ったのは京の妖異の核心、鬼の力を揺り動かすもの。京を助けるために、妖異そのものの力の源である記憶を揺り動かしたのだ。

 もし今、京が目覚めれば、恐らく芳華や幸人の知っている京ではない。

 部屋の空気が一変した。

 重く垂れ込める重圧、ただでさえ弱い蝋燭の光は更に弱々しくなる。

「幸人、動けるな?今すぐ芳華を俺の後ろに運べ!早くしろ!!」

「あ…あ…うわぁぁ!」

 幸人は俺の声を合図に、床を這うように走り、芳華の体を俺の背中側に担ぎこんだ。

「良くやった。後は目でも瞑って、そこで大人しくして居ろ…!」

 俺は頬に汗が流れるのを感じた。部屋が暑いわけではない、その逆だ。寒さで鳥肌が立つ。

 京がゆっくり横たえられた体を起こし、顔を俺たちの方に向けた。

 ハッと息を吸い込む程、その鋭い視線、氷の様に凍てついた美しさに惹きつけられる。

 潤んだ瞳、薄く開けられた桃色の唇…。

 表情が感じられないだけに、そこだけが異様に艶めかしく見えた。

 俺は思わずゴクリとつばを飲み込む。冷たい汗が更に、一筋、二筋と頬を伝った。

 ユラリと立ち上がるその姿は、まるで風に揺らされる、しなやかな草花のようだ。

「…ねぇ、キミはだあれ?」

 クスクスと声を押し殺し、体を捩るように動かす。

「一人なの?」

 小首を傾げ、子供のような幼い言葉使いをする。

「…可哀相」

 右手を体の脇にだらりと垂らし、左手の人差し指を唇に当てる。

「寂しい…?」

 問いかけなのか、それとも俺を値踏みしているのか。京の表情は変わらず、その真意は測りかねる。

「ねぇ、寂しい?」

「ああ…」

 俺は、京の瞳に思い出したくない過去を見た。

 京の瞳はまるで水鏡のように、蓋をして閉じ込めた俺の心を映し出す。

 コレが、京の鬼の力。心の傷に入り込み、心を惑わせる…。


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