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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第六章:捻くれX予想外=やりすぎ
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届かぬ槍と届いた歌声



 聖殿は、そこ等の中級貴族の屋敷程度の、大きすぎず小さからずといった広さの一階建てであった。

 入り口から続く広めの廊下に部屋は備えられておらず、ルシエ達は足音を響かせながら奥へと進んで行く。

 罠が仕掛けられているとも限らないので、足並みはゆっくりで、中心にルシエを置いて何時でも対応できるよう、クランクとゼフは武器を持ったままだ。


「……静かだね」


 くすんだ灰色の壁には、アピスの文字で雷の国の大まかな歴史が絵と共に描かれており、ルシエはそれを流し見ながら呟いた。


「ここは、精石の保管の為だけの建物の様だからね」


「みたいだね。雷の精霊王が、聞き分けの良いのだったら良いんだけど」


「あやつは、一言で言えば騒がしい奴だな」


 ゼフの言葉を受け、壁に向いていたルシエの視線がクランクに移り、「それは、ちょっと不安だね」と心底嫌そうな顔をするが、向けられた本人は「照れるじゃん」とお気楽な反応。

 魂の負担具合から、今回は是非とも魂の保護となる契約を結びたいのだが、贅沢にも仲間にはなって欲しくないと思っているルシエ。

 けれど、相手がクランクの様なタイプであればその説得が容易では無く、無理矢理主導権を握られて、契約を結ばざるを得なくなってしまいかねない。それを危惧しての視線だった。

 未だに、クランクとの契約時に何があったのか知らないゼフであるが、そんなルシエの視線から大体の苦労は察し、苦笑しながら「水とは、また全然違う」とその不安を拭う。ホッと安堵するのだから、ルシエにとっては本当に嫌な記憶なのだろう。


「契約で束縛しなければ、そう苦労しないと思うぞ」


 それだけ聞ければ十分だと、ルシエは再び壁に視線をやった。

 どうやら、聖殿の中心に近付くにつれ時代を遡っているようで、進めば進むほど精霊と人との関連についての記述が目立っていく。


「まあ、雷のは自由を好むからねー。って……ルシエ?」


「警戒は任せるよ」


 ルシエは冷たく言い放ち、クランクとゼフを意識外に追いやる。そして、流し見ていた瞳が次第に真剣を帯び、首が忙しく左右に振られ始めた。

 ある場所には、雷の国に多大な加護を授けた上級精霊との歴史が。その向かい側には、反対に、災厄をもたらした非道な精霊の歴史が。

 大したものに思えないそれらであるが、このような古代の歴史を見るのが初めてなルシエにとっては、貴重な史実を手に入れられるかもしれない貴重な場。

 早足になりながら、その目は必死に何かを探していた。


「ま、待て! 焦るな!」


 一気に警戒心の薄まったルシエを慌てて追うも、全く意に介さない姿に、ゼフとクランクは頷き合って、ゼフがルシエを追い越し先行して安全確認を取る。

 クランクは邪魔をしないよう、黙って隣に立ち二重の防御とした。

 その間も、時折「これは同じだ」と呟いたり「違う」と言って小さく舌打ちしたりと忙しく、ルシエは様々なものを照らし合わせるかのように頭を働かす。

 そしてその足は、ゼフが寄りかかって待機した、聖殿の中心へと繋がる扉の一歩手前で止まる。

 目を見開いたルシエが見たのは、聖殿に刻まれている歴史の始まりであった。

 まず、左側の壁に近付き指を這わす。そこでは、大きく描かれた一組の男女が熱い口付けを交わしている。


「こ、れは……?」


「よもや、このようなものが残っているとは」


 唖然とするクランクに、苛立った様子で吐き捨てるゼフ。忌々しいと言いたげな態度で、それが示すものを知っているのだろう。

 しかし、ルシエは尋ねたりはせず、一人その壁画を見上げていた。

 大分色褪せ、男と女が抱き合いながら口付けを交わしているとだけしか分からないが、その周囲には精霊を表現しているのだろうか、十色の円が二人を飾っている。


「神と結びし、果て無き誓ひ。咎人は出会ひ、神は求めた」


 若干震える唇が放ったのは、絵の女の足元に刻まれていた文字。指を這わせながら辿ったそれは、たったの一文以外全て擦り消えていて、これ以上は解読不可能だった。

 だが、ルシエにとってはそれでも十分らしい。憎憎しく絵の女を見つめていた。


「まるで、悲劇のお姫様だね」


 それだけ呟き、ルシエは「これを削り消して」と、抑揚の無い声でゼフに告げる。ゼフも思うところがあるのか、「仰せのままに」と畏まりながら素直に従う。

 さらに、今度は右側の壁に身体が向けられる。

 クランクが、珍しく怒りを映した表情を浮かべながら一足先に見つめていた。


「……お似合いな姿だ」


 男女と同じ様に、大きく描かれている壁画。それを見たルシエは、醜く哂っていた。

 近寄って行き、再び指を這わせた場所には、黒い塊が広がる血溜まりを啜る不気味なものが描かれており、男女とは大違いの雰囲気を醸し出している。


「さぞ、美味しかったことだろうね」


「ゾッとするよ」


 背中で壁の削られる音を聞きながら、ルシエの言葉にクランクが身体を震わせながら答えた。

 「こっちは、殆ど読めないね」と言うクランクの視線の先で、ルシエの指が血溜まりの中心に刻まれた文字の残骸を撫でる。


「神、罰を、咎……封じ、探す、約束」


 目を凝らして読み取ろうとしても、理解出来るのは言葉にならない文字のみで、後は二人して黒い塊を睨んだ。


「消して。跡形も無く」


「そうだね」


 ルシエの合図に、クランクが掌を壁に当てて静かに瞳を閉じる。

 すると、徐々に表面が剥がれていき、大して役に立たない腐敗の力が初めて発揮された。

 哂いを浮かべたままのルシエは、真実の隠蔽を仲間に任せ、中心へと続く扉の前へ立つ。その間に、二つの壁画は抉られ、腐り、無残なものに変貌する。


「真実は必要無い。知るべきは、限られた者だけで十分だ」


 そして、先に削り終えたゼフが左隣に立ち、左方の扉に手を添える。「あの存在は、闇に葬ろう」と言うルシエに、彼は深く頷いた。

 次に、クランクが右隣に立ち、同じ様にもう片方の扉に手を添える。「君たちの憂いも、きっと払ってみせるよ」の言葉に、彼は優しく微笑む。


「お前がお前でいられるよう、私は最期まで剣となり盾となるさ」


「俺は鎧として、君の傍に居るよ」


 再び、頼もしい言葉を口にして、ゼフとクランクはルシエに応えた。けれど、あの時とは違い、そこに込められる想いは信頼と思慕と、願いだ。

 さらに二人は、それだけでは終えず同時に付け足す。


「だが、私は甘んじてそれを受け入れるつもりでは無いからな」

「可能な限り、足掻かせてもらうけどねー」


 残念ながら、ルシエがそれに応えてくれることは無く、悲しそうな笑みと共に「それは君達の自由だから」と右手が扉を開くようを促した。

 けれど、二人にとってはそれで十分である。

 微笑んで、そんなささやかな信用を喜び、彼等は内開きの扉を開けた。

 閉じ込められていた鋭い殺気を光の代わりに浴びながら、まるで舞踏会に入場するように、精霊王による贅沢なエスコートを受ける。

 響いたのは穏やかな演奏では無く、剣の奏でる鋭い金属音。それでもルシエは堂々と、その輪へと向かった。


「お前が悪魔か」


 出迎えたのは、大きな槍を片手に甲冑を纏う騎士を引き連れた、金の髪と瞳を持つ褐色の肌をした戦士。

 動きやすくあつらえてある、装飾の少ないシンプルな服装をしていたが、使われている生地は上質で、落ち着きのあるその男が誰なのか、ルシエは直ぐに分かった。

 金の髪と瞳の色、褐色の肌は雷の純血種の特徴である。星の純血種も、同じく金の髪と瞳を持つが、この二種類を区別できるのが肌の色。星だと今度は、雪の様に白い肌をしているのだ。

 と、なると。男が誰なのか、説明する必要は無いだろう。


「態々お待ち頂けていたとは。光栄の極みにございます」


 ルシエは、右手を恭しく胸に当ててゆっくりと頭を下げ、男に敬意という冷やかしの態度をとる。

 鍛え抜かれた男の肩の筋肉がピクリと跳ね、怒気がその場を支配し始めたが、それでも精霊王を背後に侍らせる悪魔はその体勢を保ったまま。


「首を差し出すと、捉えて良いか」


 鋭い槍がルシエに向けられ、ガチャガチャと騒がしい音をたてながら騎士が三人を囲み始め、男らしい低い声が怒りを態度に変える。

 やっと顔を上げたルシエは「とんでもない」と微笑み、視線を男からその背後で燦然と輝く、不純物の一切無い琥珀(アンバー)へと移す。

 そして、胸に当てていた腕が伸びていき、人差し指が琥珀を示した。


「世界を壊しにやって来たに決まっているでしょう? 雷の国王陛下」


「させると思うてか」


 ただ椅子に座って、踏ん反り返っていただけでは持ち得ない覇気を纏い、雷の国王はルシエを睨んだ。

 そして、ルシエが獲物を前に貪るのを待ちきれないと、涎を垂らす獣の如き醜い笑みで応えて目を閉じれば、それが開戦の合図となる。


「絶対に、ここで討ち取れ! 全てを賭けろ!」


 国王の命に忠実に従う騎士の剣が、ルシエただ一人に向けられた。


「味方諸共、魔法を撃ってきかねないね」


 戦いの中、視覚を自ら閉ざすのは、自殺行為以外の何ものでもない。

 しかし、その代わりに他の感覚が敏感になり、国王の魔力が昂っていくのを感じて仲間に忠告する。

 雷の精霊は気侭な爪(ムミー)。その特性は、電撃ではなく帯電と麻痺だ。

 鋼や銅、ある程度の強度がある物体に纏わせることにより、それに触れた者を痺れさせる。

 そして、純血種ということは、国王が契約する精霊は当然、気侭な爪となる。彼の槍は、鮮やかな金を纏っていった。


「あちゃー。これはちょっと、頑張らなきゃいけないねー」


 さらに厄介なことに、補助なのだから、その力は契約者以外にも及ぶ。

 国王だけが気侭な爪と契約しているわけでは無いので、次々と騎士の持つ武器も、その力を宿していった。

 クランクとゼフが、見た目は人と対して違わず実体があるといっても、その本質と成分は水と風である為、傷ついても麻痺することは無い。

 けれど、ルシエは掠っただけでもその部分の感覚は奪われ、数が増えれば行動不能に陥るだろう。

 意識があれば、無詠唱での解放を出来なくも無いが、陽の精霊王の際にそれが成功したのは奇跡に近い。


「ルシエを挟んで、背中を合わせろ」


「了解。ついでに、適当で良いから、弓に風で(やいば)を作って欲しいなぁ」


 すぐさま、自身を砦に守りの体勢に入るゼフとクランク。「一旦、サイードを出した方が良いかな」とのルシエの言葉に、彼等は「見くびるな」と真似して醜く笑った。


「ルシエ。私達が、お前の邪魔を絶対にさせない。だが、邪魔が入らない為にも、私を纏え」


「……掠るだけでも麻痺しちゃうから、風の防御を展開しておけって言った方が、分かりやすいと思うんだけど」


 翡翠の剣は強情。水晶の弓は素直。今度はくすりと笑い、静かにルシエは従った。

 詠唱により、薄い風のヴェールで身体を包み、「……任せたよ」の呟きが魔力以上の力を精霊王に与える。


「あぁ、守り抜く」


「奪わせはしないよ」


 ――今度こそ。

 その言葉を呑み込み、襲ってくる無数の剣と魔法を前に、精霊王による舞いが始まった。

 ゼフとクランクは、ルシエを中心に円を描いて立ち位置を移しながら、迫る騎士をなぎ倒していく。

 全員がルシエを執拗に狙うため、時に風で吹き飛ばし、時に矢で剣を弾いて蹴り倒し。ゼフは片手に自身の剣を持ったまま、素早く床を滑った敵の物を掴んでそれを振り、雷の補助を利用した。


「水の! 貴様は、魔術師を狙え!」


「やってるよ! けど、むかつく事に騎士に化けてる!」


 目まぐるしく繰り広げられる戦いの最中、経験により生まれる冷静さをもって、二人は戦いの主導権を握るべく策を練っていた。

 厄介な補助を無効化するには、その使い手の意識を奪うしかない。

 しかし、雷の国王のように秀でた魔力の持ち主でなければ、人のひしめくこの場で、魔術師を判別する手段は視覚以外に無く、クランクは苛立たしく騎士に矢を放つ。

 しかも最悪な事に、最初の一撃によって分かった実力の差に下がりかけた士気は、その攻撃が動きを制するものだと直ぐに気付かれ、逆に上がってしまった。


 それでもルシエは、目を閉じたままである。

 風のヴェールを破ろうと迫る矢を感じても、耳元で剣の合わさる音が響いても、頬に血が飛んできてもだ。

 そして、唇が大きく開いて、深く息が吸われる。

 その間も、ゼフとクランクは動き続け、その美しい容姿を汗で輝かせる。彼等の奏でる幻想的な息遣いと、奪いの音に声を乗せ、ルシエは歌った。


「渡り渡り、形となって空を翔けよう」


「歌わせてはならん!」


 髪が、銀から金へと輝きを増しながら伸び始める。

 旋律が響いた途端、いち早く反応した雷の国王。彼は、槍を片手にルシエに向かって飛びかかろうとした。

 けれど、それは傍に控える護衛によって止められ、その目が打開策を探して忙しく動く。


「伝えよ伝え、届けよ届け」

 

 指示が無くとも、騎士達もルシエへの攻撃をより強めた。

 矢の一斉射撃を、ゼフがルシエの頭上に飛んで打ち落とし、出来た死角を突かれないよう、クランクが無数の矢を放つ。

 さらに、ゼフの持つ技術は素晴らしく、打ち落とした矢を利用し攻撃に代える。


「落ちた想いは地を伝い」


 解放の歌を紡ぎ始めたルシエは、顔を真っ青にさせ大量の汗を額に浮かべている。

 瞳は勿論のこと、今回は胸も激しい痛みを訴え、右手がそこを苦しそうに掴む。さらに、痛みに耐える為か、その右腕を左手が爪をたてながら握っていた。

 今まで五つの歌を奏でてきたルシエ。けれど、その儀式は簡単なようでそうではない。

 周囲の妨害は勿論のこと、痛みも襲うというのに、呻き声一つでも零せば失敗に終わってしまうのだ。

 徐々に前屈みになっていく身体で、それでも唇は動きを止めなかった。


「漂う願いは新たに続く」


「炎だ! 炎で風を消せ!」


 そして、雷の国王もまた諦めはしない。

 矢がルシエに当たりかけても、それを防ぐ風のヴェール。それさえなければ、気侭な爪の効果を乗せた攻撃が通用する。

 国王の指示が聞こえたゼフとクランクが大きく舌打ちをし、明らかな焦りが二人に生まれた。


「いつもいつも! あの女は私の邪魔を!」


「いいから早く、盾の展開して!」


 目の前に絶えず現れる敵と攻撃の処理をしながら、ゼフが苛立ちに叫ぶ。

 それを嗜めるクランクであるが、彼もルシエとの距離をさらに詰めて自身の身体を盾にしようとしていた。

 風を強める炎は、乱す炎にもなる。雷の補助を消すのを優先して倒していたせいで、陽蜥蜴(サラマンダー)と契約している魔術師は健在。騎士の動きが、その魔術師を守る体勢に入った。


「タイミングを決して逃すな!」


「轟く声に耳を塞ぐな」


 ルシエ達三人を、幾つもの炎が取り囲み、不規則に回り始める。

 それでもルシエは、歌にだけ集中し、全てをゼフとクランクに委ねたまま。痛みのごまかしに握り続ける胸と腕からは、じわり、じわりと血が滲んでいた。


「早く、盾を!」


 炎の塊は、徐々に風のヴェールを吸い取り弱めていき、クランクが急かす。

 しかし、ゼフは魔術師を守る騎士に向かって、落ちていた剣を投げつけながら「無理だ!」と叫んだ。


「なんで!? このままじゃ不味いよ」

 

「盾になる前に、炎が狂わせるのだ!」


 かなりの不利な状況。最早、ルシエの纏うヴェールは風前の灯火で、流石のゼフ達も矢の一本も掠らせずに守ることは出来ない。

 いや、実際には出来なくもないが、殺せないということが足枷となって、全ての邪魔をするのだ。


「痛みで身を切るか」


 それでも何とか動こうと、頷き合った二人。ゼフが、剣によって一瞬の旋風を起こした瞬間、歌い続けるルシエの身体をクランクが抱えて跳んだ。


「放てー!」


 しかし、その一歩手前で風のヴェールがとうとう効力を失い、雷の国王の合図が響く。

 放たれた無数の矢。ゼフは旋風を起こしたばかりで、動きが間に合わず、クランクは空中で盾になるべく背中を的にしながら、ルシエの身体を投げ飛ばした。


「水の……クランク!」


「ルシエ、早く歌を!」


 ルシエに当たってしまう恐れがあり、身体を水に矢を回避することが出来ないクランクの背中に、ゼフが見つめる中いくつもの矢が刺さった。

 けれど、本人は自分よりもルシエのことを優先し、ゼフは代わりを引き受けるべく急ぎ走る。


「涙で傷を拭うか」


 そしてルシエは、自身の身体が運ばれ、投げられ、床に叩き付けられようとしているのを分かりながら、それでも目を開けようとせずにいた。

 唇からは、一つ一つ絞り出すように言葉が作られ、髪が黄金の如き輝きを魅せる。

 急がなければならないと集中するも、痛みが邪魔をし、魔力の低さが時間を求めていた。

 後ワンフレーズで終わる解放の歌。けれど、その最後が中々出せない。

 矢が放たれ、落下地点には剣を掲げた騎士が待ち構え。そして――


「させんと言ったはずだ!」


 雷の国王の持つ槍がその豪腕によって、ただでさえ激痛を感じているルシエの心臓に狙いを定めた。

 凄まじいスピードで迫る鋭い切っ先。

 背中を矢に射られ、地面に落ちたクランクは恐れに目を見開いた。奪わせないと言ったというのに、なんて様だと諦めかける。


「それは、こちらの台詞だ!」


 そこに、翡翠が割り込んだ。

 駆け寄っていたゼフが、間一髪というところで跳び、勢いを作りながらルシエを抱きかかえ、槍が床に突き刺さる。


「っ――ゼフ!」


 安堵に言葉が詰まるクランク。

 しかし、やはり風には叶わないと無力を嘆いたのも束の間、またもやその目は恐怖に染まった。


「くそっ……ルシエ!」


 何故なら、ゼフの腕の中でルシエの身体が大きく跳ねたのだ。

 床に着地し、剣を構え直しながらも良く見れば、ルシエの脇腹の服が僅かに破れている。


「どうだ! 我が国は決してお前に屈しはせぬ!」


 傷自体は、かすり傷にも程がある。しかし、雷の国王の槍に掛けられた魔法は、純血種ということもあり、この中で一番強力で厄介。

 死ぬことは無いが、一気に全身へ麻痺が及ぶ。


「クランク、早く治癒を!」


 勝利を確信し、国王を讃えながら、負傷し剣を持てなくなった者までもが立ち上がってゼフの抱くルシエに迫る。

 治癒したくとも、クランクは既に押さえつけられていて動けなかった。


「一先ず、逃げるしか――」


 それでもなんとかそう告げるも、逃げるのは難しく、一つしかない出入り口はとっくに人による壁で塞がれている。

 それでも、ゼフは道を抉じ開けようと奮闘する。死なすわけにはいかない、そう強く想う精霊王。

 小刻みに痙攣するのを感じながら、ゼフはルシエの身体を強く抱いて剣を振り続けた。

 その場には、勝利を確信した人と、諦めず負けを認めない精霊王が居たが、ルシエの様子を細かく確認しようとする者は誰も居ない。

 瞳が開いていたのに気付く者は、誰も居なかった――


「き、めよ」


 ゼフの剣と、騎士達の唸りの奥で、それはひっそりと続いた。


「おの、が」


 落ちそうになる意識と、奪われかけている唇の動き。

 それでも、言葉を紡がせたのは、諦めないという強い意志でも使命感でも無く、怒りと恨みの感情。

 普段以上に輝く金の瞳は、熱く燃え滾りながら弱々しい声で歌を完成させた。


「在処、を」


 そして、全員が背中を向ける中、眩い光りと共に琥珀が砕けた。


「なっ――!?」


 今更気付いても、もう遅い。

 驚愕に振り返ったのは、雷の国王と騎士達だけではなく、ゼフとクランクもだ。

 全員でその閃光を浴びながら、そうしてルシエの意識は全てを嘲笑いながら、闇へと落ちて行った。








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