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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第八章:捻くれX意義=紡がれる全て
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英雄期の礎



 アピスで最も人の手が加えられていない、ありのままの世界が広がっている場所。全てが始まり、全てが崩れ、美しくも忌まわしい地。破罪使はそこで、二種類の人間と対峙していた。

 背中には、元は小さくとも城だった巨大な瓦礫を必死に昇り、破罪使を追い詰めようとする者達。所謂、敵だ。

 そして正面。広大な自然の入り口となる側には、濃紺の目と髪をした男と純白の目と髪をした女の二人が厳かに佇んでいる。二人とも、海の精霊王のように本来白目である部分までもがそれぞれの色に染まっている為、どこを見ているのか分からない不気味さがあった。

 けれど、その男女は間違いなく人間だ。彼等は、破罪使へ同時に両掌を上に向けてある物を差し出す。


「言葉で説明するよりもまず、あなたは行動による誠実さを求めるでしょう?」


 女が言った。躊躇も憂いもなく、物乞いへなんとなしに懐の銅貨を差し出す貴婦人のように。破罪使の背後で敵が驚愕を浮かべても、彼女は微笑んでいた。


「ただし、共に来ていただく為にも、どちらか一方だけを。我々の目的が果たされれば、もう一方もお渡しするとお約束致しましょう」


 男が言った。真摯な態度で、一切の胡散臭さを持たず、争いを知らぬ穏やかな雰囲気を纏いながら。敵が剣を抜いても、彼の腰には何も揺れていなかった。


「これは、目的を尋ねるのは無粋になりそうだ。けれど、せめてお二人の素性を教えて欲しいかな」


 破罪使が言った。仲間が驚こうとも、警戒を浮かべずに背後の敵を無いものとし、二人の男女の掌に鎮座しているものを眺めてから朗らかに。破罪使は、今まで旅に必要な物を収めていた麻袋を捨て、その身一つとなる。


「信用してもらえるのですか?」


「あなた達は、今までと違うと思うからね。この袋に入っているのは、僅かな食料と衣服、命を奪う大量の道具だから」


 女の問いに、破罪使は肩を竦めながら答える。男女は、安心したように緊張を解いた。

 そして、破罪使の背中で仲間と敵が交戦し始める中、三人は尚も自分達の世界を隔離し、男女が言う。


「私は、光の民。記す役割を持ち、人でありながら産まれた瞬間に意味を担う者」


「私は、闇の民。語る役割を持ち、人でありながら産まれた瞬間に意味を担う者」


 破罪使は、それを受けて「成る程……、そういうことか」そう独りごちた。

 女はさらに告げる。


「我等は、光と闇のどちらも知る、唯一の民。この世界で創られる物語の全て、世界の記憶を記し生きている紡ぎの民です」


 今度は男が続けて言った。


「我々にもどうか、あなたの歌を聞かせて欲しい」


 そうして二人は、それぞれの持つ物を天へと掲げた。

 女の手には、純白のハウライトが美しいサークレット。男の手には、ベニトアイトが蝶を象り、指輪(リング)腕輪(ブレスレット)が一体となったもの。それぞれ、光と闇の精石で造られた装飾品である。

 それが本物だということを、破罪使が一番分かっている。何かしら思惑があるのかもしれないが、それを疑う前に男が微笑んだ。


「もし不安があるのであれば、壊さないで頂くという条件で、もう片方をあなたに預けましょう」


「では、そうさせてもらおうかな。大丈夫、誠意には誠意で返すよ」


 男の提案で破罪使は微かに驚き、けれどそれで十分納得がいったのか、警戒心を消した意志を今度は男同様に微笑みで示した。そして、彼の持つ精石に掌を向け、「そちらを預かろう」と言う。


「せっかくだから、着けさせてもらってもいいかな?」


「えぇ、きっとお似合いですよ」


 依然として、背後では争いの音が響き渡っていたが、女の言葉が促しとなり、破罪使と男は歩き出して精石を受け渡す。黒の指輪はそのまま、右腕に装着した破罪使は、純粋にその装飾品の完成度に見惚れた。


「本当にお似合いだ」


 濃紺の蝶が右手の指を三本隠し、雲一つない空に翳せば華麗に飛ぶ。女に同意する男の言葉で、破罪使は嬉しそうに目を細めた。


「では、まずは光の歌をお聞かせ致しましょう」


 そして、その場に響いたのは、全てを包み込む温かな声。それは人々に、母の腹の中で眠っていた無垢な時代を思い起こさせた。

 光のいとし子(イーニファス)が虹を作る。光の民である女は、無意識に胸の前で手を組み祈りを捧げていた。







 緊迫していた空気は、精石の破壊によって解放された星の精霊王の登場と、彼のそぐわない雰囲気によってかき消えた。

 精霊王が現れ緊張が漂う中、ルシエが一人失笑を零す。ゼフとクランクは、星の精霊王を知っている為、呆れも含ませた溜息を吐いていた。


「あの子は今、世界中を旅している真っ最中だよ」


「まじでかっ! なら俺、追っかけに行くわ」


 見た目だけは耀かしく穏やかそうな青年だが、星の精霊王はそんな外見とは裏腹に、軽いノリで爽やかな笑顔を浮かべる。先程から彼は、海の精霊王についてでしか会話をしていない。

 今にも飛び出して行きそうな星の精霊王に、ルシエは契約への切り札を得た。彼がどういった人物にしろ、雷の精霊王の時のようにゼフ達がでしゃばる必要は無いだろう。何せ、海の精霊王はルシエ側なのだから。


「追いかけに行く前に、契約をしなければいけないんじゃないのかな?」


 どうにも性格が子供染みているのか、仕舞いにはその場で飛び跳ね始めた星の精霊王。ルシエは内心、クランクより残念な精霊王が居るとは思わなかったと呟く。しかし、扱いに関しては、彼の方が容易い(・・・)のでクランクよりはマシである。


「あー、そうだった。んじゃ、さくっとあんたの魂、分けて貰おうかな!」


「星の!」


「だって、俺は海だけの(モン)だから。契約したら、こいつの(モン)になっちゃうじゃねーか」


 ルシエは、思った通りだと拒絶を簡単に受け止め、その代わりにクランクが声を荒げる。

 悪びれもなく、口笛さえ吹きそうな勢いで星の精霊王が反抗すれば、クランクとゼフはどうするんだとルシエを見るが、そのルシエは余裕に佇んでいた。


「君は海の精霊王が大好きなんだね」


 そう言うと、星の精霊王は自信満々に当たり前だと頷く。そして、聞きもしない驚愕の真実を暴露しだした。


「もう、どれだけ好きかって、この国に大分前、俺の声が聞こえる女が現れてさ」


「聖女だね」


 相変わらず軽い口調だったが、その言葉でアナスタシヤ達星の国の者が息を呑んだ。王族にさえ語られない、知られざる歴史が紐解かれるのではと期待を帯びる。

 けれど、ルシエ達はこの先が読めてしまい、止めるべきかどうかを一瞬悩んだ。それこそ、知らない方が幸せなのではないかと――


「だから俺、会えない鬱憤を晴らす為にも、その女に海への思いの丈を語ってやったんだよ!」


「えーっと……、どのくらい?」


「そりゃもう延々と」


「延々と……」


「朝も夜も毎日な!」


 爽やかに語った星の精霊王であるが、彼の背後でアナスタシヤ達の頬が引きつっているのを、ルシエはしっかりと目撃する。

 その間も星の精霊王は喋っており、そんな日が三日と経った時、その聖女は叫んだそうだ。精石を砕き捨ててしまえ、と。流石にそれは不味いだろうと臣下達は相談し、そうして精石は城の地下奥深く、声の届かない場所へ封印されたというのが真相である。


「それは災難だったね」


「まったくだ! それからいくら叫んでも、届きやしねぇ。あんた、相当耳が良いんだな。居るのを感じたから、俺も結構力使ったけど。それでも聴こえるとは思ってなかったぞ」


 この時ばかりは、全員がルシエの言葉に頷き同意し、尚且つその本心を察する。その言葉が星の精霊王にではなく、聖女へ宛てられたものだったと。後に続くのはきっと、「それは災難だったね。……聖女が」だ。

 星の精霊王の言葉に対し肩を竦めるだけに留めたのは、それが精霊化の影響によるものだということを、この場で明かすべきでは無いと判断したから。いくら聖女といえど、精霊との肉体的・精神的繋がりが強いルシエには劣る。まあこの場合、彼女にとっては幸いなことだろう。

 そして、気持ちが急いて仕方の無い星の精霊王は、「じゃあ、契約をしようか」と徐にルシエへと近付く。固唾を呑んで見守る人間と、慌てるゼフとクランク。それでもルシエは余裕の面で、これ程コントロール不可能に思える相手の顔色をたったの一言で変える。


「君は、それだけ好きな彼女を苦しめたってわけだ」


「……なんだと?」


 ルシエの肩に置かれかけていた手。指先が跳ね、星の精霊王の爽やかな笑顔が剥がれ落ちた。


「挙句、消滅の危機に瀕してしまう事をあの子にさせて、それを反省しようともせずに会いに行くと豪語? 立派な好意をお持ちだ」


 最近のルシエ、それも精霊王相手にしてはえらく挑発的な言葉だ。しっかりとした契約を望むのであれば、決して機嫌を損ねてはならないというのに、それでも辛辣な言葉は続く。


「あの子は今、初めての自由の中で必死に自分の生き方を探している最中なんだ。それを邪魔するのは許さないよ」


「あれは俺の責任じゃねぇよ。海の可愛い我侭が行き過ぎただけだ!」


 案の定、星の精霊王は機嫌を損ねるどころか激怒し、ルシエの胸倉を掴む。ルシエはそれを鼻で笑った。


「君は、幼女趣味なのか。あの子も変なのに目を付けられて、可愛そうに」


「変態扱いするんじゃねぇ! 誰にも、俺の想いを嘘だとは言わせねぇぞ!」


「……パートナーでもないくせに」


 叫ぶ声に尚も顔を背けて零すルシエへ、星の精霊王の怒りが爆発した。最後の言葉は、彼にとって最も触れてはならないもの。

 星の精霊、移ろう野心(ニア)は本来、補助の属性である。その力としては祈りによって加護を与えるというもので、どちらかというと占い等に近いかもしれない。けれども、水の精霊、虹色の雫(オンディーヌ)同様、その裏で僅かながらの攻撃性も備わっていた。そう、呪いの類である。

 とはいっても、移ろう野心(ニア)と契約している通常の魔術師に出来るのは、よくて体調を崩させる程度だ。彼等は云わば神官のようなもので、加護の力によって人々に奉仕する者が殆どだった。ただし、毎度のことであるが、その力を使うのが精霊王となれば規格外となり、星の精霊王の身体が一瞬光ったと思えば、ルシエが突然血反吐を吐いていた。


「ルシエ……!」


「その手を離せ!」


 何か考えがあって挑発しているのだと考えていたゼフとクランクは、間に入るのが遅れてしまい、ゼフが剣を振って拘束する腕を放させクランクが抱きかかえれば、ルシエが激しく咳き込む。

 「ごめん、遅れた」の声に首を振って呼吸を落ち着けたルシエが顔を上げると、星の精霊王はクランクまで射殺さんばかりに激しく睨みつけている。海の精霊王のパートナーだからというのが、きっと理由だろう。


「たかが脆弱な人間、しかも俺達を閉じ込める元凶となったてめぇが、よくも偉そうに説教かませるな!?」


「ごほっ……。陰険な精霊王に言われるのは心外だ。君にも是非、あの子の解放に立ち合ってもらいたかったよ」


 数度の咳き込みでも軽く血を吐き、やっと落ち着いたルシエが立ち上がれば、獣の咆哮のような声が降り注ぐ。けれどもそれは、淡々と嘲るものによって、あっさりと打ち返された。

 そして、ルシエは醜い笑みで蔑みながら言った。


「この魂は、あの子の協力が無ければ、当の昔に壊れているだろうね。彼女は、破罪使の大切な騎士だよ」


「はぁ? よくもそんな、馬鹿らしい嘘を堂々と吐けるな」


「それが残念、紛れもない事実なんだよね。せっかくだから、現実を見せてあげようか」


 人間嫌いで精霊嫌いだった海の精霊王。けれども彼女は、ルシエによって、誰にも気付いてもらえなかった心の檻から抜け出せている。そしてその感謝は、揺らがない信頼として返されていた。

 微塵も受け入れない星の精霊王へ言い切ったルシエは、小さく詠唱すると、両腕にロウジャーの人々を震撼させた双剣を纏う。すると、幾つかの息を呑む音が聴こえ、星の精霊王が驚愕を浮かべた。

 ルシエの髪と目は、微塵も変わらないまま。勿論長さもで、精霊王にとってはそれが、どんな言葉にも勝る否定不可能な信頼の証であった。

 けれど、それでも受け入れられない星の精霊王は、自分を拘束するゼフを見る。残念ながら、ゼフもクランクも当然だろうと全く顔色を変えていない。


「魂の契約を結ぶこと即ち、あの子の負担を増やすことになる。それでも結ぶというのなら、君は好きと豪語する彼女とアイツを天秤に掛け、あの(・・)口先だけで何の影響力も無い愚図に屈するということだ」


「何も知らない癖に! てめぇだって、その恩恵なしでは存在出来ないだろうが!」


「だから、それがそもそも可笑しいというんだ。だったら約束してあげる。破罪使としても、海の精霊王は大好きなんだよ。鎖から解いてやりたいし、必ず解くさ」


 星の精霊王がどれだけ怒気を纏おうが、否定しようが、ルシエの余裕は変わらなかった。

 下手に出ることで掌握した雷の精霊王とは違い、今回は目に見えてルシエが星の精霊王を揺さぶっている。約束すると言った姿には絶対の自信しか存在せず、馬鹿にすることも忘れて唖然とする星の精霊王。それは、出る幕の無いアナスタシヤやティルダ、シルフィードも同様だ。

 神に等しく崇められていた存在に対し、対等に話すどころか喧嘩を吹っかけ、さらに手中へ収めようとする姿は異様どころではない。しかも、精霊王にしか判らないであろう事柄も把握している様子で、そこに尊敬の念は無かった。あるのはおそらく、誰の為でもない自分だけが報われるであろう感情だ。


「……あんた、一体」


 星の精霊王のルシエを見る目が変わっていた。最早それは、恐怖と言ってもいいかもしれない。

 そういったものを敏感に感じるはずのルシエだが、そんな星の精霊王に対して浮かべたのは微笑だ。


「それに、追いかけて行って、拒絶されない保障はある? しっかりと契約してくれるなら、一つだけ命令してあげようと思っているんだけどな」


 星の精霊王の呟きを無視して畳み掛けるルシエ。彼は、命令というフレーズで再び顔を歪めるが、それは長く続かなかった。

 ルシエは両腕の双剣を消すと、お得意の人差し指を唇に当てる秘密の仕草を取り、優しい音色で言う。


「海の精霊王を護れってね」


 まるで悪戯が成功した子供のように、無邪気な表情だった。

 しかし、一連の会話の中には人間にとって、破罪使が居なくては永遠に変わらなかった、関われなかったであろう、世界の存続を左右する歴史についてが含まれている。気付いたところで、彼等に出来ることは本当に何も無いのだが、後にティルダとシルフィードは、この再会でチャンスを掴まずにいられて良かったと安堵した。けれどもそれは、全てが終わった後のさらに後のことで、その間に何度も後悔し自身の無力さを呪った。

 それを安堵に変えてくれたのは、驚くべきことに、現在星の精霊王を拘束し続けているゼフなのだが、彼もまたそんな未来が待っているとは知らなかった。


 ルシエに激怒し、決して同意しないと思われた星の精霊王。彼は、最後の言葉に呆けてしまい立ち直りに暫くかかったが、突然ハッとすると、ゼフの拘束を乱暴に振り解いて右手を高らかに挙げる。


「するする! 俺、あんたと契約するわ!」


 そうして、またしてもルシエは、新たな力を手に入れつつ権利を放棄した。それがどれだけ便利であろうと、持っていて損はしないと分かっていようと、ルシエはゼフとクランク以外を隣に置こうとはしなかった。

 二人はもう誤魔化したりしない。ルシエが何故、自分達を傍に置いているのかを。そしてルシエも、気付いていると知っていて、彼等を隣に置き続ける。

 契約が済み、星の精霊王が去るのを見送った三人は、自分達もこれで用は完璧に済んだと居住まいを正し、ルシエが代表してアナスタシヤとティルダへ礼をした。


「ご静聴、有難うございました。それでは、アナスタシヤ陛下への感謝を込めつつ、速やかにこの国から立ち去りたいと思います」


 顔を上げれば皮肉とも取れる言葉を吐き、ルシエはアナスタシヤに「さっさとお行きなさい」と追い立てられてしまった。

 アナスタシヤは女の勘か、二度とサイードに会えないのを悟っていたが、初めての華はあっという間に枯れている。水をやるのを怠っていたのは誰だったのか。いや、その感情は咲いたのではなく、養分の無い土に元々咲いていた華が植えられただけだったのだろう。

 遠ざかっていく背中をアナスタシヤは見送らず、ただただ、ひび割れた窓から見える星空を見上げた。


「待ってくれ……!」


 代わりに、もう一人の悪魔に焦がれた者が叫ぶ。ティルダは、バルバロトに押さえられたままの体勢で、ルシエが振り返るのを待ってから言った。


「サイードは、消えてしまうのか?」


 サイード本人が告げた言葉、ゼフやクランクとの会話から導き出された予想はアナスタシヤの唇を強く噛ませ、ティルダ本人にも大きな衝撃を与えている。それでも問わずにいられなかったのは、言葉にしたのは、強さなのか弱さなのか。ルシエは真っ赤な瞳へ艶笑した。


「だって、悪魔だからね」


 そう言って手を小さく振り、ルシエ達は消えた。

 三人の国を担う若人にとって、破罪使や悪魔によってもたらされた様々な感情は、どの経験にも勝るものとしてこれからの糧となる。この時代は、多くの優秀な者が躍り出て活躍したとして、後に英雄期と呼ばれた。

 名を連ねた者達の全てが、破罪使もしくは悪魔に出会っていたのだが、どの文献にもその事実どころか単語すら出てこず、史上には耀かしさしか残らない。その理由がまた、彼等を英雄としたのだろう。











 時は僅かに進み、星の精石を破壊してから三日が経った。

 三人は旅を再開し、お互いに対する憤りについても折り合いを付け、今は次の目的地に向かって黙々と進んでいる。

 とはいっても、残りの精石については不安があった。そう、人々の歴史上では、光と闇の精石もそれを有する国も全てが伝説なのだ。国がある陸地すら、陸と言って良いのかどうかも不明な空に浮んでいるとされ、そこへの移動手段や存在そのものが謎。けれども、三人にはしっかりと目的地が決まっている。

 何故ならば、星の精霊王が別れ際に言ったからだ。彼は、ふと思い出したように「あぁ、そうだ。残りの精石の場所、分かんないっしょ?」そう尋ねた。

 これに驚いたのは、ルシエよりも精霊王二人であった。何故、星の精霊王が知っているのかと表情で訴えれば、彼は「俺、闇と結構仲良しだからさ!」と自慢気に答え別の意味で不安を覚えた。とにかく、彼は今後の事を考えていたルシエに対して言った。精霊の森(ティターニア)へ行け、と――

 どうしてか、その名を聞いた瞬間、ルシエが強い嫌悪を浮かべていたのだが、誰かがそれを指摘することは無かった。そうして星の精霊王は、そこに行けば大丈夫だと告げて消え、行く宛ても無かったルシエは星の導きに従うことを決める。


 ただし、精霊の森そのものにも懸念があった。一つは、面積が広大で、森の何処へ行けば良いのかが不明なこと。そしてもう一つが、現在精霊の森の付近、精霊の門番(ガーディナー)の所有する中立な土地の一部が天使軍(エクソシスト)の本部として解放されているということだ。

 司令官であるシルフィードは、おそらくまだ星の国に滞在していることだろう。悪魔が去ったから、それでは失礼しますと簡単にいくわけがない。どちらかが責めるか、どちらも責めるかどうかは星の国と天使軍の方針によって違うだろうが、事後処理に少なくとも一週間はかかるはずだ。

 ティルダが居なければ、もっと簡単に済んだだろうが、それだけ両者がお互いに無礼をし尽くしたということである。

 とはいえ、司令官が不在だからと安心は出来ない。シルフィードは、前線には出ず後方で指揮を取るのが本来の役目であり、どれだけの数が本部にて待ち構えているのか。星の精霊王の言葉を彼等もしっかり聞いていたのだから、想像もできない。

 虐殺が不可能なのだから、流石のルシエやサイードも大軍には対抗しきれない上、最悪森へと追いこまれて火を放たれでもすれば、万事休すとなろう。


「まあ、それはそれで、居場所を奪えるからありっちゃありかねぇ」


 けれど、そうやって思案していたサイードは、その懸念にまで達した時、ポツリと零した。

 両隣を歩いていたゼフとクランクが不思議そうに顔を向けるので、独り言だと誤魔化す辺り、自分でも流石にそれは不味いと思ったのだろうか。いや、そもそもこの言葉は、天使軍に対してのものだったのか。

 精霊王が遥か昔、過ごしていたとされる精霊の森。サイードは、どんな場所なのか想像しながら、今度は誰にも聞こえように言った。


「二度とその地を踏ませやしねぇよ」


 三人は、ゆっくりな足並みではあったが着実に、最後の地へと近付いていく。

 サイードとルシエは、まるでアピスの景色を目に刻むように移動を全て自らの足だけで行い、この八日後、ゼフとクランクと再会してから十一日後の雲一つない晴天の日に、精霊の門番が長スペンサーの住まうはずの城へと辿り着いた。

 二度に渡り、人数は変動すれど各国の王が集まり、悪魔について語り合った場所。そこへ、その悪魔を従える破罪使が姿を現す。


 背後からは、三人を急ぎ追ってくる天使軍の乗る馬の駆ける音が響き、面前には小さな城が聳え立つ。

 城を隠すように大地を盛り上がらせ、時間稼ぎを行ったルシエ達は、森へと入る前に城を散策した。そこは無人だった。誰一人居ない、生活感すら漂わない孤城。

 そしてルシエは、とある一室にて見付けたある物を眺めながら、醜く艶やかに嗤った。

 さらに、一人で味わうのは勿体無かったのかサイードへと変わると、彼もまたルシエと同じ様に嗤う。違うのは、声を零さなかったルシエに対しサイードは腹を抱えて爆笑したこと。

 それは、外で必死に土の壁を突破しようとしていた天使軍の士気を、ごっそりと削ぎ落とした。









 

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