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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第八章:捻くれX意義=紡がれる全て
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咲き誇る大輪と芽吹く夢




 唐突に浮上した、サイードの悪魔疑惑。銀髪、金眼、女でありながら男の姿を好み、かなりの美丈夫だという特徴が全て一致していた為、目の者は悪魔狩りに巻き込まれたというよりも、悪魔そのものである可能性が高いと、アナスタシヤへすぐさま報告が行った。

 当然、それは大きな波紋を呼び、ハーラルトが途端にその危険性からサイードの処理(・・)を提案したが、アナスタシヤはきっぱり「それは認められない」と訴えを退ける。私情を挟むなと言っても、彼女は首を振り続けた。


「サイードが本当に悪魔だとしたら、当に私達はこの世に居ないはずです」


「だから、それは記憶が混濁しているからで」


 ハーラルトの珍しく声を荒らげかける様子に、アナスタシヤは微笑みで返す。「悪魔なのに?」そう問えば、彼は口を噤んだ。

 星の国は特に、悪魔に関して情報が少なく関心も低い。ハーラルトが焦るのは、精石を破壊されることよりも、国王の身を案じるが故だ。

 それが分かりながら、アナスタシヤは思う。サイードは、決して自分達を殺めたりしない、と。それは、確証も根拠も無い想いだったが、それでも彼女は強く感じた。


「けれど、もし、サイードが悪魔だと確定した場合には、仕方がありません。可能な限り処理する方向で、被害が甚大になりそうな場合は、見逃しなさい」


 ただ、ハーラルトの言う通り、個人的な考えのみで国は動かせない。その判断は、とても的確だった。


「後、こちらからサイードに悪魔の件を追及するのも禁じます。それは、私達にとって好ましくない状況へ陥るきっかけにしかならないでしょう」


 触らぬ神に祟りなし。アナスタシヤはそう言って、ハーラルトと無言を貫いたが同席していたバルバロトは、深い礼を同意とした。

 そして、その日の夜、私室にてアナスタシヤは数枚の書簡を広げる。それは全て、風の国王が送ってきた魔法便。書かれているのは、協議への参加を促す言葉と悪魔や天使軍についてだ。

 現在は届かなくなっているが、今までの物は全て保管されており、流し読みで終わらせていたものを、今度はじっくりと読み返す。王の顔でその作業に没頭していたアナスタシヤは、重たい頭を抱えながら「サイードそのものじゃない……」と溜め息を吐いた。

 名前も外見も、特徴が全て一致してしまい、脳裏にサイードの右手に光る黒い指輪がちらつく。それは、彼が唯一持っていた所持品で、今も尚肌身離さずはめられているものだ。

 さらに、空の精石が破壊された時期と、アナスタシヤが見付けた時期も一致する。ただ、二つの場所は徒歩で簡単に行ける距離では無いのだが、それが悪魔となればまた変わってくるだろうと、別人物だと思える確証にはなってくれない。

 しかも、傷だらけの身体が纏っていた腰のストール。あの蒼は、空の国で作られる色だ。


「本当に、記憶が混濁しているのかもしれないわね。でなければ、精石を狙って行動しているはずだもの」


 それに、とアナスタシヤは寝台に飛び込みながら自分への言い訳を並べていく。「悪魔が、あんなに優しい顔できるわけない」その呟きの奥にあるのは、整った顔が浮かべる微笑だった。

 強くなる為、必死に鍛錬を重ねながら我侭に付き合ってくれる騎士と、非道で残虐、数え切れない命を奪ってきた者が重なるわけがない。結局、アナスタシヤは、自覚出来てはいないが、前者のサイードに恋をしていた。女だと分かってはいても、どんな風にも決して折れないであろう淡く儚い、彼女にとっては毒を孕んだ残酷な、初めて見つけた凛と咲き誇る華。

 枕に押し付けた顔の奥からは、くぐもった言葉がアナスタシヤ自身の為に送られていた。


「壊したいなら、あげるから。だから、傍にずっと居て――」


 そうして、親衛隊の候補生は、隊長との約束通りに一太刀浴びせ、結果その肩に騎士の誇りを乗せる。

 親衛隊に所属できる騎士は、実力を認められた極限られた者の為、正体不明のサイードが入隊するなど異例中の異例だったのだが、それに異論を唱える者は誰一人として居なかった。何故なら、先輩となる隊員も一介の騎士達も、鍛錬する姿を何度も見ており文句を言う立場が無く、認めざるを得なかったのだ。

 さらに貴族達も、サイードがリハビリもかねて城を歩いていた際ここぞとばかりに嫌がらせを行っていたのだが、上手い事かわされ続けた挙句、いつの間にか冷静な判断力の恩恵に預かっていた者が多く、受け入れる体制は本人の意図したことなのか誰のも分からないまま整っていた。

 そういった流れに物事を持っていくことは、サイードには無理だと自信を持って言える。けれど、彼とは別のもう一人の悪魔にそれは可能であり、それこそが役割だったというのも、知っている者は知っている。

 もしかしたら、ゼフとクランクはこの光景を見て怒りながらその名を呼ぶかもしれない。しかし、纏う雰囲気はサイードのものでしかなく、それも穏やか。アナスタシヤの願いは叶うのだろうか。悪魔もまた、時間が無いと再三呟いていたというのに、果たしてこのまま忘れて生きるのだろうか。

 どちらかが叶えば、もう一方のものは儚く消えてしまうけれど、それ以前に、悪魔がこのまま穏やかな日々を過ごすなど誰もが許さないはずだ。人々も、世界も、本人さえ――

 その身体の置き場は最早、悪魔としてしか場所が存在しない。


 朝日の下、親衛隊の騎士服を着こなし、美しい金の刺繍が目立つストールで右肩を覆ったサイードの腰に携えられたのは、記念という建前でアナスタシヤから贈られた銀とも白とも思える刃を持つ剣。しかし、それを持つ手の指にはめられているのは、その対極ともいえる片割れだ。

 今の姿こそ、ゼフが出会いの時に言っていた矛盾する者そのものだろう。


 様々な者が、それぞれ別種の感情を抱いているにも関わらず、それを向けられる本人は尻尾を見せながらも、その正体を示さないまま。正式に隊員となってから、サイードはさらに多忙な毎日を送っていた。

 堂々と、王の後ろに付けることが可能となったのだから、アナスタシヤが放っておくはずが無い。起床に合わせて私室へ向かわなければならず、その日のサイードは足早に廊下を歩いていた。


「おはようございます」


「今日もお早いですね」


 律儀にもすれ違う全ての者に挨拶をしていく姿は、きっと誠実で紳士的で、とても魅力的に映ることだろう。現に、今挨拶をされた侍女など頬を赤く染めて通り過ぎて行く背中を視線で追っている。

 そんな光景を作り出しながら歩き続け、微笑を浮かべながら目的の扉をノックすれば、取次ぎ役の者が顔を出して「少々お待ち下さい」と待機を命じた。


「今日は、一日中陛下の護衛……か」


 大人しく直立の体制で待つサイードであったが、この日は普段より僅かに顔色が悪い。それでも、以前に比べれば何倍も健康的なのだが、彼はしきりに眉間やこめかみを揉んでいた。どうやら、頭痛に悩まされているらしい。


「風邪でもひいたかな」


 その時、サイードは脳裏に、銀と黒がちらついた気がした。

 けれど、動きが止まったのはほんの一瞬で、小さな溜息を吐いた以外に変わった様子は無い。そして、丁度というべきか入室の許可が下り、体調の悪さを微塵も感じさせない微笑でアナスタシヤの前に立つ。「おはようございます、陛下」そう挨拶する姿は、アナスタシヤに普段と変わらず映っていた。


「本日は、どのような予定で?」


「めずらしく午前中、休めることになったのよ。といっても、一人で優雅にお茶した所で暇だから、付き合ってもらえるわよね?」


 今日のアナスタシヤは、可愛らしいベルラインのドレスを着用していて、女王というより王女のようだ。

 「お似合いですよ」と褒めるのを忘れず、けれどアナスタシヤの要望には苦笑するサイード。近くで聞いていた侍女達が、返事も待たずに用意の為動き出したからだ。


「私に、拒否権はあるのでしょうか」


 通常であれば、貴族であっても建前として、身に余る光栄だと断りを入れなくてはならない。そうでなくとも、一介の親衛隊隊員は、受ければ嫌味な貴族の恰好の餌食となってしまい、王の立場の為にも引き下がるべきだ。

 けれど、サイードはこういった点も異例であり、とある公爵には「陛下の良い相談相手になってやってくれ」と言われていたりする。

 要するに、気付かず丸め込まれている周囲にとってサイードという存在は、アナスタシヤの為に生きている、生かされている者だった。


「そんなものがあったら、わざわざ誘ったりしないわ」


「でしょうね。……では、レディ。場が整うまで、庭を散歩致しませんか? 庭師の者が丁度見頃だと」


 お茶目な笑みを浮かべるアナスタシヤに苦笑し、けれど、わざとらしく気障な誘い文句でそれに乗ったサイードは手を差し出して、彼女がそこに自身のを重ねる。サイードの手は冷たかった。

 それも、アナスタシヤに不安を与える要素の一つだ。表情には億尾にも出さないが、どれだけ暖かな日差しが降り注ごうと、どれだけ体が火照っていようと、いつだってその手だけは冷め切っていた。触れるたびに毎回、まるで人形のようだと背筋が凍りそうになる。


 二人の微笑みにも温度差があるように思えたのは、気のせいでは無いのかも知れない。


 侍女たちに見送られながら、仲の良い兄妹とも恋人とも思える二人は庭へと歩き出していた。





 サイードの言葉通り、庭にはこの季節を代表する花々が、見事に咲き誇っていた。

 多忙な執務に明け暮れるアナスタシヤにとって、サイードがもたらす情報は驚きと感謝ばかりだ。使用人や文官、平民から貴族まで幅広い交流を持てているからこそ手に入れられるもの。庭師の言葉など、今まで彼女に届くことなど無かったのだから、こうして時期に合った見頃な花を眺めるのも何度逃してきたことか。


「……綺麗」


「陛下、お口が開いてしまっていますよ」


 彩り様々な目の前の花に思わず呟いたアナスタシヤの背中へ、笑い声が向けられる。慌てて口を手で覆えば、さらにそれが強まった。

 若干剥れながら振り返れば、サイードは笑いながらも花を眺めている。


「綺麗ですね。思わず、こんなにも美しい光景を見た事が無いと言いたくなるぐらいに」


 光に反射する銀と、どこか遠くに向けられた視線。そのあまりの儚さに、目を奪われかけていたアナスタシヤはハッとした。サイードの言葉で、悪魔という単語を思い出したのだ。

 本当に悪魔だったとしたら、あながち間違いでも無さそうで、実際、咲き誇る花を前にこうして穏やかに風景を楽しむのは、アピスで初めての経験だった。


「サイードは……どの花が好き?」


 かろうじて出そうになった言葉を飲み込んだアナスタシヤは、取り繕うように尋ねる。

 今の状況に歓喜する鼓動と、不安による振動。対極なリズムが合わさり、思わず握る手を強めれば、柔らかく心地良い笑みが返ってきた。


「そうですね」


 しかし、少し視線をずらして指差された先を見た瞬間、均衡していたリズムが不安を大きくして乱れる。


「あの、純粋な黒い花が好きです」


 この国固有の、本来純白に咲き誇る花は、度々突然変異として黒く染まってしまうことがある。それはすぐさま刈り取られるはずなのだが、何故か数輪だけ残されて花弁を開いていた。

 「庭師にお願いして、残してもらったんですよ」と言った時のサイードを、アナスタシヤは知らない。


「どんなに美しい花にも、棘があったり毒があったりします。けれど、あの花は色だけでそれを可能にしている。しかも、人をです」


「だから、好き……なの?」


「いいえ。それだけだと、不憫な花だと思います。本来白いはずなのだから、望んでそうなっているのでは無いでしょうし」


 いつだって自分を見てくれる金も、この時ばかりはその花だけを見ていた。

 アナスタシヤはその姿を眺めるしか出来ず、悔しいのか妬ましいのかも分からずに再び黒い花へと視線をやる。けれど、細部まで観察しようとも美しいとは思えない。ただ、望んでいないという言葉が引っかかり、汚らわしいとは思わなかった。


「私が好きなのは、それでも全く白を残していないということです。まるで、他の花の汚れを一身に受けている様で、それがとても気高く思えます」


「気高い……」


「美しく咲き誇るには、腐り肥えた土が必要です。その花にとっての、ね。栄養も何も無い土に芽は出ない。そして、その栄養は朽ちた葉や肉によってもたらされます。美しさとは、醜さがあってこそ成り立つのです」


 美しい花を前に、そんな話をする者が居るだろうか。それこそ、王に向かってだ。

 アナスタシヤには、まるで花という名の人について語っている様に感じた。汚れることも厭わない。そう言っているとしか思えなかった。

 そんなことを考えている間に、サイードは徐に跪いてアナスタシヤへ微笑む。慌てて意識をそちらにやれば、彼は両手で彼女の手を包み込んだ。


「だから、陛下も美しく咲き誇り続けて下さいね? 悲しいことがあっても、寂しくても、それでもこの国のかけがえのない一輪に。私を助けてくれた陛下はきっと、そう咲けると信じております。そして、相応しい者の手に折られて寄り添い飾ることでしょう」


「なれれば良いわね。……なりたいものだわ」


「必ず。私が保証しますよ」


 それを聞いたアナスタシヤは、弱々しく微笑み返すので精一杯であった。

 記憶がはっきりしているかどうかに関わらず、悪魔かどうかに関わらず、サイードが花開くとしたら黒に近いのだろう。けれど、純粋な黒にはなれないのだろう。そして、それを彼は自分で気付いているのだろう。アナスタシヤはひっそりと、「優しい馬鹿な人」そう呟いた。


「さ、用意が整ったみたいです。今日のお茶菓子は何でしょうね」


「サイードの好きな、レモネを焼いてもらっているわ」


 花畑の中に設置されたお茶会の場に向かう二人は、手を繋いだままだった。「それは、断らずにいて良かったです」と笑うサイードに「だから、拒否権は無いと言ってるでしょう」アナスタシヤが笑い返す。

 響く笑い声は淑やかで、揺れる花々が濃厚な香りで飾り、舞う花弁が儚さを訴える。不安や疑心もあり過ぎるほどあったが、それでもこの国で悪魔は騎士だった。


「私は何度でも、あなたに白い剣を授けるわ」


 それは後に、品種として認められた黒い花に付けられた花言葉。けれど今は、一人の国王の囁き。

 腰を下ろし、アナスタシヤがドレスについての最近の悩みを語って新しいデザインをサイードが助言するという、国王と騎士の対話にしては可愛らしすぎる内容で盛り上がっている時に届けられた一通の便りが、全てを引き裂く予兆となるのは、お茶会を始めてから一時間後のことであった。


 差出人は、天使軍(エクソシスト)司令官シルフィード。そして、陽の国王ティルダの連名。それを受け取り、青ざめた表情に変わるアナスタシヤだったが、その理由になった本人は不思議そうにしながら彼女を案じる言葉だけを投げ掛けていた。









 場所は移り、ここは精霊の門番(ガーディナー)が一族から提供された天使軍の本部。最低限必要な人員だけの、ただの屋敷とも思えるそこに彼等は居た。


「一国の王が、こう何度も国を空けて良いのですか?」


「王が能なしだと国は滅ぶけど、王以外が能なしでも同じだからな。俺の役目はもっぱら、貴族に嫌われて宰相の仕事をやりやすくすることなんだよ」


 気心の知れた態度といった感じで、二人は食事をしていた。一方は黒い天使軍の軍服を着て、もう一人は身軽な旅装束だ。


「陛下は本当に、陛下らしく無いですね」


「ティルダで良いって。それに、そっちも軍服が似合わないだろ」


「誰が聞いているかも分からないんですよ?」


 二人とは、シルフィードとティルダである。

 シルフィードの言葉に若干嫌そうな顔をしたティルダは、仕返しとばかりに嫌味を返しながらワインを一口。それを眺めるシルフィードが、歳相応な顔で笑っていた。

 実際、どちらかといえば剣より本が似合うシルフィードには、天使軍の黒が違和感を与える。とはいえ、それを指摘したティルダの方がよっぽど王に見えず、だからこそ笑ったのだ。


「そんなこと言ったら、俺はいつ俺になれるんだよ」


「悪魔ではありませんが、あなたらしい王になれば良いだけだと思いますよ」


 ティルダは持っていたグラスの中身を一気に飲み干し、出てきそうになるしつこい憧れを押し込めて口角を淡く上げた。

 シルフィードには、悪魔の手紙の最後の一文を伝えてある。それだけでなく、お互いに悪魔と関わった件全てをだ。そして二人は、今の今まで諦めずに悪魔を追っているのである。

 天使軍がシルフィードの指揮下に置かれてから数ヶ月。一欠片の情報さえ入らなくなった現状は、焦りだけを募らせたが、過ぎていく日々は推測を狭めていく。

 さらに、唯一入ってきた情報が、一人の正体不明な旅人が悪魔を探しているということ。その者は、声を掛ける隊員の制止を悉く振りきり、今もアピスを恐るべき早さで駆け回っているという。

 それがシルフィードの耳に入ったのは、空の国王フィザーレイロが精石を破壊されたと声明を出した後のことだった。そして今日、二人は最後に残されている行動について結論を出そうとしている。


「伝説の大陸にあるとされている精石を狙うとしても、星の国に身を潜めているとしても。どちらにせよ、星の国は如何わしいな」


「全てを破壊すると名言していますからね。ですが、あの悪魔を手中に収めるなど出来るでしょうか」


 二人は、幾つかの推測を元に今まで行動してきた。

 まずは、悪魔の負傷。空の国王は、自国を中心に狭い範囲で今も捜索を続けているという。となると、動けない理由がありそうだ。ただ、日が経過した為、最早これは回復していると思って良いだろう。

 死亡したとも考えられるが、これを否定させてくれるのが正体不明な旅人の存在だ。この人物を、二人は精霊王の一人だと思っている。

 そうなると、悪魔は身を隠しているというよりも匿われているか、もしくは、精霊王と別行動を取らなければならない状況にあるということだ。それが可能なのは、これまで悪魔に一切関与してこなかった星の国以外無い。

 さらに、星の国は空の精石が破壊された二ヵ月後ぐらいから、ただでさえ厳しい入国管理をさらに強くしている。直後なら、何ら疑問も抱かなかっただろうが、間が空いてからのその行動は、守る為というよりも何かを隠す為の行動に思えた。

 ただし、唯一その推測を疑わしくさせるのが、シルフィードの言った点である。悪魔を言いくるめるのも、従わせるのも、出来るとは思えない。説得に至っては、不可能と断言しても良い程だ。

 それを指摘するシルフィードに、ティルダは言った。


「逆は可能だろ。悪魔が星の国……星の国王をと考えれば、納得出来ないか?」


 今まで散々、人々を騙してきた悪魔だ。ティルダもシルフィードも、天使軍も痛い目をみてきている。「できますね……」と同意したシルフィードは、何とも言えない表情をしていた。


「そうなると、どうやって立ち入りの許可をもらいましょうか」


 暴くのも守るのも、その国に入れなければ動くに動けない。他国の王でさえ、必要無いと判断して跳ね除けてきた星の国への入国は、とても難しいことであった。

 悩みはじめるシルフィードの姿を見ながら、ティルダは微かに笑った。既にかけがえのない友人になりつつある彼は、聡明だが紳士的すぎる。そういった点では、自分の方が王としては染まって(・・・・)いるのかもしれないと、羨ましく思った。


「こういった時こそ、立場を利用するんだ。拒否した場合には、天使軍とそれを支持する国の名の下、悪魔への加担を認めたとして侵攻する。そう脅して」


「ですが、それは……」


「どの道、精石を保有されている方が国としては困るんだ。年寄りなんかは、星の国に移住したいと嘆いているらしいぞ?」


 ティルダの言葉に難色を示したシルフィードであったが、背に腹はかえられないのかもしれないと、口を噤んだ。

 紙の上に記されただけのものを省き、他国にたった一つ残された精石は、希望というよりも暴動の種になる可能性の方が何倍も高い。それを、シルフィードも分かっている。

 社会全体、人間の世界と一国を天秤にかけた場合、どちらが重いかなど子供でも答えられるだろう。


「……魔法便の用意をしましょう」


「俺と連名で頼む」


 ただ、正義を掲げているシルフィードにとっては、苦渋の決断とも言えた。その葛藤を察してか、苦笑いで同意した彼にティルダがさらりと言う。

 そのせいで止まってしまった手を見ながら、ティルダは笑った。


「一人に背負い込ませるつもりは無いよ。俺は、背負い込む奴を背負い込ませてもらえる王になりたいから」


「それはまた、茨の道を選ぶんだね。――ティルダ」


「気付かないのも、気付いていないフリをするのも。気付いているのを受け入れてくれないことだって、苦しくて悔しいと教えられてしまったからな」


 国を担う若者達は、そうして窓という額縁にはめ込まれた月夜を見上げた。

 最後の国で、一度きりのチャンスを掴めると信じて――


「出来ることなら、あんたの隣を駆けたいと思っていたよ」


 必要悪ですんでくれれば、きっと同じ席に座って三人で笑えたのかもしれない。そう思うティルダに、シルフィードは微笑みながら首を振る。


「出来れば、妹も入れてやってくれ」


「そうだな。叶わない夢は、いつかきっと未来で実現されるさ。その為にも、俺達が戦おう」


 二人は、必ず悪魔と再会できると確信していた。会ってくれるだろうと、分かっていた。そして、チャンスとは自分達が掴むものだと知っているから、信じている。

 絆を形にしてグラスを合わせた二人は、そうして星の国王に宛て魔法便を送る。それはすぐさまアナスタシヤの手に渡り、三人と尻尾を隠した悪魔が一匹、相見えることが決定した。

 すぐさまとはいかず、手続きや用意に時間がかかってしまい、それが実現したのは数週間後のこと。幸か不幸か、その間に事態が動くことは無かったが、ティルダは星の国へと向かう馬車の中で「待っていてくれてる」と一人呟いた。


 果たして、舞台で歌は響くのか。


 不安や期待の渦の中心で、悪魔は無邪気に白銀の剣を磨いていた――







 


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