インフェルノの使者
ばしゃばしゃと、3つの足音が草原に響く。そして、彼等とは別で5つの影がそれを出向かえた。
片方は、相手に敬意を示す様に恭しく頭をさげ、口上を述べる。
だが、それを受ける側の一人が呆然としていて、それどころでは無かった様だ。
黒。この世界では、際立って映える色。不吉の象徴ですら無い、汚れが目立たない便利な色として認識される、それだけの色。
その黒を正義に、押し付けられた役割を健気に全うしようとする者は、雨に負けない強い口調で言った。
「どうして、悪魔が天使軍にいるんだ!?」
この瞬間、息を呑んだのが6人。残りの2人だけが、敵意と郷愁という全く交わらない感情をお互いに向けていた。
「これが勇者様、か」
不揃いになってしまった飛ぶのも一苦労な翼から、残り少ない羽根が舞う。
黒い羽毛が降り注ぐその場で笑ったのは、悪魔か世界か。身の程知らずの罪人には最早、後戻りする道は無かったというのに、それでも尚、仁義無き戦いは強要される。
「相変わらず、お人好しは変わらないんだね」
処理できない感情だけが、その胸を蝕んだ。
ヴァシキナーゼから小さな村々を経由し、雷の首都テリエヌムを目指すリューク率いる小隊一同。
彼等は、雷の国の中規模な街のギルドに、食料の補給と途中報告を兼ねて立ち寄っていた。
雷の国は現在雨季に入っており、必要以上に消費している体力と溜まった疲労を回復する目的もあるので、彼等は暫くギルドに滞在する予定だ。
そしてリサーナであるが、彼女は数少ない女の隊員、さらに下っ端という立場も相まって、何故か手料理を振舞う状況になってしまっていた。それも、ギルドに居る全員分である。
実は、このギルドの厨房を一手に率いる女性が、娘の出産が近いからと長期の休みを取ってしまっていたという事情あってのことなのだが、それを知っているのはギルド配属の隊員のみだ。
それを知られてしまえば、リサーナが逃げ出しかねないと踏み、今日だけのお願いとして承諾させ、そのままごり押しで滞在中は食事を作ってもらおうとの魂胆らしい。
とはいっても、リサーナが知っている料理は全て異世界のもの。元々小食なその身体は、旅のほとんどを携帯食料で済ませており、この半年料理などしていないに等しい。
迷った末に拵えたのは、調理場にあった材料を適当に炒めて味付けしただけの、名も無い料理だった。
それでも、外食は金が掛かりすぎると、ギルドに居ながら携帯食料の日々を覚悟していた面々にとってはとても嬉しいものであり、男ばかりのそこではあっという間に消費されていった。
しかも、異世界人ならではの常識に捕らわれない調味料の組み合わせが、その一役を買ったのである。
「よかったですね、気に入ってもらえて」
「こっちはヘトヘトだけどね」
今まで経験したことの無い量の料理に、疲れた顔をするリサーナへ笑いかけたのは、彼女の手伝いをしていたリオンだ。
エプロンが異様に似合う可愛らしい姿に、リサーナの頬が緩む。彼女と小隊の面々との溝は、小さな村での一件によってある程度解消されていた。
彼等は、あの時の姿を不器用だったからだと結論付けたのだ。なんともまぁ、認識阻害の魔法様々である。といっても、ここまで影響力を出せるのは精霊王だからこそ。
そしてリサーナは、後片付けを他の隊員に任せ、喧騒の中で1人テーブルに突っ伏した。
料理のせいでの疲労感もそうだが、何より頭が重くて仕方が無かった。目を瞑れば、視界がぐるぐると回って吐き気が来るため、至近距離でテーブルの木目を見つつ短い息を繰り返す。
「リサーナ、最近顔色悪いけど大丈夫か?」
「……ヴィスト」
そんなリサーナの前へカップが静かに置かれ、ヴィストが声を掛けてきた。彼は目の前に座り、手で飲めと促す。
「飯、うまかった。サンキュー」
「どう致しまして」
ゆっくりと身体を起こし、ありがたく温かいハーブティに口を付けたのだが、ホッと漏れた溜息に目の下の隈が不釣合いだ。
ヴィストは、「点数稼ぎかー」とからかってくる隊員を、「うるさいっすよ」とあしらいながらリサーナを見つめた。その先で、彼女は肘を立てて両手に持つカップに頭をくっつけ、何かに耐える様に意識を遠くに飛ばし始めている。
リサーナが、憂いとも思えるそんな様子を見せるようになったのは、数日前に訪れた村でとある情報を得てから。その日から、睡眠も満足に取っていないのを、小隊のメンバーは知っている。
「……なんか、異世界人に思い入れでもあんの?」
ヴィストは、まるで世間話をするかのように言ったが、その瞬間リサーナの表情が強張っていた。
ピクリと指が跳ね、カップの中で波紋が生まれる。しかし、ゆっくりと深い息を吐き出したリサーナは、小さく首を振りながら「違う」ときっぱり言った。
「色々、考える事があるだけ」
「ふーん。何? ていうか、俺達全員、リサーナの事あんま良く知らないんだよね」
「不躾な男はもてないよ」
そう言ってヴィストの質問をかわすが、内心では認識阻害に対する耐性でもついてきたのかもしれないと不安を感じる。それでなくとも、正直リサーナは一杯一杯なのだ。
リュークの言葉で気付いて以降、彼女には耐えられない重みが背中に圧し掛かり、さらに知った地球人の勇者が空の国で生まれたという情報。
リサーナには、ルシエの様に揺らがない意志も、サイードのように単純な思考も無く、引き際を見極められないで居た。
「リサーナってさ」
「私が何?」
そんな事はお構いなしだと、ヴィストは頬杖をつきずずっと音をたてながらカップに口をつけ、今気付きましたと下手な芝居をうつ。数々の苛立ちが、踏み込んでこようとするヴィストに向けられた。
続きを促す様で、これ以上話かけるなという雰囲気を纏った言葉。しかし、それでもヴィストの唇は動く。
「人、殺した事ないだろ?」
ヘラリとしているのか、にやけているのか。微妙な笑みで言われた言葉は、それでも優しかった。優しすぎて、残酷だった。
リサーナの腕がゆっくりと下がっていき、小さな音と共にカップがテーブルに置かれる。
ヴィストは、村での一件や勇者の事で彼女が悩み、塞ぎ込んでいると思っていたのだ。しかしそれは、的は合っているが、残念ながら射てはいない。
寧ろ、今の言葉はリサーナにとって追い討ちにしかならなかった。
「……ない」
「やっぱりか。だから、矢を放つのが怖かっただけなんだよな。でも、任務で弓が牽制にもってこいな以上、もう迷うなよー」
労いと、叱責。天使軍にいるのなら、兵士なら、確かに迷いは禁物である。
ヴィストはそれを言う為、リサーナの所に来たのだ。そのまま、そそくさと席を立ち、賑やかな場へと移っていった。
それを見送りながら、リサーナは口の中でずっと「私はね」の言葉を抑え込んでいた状態で、この知らないからこそ言える言葉ばかりの環境は、彼女に様々な迷いを生む。
「これが最初で最後だから、2人とも黙ってるんだろうな」
そっと、自身の胸に手を当てる。内に居る2人の悪魔は、それでもやっぱり沈黙を貫き、リサーナは最低だと笑った。誰が、その尻拭いをしていると思っているんだと笑う。
その葛藤や様子はまるで、本当であればルシエとサイードが持つべき感情を、代わりに処理しているようだ。
「どう考えても足手まといだし、当然だよね」
ガタリと立ち上がったリサーナは、黒の隙間を縫って宛がわれた部屋に向かった。
そして、背中越しに扉を閉め、明かりの無い部屋に入った途端、溜めに溜めた大きな息を吐いた。
扉に凭れた背中は、外からの喧騒による振動を感じている。
しかし、そこから切り離された部屋で閉じた瞼の奥には、薄暗い森と黒い――死体。もう半年前になる光景が、延々とリピートされていた。
「それでも私は、殺せないんだよ」
ずるずると扉に身体を滑らせ、膝を抱えたリサーナの呟きは、様々な者の勘違いを覆したことだろう。
リューク達は、手元が狂えば人を殺してしまうかもしれないという迷いだと思っていた。悪魔を知る者達は、殺さないように攻撃するのが難しいと思っているのだと考えている。
しかし、それは違うと必死に隠してきた想いを浮かべながら、本人は笑った。
急所を狙う攻撃は、大事になってしまったらと考えて迷ってしまい難しい。ここまでは、他の2人と同じ。しかし、後に続くものがリサーナだけ違ったのだ。
なんてことだろう。内側を見れる者まで騙していたというのか。リサーナは、今まで自分だけで抱えていた想いをここにきて吐き出した。
頭で扉を軽く叩きながら「救うのは、疲れるけど」と言い、右手の指輪を外してそのまま床に放り投げる。コロコロと縦に転がっていく指輪は、窓の下に備え付けられていた小さな棚に当たり、その場に倒れて止まった。
「奪われるのは、苦しいから……奪いたくないんだ」
その姿は、戦いを知らない若い娘にしか見えない。彼女は、折れた翼では飛べないのだ。翼が折れたら、立つことすら難しいのかもしれない。
だから、今更そんな言葉を吐く。吐くことすら許されないだろう想いを零した。
「なんで、私だったのかな」
そして、誰もが一度は思う理不尽を嘆くのだった。
しかし、その身体はそれを許さない。
「河内紗那なんか、いなければよかったのに」
リサーナがそう言った途端、虚空を見つめていた瞳が違う色を宿して深い感情を押し込めた。
そのまま、ゆっくりと立ち上がり無言で手放された指輪を拾う。その手つきは、リサーナとは違って宝物でも扱うかのように丁寧だ。
「違うよ。適任だったから、邪魔にしかならないから黙っていただけ」
ベッドに倒れ込んだ身体と、宥めの言葉。扇のように広がった髪が、毛先から銀を帯びていく。入れ替わった途端感じた疲れに、ルシエは眉間を揉んで耐えた。
ルシエは、愛しい誰かを抱くように自身に腕を回してリサーナに伝えるのだが、果たしてそれはどういう意味だったのか。
「君じゃなきゃ、感じられないんだ。こっちは、それを通して理解するしか出来ないんだから。でないと、本当に壊してしまうかもしれない」
その空間は、ルシエ達のみが共有出来る世界。この時ばかりは、どれだけ察しの良い者でも、読心の力を持っている者でさえ入り込めなかっただろう。
まるで、母の腹の中にいる胎児のような体勢のルシエ。その周囲で皺を寄せるシーツは、ヒビだらけのガラスを思わせる繊細さを魅せ、ルシエの肌を優しく撫でた。
「無理をさせてしまって、申し訳ないけど。……限界が、近いんだ。そろそろ、残り少なくなってきちゃってるから、どうにか2人で頑張って欲しい」
片手を身体から剥がし、目の前に手を翳した時の瞳に映ったのは、指ではなくルシエそのもの。
ルシエが自分を示す言葉を使ったのは、ウェントゥスで名乗った時とお姫様との会話でのみ。それでさえ、『我』と『我々』だった。
彼等は何なんだろう。人間なのか、本当に憑依でもした悪魔なのか。――限界とは、一体。
「奪われるのは苦しい、か。成る程。だから彼女は、こんなにも狂おしく嘘を重ねたんだね」
例えば、河内紗那が本当に消えていたとして、ルシエ達が只の多重人格であれば、彼等が河内紗那の使命を受け継ぐ必要は無かったはずだ。
無関心なルシエ、自分本位なサイード、無力なリサーナ。正義感も使命感も、どこにもありはしない。なのに、彼等は戦い続けている。精石を破壊し続ける。
リサーナのように、耐え切れなくなっても止まらずに。一体なにが、河内紗那含め彼等を駆り立てるのだろう。
「辞めたい、なんて言わないでよね」
その唇は、小さく動いて「それに、リサーナは必要だ」と囁く。
腕の力を抜けば、それはベッドの上に横たわり、ルシエは静かに瞳を閉じて眠りに入った。
「言わないよ。ただ、私は、2人のように強くなりたかった……」
1つの身体で交わされた会話は、そのまま降り続く雨の粒となって流れていくのだが、ルシエはそれだけを言いに出てきたのだろう。
ルシエが静めて、僅かに残った揺らぎはサイードが止める。
「残り滓だなんて言われてたまるかよ」
「……そうだね」
「強がる必要は無い。金輪際、俺等に嘘は許さないからな」
「……うん」
そうして、部屋には静かな寝息が響いた。
翌朝から、リサーナが暗い雰囲気を纏うことは無くなった。雨の一番強い期間が過ぎ去り、小隊がギルドを出発してからも弓を引く手の迷いが消える。
そこに居たのは、仲間をも惑わす演技の天才。
「何か、吹っ切れたみたいだな」
「イジドールさん。はい、ご心配おかけしました」
雨は未だ静かに降り続けてはいたが、隊内に流れる雰囲気はとても穏やかだ。自慢の紅一点が、壁を突破したのだから当然である。
リサーナは、イジドールの大きな手に頭を撫でられながら、リュークとヴィストにも「ありがとうございました」と頭を下げた。
「リオンも、色々手伝ってくれてありがとう」
「え、い、いえいえ!」
戸惑うリオンの様子に皆が笑い、リサーナも笑う。
そうして彼等は、テリエヌムに向かってその距離を縮めていった。仮初の仲間から、一時の仲間となって。
リサーナは、心からこのまま何も知らない彼等と別れられればと願った。
以前であれば、そんなことを考えるだけでも不味い状況だったが、今はもう可能な限り人を殺せない。ルシエであっても、サイードであってもだ。
だから、情が移ろうが何しようが、自分の中でその別れを処理できれば良い。
しかし、テリエヌムまで後一歩となったある日。
その時滞在していた村で借りた空き家にて、彼等がその日の疲れを癒し各々寛いでいた際に届いた一通の魔法便が、リサーナの儚い願いを壊すことになる。
「緊急の任務っすか?」
その便りを受け取ったリュークにヴィストが尋ねれば、彼は言った。
「どうやら、例の勇者もテリエヌムを目指していたらしい。明日、この村に到着するそうで、出迎えて彼等と合流しろとの命令だ」
「え、じゃあ、そっからテリエヌムまで勇者と一緒に旅するってことっすか」
頷くリューク。この時はまだ、リサーナもそこまで不安に思う事は無かった。勇者が地球人とはいえ、話すどころか会ったことも無かったのだから。
しかし、それが最悪の別れをもたらすことになる。
「勇者って、どんな方なんでしょうね」
「さぁ? 明日になれば分かるでしょ。それよりも、食事の用意が出来ましたよ」
そうとは知らないリサーナは、最早当たり前になってしまった料理番の作業を終え、仲間へ声を掛けた。
「リサーナの料理は、本当に美味しいよ」
「何時でも嫁にいけるだろうな」
大人な褒め方で、美味しそうに食事するリュークとイジドール。
「ほんと、味付けの仕方が独特っすよねー」
「僕、色々教えてもらったんですよ!」
より身近で、距離の短い場所に居るヴィストとリオンは、良い食べっぷりで気持ち良さを誘う。
「褒めても、デザートぐらいしか出せませんよ?」
小さなボロ屋の小さなテーブルを囲んでの光景は、彼等の中で日常と化したもの。最後の夜は、数日後には忘れてしまいそうな程、際立ったものの無い普段通りな時間であった。
しかし、それは勇者も同じ。彼も、不慣れな旅に協力してもらうべく、近くに居た天使軍に合流しようとしていただけで、別れを強要させるつもりは微塵も無かった。
勇者もまた、この世界に来る際に別れを強要された者だ。それを他人に招いて笑える、サイードの様な悪癖を持っているわけでは無い。
リサーナが最後の夜を過ごしている間、その勇者は明日に備え、瞳の上に腕を置いて疲れた表情をしながら野宿をしていた。
「雨、鬱陶しいな」
「明日は、天使軍の方にお願いして、一日休ませてもらいましょうか」
一人用のテントを並べ、その布越しでの会話を聞いても、勇者側が分かっていたのでは無いと見て取れる。
「早く、地球に帰りてぇ……」
勇者は、2人の仲間には聞こえないように呟き、雨音を子守唄に眠る。
そんな方法は存在しないのだが、それを知らずに探しているのであれば、彼はどうして勇者なのだろう。
まさか、悪魔を倒せば帰れるとでも思っているのか。もしくは、誰かに吹き込まれたのか。そうならば、運命とはなんと無情なことか。
テントの床に散らばった、受験が近いからと染めるのを止めた髪と閉じられた瞳は黒。肌は黄色味を帯びていて、その人種は他に比べて幼さを感じさせる造りだ。
そして、勇者は夢を見た。
まるで、明日の出会いを暗示させるような、そんな夢。彼にとって、勇者な自分の始まりの夢だ。
その日は休日だった。勇者になる前の彼は、意味も無く自宅周辺をぶらついていて、普段そんな事はしないというのに、何故かこの時はそうしなければいけないと思っていたのだ。
そして彼は、一軒の高級マンションの前で足を止める。
「……何処、行ったんだろうな」
そのマンションの一室には、嘗て彼の知る人物が生活していた。小学生の時から、何かしら縁があるのか高校まで同じだった者。
だからといって、仲が良かったというわけではなく、何度か会話をしたことがあるだけのとても希薄な関係だった。
それでも、彼の中でその人物は小さくは無い存在。話をしなくとも、視線をやってしまうような気配を纏った者だったのだ。
授業の合間の休み時間、昼食時も常に1人で、友達と呼べる友達は、出来ても直ぐ居なくなっていた様に思う。
会話をしなければならない時は、必要最低限の言葉しか喋らず、態度が悪いと噂されていた。でも、何時だってその背筋は伸びていて、とても堂々としていたのが印象的だ。
だけれど反面、学校外で偶然見かけた時には、小さな子供の話を必死に聞いて、迷子だったのだろうその子と共に親を探していたり、老人の手を引いているのも見かけた事がある。
不思議な人だった、と彼は思う。表情だって乏しく、満面の笑みなんて見た事無い。微笑すら浮かべなてなかったんじゃないだろうか。
だから、自分の中の夢がかき立てられて、視線で追ってたのかもしれないなと、彼は笑った。そして、踵を返す。
その時だ。足元が抜けるような感覚と共に、彼の意識が強制的にシャットアウトされたのは。
そうして彼は、生死の選別に理由も無く掛けられた。結果的に生き残れたから幸いだったのだが、それは理不尽な変化だった。
次に彼が目を開けた時、そこに広がっていたのは豪華なシャンデリアと、今まで見た事が無い程に美しい人物。
そこから、彼の旅路が始まるのだが、それは語れるようなものでは無い。何故なら、ただの狂った感情に巻き込まれただけの哀れな人形だったのだから。
驚く彼にゆっくりと近付き、額に手を当てた美人は言った。
「おはようございます。お加減は如何ですか? 勇者様」
それは、偶然という理不尽が生み出したトラジディー。悪魔に科せられた償いという、インフェルノでの刑の一部であったのだろうか。
世界を恨んだところで、その感情を持て余すだけだと分かってはいても、それでも彼等ばかりが貶められるのを見ることしか出来ない側にとっては、そう憤る以外にしてやれる事が無い。