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「しかし、艦を進めたところで……」
ヘイゼンのバリトンが揺れていた。ロバートよりも早く、トシヤが本物のパイロットとしての考え方を持っていると見抜き、好きにさせろとまで言ったのは、他ならぬ彼だ。彼はトシヤ・ウチカワという少年を買っていた。
彼の中でトシヤはもう、歴とした部下の一人なのだ。傷つけさせたくない、死なせたくない、自分が守る義務があると考える、そうした部下の一人なのだ。だから思い悩んでいる。決断を下せずにいる。
「彼は、〝ライオンハート〟に会いにいくと言いました。止めてくるとも言いました。彼は『ジョージ・ワシントン』を攻撃して、自らの手で〝ライオンハート〟に……友に引導を渡し、戦争を止めるつもりです」
止めてくるよ、あいつを。トシヤの最後の声が聞こえた。
「彼は、攻撃に成功します。必ず成功します! その直後、一秒でも早く、収容してやりたいんです、艦長。艦を進めてください。『ジョージ・ワシントン』に向けて!」
根拠などない。確信などない。ただそう信じられる。信じていたいのだ。
こちらの都合で巻き込まれただけの少年が、自分を変えた。戦う力を与えてくれた。そうして変えられた自分が、大人の一人として周囲に関わり、影響を与え、一人でも多くの人間に、諦めないと叫ぶこの感情を伝えていく。
相手はグレイグだけではないのだ。遠い未来、超長期的な話だけでもない。今、この瞬間も、この想いを伝えたい。伝わっていくはずだ。そう願っている自分がいる。だからこそ、ロバートは強く願うのだ。自分を変えてくれた存在は死なない。死ぬはずがない。死なせていいはずがない。
ヘイゼンは唇を固く結んでいた。制帽に隠れた額から、汗が一筋、頬を伝って流れ落ちた。
自分は、辛い決断をさせようとしている。自覚はしていたが、ヘイゼンのその表情がロバートに確信を与えた。
その時だった。
「艦長、行きましょう」
すぐ背後で声が聞こえた。感情が昂ぶっていたせいだろうか。ヘイゼン以外の声で話された言葉の意味がすぐにはわからず、ロバートは肩越しに声の方を見た。
そこにいたのは『エイブラハム・リンカーン』副長、ハリー・ネルソン中佐だった。真摯な眼差しを真っ直ぐヘイゼンに向けている。
「行かせてください、艦長!」
手遅れかもしれない。トシヤは攻撃を失敗し、撃墜されるかもしれない。それ以前に、第十五駆逐隊からの攻撃で、自分たちが撃沈されるかもしれない。ネルソンの瞳の底には、それらの多様な不安が微かに、だが確かに垣間見えた。しかし、そのような不安を呑み込んでもその眼光は強く、清らかであった。




