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鬼のユメ  作者: 縹まとい
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第五幕:出会い

 凪の気配が不安定だ。

 現れては消え、消えては現れる。

 毎日、現れる場所が変わり、消える場所も違う。その度…私は凪の手がかりが消える度に、泣きそうになる。

 どんなに早く走ろうとも、追いつけない。手が届きそうになる度、凪は消えてしまう。

 凪の笑顔が、声が、温もりが恋しい。

 恋しくて、恋しくて、恋しくて………苦しい。

 このまま会えないならば、きっと私は花のように枯れてしまう。歩く事も、息をすることも、きっと出来なくなる。

 肌寒さを増す暗い夜の道に、行き先の見えない自分の姿が重なる。

 道とは何処までも果てしなく続き、それ自体には終わりなど存在しない。もしも、無限に続くそれに終わりがあるとするならば、その道を歩く者のみだけが知っているという。

 ならば、今、私の前の道は一体何処まで続いていくのか?ポツリポツリと等間隔で並ぶ街頭の明かりが、一層、闇を濃く見せていた。

 私は、一瞬足がすくんだ。

 闇が怖いわけではない。ただ…その闇の先が無限でない事を知ってしまったから、私の道の終わりが、そこにある事を知ってしまったから。次の一歩が踏み出せない。

 蛙の翁の言った通りだ。

 所詮、私は妖異だ。

 人に鬼と呼ばれている、妖異だ。人間とは相容れない存在…改めてそれを認める事は、私にとって身を引き裂かれる思いだった。

 凪と会わないという事は、私にとって、私の人間の部分を全て失う事になる。完全なる人間性の消滅。それは人間になりたいと願った私の全てが、再び失われるという事だ。

 でも、それすらも今は構わない。

 凪を守るためならば、私はどんなに醜い姿を晒そうとも構わない。

 もしもムジナが凪を見つけてしまったら、何をするか、私は知っている。ムジナの考えている事など、とっくに見当が付いている。

 だから、だから、私は凪に会わない。

 しかし、でも、それなら、今の自分の行動は相当な矛盾だ。

 会いたい、会ってはならない、会いたい、会うなど許されない…。

 頭と心が別の生き物のように、私の体を揺り動かす。

 せめて、一目でも…すれ違うだけでも…。けれども、そんな私の我が儘がどんなに危険な事態を招くとも知れない。

 それなのに、頭では分かっていても、どうしたら良いのか分からなくなる。

 気が付けば、まるで甘い蜜に吸い寄せられる蝶のように、凪に吸い寄せられてしまう。

「凪…」

 ごめんね。

 私はいつも凪に迷惑を掛けてしまっている。

 今だって、凪に二度と会わないと決心しているのに、離れるのが一番の安全であると知っていながら、私はそれが出来ずに、一目でも会いたくて探している。

 大切なのに、守りたいのに、何時も私は凪を傷つけ、苦しめてしまう。

 凪、ごめんね。

 私は涙が堪えきれなくなり、直ぐ傍の塀にもたれ掛かった。

 ココには何度も通り掛かって、どんな場所なのか知っているうちの一つ…小学校。昼に来ると子供の賑やかな声が響いていて、生命力に溢れている。

 凪の気配を追ってココに出るという事は、きっと今、凪は小学生なのではないだろうか。何年生なのだろう?背は高いだろうか?また日に焼けているのだろうか?

 そう想像を巡らせては、また涙が零れ出す。

 弱い自分に、腹が立つ。こんな事では駄目だ。ムジナから凪を守ることなんて出来ない。

 零れた涙を乱暴に袖で拭い、大きく息を付く。

「……!!」

 その時、前方から何か私にとって不快な者が近づいてくるのが感じられた。

 何だろう?ムジナではない、当然、他の妖異でもない。

 でも、首の後ろがチクチクとざわつく。恐らく人間なのだろうが、どうしようもなく体が竦んだ。

「あの、どうしたんですか?大丈夫ですか?」

 少し遠くから、男にしては少しキーの高い声が聞こえた。

「…大丈夫です」

 私はその声に答えながら、相手との距離を測った。逃げようと思えばいつでも逃げれる。すると、私のその思惑を知ってか知らずか、声の主は小走りに街頭の明かりの下に現れた。

「誰か人を呼び…ます…か…」

 その顔はまだあどけなさの残る少年で、驚いたように目を見張っている。

 一瞬の沈黙。

 私たちはお互いに何も話せなかった。言葉が出なかった。

 上手く表現できないけれど、体中を蛇が這い回るようなゾワゾワした嫌な感覚に包まれる。それは非常に不快で、しかし何処かで覚えがあるようでもあった。

 少年は困ったように強張った顔を少し引きつらせ、戸惑いながら言葉を発した。

「あの…以前、何処かで…?」

「いえ…」

 私はそう答えながら一歩後ずさった。すると少年は私を追うように一歩前へ出る。

「あの、大丈夫ですか?顔色が…」

「大丈夫、で…」

 そう答えながら更に後ろへ下がろうとした時、突然ズキンと足に激痛が走った。

「…いっつ!」

 私はそのあまりの痛みに顔が歪ませ、倒れるように座り込んだ。

 私の姿に驚いた少年は、咄嗟の行動だったのだろうが、私に駆け寄り体を支えようと手を伸ばした。

 ほんの一瞬、その指先が私に触れる。

「う、あ、あぁぁ!!」

 首に、肩に、腹に、背中に…ありとあらゆる体のパーツから、吐き気を催すほどの激痛が沸き起こる。

「ぐ…かはっ…う、うぅ…」

 ヌルリと生暖かい感触が額に感じられた。

 鉄臭い、匂い。

 少年は驚きのあまり、顔が青ざめ棒立ちに立ち尽くしている。

 私はゆっくりと額に伸ばした手を見る。痛む体を、確認するように、触れてみる。私の目線には明らかに赤い、真っ赤な血が付いていた。

 なぜ?

 分からない。一体、私に何が起こっているのだろうか?

 激しい眩暈、吐き気、痛み、頭の中に声が響く。

『……て…しまえ…』

「…な、に?」

『…お……の…せい…だ…』

「やめ…て」

『お…まえ…な…ど…』

「や…」

『お前など、死んでしまえ!』

「……!!」

 ビクリと体が震え、体の痛みが消えている事に気が付いた。再び、ゆっくりと自分の体を見 回すが、先ほど見た血は何処にもなかった。

 夢、だったのだろうか?

「あの…本当に大丈夫ですか?あの、これ、本当に余計なお世話かも知れないんですけど…さっき、コンビにで買ったばかりのお茶なんで、良かったら、どうぞ」

 少年はまだ心持ち青ざめた顔で、私にペットボトルのお茶を差し出した。私を気遣うより、自分の心配をした方がいいのではないだろうか。私の目から見ても、今にも倒れてしまいそうに見える。

「…ありがとう。優しいんだね」

 私は出来るだけ優しく微笑み、少年の手からペットボトルを受け取った。

「いえ、そんなんじゃ…」

 少年は今しがたまで青かった顔を真っ赤にして、胸の辺りで手を一生懸命振っている。

「本当に、親切にありがとう。もう大丈夫だから」

 その姿が余りにも一生懸命なので、私は思わずクスリと笑ってしまった。

「そうですか、良かった」

 少年はホッとしたように微笑むと、少し考えたような表情になって言葉を続けた。

「僕、この先…って言っても、ちょっとまだ離れてるんですが、神社って言うか、お寺って言うか、変な門構えなんですけど…そこの息子なんです。だからって別に何が出来るって訳じゃないですけど、何か僕に出来ることがあったら何でも言って下さい。って、なんか変ですよね?なんだろう、僕、何言ってるのかな…」

 少年は頭をかきながら、私から目を逸らし、最後は恥ずかしそうにゴニョゴニョと言葉が尻すぼみに消えていく。

「えっと、とにかく、僕、守月かみづき幸人ゆきとって言います。何時でも来て下さい、あの、お邪魔しました!」

 守月幸人と名乗った少年はおもむろに頭を下げると、走り去ってしまった。私はその場にポツンと一人残される形になる。

「私はまだ名乗ってなかったんだけど…」

 またクスリと笑ってしまった。何だかああ云う感じ、ちょっとだけ凪に似ている。優しくて、自分のことより人の心配をして自分が二の次、でも、自分の言いたい事が先で、言い切るまで言葉が挟めない。

 何だかとても不思議な感じがした。

 今までで初めて、凪ではないのに、凪を少し感じた気がした。そして何よりも不思議だったのが、守月くんが一瞬、私に触れた時に起きた事。あれは一体なんだったんだろうか?

 私はふと手元にあるペットボトルに視線を落とした。あの、夢とも現実とも付かない感覚。あれは一体なんだったんだろう…。

 胸につかえるような重苦しい疑問を抱えながら、私は再び道を歩き始めた。

 目の前の闇は今まで以上にその深さを増している…。


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