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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第六章:捻くれX予想外=やりすぎ
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悪魔、辞めます






「改めて考えてみれば、ほんと単純だよね」


 リサーナは、弓の弦を引きながら草の陰で独りごちた。

 視線の先では、1人の青年が数人に囲まれていて、今まさに斧が振り下ろされようとしている。


「リサーナ! 早く!」


 隣では、ヴィストが急かす様に声を荒げていた。

 チラリとそちらに視線をやれば、険しい顔をしながら顎を出しての催促。リサーナは、やれやれといった感じで視線を戻して一呼吸置き、指を離した。

 すると、矢は見事に狙った相手――斧を持った男の肩に命中する。

 それを合図に、近くの茂みからリュークとイジドールが飛び出し、即座に青年の保護に当たった。少ししてから、リオンが駆けて行き青年に治癒を施し始める。


「冷や冷やしたんだけど」


「一番良いタイミングを見計らってただけなんだけど」


 2人は、悪魔狩りの集団が全員拘束されてから姿を現し、騒ぎながらそれに合流した。

 軽く髪を払い弓を肩にかけるリサーナへ、ヴィストが真面目に注意をするのだが、無表情で口真似してくる彼女にあっさりと惨敗。

 重い空気を背負うヴィストを放置し、リュークの傍に行けば、彼は苦笑しながら出迎えた。


「お疲れ様、リサーナ。……ただ、もう少し余裕を持って牽制してくれれば、もっと助かったかな」


「……はい。すいません」


 しかし、出迎えたリュークの言葉も非難であった。素直に謝罪しつつ、心の中で悪態を吐く。

 彼等は今、道中にある名もなき小さな村にいた。ヴァシキナーゼを出てから2週間。その間、こういった鎮圧の繰り返しだったのだが、毎回リサーナは注意を受け続けている。

 狙う位置が危ないだの、遅いだの。小隊長であるリュークに言われてしまえば、上辺だけでも従わねばならず、クランクの認識阻害の魔法のお陰で不信感は抱かれていないが、徐々に徐々に、隊内では溝が深くなっていった。

 男連中が動いてる中、黙ってその様子を見つめるリサーナの唇はきつく結ばれている。

 それでも、出来ないのだ。急所以外を狙う、相手の動きを制する攻撃がリサーナには難しかった。それは、ルシエでもサイードでもきっと同じだ。

 急所を狙って殺す気での攻撃は、例え外れたとしても相手の動きが鈍るから構わない。しかし、相手の動きを制する目的の攻撃は、手元を狂わせて急所に当たれば大事である。

 リサーナの弓の腕は、ウィーネ杯以降人格関わらず鍛錬してきた賜物。ただ、それだけでは使い手としては並でしかなく、サイードの剣にしたって同様である。彼女達は、中途半端な技術を持った所謂器用貧だ。

 それを補ってくれるのが、自身の力や精霊の加護であり、そのお陰で小隊の中で弓の使い手として動けていた。

 だが、矢を放つのはあくまでリサーナ自身。弓など特に、使い手の迷いが指に表れ躊躇を生む。


「救うのは、疲れる」


 傍目には落ち込んでいる様に見えるリサーナ。仮初の仲間が、ちらちらと視線を寄越す中、彼女はぽつりと呟いた。

 奪うのは、実にあっさりとして、強敵の場合には肉体的に疲れることはあれど、気を使う必要は無い。それを知っているリサーナだが、彼女は今、救う行為を繰り返している。

 それは、ルシエとサイードには不可能だ。装っても、出来ない事。

 人としてその行為は、褒められる実に素晴らしいものだというのに、リサーナはそれが嫌だった。1人だけ違う自分が、異端に思えた。


「何故邪魔をする!」


 そんな時、捕縛された村人が次々に喚き出す。

 内容は、自分たちは悪魔を退治しようとしただけだの、天使軍は悪魔の味方だの、聞くに耐えない馬鹿馬鹿しいものだった。


「静まれ!」


 可哀想に。殺されかけた青年は、耳を押さえて怯えてしまい、リオンが必死に宥める。

 そして、村人には大きな叱責が飛んだ。リュークである。

 しかし、それでも止まらず、今度はイジドールが声を荒げる。リューク以上に腹に響く低い声は、それはそれは恐ろしかった。


「貴様らは、自分がしてることを分かっているのか!?」


「お前達天使軍が、もたもたとしているからじゃないか!」


 リサーナは、怒号に混じり舌打ちをした。何度も髪を払って鬱陶しいと苛立ち、肩から弓を下ろす。

 その間に、怒声は天使軍に対する罵倒に変わり、全員が険しい顔をして言葉を返している。一見冷静に思え、ヴィストなど今にも殴りかかりそうだ。

 ただ、そのわざわざ言葉を返す行為さえ、律儀すぎるとリサーナは思う。黙って納屋にでもぶち込んでおけば良いのに、と。


「そいつは悪魔だ!」


 そして、誰かが怯えるだけの青年に言った。

 その瞬間、切り裂く風がその者の顔の横を過ぎる。シン、と怒号に満ちていた場が一瞬にして静寂へと変わった。

 リサーナは、唖然と自分を眺めてくる仲間の視線を無視して、先程の発言をした相手の前へと進む。顔がにっこりと、にっこりと笑っていた。


「じゃあ、聞くけど」


 場にそぐわない、高い声。極寒の空気を孕み、視線だけで人を殺せそうである。

 ひぃ、と悲鳴を上げられても、それは治まる気配が皆無だ。


「あんた等は、あんな、怯えるだけの、何の力も無い、奴が、悪魔だと?」


 区切り区切り、植え付けるように放たれた言葉は、諭すのでも教えるのでも無い――怒りだ。

 自分達がどれだけ身を粉にし、悪魔の地位を確立したのか。身を犠牲にするどころか、世界まで捨てて、血反吐を吐いても止まらずにいるというのに。

 勿論、アピスの人間の為に動いているわけではない。ただ、何時死んでも可笑しくない状況で生き、駆け抜けているリサーナ達には、いつしか悪魔としてのプライドがあった。

 自分が悪魔で、悪魔は自分。茨どころか、針山を進む上でも目的を持ってであれば、意地も誇りも生まれるのだ。


「それに、悪魔が、こんなちんけな村に、潜む理由があって?」


 リサーナの怒りを買った村人の後ろには、1本の矢。纏う空気に呑まれたのは仲間も同じで、影で彼女を見守るクランクはハラハラしながらも、やっぱり怒った時の怖さは全員凄まじいと、ひっそり震えた。


「リ、リサーナさん?」


 そんなリサーナを制止したのは、小隊長のリュークでも補佐のイジドールでもお調子者のヴィストでもなく、意外にも気弱なリオンであった。

 リオンの言葉に「なあに?」と笑顔のまま視線を向けたリサーナに、震えながらも彼は「もう十分です」と周りを示しながら訴える。


「………悪魔は精石の破壊を目的にしているわ。ヴァシキナーゼで、あれだけ探して見つからないんだから、とっくに雷か星か空に潜伏しているでしょうね」


 真摯な眼差しに中てられたリサーナは、興醒めしたと雰囲気を落ち着けた。そして、村人の誰からも視線を外し、放った矢を地面から引き抜いて背中の矢筒に戻す。

 リオンのお陰で、なんとか場は収まろうとしていた。だけれど、まだ分からないのか村人は、「しかし」とあろうことか殺気立つリサーナに反抗したのである。


「っ!? リサーナ!」


 その結果、矢筒へと矢を戻したばかりで肩に回されていた腕が再びそれを掴み、きりきりと音をたてながら弓が構えられた。しかも、その村人の目の前でである。

 慌てて止めに入ったリューク。しかし、剣であれば叩き落とせばそれで無効化出来るが、弓はその反動で矢が放たれてしまう場合がある。

 仕方なく、村人とリサーナの間に割り込んで、身体を盾に制止を図った。


「……小隊長」


「駄目だ。彼等もまた、俺達が守るべき対象だ」


「こうも簡単に悪魔に踊らされ、自分が危うくなったら怯える様な輩でもですか」


「それでも、だ。皆、悪魔の被害者なんだよ」


 リュークは納得いかないと言いたげなリサーナに、静かに首を振った。

 上げられた腕がゆっくりと降りていく。それに合わせて、視線も下がった。あぁ、やっぱり救うのは難しい。今であれば、レイスに対しても寛容になれそうだと、リサーナは笑った。

 馬鹿であれ、ああも簡単に救うと言えたその姿もまた感嘆に値したのだと、同じ目腺で見て初めて知ったのである。


「イジドールさん。ヴィスト。この人達を、私の前から消して下さい」


「……分かった」


「りょーかい」


 そして、懇願するようにリサーナは言った。

 イジドールがそれに対し神妙に頷き、ヴィストが頭を掻きながら了承する。リオンは、青年を何処かへと連れて行った。

 ただ、自分で分かっていないだけで、ここで耐えられるのはリサーナだけだ。それもまた、彼女は異端だと感じるかもしれないが、ルシエでも軽く蹴り飛ばしたであろうし、サイードなど「じゃあ、お前も味わえよ」と斬っただろう。


「小隊長」


 周囲がざわつきながらも、やっと危険が分かってか素直に仲間の指示に従う中、目の前に立ったままのリュークにリサーナは言う。


「救うって、何ですか」


 分からなくなってしまった。自分達の行為の在処と、その意味。地球を救う為に、精霊を消滅の未来から救い、それがアピスそのものも救い。世界を救えば、そこに住まう命も救うことになる。

 その方法が、奪う事だ。未来の為に精霊を穢し、アピスの常識を壊し、精石を壊し、命を奪う。

 奪うのは、本当に簡単だった。簡単な、はずだった。

 だけれどその結果、青い星までもを巻き込み壊しかけている。こうして、天使軍(てき)側にて自分を裏切っている。

 何を間違ったのだろう。リサーナは、誰でもない自分自身に問いかけるが、答えが返ってくることは無かった。


「理不尽、だよね。俺等は、ただ生きようとしているだけなのに。なのに、同じ気持ちを持っていても、こうして分かり合えないんだから」


 俯く頭に、大きな手が乗せられた。そうしてリュークは、「どうして天使軍に入ったの?」とリサーナに聞く。彼女は一言「悪魔狩りを止めたいから」と答え、されるがままであった。

 言葉とは、簡単で複雑だ。同じものでも、たったそれだけでは様々な受け取り方ができ、相手を知らなければ真意を隠す。

 だからリュークは、「リサーナは正義感が強いんだね」と柔らかく笑って勘違いをした。でも、時にそうだから、偏見も先入観も何もない、まっさらな答えを出せるのだろう。


「ほんと、色々と理不尽だけど、その際たるものが悪魔の行いだ。相手が何を考えているのかは分からないけど、だからむかつくんだよ、俺は」


「……むかつく?」


 リュークとて、所詮小隊長でしかない。だから、重要な部分の情報は持っておらず、彼は志願して天使軍に所属していた。その理由がたったの四文字だったと知れ、リサーナは意味が分からないと首を傾げる。

 まるで迷子だと、そんな様子に思ったリュークは、頬を掻き若干恥ずかしそうにしながら続けた。


「俺ってさ、良く恋人に自分勝手すぎるって振られるんだよね」


「はぁ……」


 ますます意味が分からなくなるリサーナ。元々、期待して尋ねたわけでは無く、寧ろ衝動的に零れた言葉だったが、それがどうして恋人云々の話になるのだろう。

 するとリュークは、自分は好き同士なら、言葉にしなくても分かってくれてると勝手に思ってたんだと笑った。そして、考えることも目腺も、全部一緒だと勘違いしてたとも言う。


「傲慢ですね」


「だよね。いやー、若かったんだよ俺も」


 ただ、だから何だと言うのか。悪魔の話は何処へいったと思ったリサーナは、「それで?」と先を促した。

 リュークは、リサーナの頭をポンポンと軽く叩き、「だから、むかつくんだよ」と眼光を僅かに鋭くする。そこには、その感情だけでは無い何かがあったが、単純な正義感でもなかった。

 だからだったのだろう。すんなりと、先の言葉が胸に落ちていったのは。


「確かに、している事も許せない。だけど、それ以上に、悪魔だとか何とか大それた立場を作っているけど、やってることは全て、感じた理不尽を自分で処理できていないだけだろ? 誰だって悩んで、迷って、そうやって戦ってきた感情を回りに八つ当たりしてるだけだと俺は思って。なまじ力があるから、ほんと性質が悪い」


 それは、今までのリサーナ達の全てを否定するようなものであった。だから、当然彼女は憤りを感じる。でも、寝耳に水なのも確かだった。

 それ故、ぽかんと呆ける表情になったリサーナへ、リュークは笑う。くだらない理由だろ、と。


「もしかしたら、その行動に意味はあるのかもしれない。だけど、悪魔は自分自身でそれを馬鹿な事(・・・・)にしてしまってる。きっと、もっとやるべき事はあるはずなのにな」


「……まるで、悪魔を知ってるみたいですね」


 リサーナは、思わず聞いた。すると、リュークは「まさか」とさらに笑った。

 そして、「知らないから言えるんだよ」と言った後、こんなこと上の人間には絶対に聞かせられないけどと視線を上に向けた。


「悪魔って、俺にはどうやってもただの人間にしか思えないんだよ。だから、悪い事をした奴は捕まえて然るべき裁きを与えるしかないんだ。でも、俺には対抗する術が無いから、それは相応しい人に任せて、代わりに、これ以上罪を背負わない様に、俺は鎮圧部隊に居る」


 だからリサーナも、あんまり難しい事を考えるな。リュークは最後にそう言って、村長に会いにその場を去った。

 何も指示を出さなかったのは、暫く1人で考える時間を与えてやる為だったのだろう。

 リサーナは、リュークの言葉の数々を静かに振り返り、次第に右手が口元へと上がる。そして、彼女は大声で笑った。


「あはっ、あははは!」


 大きな、大きな声だった。しかし、まるで泣いているような悲しい音だ。

 空が代わりを担うように、ポタポタと雫を落とし始める。それでもリサーナは、ただただ笑った。

 次第に雨脚が強まり全身が濡れようが構わず、段々と暗くなった空を見上げる。頬を伝う雨は、彼女の涙で正しかったのだろう。涙の代わりの雨だったのだろう。


「私達は、初めから間違っていたんだ」


 リサーナは言った。


「共犯者なんて、存在できなかったんだ」


 振り返り、認める。


「だから、一番分かりやすい嘘にまんまと騙された」


 そして、気付いた。

 重大で最悪な、手遅れな事実が全員に重く圧し掛かった。

 それでも、彼女の笑いは止まらず、涙も止まらず。――ルシエは言った。


「償えない罪を背負っただけの、馬鹿な人間だった」


「……ルシエ?」


 そんな彼等の肩に、黙って様子を見守っていたクランクが風邪を引くよと薄い外套を掛けた。

 ありがとうと言いながら視線を向けたルシエの表情は、クランクにどう映ったのだろう。泣いていたのか、笑っていたのか。それとも――


「君達は、共犯者でも駒も無かったんだね」


 会話が聞こえていたわけでは無いクランク。だが、ルシエの中の何かが変わったのを悟った。そして、それは彼等が最も気付いて欲しくなかったものだった。


「君達は単純に、簡単に――只の敵だ」


 この日、悪魔の翼は何も知らない人間によって折られた。しかし、それでも彼等は羽ばたき続ける。

 それだけは変わらない。


「それでも俺は、ルシエの傍を離れないよ」


 世界の欠片もまた、その身を呪うように離れない。

 悪魔は、悲しそうに笑った。


「どうして、心なんてものが生まれたんだろうね」


「本当にね。ただ、これだけは忘れないで欲しい。俺は、愛しただけなんだ。愛してしまって、愛しているだけなんだ」


 クランクは、笑いながら一筋の自身を流した。それをそっと拭いながら、ルシエは笑顔(・・)で言う。


「同じ。――も愛してただけなんだよ」


 大事な部分だけは雨音に隠されてしまい、本人の中でひっそりと息を吹き返した。

 寄りそう2人と繋がる1人は同時に言う。それが、最期の戦いに向けての最後の合図。


「約束を壊そう」


 そして、その頃、空の国にて新たに哀れな子羊が一匹、自身の人生を壊された者が落ちていた。

 美しい王は、その者に魔法をかける。魔力が必要の無い、言葉だけの空っぽな魔法。


「約束ですよ? ……勇者様」


 それは、羽根の一枚まで許さず全てをもぎ取る様に、その身体に喰らいつく牙だった。











 


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