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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第五章:捻くれX堕天使=似た者同士
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精霊の門番




 遥か昔。精石が存在しなかった時代。アピスの大陸は今と形も大きさも変わらないが、そこに国が無かった頃だ。

 今では8つの国が築かれている大陸の中央にある広大な森で、精霊王は日々を過ごしていたと言われている。

 精霊の森(ティターニア)と呼ばれるその森だけが、アピスを築く大陸で唯一、人に侵されず国に属さない場所であった。

 森の周囲には、万が一にも人が立ち入らない様にと壁が築かれ、精霊王が直々に任命したとされる無国籍の一族が管理と監視をしていた。

 精霊の門番(ガーディナー)。といっても、彼等に特別な力があるわけではなく、長い年月の末、近くに村を作り、長が唯一の入り口として門の役割も果たす小さな城にて過ごしているだけの不思議な一族。


 そんな起源のある一族の長所有の城にて、風・陽・水・海・大地・空・雷。7ヶ国の王が顔を揃えていた。

 光と闇を抜き、不参加は星の国のみ。しかし、その国は最も閉鎖的で淡い期待しか抱いていなかったので、むしろそれ以外が全て揃ったことに驚きである。

 それだけ重要な件ではあるのだが、急ぎ進めていっただけに、風の国王にとっては半分揃えば十分だと考えていたのだ。

 其々の後ろには護衛として一人ずつ騎士が控え、全員が一人の厳格そうな老人を見つめている。

 金の髪と、この世界では珍しい黒い瞳の老人が、この城の持ち主であった。

 

「お初にお目に掛かります。精霊の門番が一族の長、スペンサー・ヴィンス・ガーディナーと申します。この様な粗末な城ではありますが、ごゆるりとお寛ぎ頂けるよう、誠心誠意お持て成しさせて頂きとうございます」


 優雅にお辞儀をした彼は、いくつもの鋭い視線に怯むことなく朗らかに微笑む。

 一見、なんの力もなさそうな老人だが、彼なくして風の国王の望みは叶えられなかっただろう。

 精霊の門番は、アピスで唯一中立を掲げている一族である。そして、彼等が守る土地もまた、同じく中立だ。

 精石を失った風の国は現在、他国との溝を作るわけにはいかない。そもそもが、最も栄えている国。安易に招待したり呼び付けたりするわけにはいかなかった。

 そこで考えたのが、どの国も赴く形にして会談を行うということ。そして、そのような場所は精霊の門番以外有していない。

 思いついたが吉日と、スペンサーに書簡を送り、返って来たのが願ってもないという実に好意的なものだった。

 さらに、主催は風の国とはいえ全てを取り仕切るのは他に心象が悪いだろうと、招く順番、護衛の者の待機場所、様々な事を一手に引き受けてくれたのだ。

 そのお陰で、移動中に鉢合わせて問題が起きることは勿論、こうして会議の場に席を着くまで顔を合わせることすら無く始める事が可能となった。

 無論、スペンサーが何かを企てている可能性も考慮したが、そうなると7ヶ国を敵に回すことになるのだ。彼がそれに対抗する戦力を持つのは、到底不可能である。


「此度のこのお集いは、悪魔の出現によってのもの。今や各国の問題では済まないものとなっているのは、私めも承知しておりました。つきましては、公平に公正に滞り無く皆様がお話し合い出来るよう、僭越ながらこちらで取り仕切らせて頂きます」


「ふん! 貴殿が風の国の息に掛かっているかもしれんだろう」


 長方形の長いテーブルには、精石が破壊された国と無事な国が向き合う形で座っている。

 その端に立つスペンサーの後ろには、厳かで幾何学的な文様の飾りが鎮座しており、彼もまた一国の王のような威厳を携えながら立っていた。

 そんな彼を鼻で笑ったのは、風の国王の向かいに座っていた土色の髪と瞳をした肥満体型の男――大地の国王である。


「これはこれは。さっそく誤解を与えてしまい、申し訳ございません。ですが、ご安心下さい。私共精霊の門番が身を置くのは、常に精霊王様のご意思の先にございます故、今も唯一の中立として生き長らえているのでございます」


 スペンサーは、大地の国王の嫌味をあっさりとかわしていた。

 代わりに、風の国王が渋い顔をする。そこには、思った通りだと心の声が映されていた。

 大地の国。風の国と同盟を結んでいるその国は、最近になって怪しい動きばかりが目立つようになってきている。今も、軍事力では風に勝る国はないのだが、精石を失ったというだけでかなり大きな態度をとるようになってきたのだ。


「大体、精石を守りきれなかった国と話し合った所で、何になるというのだ? 泣きながら失敗談でも語っていただけるのだろうか」


 卑下た笑みに、みるみると周囲の者も眉間に皺を寄せ始めた。

 しかしまあ、こんなことは少なくとも破壊された4ヶ国の王は想定済みである。スペンサーは止める必要は無いだろうと、口を開かなかった。


「大地の国王よ、あまり軽はずみな発言は控えるのが身の為ですよ」


「これはこれは、雷の国王よ。ご忠告痛み入りますな」


 しかし、大地の国王は余程この事態を楽観視しているのか、図に乗ってますます嫌味を強くする。

 それを制したのは、意外にも同じ精石が無事な側の雷の国王であった。荒々しい印象の顔の造りに反して、金の光は中々に朗らかそうだ。


「大地の国王。私は、この世界の未来について話し合いたく集まって頂いたのだ。書簡にもそう記したはずですが?」


 あまりの態度に、さすがの風の国王も苛立ちを隠せない。溜息交じりに告げれば再び鼻を鳴らし、大地の国王は風の国王の横に座る王に視線を定めた。


「で、あれば。陽の若き王よ。どうだろう、我が国に下れば、この先も安泰だとお約束しようじゃないか」


 さすがのこれには、スペンサーも呆れ返った。それと同時に、これ以上は止めるべきだと口を開き掛ければ、それは標的となった陽の国王が挙げた右手に制される。

 ティルダは、厳しい顔をしつつもとても冷静で、年季の入った王に負けない雰囲気でその場に居た。


「とても素晴らしいお話です。しかし、穏やかな気質と噂のある貴国に、我が国の荒々しい民の手綱が握れるとは到底思えない」


 相手を持ち上げていると見せかけての仕返しを兼ねた嫌味。これには、スペンサーは勿論他の王も舌を巻いた。

 騎士としてその場にいるリュケイムと、ティルダ同様若い空の国王など若干口元を震わせてさえいる。

 真っ赤な瞳をニヤリと細めたティルダに、大地の国王は別の意味で口元をひくつかせた。


「貴殿は、悪魔と会っていないから、そう悠長に事を構えていられるのかもしれないが、我々には猶予など無いのだ」


 風の国王は、この沈黙を逃がすまいとスペンサーに指揮棒を委ねる。黙って頷いた彼は、小さく咳払いをした後、改めて悪魔に関しての現在の状況を語り始めた。


「現在、陽、風、水、海の4つの精石が破壊されたと聞き及んでおります。まずは、陽の国からお聞かせ願えますでしょうか」


 指名を受けたティルダは、腕を組みつつも神妙に頷きそれに応じる。

 とはいえ、晒す情報は各国の王の考えに委ねられているので、どの国も全てを曝け出すつもりは無いだろう。

 そもそも、有力な情報はほとんど風の国が持っている。


「お話すると言っても、我が国の精石は先代の不始末であり、露見したのも最近。大したものにはならないでしょう」


「ふん、蛙の子は蛙と言うしな」


 大地の国王の相変わらずの嫌味に、流石のティルダも苛立ち睨み付ける。

 反乱軍として戦いに身を置いていた者の睨みは、若いながらも力に満ちていた。


「大地の国王は、それほどまでに情報が要らないとお見受けする。確か、貴国の精石も移動不可能でしたな」


「そうだ。しかし、水の精石とは違い、私の精石は玉座にはめ込まれているのでな」


 助け舟は、ティルダの隣に座る水の国王からだった。それにも、大地の国王は横暴な態度で返しているのだから、彼がいなければ相当スムーズに事は運んでくれただろう。

 同じ立場にある雷の国王ですら呆れているのだから、大地の精石が破壊された際に誰も同情してくれないことは確実である。

 私の精石発言に、スペンサーでさえ怒りが湧いていた。


「城に保管してあったのは、我が国も風の国も同じ。風の国に至っては、貴国より警備が堅いと誰もがご存知なはず」


 そうでしょう、とティルダが問えば風の国王は重々しく頷いた。流石のこれには、大地の国王も否定できない。


「我が国の持つ悪魔の情報は、ほとんど無いに等しい。しかし、唯一として、悪魔は旅人に扮して現れるということです」


「旅人? それは、あからさますぎやしませんか?」


 ティルダの情報に、雷の国王の横に座る空の国王が尋ねる。彼は女と見間違うほど、この中で一番美しかった。

 この問いに反論はしないティルダ。一度瞳を閉じた彼の瞼には、サイードの姿が写し出されていた。


「残念ながら、我が国はつい最近まで荒れに荒れていた為、怪しくない者の方が怪しいぐらいだったのです。その旅人は、全身を黒で覆い、顔を隠していたとの情報が残されています」


 決して、顔を晒してはくれなかった憧れ。冷たい瞳は、あの時何を考えていたのだろうか。リルを殺した時に、彼の中の何かが消えてしまったのではと、今のティルダは思い起こす。

 希望だったのだろうか。いや、あれは自分たちにとっても大切なチャンスだったのかもしれない。そう思いながら、ティルダは覚悟を決めて言葉を紡いだ。


「瞳は金、名をサイードと名乗っていたと」


 その名に、風の国王とリュケイムの肩が揺れた。そして海の国王も、金の言葉に青ざめる。


「その名の男なら、我が国にも現れた」


 以上だとティルダが言うと、スペンサーが次は風の国王を掌で促す。

 正直、名まで出すつもりが無かった風の国王にとって、陽の国がそれを知っていたのは想定外。無駄に白を切り、ウィーネ杯の失態を持ち出されてしまってはたまったものではない。


「銀の髪に、金の瞳のかなり容姿の整った青年だったと聞いている。どうやら、格式高いウィーネ杯に姑息な手を使い紛れ、城に上がって精石を破壊しようとしていたそうだ」


「まさか、まんまとそれを許したのですか?」


 にんまり好機だと哂う大地の国王とは違い、雷の国王が驚きつつも真っ直ぐに責める。

 それに内心舌打ちしつつ、風の国王は首を振った。

 公平を望みながら、それでも優先すべきは自国。そして、自身の持つ情報を良い餌に使われない為にも、この場で協力的な国を見定める必要があった。


「ぎりぎりの所で、前ウィーネ騎士団団長及び現ウィーネ騎士団団長であるこの者が食い止めた。……結局は、多くの民の命と共に失ってしまったが」


 伏目がちに項垂れれば、誰もが言葉を失う。それ程、ウェントゥスを襲った悪魔の鎌の被害は絶大だったのだ。

 さすがの大地の国も、国民を失ったと告げる王に嫌味が言えない。そこまで馬鹿に出来るほど、彼とて問題を軽視はしていないのだ。


「我が国は、精石が移動出来ない公の場にあった為、最も簡単に破壊出来たのでしょう。広場にて、美しい歌が響いた後、精石が砕けたとの報告があります」


 暗い雰囲気がやっとのことで真剣な会談の場を作り、ここからは厳かな話し合いが進んでいく。

 水の国の歌に対し、風と海の国が同じくと頷いた。


「海の精石は、島にて隔離されていた……。我が国は、その島ごと精石を消され、現れた者は破罪使と名乗った」


「破罪使ルシエ。その者も、金の瞳に銀の髪でしたか?」


「いや。現れた時は、銀の髪に青い瞳だったと。生き残った兵士の一人が、悪魔は瞳の色を変え、人に紛れる事が出来ると言っていた」


 どんどんと晒される情報の数々。それにより、皆がサイードは人を装っている時に悪魔が用いる名だと結論付けていく。

 スペンサーは、静かにその情報の数々を書き記していった。


「民は怯え、最早我が国ではその髪と瞳の色を持つ者全員が、悪魔だと虐げられている。たった1人に、こんなにも翻弄されるなど!」


「それは貴国だけではない。風の国も同様の報告が上がり始め、これ以上の犠牲を払わぬ為にも、今回書簡をお送りしたのだ」


 徐々に熱を帯びていく互いの感情。勿論、冷静な者や算段を立てる者もいる。

 しかし、悪魔が敵だという意識は変わらず、目的が排除か利用かで異なっているかどうかだ。 

 それを、部外者として傍観し見極めるのが、背後に控える騎士達である。――スペンサーも含めて。


「精霊王に近しい一族として、貴殿はどう思われますか?」


 そんな時、スペンサーに向け問い掛ける王がいた。空の国王である。柔和な面持ちで、彼は微笑んでいた。


「近しいなどとんでもない。我々は、精霊王様が健やかにお過ごしになられるよう、その環境を守る門番でしかございません」


 精霊王、と気軽に呼ぶ空の国王にスペンサーの表情が僅かに崩れた。窘める以上に、蔑みの雰囲気が彼から漏れ出る。

 それが分かりながら、空の国王は詫びようとはしない。


「精石は、恩恵が形となり我々が授かったもの。それを壊されることに、貴殿は憤りはしないのですか?」


 食えない奴だ、とお互いが思ったことだろう。こうして場を提供しているのだから、少なくとも悪魔に対し何かしらを抱いているはずである。

 視線がスペンサーに集まり、彼はこれはこれはと恐縮する素振りを見せながら口を開いた。


「精霊の門番は、唯一の中立です。それはつまり、どの精石の恩恵も受けていないということ。しかし、我らはこうして繁栄しております。……意味がお分かりですか?」


 終始細められていた目が、ここにきて初めて開いた。そこには一切の温もりが無く、国王等と彼に1本の線が引かれている感じがする。


「精石が不必要だと言いたいのか?」


「そのようなことはございませんよ、雷の国王陛下。精石に関して私めが言葉を挟んだところで、皆様とはお立場が違うとお伝えしたいだけにございます」


 うやうやしく頭を下げたところで、スペンサーの雰囲気は変わらない。

 どうしてか、着ている当たり障りの無い燕尾服がどこぞの高価な服に見えてくる程、彼の威厳は強かった。

 

「どうやら、皆様のお心は僅かな差異はあれど、悪魔を放っておくつもりが無いようにお見受け致しました。で、あれば、お話は簡単ではございませんでしょうか? なに、老いぼれの戯言として、お耳汚しにならなければ良いのですが……」


「よい、話せ。我らとて、先人の言葉を聞くぐらいの若さは残っている」


 一瞬、この者に任せたのは間違いだったかと不安を感じた風の国王であったが、そんな気持ちは頭を振って捨てた。

 どちらにせよ、スペンサー無くしてこの場は成立しなかったのだから、例え彼に何かがあったとしても仕方が無いことなのだ。

 皮肉と共に促せば、それではと彼の唇は弧を描く。


「壊されたくないのなら、守れば良いだけのことではありませんか。壊されたとしても、精霊王様はお怒りにはならないと思います。方々はとても気まぐれで、元々精石とは人間にその存在をお教えされる為に授けたものだと、精霊の門番では言い伝えられておりますし」


「では、壊されたものは仕方がないと思えと?」


「そうです。その心情を察すればとても申し上げ難くはありますが」


 この発言に難色を示したのは、水と風。共に、精石を誇りにしていた国だ。

 反面、陽と海は崇めはすれ、精石を全てとは認識していなかった。ティルダにとっては暴君の象徴で、海の国王にとっても呪いが先に出てしまう。

 勿論、そんなことを民に言うわけにはいかないので、其々が心の中で思っていること。それよりも問題なのは、ルシエと悪魔狩りの方だ。

 この先、どれだけの被害が出るか、下手をすれば世界を滅ぼしそうな気さえする。だからこそ、この2ヶ国はこの場に参加したのである。


「それよりも、悪魔そのものについての方が、何倍も重要ではございませんか? 既にどれだけの被害が出ているか、どれだけ世界が混乱しているか。精霊は穢れに弱い。悪魔に関して、我が精霊の門番も傍観していられないからこそ、今回皆様の手となり足となり、私めがこのように動かせて頂いたのです」


 スペンサーはそう言って、やれ歳を取ると話が無駄に長くなってしまいますねと、実に上手く空気を緩ませた。

 面々は、濃さの違いはあれ難しい顔をして状況を整理する。その間に、量の減ってしまった水の入ったグラスを変え、スペンサーはくすりと笑った。


「なに、倒すべきなら倒せば良いこと。不必要なら消せばいいこと。恐れるのなら、排除すればいいこと。そう深くお考えになる必要が、どこにございましょうか」


 人生の先輩の言葉にはっとした彼等は、全員が同じような顔をしていたことに気付き、其々が控えめに笑った。


「では、もう一度情報を整理しつつ、今度は相手の出方や今までの共通点が無いか皆で険しい顔をするとしよう」


 そうして、なんとか歴史上初の複数国による協議は進んでいく。










 ティルダは、精霊の門番の城にある大きなバルコニーにて、一時の休憩を精霊の森を眺めながら過ごしていた。

 契約している精霊の力が増すのを感じ、見える景色もとても神々しく、誰に教えられなくともそこが特別だと彼は思った。

 しかし、その表情はとても感動している様には思えない。


「ごめん、サイード」


 スペンサーの計らいで与えられた侍女を下げ、備え付けられたテーブルで一人紅茶を飲むティルダは、ぽつりと零して俯いた。

 風の国王から書簡が届き、今日まで秤に掛け続けてきた国と憧れは前者に傾いたのだ。その名をあの場で口にした際、唇は僅かに震えていた。

 しかし、その選択は間違っていない。用が済んだ国にさえ、悪魔の牙と爪は食い込んでいくのだ。

 そもそも、ティルダとサイードの関係そのものも、彼が勝手に憧れを抱いているだけの希薄なもので、サイードがその存在を思い出すとしても陽の国の話題が出てきた時ぐらいだろう。


「でも、この方が会える確率は高そうだ」


 悲しそうに笑う姿に、先程まで倍以上歳の違う相手の嫌味をさらに上の嫌味で返していた強さは微塵も無い。

 手に持つカップの中で、そんな弱い自分が映り苦笑するティルダ。

 つい先ほど、海の国の持つ情報を聞き、悪魔狩りはルシエが故意に引き起こしたものだと結論がなされた。そうなると、どう考えてもサイードは反乱を利用して何かをしたのだと認めるしかない。

 今なら気付ける。あの日、玉座の間には罠が待ち構えていると言い、先代の居場所が私室だと最上階にて兵士や騎士と交戦した時、サイードは徐々に上の空になっていた。ティルダが庇わなければ、背中に大きな傷を負っていたことだろう。

 部屋に侵入した直後、精石が砕けた際には、その姿は忽然と消えていた。

 探そうと思う間もなく、うろたえる先代をリーダーが呆気なく討ち、彼が描いていた計画の最終段階である王族全てを根絶やしにする為、ティルダも用無しだと剣を向けられたのだ。

 生き残った後も、自身が王になると宣言するまで混乱は治まらず、怒涛の日々。


「利用されるぐらいなら利用しろって、あんたが言ったんだからな」


 ティルダの中で、寧ろ今までただ憧れていられた方が奇跡だったとの答えが出され、悪魔は勿論サイードも敵なのだと認識された瞬間だった。


「いかにも、あの小僧が言いそうな言葉ですねぇ」


「誰だ!?」


 そうやって、若い王の大きな難題が解決した時、どことなくすっきりした感じのティルダに間の抜けた声が掛けられる。

 警戒して腰を浮かし、剣に手を掛ける彼の視線の先には、部屋からバルコニーに繋がる扉を半分開けて背を預けるリュケイムが居た。

 どことなく似た風貌の彼等が会うのは初めてであり、しかも相手が一介の騎士だと気付いたティルダは、瞬時に王の顔に変わっていた。


「……風の国は、私より騎士の身分が高いと教育しているのだな?」


「おー、怖い怖い。しかし陛下(へーか)、護衛を連れて居ない時点で、殺されても文句は言えないと思うな」


 不躾な態度にティルダが不機嫌を顕にしても、リュケイムは怯まなかった。

 それどころか、失礼しますよと勝手にテーブルの向かいに腰を下ろし、あまつさえティルダの飲みかけのカップを遠慮なしに奪って啜る。

 さすがにここまでされれば、怒りを通り越して脱力するだろう。


「……新しいのを入れよう」


「おっ! これはこれは、光栄だねぇ」


 それに、ティルダにとってリュケイムの醸し出す雰囲気はどことなく懐かしさを抱かせた。

 最近では特に、人の良し悪しの判断が長けてきたティルダだ。一目で、リュケイムが自分に悪意ある存在では無いと感じていた。


「ただし、人が来たらそれ相応の振る舞いを頼むぞ」


 温かい紅茶と新しいカップを用意し、席に着き直しながら苦笑したティルダにリュケイムはにかりと笑った。


「とりあえず、初めましてだな。陽の若き国王陛下。俺は、リュケイム・モラティーノス。しがない騎士団団長だ」


 ティルダも、ウィーネ騎士団をしがないと言ってのけるリュケイムに苦笑する。豪快なくせに頭が回りそうで、まさしく道化だと彼は思った。


「それで? そのようなしがない騎士が、しがない国王に何用だ」


 カップ越しに観察すれば、確かに騎士団、しかも国王の近衛をするよりも、どこぞの傭兵といわれたほうが納得する体つき。

 リュケイムにいたっては、遠慮する素振りも見せずにじろじろとティルダを観察していた。


「まぁ、その話の前に。なんで護衛を離してるんだ?」


 しかも、それこそ不躾な質問であった。確かに、この場は公平な話し合いの為に設けられた場だが、同時に戦争の引き金を作るには十分な環境下。平和と戦争の糸が、びっしりと張り巡らされている。

 だから尚更、他国の者に問われることが可笑しい。

 しかし、陽の国は一番初めに書簡を返した国でもあった。それ故、風の国が接触してくるのは不自然ではない。 どうするべきか、と考えたティルダは、一番初めにリュケイムが言っていた言葉に賭けようと考えた。


「残念ながら、我が国は」


「あー、タンマ。ちょっとタンマ」


 カチャリとカップを置き、一言一言言葉を選びながら王として他国の騎士と言葉の剣で対峙しようと、気を引き締め口を開いたティルダだったが、それは暢気な声に遮られてしまった。

 見れば、リュケイムは頭を掻きながら大きく溜め息を吐いているではないか。

 とうとうティルダも、なんだこの男はと思う気持ちを隠しきれずに顔に出てしまう。

 その向かいで、リュケイムも一応は言葉を選んでいるのだろう。「あー」とか「うー」と唸り、視線を逸らし頬を掻きながら、やっとのことで言った。


「うちの殿下と違って、なんかこう、陛下の言葉が無理矢理すぎて……気持ち悪いっつーか」


「き、気持ち悪い?」


「悪いけど、人が来ない間は楽にしてくれないか?」


 気持ち悪い発言は勿論、王に向かって楽にしてくれと言う騎士がどこぞに居るというのか。

 確かに、相手は倍以上歳が上だろう。それでも、騎士が国王にだ。目を丸くして呆けるティルダに、リュケイムは尚も言った。


「悪いけど、まじで頼むわ」











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