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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第八章:捻くれX意義=紡がれる全て
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雄大な連理も毒を含む




 その城は、古いながらも趣向を凝らした名匠による一つの芸術品と言える程、美しさが際立っていた。

 ルシエは造りが気に入ったのか、外で天使軍が必死に土の壁を突破しようとしているのを分かりつつも、鼻歌混じりに城内を見て回る。それに対し、ゼフとクランクは咎めたりせず、先ほどまでとうって変わって、無言を貫きながら後ろを歩いていた。


 どの部屋も人が居る気配は無く、けれども埃はあまり積っておらず、人の居た気配はあった。

 怪しさ極まりないが、ルシエは気にせず絵画を眺めたり、調度品に触れたりと満喫している。そして、今居る精霊の森(ティターニア)が一望できるバルコニーは、かつてティルダとリュケイムが密談を行い、フィザーレイロが怪しい発言をした場だ。

 そこから森を眺めたルシエは、クスクスと笑みを漏らす。何が楽しいのか、その笑声に一貫性は無く、様々な部屋でソファに座った時や絵画に対しても零していた。


「何から何まで凝った造りだね」


 けれども、同意を求めるルシエの言葉に、ゼフとクランクは辛うじて返事をするばかり。一刻も早くこの場から立ち去りたいと、視線だけで訴えるのだが、そんな彼等に映るルシエの背中から、は背筋の凍るような雰囲気が発せられており、言葉でその感情を訴えることが出来ずにいた。

 楽しい、というものは純粋に素晴らしいだけの感情では無い。それはサイードやルシエの今までの行動からも分かるもので、今回でいえば、ルシエはあまりに呆れて可笑しく、だから楽しげに見えていたのだ。

 しかし実際は、腹の底から怒りが滲み、それが冷気となってゼフとクランクを襲っている。


「そこかしこに、アイツの気配が残ってる。……わざとなんだろうね」


 ルシエは、とある部屋へと続く扉に手を置きながら、頬を上げつつ言った。

 その時の見開いた目は、サイード以上に獰猛でぎらついており、呆れが笑いから苛立ちに変わったのだろう。その扉は開かれずに凍って砕けた。

 そこは、この城にて新たな歴史を築いた記念すべき場所。最大で七ヶ国の王が集い、城の主であるはずの老齢の門番、スペンサーが協議の進行役を務めた部屋であった。


「たいした駆け引きもしてこず、アレはここで一体何を遊んでいたんだか」


 答えを求めるかのように、振り向いたルシエにゼフとクランクが固まった。

 凍る炎。その瞳を言い表すとすれば、それが一番しっくりくる。冷ややかに轟々と、皮膚を焼かずに内側を腐り落とすようなそんな眼光。あまりの恐ろしさにクランクは、思わず自身の身体を強く抱いた。


「もしかしたらこの城は、いや、精霊の門番(ガーディナー)という一族自体、大した意味は無かったのかもしれない」


「無意味だったわけじゃ……!」


 砕け散っていく欠片を眺めながら放った思考に、クランクの否定が重なる。

 そうすると、恐怖した視線が真っ向から降り注ぐ。クランクは気まずさと誤魔化し、どちらも含ませてその目から逃れようと顔を下げた。


「勿論、意味はあったのだろうさ。君達にとっては、ね」


「お前は、それをどう思うんだ」


 ただし、ゼフは違った。

 クランクの想いとは異なる故か、恐ろしく危険な視線に、無感情ながら真っ直ぐ向き合う。するとルシエは、微かに上がっていた頬をさらに釣り上げながら言った。


「縋りたい気持ちは、不本意ながら分かるよ。ただ、それで取り繕って誤魔化し、責任の転換をするのが理解出来ない」


 きっぱりと言い切る姿は潔い。けれどもそれは、あくまでルシエの考えであり、絶対では無かった。

 ゼフとクランクにもそれぞれ持っている想いがあり、二人共が僅かに顔を顰める。それでもルシエは、言葉を続けた。


「誰かの為って言葉は、本当に便利だよね。思い出の地を想うのは、当然のことだけれど、想いそのものに永遠を求めたところで不変などありはしない」


「だから無意味なのか」


「誰かの為の、誰かに当てはまる部分は、自分以外は気休めだよ」


 そう言ってゼフの探るような視線を躱し、クランクを流し見る。

 さらに、氷結し砕けた扉の残骸によって音をたてながら部屋へと踏み込みつつ冷たく言った。


「本人でもないくせに、何故それが()になるっていえるのさ。それならいっその事、指摘しているとか諭していると偉そうに上目線から言ってくる方が、受け入れやすい」


 そして、やっとのことで部屋の内部を見たルシエは、どうしてか踏み入った足を再び止める。二十人近く座れる巨大なテーブルの上では、見事であっただろう花が枯れて散らばっており、上座に当たる部屋の最奥では暖炉が厳かな雰囲気を醸し出していた。

 確かに、庶民であれば豪華さと広さに驚くだろうが、生憎とルシエはそんな玉では無い。

 驚きと共に止まっていた足が動き、気を取り直した様に奥へと進んだルシエの視線は、凍る炎を鎮めつつ、今度は見定めるものに変わった。その対象は、暖炉の上に存在している。


「そういうことか……。前言撤回するよ。確かにこの城は、意味があったしさぞ楽しめるものだろうね」


 テーブルの上に指を這わせながら歩けば、僅かに積った埃がその道筋を写し、ルシエの指が黒く染まっていく。

 ゼフとクランクは、部屋の内部に目を向けてソレに気付いてから、動くこともままならなかった。


「アイツはここで、どんな美酒を味わったのかな」


 ガタガタと、ゼフとクランクが震える。いや、部屋の空気がルシエに中てられ断末魔にも似た悲鳴を挙げている。

 その金の炎が見つめる先にあったのは、十字架へ磔にされ醜悪な姿を晒す悪魔でも、正義の剣で蹂躙される悪魔でも無く、髪も瞳も黒い眉目秀麗な男と金の髪に青い瞳をした可憐な女が、熱く抱擁しながら感激に涙し口付けを交わす絵画であった。

 背景は白いだけで何も無く、二人だけの世界がそこにはある。


「でもまあ、この城があの女の為に造られたのであれば、こんな質素なわけがないからね…………ん?」


 今にもその絵を引き裂かんばかりの視線を携えながらも、淡々と零したルシエは、視界の端に映った新たな扉に気付く。

 一先ず絵をそのままに、見付けた扉に手を掛けたルシエ。ゆっくりと、軋んだ音をたてながら開かれた部屋は、今まで見てきたどこよりも狭く、中央に棺桶のようなものが置かれているだけの不気味な場所であった。

 悪趣味極まりないと零しながら、真っ黒に塗られた壁の中でポツリと存在を主張する純白の棺桶へと無警戒に近付く。そして、蓋へ手を掛け配慮せず床に落とした。


「女の趣味もそうだけど、全てにおいて素晴らしい(・・・・・)趣味をお持ちで」


 開けた途端零れたのは、腐敗臭ではなく濃厚な香りだった。

 皮肉満載の言葉を零したルシエは、それきり微動だにせず、醜く艶やかに中身に向かって嗤う。けれども、蠢く感情は抑えきれないのか、背後の扉がまず灰へと変貌する。その炎は黒く、まるで靄のようであったが、物の焼け焦げる臭いがそれを炎だと訴えた。

 そして、静かに広がった炎は小さな部屋から飛び出し、ルシエを驚かせた絵画を易々と灰にし、さらに様々な物へと燃え移った。


「っ――! ルシエ!?」


「落ち着けっ!」


 その異変は、呆けていたゼフとクランクを我に返らせたのだが、あまりの熱風により、二人は室内へ入ることが不可能であった。

 黒い炎はルシエの魔力によって形成されており、二人は外から必死に冷静さを取り戻すよう叫び請う。このままでは、術者自身を飲み込んでしまいかねない程、その炎は暴走しているように思えた。


「来いよ、二人とも」


 暫く、ゼフとクランクが呼びかけても応じる気配が無かったルシエ。けれども、徐々に炎が小さくなっていくのと同時に、サイードの静かな声が聞こえたことで、二人は顔を見合わせ頷いてから、広い部屋のさらに奥の部屋へと足を踏み入れる。

 ルシエからサイードへと変わっていた彼等は、この城を見て回っていた時の様に、ひどく楽しそうだと思えた。


「なんだ、それは……」


「棺桶」


「誰……の?」


 ただし、身体から発せられている雰囲気はやはり冷たく、怒りを抱いている時は、ルシエであれサイードであれ手に負えないと知っている二人は、緊張した面持ちでサイードが視線を縫い付けている棺桶を見る。

 物としても、部屋にあるとしても不気味なそれに思わず零れたゼフの問い。そんなことは分かっていると訴えるゼフの隣で、クランクが恐る恐る続けば、サイードはやっとのことで顔を上げた。

 その顔を見た二人は、息を呑む。サイードの右目は、剣を使ってもいないのに黒く染まり、死しか写さない瞳を彼等に向けていた。

 そして、小さな笑声を漏らしながら言う。


「――俺達の、棺桶だ」


 小さかったものが次第に大きくなり、様々な感情を抱きながら繰り出された足が棺桶を蹴り転がせば、散らばる沢山の黒い薔薇と白い縁の姿見。覘きこんだ際、まるで自身がそこに眠らされているかと錯覚させる、悪趣味どころか狂気ともいえるその棺桶。蹴ったことで鏡は割れ、その拍子でゼフとクランクの足元へ一枚の紙が舞い落ちた。

 仕組まれたように、手に取れと裏返しで存在を主張した紙を手に取ったのはクランクである。彼は中身を見た瞬間、その紙を引き裂こうとして慌ててゼフに奪われていた。

 とはいっても、ゼフもたった一行記されていた文字を読んだ瞬間、紙を握りつぶしながら風によって粉々に粉砕する。


「約束は絶対だよ、ねぇ……。どいつもこいつも、一方的なものによくもまぁ、そこまで縋れるもんだ」


 一足先にその紙を読んでいたサイードは、そう言って再び嗤う。

 獣の咆哮にも似たその声は、城の門前で未だ土の壁を壊そうと奮闘している天使軍にも届き、あまりの不気味さで戦意を喪失して逃げ出す者を生む始末。


「もう、十分慰められただろう? だったら後は、その傲慢さを俺達が嘲笑ってやるだけだ」


 サイードがそう言って瞬きすれば、黒に染まった右目は金へと戻り、獰猛さを抑えた冷淡な笑みへと変わる。

 この城は、言わばルシエの城だった。破罪使と悪魔を討つ為、かつて王が顔を合わせて思案した場は、皮肉な事にその対象へと送られていたもの。何の為――望みの為、その生贄として捧げられる哀れな少女の墓として。


「だから河内紗那(オリジナル)は、その名を与えたんだよ? デルフィニウム」


 とある女の為にと言って、その傲慢さを当たり前とする男。ルシエは、ゼフとクランクに微笑みながら、足元の薔薇を踏み潰す。

 城が激しく揺れ、ただの瓦礫と化すのは、その直ぐ後の事である。








 自身の部屋にて、一冊の本を読み耽っていた男は、重い溜め息を吐きながら顔を上げた。

 その表情はただの物語を読んでいたにしては重々しく、悲愴とも同情ともいえるものが浮んでいる。


「ウラノス、入るわよ?」


 そんな男の元へ、女と思われる声の者が訪れた。ウラノスと呼ばれた彼は、簡素な椅子から立ち上がると、のっそりと扉を開いて訪問者を招き入れる。

 旧知の仲なのか、訪問者に対し歓迎の意を表すどころかさっさと椅子へ座り直したウラノスは、女には目もくれず再び深い溜息を吐く。それを苦笑で許した女は、勝手知ったる他人の家とお茶を用意し、何かに悩む彼の前へと静かに置いてやる。


「エステュイアか」


「今気付いたの? まったく、呆れるわ」


 お茶の放つ芳醇な香りによって、ウラノスは自分が招き入れたというのに、やっと女の存在に気付いた様だ。顔を上げた彼に、エステュイアがまたも苦笑する。

 何かへ没頭すれば、かなり深い思考の海へと沈んでいくウラノスの性格を知っているといっても、許容するのは中々に難しい。毎度の事だと思いつつ、しっかり食事を取っていたのかしら、と不安を抱かずにはいられなかった。


「お前は、先にこれを読んだのだったな?」


「えぇ。ついでに、追加を持ってきたわ」


 ウラノスは憂いた表情はそのまま、先ほどまで読んでいた本を手に持ちエステュイアへと尋ねる。そうすると、彼女は同意しながら腰に下げていた鞄を漁り、不思議な装飾が施された箱を取り出した。


「……この間、動いたばかりだろ?」


「休息を挟むつもりは無いみたい。まぁ、今までを考えれば、前回が異例だったと言った方が良いのでしょうね」


 本が話題に関連しているのだろうが、だとしたら、その内容は些かおかしい。物語にしても、歴史にしても、そこに記されているのは過去であるはずなのだが、彼等の話し方はどう考えても現在について話し合っているとしか思えなかった。

 訝しげなウラノスへ、エステュイアが顎で本を開くよう指示すれば、彼は渋々といった体でそれに従う。不思議なことにその本は、綴じられた量に対して四分の一ほど残し、中途半端な部分で文字が切れて白紙となっている。

 けれども二人は、それが当たり前の形としてまるで意に介さず、エステュイアが不思議な箱をゆっくりと開けた。


「お前は読んだのか?」


「読んだから持ってきたのよ。向こうは、まるで私達が動いて当然って感じで、あの子に助言していたわ」


 どこが助言なんだか、と独り言つエステュイアと同意するウラノス。そんな二人の前では、不思議な現象が起こっていた。

 ウラノスが卓上に広げた本に向かって、エステュイアが持ってきた箱の中から何やら黒い線の様なものが吸い込まれていき、それが本に新たな文字を綴っていったのだ。定められた量を記せば、本のページがひとりでに捲られ、そうして物語が紡がれていく。

 あり得ない現象だというのに、二人は平然と会話を続けていた。


「結局、我々に出来る事は、あの子を見届けるだけということか」


「それが出来るだけ、幸運なのかもしれないわね。あの子はきっと望まないでしょうけど、だからといって真相すら知られずに散るのは、あまりに不憫すぎるわ」


 エステュイアの言葉に、ウラノスが失笑した。彼は、用意されたお茶を一口含むと、それを味わってから反論する。

 エステュイアに言わせれば、その余裕ぶった仕草が相手の怒りを誘うそうだ。


「この世界に生きる我々が、不憫と言う資格などないだろう? あの子も悉く、傷を抉る言葉の扱いに長けているな。自己満足とは、反論さえできない」


 自傷気味に笑うウラノスを、テーブルの下からエステュイアの足蹴りが襲った。

 痛みに呻いても、エステュイアは限界まで眉間に皺を寄せて憤慨している。何をするんだ、と睨みつけるウラノス。彼の目は、人間でありながら白目の無い、濃紺一色の不気味な瞳をしていた。そしてそれは、エステュイアも同じである。ただし、彼女は濃紺ではなく純白だった。

 そして二人とも、肩に触れない程度の長さで一直線に切ったような、どこか不思議な髪型をしている。瞳とそれぞれ同色で、それはつまり、彼等が光と闇の純血種であることを意味していた。


「私は、だからといってその他大勢になりたくないのよ!」


「同情してか?」


 意地の悪い質問へ、エステュイアが今度は平手をお見舞いしようと立ち上がる。けれど、振り下ろされたその手は、寸でのところで急に力を窄めて止まった。


「出来る事を、出来る範囲でやりましょうよ……」


 そして、やっとのことでそう零す。

 エステュイアは勿論、余裕ぶった態度を取っていたウラノスまでもが、不気味な瞳に涙を溜めて堪えていたのだ。

 二人共が無力さを感じながらも、自らに科せられた役割の中で、必死に何かを求めていた。


「助けになれないのなら、せめて、私達も物語の一部としてあの子に関わりましょう。異界の同胞の為にも」


「招けると思うか? この閉ざされた地に」


 ウラノスの不安に、エステュイアが今度こそ掌を振り落とした。

 けれどもそれは、大した衝撃ではなく、この平手打ちはエステュイアが幼い頃からウラノスへ仕出かしてくる激励である。


「それを出来るのが、私とあなた。紡ぎの民の長たる者でしょう」


 受け取ったウラノスは、新たにページの増えた部分を読んでから、エステュイアの髪を撫でて応えた。


「皆に伝達をしよう。今回は、我々も歴史の一部になると」


 力強いエステュイアの頷きを合図に、ウラノスがカップの残りを飲み干し立ち上がり、部屋の外へと向かう。

 それに続いたエステュイアは、鞄に先程の箱とウラノスが置き忘れた本を入れ、二人で部屋を出る。

 扉の外では、二人ずつ光と闇の民が待機しており、それぞれの長の背後に付いた。


「じゃあ、用意が済んだら繋がりの園で待ち合わせで良いわね?」


「あぁ、精石も忘れるなよ」


 一旦別れ、何やら動き出そうとするエステュイアとウラノスだったが、ウラノスの言葉でどこかへ向かおうとしていたエステュイアの足が止まった。

 振り向きながら「持っていくの?」と驚くエステュイアへ、ウラノスは当然のように言う。


「一体お前は、物語から何を得ていたんだ」


「……想いよ」


 その答えに、ウラノスが「これだから女は……」と若干苛立ちを見せる。

 失礼ねと睨むエステュイアだったが、「恋愛小説好きは分かるが、現実と混同するな」との叱責に口を噤んだ。ウラノスは言った。


「宝物庫から引っ張り出してこい。合流するまでに、何故かは自分で考えておけ」


 そしてそのまま、ウラノスは準備の為、エステュイアとは反対の方向へと歩き出す。その背中へ、ぽつり「自分だって、唐変木なくせに」と不貞腐れた声が投げられたが、彼が気付いたかどうかは不明である。

 ただ、引き摺って歩く足が、大分ダメージを受けていたのは確かで、エステュイアはいい気味だとほくそ笑みながら自身も歩き出した。




『その民、剣を持たず穢れを知らず、役割と引き換えに、天空漂う地を与えられる。

 きっかけは、人類最初の物書きだとか、先見の力を持った男女の双子だともいわれ定かでは無いが、魔法とは違う不思議な力を持っているのは確かだ。

 地上から天上へと辿り着く術は一切存在せず、その民だけの隔離された地において、遥か昔から彼等はその役割に準ずる。その功績が地上にまで届くことは決して無いと知りつつも、役割の為だけに繁栄した。

 けれどもその民は、歴史が動き世界が動く時、必ず関係していると囁かれ、限られた条件下で選ばれた者の前に現れることがあるという。ただし、彼等と出会った者はすべからく表舞台から消え去った。

 それは消息を断つだけもあれば、それこそ死によってこの世から消えることもある。後者がほとんどで、とある国を滅亡に追い遣った英雄は、今際に痛みで魘されながら言ったそうだ。本に吸い込まれる、文字に変えられてしまうと――

 結局、どれだけ文献を漁り遺跡を巡ろうとも、その民を知るには何から何まで足りない。

 ただ、この世には作者が不明の書物が良く見受けられる。その本の全てが関係しているとは到底思えないが、少なからず重要なものはあるのかもしれない。

 だから私は、その本の出所を探りつつ、これからもその民を追っていこうと思う。

 例え、英雄の言った言葉が本当であろうとも、出会えるのであれば本望だ。選ばれし人は許せても、選ばれし一族など人間には必要ない。我々に与えられているのは、意味を求める探求者という役割で十分なのだから。』


 昔、気まぐれで拾った本を手に、えらく楽しそうに笑いながら彼は言った。


「良く分かってる。人間は、無意味さを嫌って絶対に見付からない意味を探すだけで良いんだ」


 白い空間で、背後に仲間を連なり、目の前に浮ぶ遠見の鏡という望んだ場所を映せる力がある鏡を眺めながら、男は笑い続ける。


「その点、君はとても幸運だ。だって、無いはずの意味を持って生まれたんだから」


 男の言葉により、背後に並ぶ三人の人間では無い女達が微笑む。彼女達の目は、男にだけ向けられており、時折鏡が入り込めば憎しみの篭ったものを注いでいた。


「所詮、人間なんて僕等の玩具として創られたんだよ。君なら気付いているんだろうけど。ねぇ、ルシエ?」


 金色の美しい髪が風も無いのに揺れ、青い瞳は一点を見つめる。

 綻びに気付かぬまま、男と女達は当たり前に終焉を待っていた。偶然なのだろうか。鏡の中の人物が、彼等に向かって微笑んだ気がするのだが、彼等が気付くことは無かった。
















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