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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第二章:捻くれX異世界=意外に普通
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普通すぎて、萎えました


「うっわ……、まじで有り得ない」


 そんな気持ちで旅はスタートした。


 アピスは、精石の恩恵を受けて築かれた十の大国で分かれているそうだ。故に其々が持つ領土は厖大(ぼうだい)で、それぞれ至宝を持っているのだから、過去の地球のような幾度とない戦争とは無縁だと思うかもしれない。

 しかし、残念ながら国間全てが良好な関係であるとはいえず、何度も精石を巡った争いが巻き起こってきた歴史がある。

 その中でも、野心に囚われ他国に手出ししてきたのが、陽の国ムスイムである。

 灼熱の大地に築かれたこの国は、潤いや涼を求めて長年に渡り水の国へ戦いを仕掛け、何より民を省みてこなかった。

 結果、現在では国庫も火の車で、国としてまだ成り立っているのが不思議なぐらい衰退してしまっている。


 そんな国で、デルの力によりとうとうアピスに降り立ったルシエは、さっそく頭を悩ませていた。

 自分の意見を聴かずに場所を決め、それを指摘されて慌てたからか、一番動きずらいと考えていた国に送られてしまった。それがルシエの言い分である。

 予定では、陽の国の隣にある風の国からスタートしようと思っていたらしい。


 というわけで、異世界に来てルシエが最初に抱いた感想は最悪の一言だ。

 一般論を述べてみれば、中々にその神経は斜め上を遥かにいっているのだが、たとえルシエに諭したところで、自分の感覚はおかしく無いと言われてしまうだろう。

 しかしだ。あの黒い空間へ全身が沈み、次に目を開けたときに死体が転がっているのを見て、テンションがた落ちだと思うのは人間性としても道徳的にもどうなのだろうか。


 そういった光景ばかり見て生きてきているならまだ分からなくもないが、今日初めて人の死に体を見たのだ。ならばはっきり言える。それはおかしいと。


「とにかく、ここじゃまともに話が出来る奴がいるかどうかも怪しいな」


 さらに言えば、その切り替えの早さもだ。異世界の第一歩を踏み出す前に、ルシエはサイードに変わっている。

 口調だけではなく、仕草、思考、その全てが作り上げた人物になっているのだ。


 周りは土造りの家で、突然現れたルシエを出迎えたのは死体だけの路地裏だが、通りに出れば道端に浮浪者がしゃがみ込み、飢えに蝕まれた人が溢れている。それを見る瞳には、何の感情も映らない。


 気を抜けばごろつきに襲われるその国で、ルシエはサイードとなり、異世界での一歩を踏んだ。





「いらっしゃい」


 かろうじて店となっているボロ屋で、愛想の無い挨拶が響いた。

 訪れたのは、黒で全身を包んだ何者か分からない旅装束の男。男は一瞬、あまりの無愛想な物言いに眉を顰めるが、それは外見(そとみ)分からない。

 しかも、店にいた人間の誰もが、どこかのめんどくさいおばちゃんから即クレームくるぐらい態度最悪だな、という感情を抱いていたとは悟れないだろう。当然、この男が異世界人だとも考えない。


「何か食事を貰えるか?」


 サイードは今にも折れそうな心許ない椅子に腰掛けながら、カウンターの店主へ言った。だが、店主は頷くでも動くでもなく、怪しげに彼を見てくる。

 仕方なくマントに隠れた金品を入れた袋を示せば、やっと用意に取り掛かった。

 その瞬間、店に居た客の視線がサイードへと集中する。

 しかしサイードは、店にそぐわない張り詰めた空気に怯むことなく冷静に、さっさと済まして立ち去るべきだなと判断するだけ。どうにも長居するべきでないのは確かだ。


「ほら、こんなもんでいいか?」


「あぁ、すまない」


 十分ほどして出された食事は、ほんの少しの干し肉を何かの野菜と炒めたものとほとんど具の無いスープという、食事とは言えないぐらい質素なものだった。

 しかし、この国では仕方がないことなのだろう。むしろ、店を開けていられる程の蓄えがあることを驚くべきなのかもしれない。


「兄さんは旅人かい?」


 店主はごろつきでは無いと判断したからか、はたまた金を持っているからか、初めよりは愛想良く話し掛けてきた。

 サイードは内心、自分が男に見えているのを安堵する。さらに、背後のあからさまな視線から気を逸らせる点でも店主に感謝した。


「ああ。旅をしながら本を書いているんだ」


「また物好きな事を。でも、悪い事は言わん。この国は早く出たほうがいい」


 勿論、答えた内容は嘘である。サイードの全身を隠す格好が、いくらこの世界ではそこまで不信感を持たれないとしても、怪しいことに変わりはない。そんな姿で、冒険者をしていますだとか言ってしまえば、下手をすればさらに追求されかねないだろう。

 それに、冒険者というのはギルドハウスという場所で登録をしないと本来名乗れない。ちなみにギルドハウスとは、ギルドという冒険者のグループを支援する機関を始まりとした、冒険者のコミュニティーである。


 地球でのファンタジー小説等によくある、依頼を受けたりなんだりという役割もあるにはあるが、それよりも、冒険者の管理、土地の情報、武器や防具の店や宿の紹介を主とした大きな情報屋といった方が正しいだろう。

 何より、冒険者とならず者、犯罪者の区別をする役割を大きく担っているのだ。正規の冒険者であれば、ギルドハウスが発行した身分証明書を持っているので、その予備知識をしっかり蓄えていたサイードは、わざわざ怪しさを残した理由を作ったのだ。

 訝しむが、何か訳ありなんだろうなと思わせる嘘を――

 そうしてサイードは、店主との世間話の中から多方面の情報を得ていった。


 ただしその途中、食事をする為に布とマスクを外した際、店主が黙るという出来事があった。


「……何か?」


「あ、あぁ。いや、綺麗な顔をしてると思ってね」


 男に対してそれが褒め言葉になるかどうかはさておき、あれほど準備していたというのに、何故こうも簡単に晒したのか不思議である。


「一応、褒め言葉として受け取っておくかな」


「あー、男が綺麗って言われても嬉しくはないもんな。まあ、それよりもだ。尚更早く出て行かないと、攫われて売られちまうぞ?」


 理由は簡単だった。ただ単純に忘れていたのだ。冷静に受け答えをしてはいたが、内心ではしまったと焦っていた。

 いくら気を引き締めていたとしても、今までの生活にまったく無かった事に対しては、人は無意識に普段の動作をしてしまう。

 サイードは、再度頭に刻み込んだ。自分(・・)が何なのか、何をしようとしているのか。


「ははっ、忠告、感謝するよ」


 幸い、店主が実は何かの手練だったというイベントは無く、見た目通りこれといった味付けの無い微妙な食事が終わったサイードは、マスクをつけ布を巻き直してからカウンターへ金を置いた。


「行くかい? 気を付けてな」


「あぁ。貴方も」


 軽い挨拶を交わし、片手を振って店主と別れて扉に手をかければ、店にいた他の客もあからさまに席を立つ。

 それが分かりながらも、サイードは気にするでもなく出て行った。ただし、横目でその人数は確認に済みである。


「……この国へ来たばっかりに、可哀想にな」


 その背中に店主がかけた言葉を、サイードが薄い笑いで返していたのを知る者はいない。哀れみから出たものだったのだろうが、この事象は彼にとって好都合だった。


 店にいた客、ごろつきの目的は金か身体か。砂埃が舞う閑散とした道を少し歩き、サイードは止まる。


「あんまり、目立ちたくは無いんだがな」


「ちっ、気付いてやがったか」


 後をつけていたごろつき達もそれにならい、雑魚キャラ台詞を堂々と言ってのけた。

 サイードが振り返った瞬間、ごろつきは彼を囲むように配置について、いたる所が欠け錆付いた、切るのも突き刺すのも一苦労に見えるみすぼらしい武器を取り出す。


「何か用か?」


 もしこの場に通行人がいたら、一見丸腰で力もなさそうなサイードを哀れな目で見ただろう。五人の男に囲まれた状況で、誰が彼に期待するだろうか。


 綺麗な顔立ちだとごろつき達が知っていればまた違っただろうが、彼等は店主とサイードの会話を全て聴きとれていたわけではなく、見たわけでもない。明らかに、殺して身包み奪う考えでいた。

 国営すらままならない状態で、衛兵等の介入は無く、それを当然の如く知るごろつき達が処罰に怯える必要は無い。


「身包み置いていくってんなら、生かしてやってもいいぜ?」


 おそらくごろつき達のリーダ役であろう、いくらか筋肉の引き締まった男が上目線からそう言った。

 それを一瞥したサイードは、小さく鼻で笑う。


「断る」


 怯えも戸惑いも、一切感じさせないきっぱりとした返答。ごろつき達は、こめかみに青筋を立てて視線の鋭さを増す。

 とはいっても、身包み剥いでしまえば女だとバレてしまって犯されるだけなので、当然な答えなのだ。


「なら、死ね!」


 そんな事情を知らないごろつき達は、雑魚キャラ満載のセリフを吐き飛びかかった。


「死ぬのは、残念ながらてめぇらだよ」


 ごろつき相手に力量は見込め無いとしても、命の奪い合いだ。しかしサイードは、まるで有難いと言わんばかりの立ち振舞いをして、迫る人間へと静かに囁く。


「さぁ、散れ。俺の為に」


 そこに居たのは、謎を背負った男サイード。彼は、地球で平穏だけしか知らない人間とはまた違う。その裏に異世界人という隠された真実があろうとも、踏みしめるのはアピスの大地であり、会話をするのはアピスの人間。


 故に、経験や思想、常識は関係ない。





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