37
「戦闘行為に対するイメージが過剰になり過ぎると、人間はこの無意識の恐怖を極限まで抑え込んでしまえるんです。システムが感知できない領域まで」
「それでは……!」
ヘイゼンはその危険性を理解したようだった。ロバートは頷く。
「システムは恐怖や自己防衛に対する意識が排除されたと考え、搭乗者の安全を必要以上に顧みなくなる。戦闘に勝つことを第一に考えるようになるんです」
CDCが沈黙した。艦長の握り締めた通信機から、『カウペンス』艦長と思われる人物の声が、場違いに叫んでいる。
「それだけじゃない。脳とシステムの間で過剰に情報が行きかっている状態は、互いに過度な負荷をかけ合っているんです。このまま放っておけば、システムかトシヤの脳が……」
パンクする。俗な言葉を使えばそういうことになる。今のトシヤの状態は、長時間、脳を酷使する作業を強要されているといっていい。普通に生活している人間でさえ、考え過ぎ、脳の活用し過ぎは、頭痛や吐き気、微熱、一般的には『知恵熱』と呼ばれる状態を生む。脳を活発に活動させ過ぎた結果、脳が膨張しているのだ。
活性化した脳は五感のすべての能力を高めるが、酷使し、膨張した脳は幻覚や幻聴を生む。聞こえている声は、おそらくこの症状だろう。
脳にとっては劣悪な環境に置かれ続けるトシヤがどうなるのか。自らのイメージで肉体を破壊されるのが先か、その前に、過剰な情報交換で二度と思考が働かなくなるのが先か。いずれにしても想像される結果は、最悪だった。
言葉にしなかった俊哉の末路を、ヘイゼンは感じ取ったのだろう。一瞬宙空を彷徨った視線は、喉元に込み上げた多種の言葉を、慎重に選び取っている姿と見えた。
「……しかし、ではどうする? 彼は……」
「艦を進めてください、艦長」
わかっている。それはもう、事前に釘を刺されたことだ。
自分にはこの艦を、クルーを守る義務がある。ヘイゼンはそう言った。作戦に負けるのは悔しい。第三次大戦の勃発を阻止できないのは耐え難い。それでも、自分は艦長だと、自分の部下から死人は出させないと、ヘイゼンは言い切った。
それを曲げる。降伏勧告を受けているこの状況で、艦を進めることがどういうことか、ロバートにも十分わかっていた。




