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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第九章:捻くれX真実の行方=再会
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レチタティーヴォ






 一つ、昔話をしよう。誰の想いにも脚色されていない、純粋なる物語。


 それは遥か昔、人間が己を人間と定める前、人としての生を模索していた頃。そして、精霊王が精霊王として、世界が新たな成り立ちを作り上げたばかりの時代まで遡る。


 世界を築く大陸の中心で広がるその森は、名も無き深い未知の領域であった。

 そこに突然生まれた美しき者達は、太陽と月が幾らか巡った頃、次第に同胞と出会い自らを知った。

 内に流れる茫々たる力は特定の相手と混ぜることで世界を満たす欠片となり、その内の一人がそれを精霊と名付け、生み出す我々は精霊の王たる者だと告げた。皆が頷き、そうして世界の頂点に近い者として、彼等は精霊王となり森を支配する。

 精霊王は精霊を生み続け、そのかたわら森を作るものに名前を与えていく。木を木と、草を草と。けれど、彼等以外に森を移動(・・)する命にだけは名前を付けることが出来なかった。形は様々違うというのに、それを動く物(どうぶつ)としか名付けられなかった。

 

 そうして幾ばくかの時が過ぎ、世界のあり方が確立された頃だろうか。

 精霊王は自身が何を司っているのか、何が形となったものかを知り、森の中で太陽と月の鬼事を眺めるだけの日々を過ごす様になった。彼等はただそこに居た。


 森から出たいとも、森の外に何があるかも、精霊王は考えたりしなかった。何故なら、世界があるだけだからだ。

 もしかしたら、他にも精霊王が居るかもしれないと思いはしたが、その森に居た十二人で十分だった。


 だが、そんな十二の精霊王の内の一人が、森をいつものように散策していたとても天気の良かったある日。森に一つの命が迷い込んだ。精霊王にとっての未知である外の生命。森からしてみれば異物だ。

 その精霊王は、自分に似た形の移動する命が何か知らず、その命もまた出会った者が精霊王だと知らなかった。

 精霊王は尋ねた。


「あなたは何の精霊王?」


 迷い込んだ命は、初めて見る自分に似て非なる精霊王の美しさに絶句し、さらに言葉の意味も理解できず呆然と立ち尽くす。金色の髪は太陽の煌きにも優り、碧色(セレスト)の瞳はこの世ならざる深き世界を思わせた。

 命はなんとか言葉を絞り出した。


「精霊王とは何でしょうか」


 両者が首を捻り、精霊王が自身のことを掻い摘んで説明する。

 しかし、命は精霊を生み出す役割も茫々たる力も持っておらず、最初の言葉を否定した。


「私は精霊王ではありません」


「でも、あなたはこの森に居る精霊王の内の半分と似た姿をしているわ」


「半分……?」


「えぇ、半分。男の精霊王と似て、私よりも固い形」


 命と出会ったのは女の精霊王。彼女は、自分の胸に触れつつ相手の同じ場所へ手を置いた。

 その指を可憐にさせる丸い爪は漆黒で、それだけが女の魅力で唯一違和感のある部分だった。


「ですが、それでも私は精霊王ではありません」


「だったら何? この森であなたの様な命に会ったことは無いわ」


 今度は命が説明をする。世界を見てみたいと生まれた地を飛び出し、森に迷い込んだのだと。そして、女と出会ったと。

 命は言った。


「私は、存在を示す名を持ってません。ですが、精霊王であるあなたはその術を持っているようだ。どうか、この命に名を与えて頂けませんか?」


 碧色は移動する命には名が付けられないと悲しそうに揺れ、しかし、その命の瞳を見つめた瞬間驚きに変わる。頭の中に一つの名が浮んだ。

 それでも女が躊躇していると、命が柔らかな声で告げる。


「もしこの存在に名を賜へれば、あなたの代わりに存在する命にさらなる名を与えましょう」


 女にとって、それはとても嬉しい申し出だった。彼女は森を愛で、動物と戯れることで日々を楽しんでいたのだ。

 それであればと、女は命の手を取って碧色を優しく細める。そして言った。


「あなたは、動物と精霊王の間に立つ人。人間。人間の男」


「人間の男……」


 瞬間、その命は人間として世界へ認識される。一つの命が同じ動物に名を授ける役割を請い、意味(・・)とした。

 その日から、精霊王の女と人間の男は森を歩きまわりながら共に過ごすようになる。大きな角を持つ動物や小さな足のない動物、それぞれに男が名を付けていくのを女が楽しそうに眺め、全てを覚えようと必死に耳を傾けた。

 男はそれだけでは飽き足らず、色の違う花や背丈の違う草にも名を付けた。

 それが楽しくて仕方なく、女はいつしか自身の役割を忘れ、他の精霊王が過ごす場所に戻らず男の隣にしか興味が無くなってしまう。当然彼女にはパートナーがおり、相手は見えない姿を探した。

 しかも、その女は精霊王の中でも他とは違うものを持っていた。生み出した精霊や森の全てを愛することができ、それは他の精霊王に対してもそうであった。だからこそ、精霊王は集ったのだ。彼女の元へと。

 そして、精霊王たちも愛を知り、それを真似た。殆どが、その女とパートナーに向けて――

 特別な女のパートナーもまた、男の精霊王の中では特別だった。他とは違い、彼は自分のパートナーしか見ておらず、彼女の特別をとても誇っていた。

 そうして常に、森の中では女を囲って時を過ごす精霊王と、彼女を眺めるパートナーと、そんな男を眺める精霊王の姿が一つの景色として成り立っていた。


 ある日、女は人間の男に名案があると言って腕を取る。二人が一頻り、目にした動物に名を付け終わった日のことだ。


「他の精霊王にも名を付けて欲しいわ」


「いいのかい?」


 その頃には、二人の関係がかなり親密になっており、握られる手にぎこちなさも無かった。

 さらに、女の精霊王は人間の男が贈った彼女だけの名を受け取り、彼もまた女の精霊王に自身が授かった名を教えていた。

 そして二人は、他の精霊王が必死に女を探していたのも知らず姿を現す。今まで見付からなかったのは、彼女が男と居たいと願う気持ちを汲んだ精霊のおかげである。

 精霊は、他の精霊王より優先したいと思うほど今まで愛されていたからと、せめてもの恩返しをしただけだったのかもしれない。

 純粋な愛だった。女にとっては当たり前のことだった。他の精霊王も、自分や彼等が生み出した精霊も、森の全ても。彼女にとっては、ただ愛しいだけだった。

 しかし、出会った人間の男へのその想いは、彼もまた真似るでもなく同じ様に愛せる心を持っていたことでさらなるものへと変化し、それが崩壊の鍵になってしまう。


 十一人の精霊王は、やっとのことで見つけた女に駆け寄ろうとし、その手が握っていた命を前に足を止める。


「それは何だ」


「人間よ。私が見つけたの」


「動物じゃないの?」


「いいえ、動物よ。私が人間と名付けたの」


 初めて見る形の自分に似た命で警戒を抱く精霊王たちに、女は誇らしげに告げる。そうすると、今まで動物にさらなる名を与えられなかった全員が驚き固まった。

 人間の男は、十一人の精霊王が女と同じく美しすぎたことで、彼女と出会った時以上に圧巻で呆然としており話についていけずにいた。

 そんな周囲を気にせず、女は言ってしまう。しかも、全員を見ながらではなく、彼女のパートナーの瞳を見ながら。


「そして私の、私自身のパートナーよ」


 女はただ、自分が与えられていたように、人間の男にもまた精霊王たちの慈しみを向けて欲しかっただけなのだろう。同じ時の中へ、彼を迎え入れて欲しかっただけなのかもしれない。

 そして全員で、男から聴く外の世界の話を楽しみ、二人で名付けた動物を見てまわって欲しかった。

 しかし、その言葉が放たれた瞬間、自分以外をパートナーと言ったことで、愛しい相手の視線を独占していたことを省みなかったことで、女は六人の精霊王に今まで知らなかった感情を教えてしまう。他の精霊王の内一人は幼すぎて人間の男を驚くのに精一杯で、残りの四人は悲しみを抱く。


 女は精霊王だった。十二人の精霊王の中で、教えられずとも愛を知っていた精霊王。世界を保つ役割を持ち、永続的に存在できる頂に近い場所で立つ者だった。けれども、彼女が出会い自身(・・)のパートナーにと願った者は人間。有限の時を生きる命の一つだ。


 繋がる手を永遠に繋ぐことは不可能だと、女は知っていた。だからこそ彼女は、内に生まれた感情を抑えるのに必死な者が居るとも気付かず、さらなる言葉で全てを壊した。


「私ね、この人の愛と私の愛を形にしたいと思っているの」


 それが、多くの命を奪い世界の理さえ歪めた全てである。

 女のパートナーがその瞬間、自身の持つ色と同じ気配の感情に呑まれた。どこまでも深く、終わりの無い渇き。


 女の精霊王は特別だった。彼女は、触れられないが訪れる、そんなものを司って生まれていた。

 パートナーである男は特別だった。彼は、触れられないが触れられる、そんなものを司っていた。


 この後、一組の男女の出会いを始まりに起こった様々な出来事と、一人の精霊王によって生まれる十一人の精霊王に降り掛かった様々な出来事は、一人の少女の結末へと繋がっていく。だからこそ、昔話はここまでだ。

 ただ、これでは中途半端な昔話で物語とはいえないだろう。

 なので、始まりとなった男女の結末を最後に語っておく。


 二人の愛が形になることは無かった――










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