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ナイフを振り上げ、襲いかかってきた相手にも関わらず、俊哉はその現実を見据えて、ほっと胸を撫で下ろすような感覚にはならなかった。
ただひたすらに恐ろしい。
目の前で、たったいままで生きていた、活動していた人間が、意味も、その理由もわからず、死んだのだ。
ばりん、と今度響いた音は大きかった。
立て続けに発した音と同質だったが、今度は何の音かはっきりわかった。
リビングに面した窓ガラスが破られたのだ。
男が倒れた場所からはちょうど反対になる。首を動かすと、小さな庭に面した高さ二メートル弱の窓ガラスが破れ、吹き込む風に白いカーテンが揺れているのが見えた。
そのカーテンに人影が映り、次の瞬間には、影が実体となってリビングに押し込んできた。




