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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第六章:捻くれX予想外=やりすぎ
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黒の天使と、天使な悪魔の出立







 ヴァシキナーゼのギルドは、首都ギルドということもあり、そこそこ規模の大きいものである。

 館まではいかないが3階建ての建物は首都でも目立ち、宿の紹介や武器の卸し等、経営の向上を目指す者達がひっきりなしに訪れ、地球でのショッピングモールの様に様々な物が並べられている。そういった戦いや旅に必要な物を求め、騎士や行商人は訪れ、ギルドは成り立っているのだ。

 だが、現在は違う。様々な者で入り乱れていたそこは、今は黒一色で染められていた。これはヴァシキナーゼに限らず、世界中に点在するギルド全ての変化である。

 ある者は地図を前に唸り、ある者は怒号でもって指示を出し、ものものしい雰囲気で満たされていた。


「それじゃあ、少し休憩するか」


 そして、ギルドの裏手の広場は現在、訓練場として機能している。そこで、今回鎮圧部隊として悪魔狩りの阻止に動くこととなった、大地の国の騎士が率いる小隊は、最後の軽い運動と称し訓練をしていた。

 息が上がってくる前に小隊長であるリュークは指示を出し、メンバーは思い思いに休息を取る。彼はその中で、どこかに行こうとする細身の背中へ声を掛けた。


「リサーナ」


「なんでしょう」


 リュークの視線の先で振り返った人物は、天使軍の軍服を見に纏ったリサーナだ。しかも、水の人形ではなく、正真正銘の本物である。

 振り返ったリサーナだが、途端リュークは顔を顰めた。

 軍服のデザインは、詰襟タイプで女性もパンツスタイル。移動を続ける部隊は、その上から同色の黒のロングコートを羽織る規則。

 しかし、リサーナは違ったのだ。彼女は白の簡素なシャツに黒のパンツ、その上にロングコートを羽織っていて、しかもコートのボタンは全て外され1つの大きなピンで胸辺りを留めているだけ。

 最終確認の為の召集が数時間前にあったのだが、その際も同様の格好で出席しており、上官は何も言ってはいなかったがリューク同様しかめっ面でリサーナを睨んでいた。

 昨日までのリサーナの印象は、リュークの中で真面目一択であり、周囲も今までの彼女のイメージから変わりすぎていたせいで、今の今まで声を掛けられなかったのである。


「制服のアレンジは規則違反だぞ」


 上から下まで観察し、困ったように苦笑するリューク。リサーナは、「あぁ」と彼の視線を辿って納得してから一言告げた。


「申し訳ありません。ですが、動きにくかったので」


 さも悪いと思っていない様子で言うリサーナに、リュークは眩暈を覚えた。明日の出立を前にして、一体どうしてしまったのだと。

 それを不思議そうに眺めるリサーナだが、そんな2人を同じ小隊のメンバーが遠目からリュークと同じような反応をしながら観察していた。


「いや、うん。だが、規則は規則だからな?」


「こっちの方が、大分動きやすいんです。それに、その服じゃあ私、着られちゃうんで」


 リサーナはリュークの着る正しい軍服を指差し、無表情のままで反抗した。

 リュークは小隊長ではあるが、元は大地の国の一介の騎士である。引っ張るよりも引っ張られる側だった彼は、小隊長の立場にやっと慣れてきた程度。

 性格自体もそう強気なタイプで無いからか、押し負けて叱責出来なかった。

 それに、リサーナの着られる発言に、リュークも否定が出来ない。事実、彼女が軍服を着ると、どうしても微笑ましい感じになってしまうのだ。

 今までは、水の人形が天使軍に居たのでそれで良かったのだが、本人が潜入を始めるに際し、リサーナはそれがどうしても我慢できなかった。クランクは大爆笑し、ゼフまでもが肩を震わせながら「似合うぞ」と言ってくるのだから、相当だ。


「小隊長が何か責められた場合、私に直接言ってくるよう伝えて下さい」


 さて、どうしようとリュークが悩んでいる間に、リサーナは「では」とあっさり踵を返していた。

 遠ざかっていく背中に思わず腕が伸びて彷徨うが、それはリュークの肩を誰かが掴んだ事で止まる。彼が振り返った先に居たのは、補佐を勤める元が冒険者のイジドールという男だった。


「どーしたのかねぇ、あれ」


「昨日までとは別人っすよね」


 そして、イジドールに続いてリュークの背中からリサーナを覗き、呟いたのが兵士上がりの青年ヴィスト。


「……同一人物、だよな?」


 首を捻るリュークに続き、その2人も同じように唸った。どう思い出してみても、昨日までのリサーナと今日の彼女は全然違うのだ。

 しかし、そこで可笑しな事に気付いた彼等。


「あ、あの……!」


 そんな彼等に少し遅れ、その輪に入ってきたのは、小隊の最後のメンバーである治癒術師のリオンだった。

 リオンは、内気な性格なのか小さな声を張り上げてリュークに言った。


「そ、そもそも、リサーナさんって、どういう人でしたっけ?」


 リオンの問いに、再度頭を捻った面々だったが、何故か全員が昨日までのリサーナを覚えていなかったのだ。

 こんな可笑しな事があってたまるか。そう思うのだが、彼等はそれを可笑しいと感じる事が無かった。いや、正確には出来なかった。

 そして結局、全員で頭を悩ませながらも、明日の出立に少しの不安を感じるだけで其々で休息を取るのだが、その様子をリサーナがこっそりと観察しホッと息を吐くのを彼等は知らない。






「リューク。小隊長で、騎士」


 リサーナは、ギルドを囲む壁に沿うように生えている一本の木の上で寛ぎ、訓練場に視線を向けながら呟いていた。その先では、4人の男達が輪になって話をしている。

 内容は十中八九自分の事だろうと思いながら、自身に良く似た腰まである茶色の髪を1つに縛って垂らしている男を、リサーナは見た。

 何度も心の中で、水人形を通して得た情報を復唱し、まずはリュークから覚えようとしているのだ。


「あー、瞳の色で覚えた方が良いか……」


 リサーナにとっては、今日が彼等と初対面だったのだ。常に水人形を通して、天使軍での生活を観察していない彼女にとって、人の顔を覚える事から始めなければいけない。

 そして、結局リュークは特徴の無い顔が特徴と、リサーナに覚えられた。

 ちなみに、補佐である冒険者で赤い短髪に金の瞳のイジドールは、褐色の肌に一番背が高いごつい人。金髪蒼眼で、兵士上がりのヴィストは中身がクランクっぽい人。治癒術師で童顔の、銀髪に紫の瞳のリオンは犬みたいな子として、其々区別された。

 それを本人が知ったら、全員が涙目になること受け合いだ。

 

「……大丈夫そうか?」


 そんな事をしながら休憩をしていたリサーナの前に、突然ゼフは現れた。めずらしく精霊化している彼は、人の目に触れる事無く堂々と空中に浮いている。


「クランクは?」


「お前の指示通り、しっかり働いている」


 驚く事無く頷いたリサーナは、極力声を抑えながら会話をする。

 今回は元々、ヴァシキナーゼを出て少しした後、事故を装って小隊から孤立する計画だった。

 しかし、悪魔狩りを止める必要が出てきてしまった上に、悪魔本人が動くと逆効果になりかねない現在、リサーナは時間が掛かっても天使軍に紛れたまま、雷の国を目指すことに決めている。

 そして、その間、姿を現す事が出来ないゼフとクランクには、影で動いてもらう事にした。

 まず、クランクの得意な幻術をフルに活用し、特に被害の酷い大地の国の人間に悪魔は隠れるのを辞めたと植え付け、鎮圧を図る。そして、ゼフに交代し、彼は色々な国で悪魔は人に紛れるのに飽きたと噂を撒きつつ、悪魔の使いとして愚行を笑う演技をするのだ。

 悪魔狩りは、早急になんとかしなくてはならない問題である。クランクが万一に備えリサーナを見守りながらなので、どれだけ効果が出るかは分からないが、いつ何時彼女を不審に思っても可笑しくない状況の中で出来る全力がそれだった。

 何故、見守るのはクランクでなくてはいけないのか。それは、水人形はとても便利な魔法だが、本人が入れ替わると様々な弊害が起こるせいだ。

 掛けていた認識阻害は、相手の思い通りに動く人物を作り出すもの。つまり、其々が持つリサーナの印象は違ってくる。

 リュークの中のリサーナは、真面目で従順、手の掛からない優秀な部下であった。しかし、イジドールにとっては可憐な少女で、ヴィストはノリの良い女の子と感じ、リオンは静かなお姉さんと思っている。

 どれもこれも、実際のリサーナの性格に掠りもしない。そんな違和感の中、紛れ続けるのにはクランクの持つ幻術が必須なのだ。

 先程、リサーナが声を掛けられ話をした際も、リュークは終始違和感を感じ困惑した表情をしていた。それでも、それが不信感に変わらないのは、クランクが傍を離れる際に掛けた強力な認識阻害の魔法のお陰である。

 その魔法の効果は数時間しか持続しないので、明日から少なくとも数日は同様のものを施さなければ、水人形との違いで様々な問題が生じてしまうだろう。最悪でも、首都からある程度離れてからバレなければ、また地球人を落としてしまいかねない。


「あー、ほんと頭痛い」


「まったく……この私に、人間を助ける日が来ようとはな」


 細かな点を確認し合い、リサーナとゼフはお互いに苦笑した。そして、頷いて木からリサーナが降りたのを合図に、彼等は其々の仕事をするべく動き出す。

 リサーナは、視線の先で自分を呼ぶ者に、駆け足で向かった。





 出立は、霜の下りる朝早い時間。リサーナの紛れるリューク率いる鎮圧部隊は、自分たちの番が来るのを身体を振るわせながら待っていた。


「リサーナぁ、あっためてー。めっちゃ寒い」


「だ、そうですよ? 小隊長」


 リサーナは1人平然としながら、絡んでくるヴィストに冷たい視線を向けつつリュークに声を掛けた。

 リュークとしては、男の中に1人行動を共にしなければならないリサーナに対し、他の者以上に気に掛けてやるべきだと思っている。初め、女のメンバーが居ると知った時など面倒だと思った程だ。ただ、選ばれて当然な弓の腕を持っているので、その点では安心しており、様は男と女の生活の違いへの気配りである。


「ヴィスト、リサーナが困っているからな」


「ちぇ、冗談が通じないっすね」


 しかし、水人形の認識阻害による印象をリサーナのものだと思っている彼等は、度々困惑していた。

 ヴィストは頭の後ろで手を組みながら唇を尖らせ、今までのリサーナであれば笑いながら上手くかわしてきたのにと、首を捻った。そんな視線の先で、彼女は寒さを気にせずヴァシキナゼーを出る門を見つめている。

 リサーナは、隊の人間と関わるつもりが無く、困惑されたとしてもクランクの認識阻害を信用し、無愛想でいこうと決めていた。


「……ていうか、なんでリサーナとリオンは、このくそ寒い中平然としてるんだ?」


「リサーナさんが、風の魔法を使ってくれたんです」


 ただし、リオンは別として。えへへ、と笑う彼を直視出来ず、リサーナは心の中で悶絶した。

 その様子をジト目で見るヴィスト。抗議の声を上げようとした彼の首根っこを掴んだのは、イジドールである。

 ちなみに、軍に居る間は、風の魔術師だと偽っているリサーナ。一番使い勝手が良い属性を選び、他の属性のものは使えない状態である。魔法を使えるのに弓使いとして行動するのは、魔力が低い故だ。


「ほら、次は俺達の番だ」


「ちょ! 俺はリサーナに文句をですね!」


「……可愛いは正義だから」


 他の隊に奇異の目で見られつつ、リサーナにずばっと切り捨てられイジドールには玩具にされるヴィストに、溜息を吐いたリュークであった。

 そして、彼等は順番に現在固く閉ざされている門の前で自身の軍証を警備の者に提示して、緩んだ気を引き締める。リサーナは、偽のそれを握りながら、念の為と忍ばせている短剣を直ぐに使えるよう、コートの下へと片手を入れた。


「軍証をご提示願います」


 規則通りの言葉を掛けてくる警備の男。リサーナは魔力を通し、内容を見れるようにしつつ緊張した面持ちで軍証を彼に向ける。


「……大丈夫ですね。ありがとうございます」


 此処さえ突破できれば、後は状況に応じて色々な手が打てる。ホッと安堵したリサーナは、大地の国の首都ヴァシキナーゼに別れを告げた。今までで、最長の3ヶ月に及んだ滞在。


「やっと、半分をきれる」


「え? どうしたんですか、リサーナさん」


 思わず零した言葉に反応してきたリオンに何でも無いと首を振りながら、リサーナは強固な結界を潜りヴァシキナーゼを混乱に至らせた悪魔の歌を喜びから口ずさむ。そうして旅が始まった。


『心を作りし盾は剣

 言葉は唇を弓に 矢として放つ

 内を占める想いは

 他が為に盾 他が為に剣

 見極めよ 偽りは文のみにあらず

 平穏のみが幸か

 強固な繭を破るのは

 一点に定めし安易に手折れる一本の矢

 ――知れ 慈悲の行く先を』


 残る精石は、後5個。

 五体満足で居られる奇跡に感謝しつつ、黒を纏った天使に紛れた悪魔は、新たな破壊に向かって足を進めた。











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