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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第五章:捻くれX堕天使=似た者同士
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旅人が生んだ新たな旅人



「ねぇ、ルシエ」


「うん?」


 海の精霊王は波のように、静かに落ち着きを取り戻していった。

 体力を大幅に使ってしまった彼女は、しゃくり上げつつぐったりと、ルシエの胸に凭れながらぽそりと言葉を落とす。

 それにより、ずっと頭を撫でながら歓喜に付き合っていたルシエは、そっとその顔を覗き込んだ。瞳は群青色を輝かせるままだが、瞼は腫れて真っ赤であった。


「どうして僕は、精霊王なのかな」


 佇む2人の精霊王が、その言葉ではっと息を呑む。

 彼等にとって、その疑念は色々なタイミングで必ず立ち塞がるものだった。しかし、誰もが1人で見出すしか無いもの。

 自分以外に問う者は、今まで誰も居なかった。


 固唾を呑んで見守るゼフとクランク。答えを純粋に待つ海の精霊王。そんな者達に囲まれながら、波が作り出した球体の中でルシエは言った。


「そんなもの、世界にだって分からないと思うよ。だって、きっと無いんだから」


「……え?」


 世界は、自身を運営する上で必要な道具を作り出したつもりで、そこに意志が生まれるなど想定していなかった。なのに環境は進化し、対応するべく種もすべからくそれに続いた。

 ルシエは、そう思うと彼等の期待を裏切って淡々と言う。


「だから、皆、欲するんだよ。意味を理由を、意義を価値を」


 命は無いもの強請りだから、貪欲に生きれる。その真実を持っているのは、本当の意味での神だけだろうね。確かに、ルシエの言う通りだろう。それは真理(サティヤー)だ。

 だからこそ、精霊王は自身に見合った考えを当てはめて、納得していくしか無いのである。


 小さな精霊王は、難しいよと呟いた。大人でも同じだよ、と返すルシエ。

 彼女は何故か、納得できずともその表情はどことなく嬉しそうだ。


「しかし、それでは我らが精霊王でなくとも良いとならないか」


 だが、それに待ったをかける者が居た。風の精霊王である。

 ゼフは、海の精霊王に納得させてはならないと、勇敢にもルシエに声を掛けた。

 気付けば、クランクも胸の前で両手を合わせて震えている。

 彼等にとって、それを肯定することはつまり、今まで長い年月築き上げてきた足場が崩れるのだ。矜持を失ってしまう。

 ゆっくりとルシエが顔を上げ、ゼフにきょとんとした表情を向けた。ああ、君達も居たのかと、今頃その存在を思い出したらしい。

 自分のルシエを取られた事に剥れる海の精霊王。彼女の頭を撫でて宥めながら、ルシエはゼフの言葉に応えた。


「君達が、例えばいくら人間になろうとしても、それは無理な話だ。君達は、どうやったって精霊王としての役割を担っていて、代わりは効かない」


「あぁ、だから」


「でも、その役割は言ってしまえば、人間の食事や睡眠と同じだろう? さっきの言葉は、君達の生き方だよ」


 そこで一度切ったルシエは、ゼフから視線を逸らして言葉を探しあぐねた。

 精霊王3人は、首を捻りながら先を待つ。勿論、必ずしも賛同しろとは思わないけどと前置きして、ルシエは眉間に皺を寄せつつも、なんとか気持ちを言葉にする術を見付けた。


「重大な役割がある分、君達には色々な縛りがあるかと思う。でも、それが精霊王だ。だったら、その範囲で、ありのままの君達で過ごせる日々を作り出せばいいんじゃないの?」


「じゃあ、我侭言ってもいいの?」


 一番最初に、それを嚥下出来たのは海の精霊王だった。服を引っ張られる感覚に、ルシエは彼女の方を向く。そうして、頷いた。


「我侭も、贅沢も。本を読んだり旅をしたり、誇り高くいるのも勿論、女を抱きまくっても、別に良いじゃないか。それが、精霊王の縛りに引っかからないのであれば。それが、君達の選んだ生き方ならば」


 視線が、海の精霊王からゼフ、ゼフからクランクに移り、そしてルシエは続ける。


「ただ、そこに誰かを巻き込むのなら、当然自分だけを通せるわけじゃない。選ぶんだよ、皆。無意識だったり、意識的にだったり。騎士が納得しかねながら最悪な領主に仕えることだって、生活の為とか云々理由を付けながら本人が選んでるんだし」


 そこで一度息を吐く。視線は、ゼフに定められた。

 翡翠は、期待しながら恐れるように、視線を逸らした。


「ねぇ、今の君達は、縛られているのかな? ……違うよね。精霊王だからと自らを飾って、まるで神だと勘違いして、そうして自身を縛っているんだよ」


「いや、だからそれが」


「じゃあ、その役割は放棄できるものなの? 生み出さなければ滅ぶのに? 生と死が必ずあるなんて、それが無い君達が言うの?」


 困惑するゼフ。ルシエも、分かって言っているわけではなかった。

 何時でも終わりを纏う人間という種族だから、未来永劫を背負う感覚を知らない。しかし、持たないからこそ、言える言葉だったのだろう。


「君達は、人でも草花でも、動物でも無い。精霊だ。だから、同種は固まるんじゃないか。其々の感覚は、同じ種でなければ分からないんだから」


 大きな息継ぎが、球体の中の全ての気配を吸い取った。逃がさないと、ゼフの視線をきつく捉える。


「なのに、それを望んだから今が起こった。君達は、とても単純な事を見落として、見ないフリをして、愚かな無いもの強請りの末に本当の矜持を失ったんだよ」


 この道を選ばせたのは、本人だけじゃなく精霊王もだと、自身の選択を時に責め立てる彼等にルシエは容赦なく言った。

 クランクの震えが止まる。そして、ゼフと2人して彼等は濃い後悔を浮かべた。


「そうか……そう、だったのか」


「これが、関わるということだよ。人というまったく違う別種と関わった結果だ。だからこれ以上、被害者面して自分を哀れむのは止めてよ。そして、選んで。精霊王として、世界の秩序を守る種としての矜持を抱きながら、君達の意志で選べ」


 辛辣な言葉だ。無責任な叱咤だ。しかし、残念ながらルシエには、その資格があった。だからこそ、精霊王の胸に鋭く突き刺さる。

 そうして訪れた静寂だったが、それを破ったのは無垢な罪を背負った小さな王。


「ルシエは、別に世界を壊そうと思ってないんでしょ?」


 海の精霊王は、朗らかに笑いながら問いかける。


 ルシエは、精霊王が嫌いだった。何よりも憎むべき種だ。

 しかし、旅の途中で個々に出会う彼等をそういう目では見ない。


 サイードは、人間が嫌いだった。何よりも疎ましい種だ。

 しかし、旅の最中に出会う個々をそういう目では見ない。


 リサーナは、人間の女が嫌いだった。

 何よりもおぞましい種だ。しかし、すれ違う個々をそういう目では見ない。


 それは何故か。其々に全く違った感情を抱くからに他ならない。

 嫌うのは、そこに共通するものに関してで、同じ意思があるからでは無いのだ。


「勿論。悪魔だけど救世主だからね」


「だったら、僕はルシエの味方でいたい! 僕は、ルシエが好きだから」


 難しい言葉は分からなかった海の精霊王だが、だからこそとても真っ直ぐで、一番伝えようとしていた意味を感じ取れたのだろう。

 可愛らしく片腕を挙げながら宣言した彼女に、悩みに悩んでいた大人2人は毒気を抜かれる。


「ねぇ、ルシエは何を望んでるの?」


「そうだな、救世主は使命でしかないから。……何も、望んでないかな?」


「えー。だったら、どうしてそんなに、真っ直ぐに貫けるの?」


「ふふ、納得しかねるからだよ」


「じゃあさ、じゃあさ! 我慢の源は?」


「気に入らないからだって、サイードは良く言ってるね」


「答えになってないよー!」


 まるで、小さな子供が空はどうして青いのと尋ねるように、海の精霊王は質問の嵐を浴びせた。

 くすくすと、穏やかな笑いが響く。その光景に、ゼフとクランクは呟いた。――成る程、こういうことか。


「僕、ルシエと一緒に旅したい!」


 そして、今までの流れから予想出来ていた事を、海の精霊王は叫んだ。

 その瞳には、当然の如く訴える輝きがある。しかし、その瞬間、ルシエの表情が悲しそうに歪んだ。

 断固拒否をしようと構えたゼフとクランク。彼等もそれが不思議で、叫ぼうとした言葉を象った口の形のままで固まった。


「……駄目だよ」


「どうして!?」


 みるみると、傷つき潤む群青。彼女の頭を撫でるルシエの手が止まる。

 ごめんね、と理由の前に来た謝罪が、覆ることのない決定なのだと示していた。


「君は、その鮮やかな瞳で、これから色々なことを見ていくべきだ。なのに、こんなのに縛られるなんて、許せない」


「でも、でも! ルシエは選べって言ったじゃないか」


「うん、言ったね。だけど、そこに誰かを巻き込むのなら、自分だけを通せるわけじゃないとも言ったよ」


 これが、関わるということなんだ。ルシエは呟く。

 嫌だと首を振る海の精霊王をルシエの代わりに撫でたのは、クランクの緩やかな手だった。


「ルシエは、俺等が守るよ」


「水は僕より弱いじゃないか……」


「私が居る」


 彼等は、これ以上大所帯になるわけにはいかなかった。

 ただでさえ、人目を引く容姿をした集団だ。子供を連れて歩くなど、使命を果たすことにも支障をきたす。それが例え、強大な力を有した子であってもだ。

 海の精霊王も、それが分かっていた。分かったからこそ、嫌だった。好きで子供なわけじゃないのにと、彼女の心はそう叫ぶ。


「沢山、世界を見ておいで? そうすればきっと、君はもっと自分を好きと言えるようになるし、新しい嫌いな部分も見つけられる。そして、色々と経験すれば、相応しい姿に変化が生まれるはずだ」


「僕は、ルシエと一緒が良い」


「ありがとう。そんな君が、大好きだよ」


 無理なのだ。海の精霊王は、浮かんだその言葉をグッと噛む。噛んで、噛んで、必死に呑みほす。

 そして、だったらと思い付いたもので新たにルシエを困らせた。


「じゃあ、代わりに名前を付けて?」


 ルシエは縋れば手を差し伸べてくれる人だと、海の精霊王は思った。しかし、縋っても縋っても、取れない手があることを彼女は知る。


「それは……、ごめんね」


 ルシエにとって、名を与える事は、償うチャンスを与えると共に許すという呪いだ。

 縛って縛って、戒めとして名を付ける。それを受け取ったゼフとクランクだからこそ、同じ時間を過ごせた。

 逆を言うと、陽の精霊王に名を与えなかったのは、彼女を一生恨み続けるという意思表示でもある。彼女も恐らく、受け取らないだろう。


 じゃあ、海の精霊王もそうなのかといえば、また違う。


「君は同じで、巻き込まれているだけだ。だから、縛ることもできないし、そもそも恨んでなどいない」


 幼い精霊王は、わけも分からず流されて漂って、不安を感じて眠っただけ。だから、とルシエは言う。


「それは、これから出会うだろう君を大切に思ってくれる誰かの為に残しておくんだ。もしくは、君自身が君を決めた時、好きに名乗れば良い」


「ルシエの言葉は、難しいよ」


 これにより、完璧に落ち込んでしまった海の精霊王。困ったなぁ、とルシエは零してクランクが苦笑した。

 ゼフはというと、珍しいルシエの様子にこっそり肩を震わせている。


「あ、じゃあさ」


 と、まるでいじけた妹のご機嫌を取る兄もしくは姉のように、ルシエは閃きを大袈裟に表現した。

 まんまとそれにひっかかる海の精霊王は、零れ落ちかけた涙をひっこめて期待を抱きつつ、簡単には許さないからねと唇を尖らせた。


「ふふ、代わりに魂の一部を君にあげる」


 その仕草が本当に可愛らしく、思わず笑みを零したルシエだが、内容はとんでもない爆弾である。


「駄目だ!」


「……ルシエ」


 案の定、クランクは怒りゼフが呆れた。しかし、最後まで話を聞いてよと、彼等は逆に非難の視線に見舞われた。

 そしてルシエは、海の精霊王を膝から下ろして1人で立たせ、跪いて胸に手を当てる礼を取りながら真剣な瞳を彼女だけに向ける。


「そして、陽の精霊王に握られている魂を守ってくれないかな? 勿論、他の精霊王にも分ける事があるだろう。その彼等からも守って欲しい」


 なんということだろう。それは、名よりも重いものだった。

 しかし、名案でもある。ルシエは、陽の精霊王が自分に向ける嫌悪に気付いていた。クランクも、確信と共にそれを知っている。だからこそあれだけ激昂して、必死に危険性を訴えていたのだ。

 ゼフは成る程と、その頭の回転の良さとチャンスを逃さない貪欲さに感服した。


「でも、もしかしたらもありえるでしょう!?」


 しかし、クランクは納得出来かねるらしい。子供は気まぐれだと、断固反対を訴える。


「彼女は、精霊王だよ。悩む程、その役割の重要性をしっかりと分かっている。そしてきっと、君達のような過ちは犯さない。君達がさせないだろう?」


 それでもルシエは、何を思ってかそう断言して彼を黙らせた。そして、託された本人だが、海の精霊王は驚きに目を見開いて微動だにしない。

 選ぶのは君だよ、とそんな彼女にルシエは言う。


「僕が、僕に、任せてくれるの?」


「うん。小さな騎士(ナイト)に、精霊王である君じゃなく、精霊王な君にお願いしたい」


 見る限り騎士はルシエに思えるのだが、そう言われることが嬉しいのか、海の精霊王はうわ言の様に僕が、と繰り返しながら手を伸ばした。

 辿り着いたのは、ルシエの生を担う心臓の上。彼女の手には、ルシエの命の鼓動がゆっくりと伝わってくる。

 ゆっくりと静かに、そのくせ熱い響きに、立ちたいと心の底から願う。――隣に立って、共に歩いて生きたい。

 今は、母に連れ添う子供のように、父を追う子供のように。そして未来で、守られるのでは無く守り、背中を合わせて肩を並べたい、と。


「まかせて! ルシエは絶対に、僕が守るよ!」


 ぐしっと力強く涙を拭い、今度は海の精霊王がルシエの頬に口付けを落とす。触れ合う部分からは、群青色の流星が飛び出してきて、とても幻想的に2人を飾った。


「任せるね」


 ルシエは、とても悲しそうに笑っていた。僅かに首を横へと倒し、申し訳なさそうに目を細める。

 ただ、今回だけは勘違いしないで欲しい。海の精霊王を騙してなどいない。

 其々の求める先が真逆に位置していて、例え精神的にも強くなったとしてもルシエの望む未来が叶っていれば、彼女を褒めてやれない事が悲しかったのだ。


 群青色の流星は、そんな想いと明るい希望を際限無く汲み取りながらくるくると2人の間を周回して、海の精霊王が頬から唇を離した瞬間、ルシエの胸へと飛び込んだ。

 衝撃に倒れる身体。強大な力が全身を駆け抜ける。それでもルシエは、なんとか堕天使の方へと腕を伸ばして頭を撫でる。

 気持ち良さそうにされるがまま目を細めた彼女の髪から頬へ、荒れた指が滑っていった。


「疲れた時や困った時は、この身体をベッドに眠れば良い」


「会いに来るのも駄目なの?」


「……夢なら、何時だって会えるよ」


 金の瞳が虚ろに、血色の悪い唇は徐々に小さな動きに変わってく。ゼフがそっと、倒れるルシエの後ろに回り身体を支えた。

 群青色の流星は、淡い光と共にどんどんルシエの内部へと侵入して、海の精霊王の力を魂へと移していっているのだが、陽の時とは違って苦しさや痛みは全く無い。寧ろ、心地良さが全身に染み渡る。


「さあ、新しい旅が始まるよ。沢山のお土産を、期待してるね」


 戦っているのだ。愛しい人は、何かを頼りにそれだけを持って、自分自身の為に戦っている。支配した魂の一部を感じ取った海の精霊王は、ルシエの促しを断れなかった。

 それ程、内に抱くものは強大で強烈で、それを知らない彼女に到底その名は分からないが、これが源だということだけは理解した。

 だから、海の精霊王は強く頷き、ぎゅっとルシエに抱き付いて、悪戯妖精(シルフ)命の踊り子(アウラネルク)のワルツで生まれた潮風に乗る。


「水と風、ルシエを苦しめたら許さないから!」


「まっかせてよー」


「言われるまでも無い」


 球体は、まるで蕾から花開くかのように捩れながら道を作り、鮮やかな夕陽に照らされる海原を彼等に魅せた。


「いってらっしゃい」


「いってきます!」


 海の咲かせた大輪の花は一瞬で枯れ、静かに海へと戻った。それと同時に、群青色の流星は全て内に収まり、大海原を揺蕩う錯覚を覚える力の本流を感じながら、ルシエは小さな旅人の旅立ちを祝す。

 宛ても、目的も無い旅だ。だからこそ、自由に気の向くまま、彼女は支配出来ない海の様に様々な世界と出会えるだろう。


「きっと、海の中はこんな感じなんだろうね」


 ゆっくりと起き上がり、胸に手を当てながら呟かれた言葉はとても複雑を帯びていて。ルシエにとってそれは、雄大でありながら泣きたいほど苦しいものだった。

 夕陽の中に消えてしまった1人の精霊王の旅路が、幸多からん事を。其々が心の中で呟き、彼等の思考は次へと切り替わる。


「でも、俺は出来るだけ、ちゃんとした契約をさせるからね」


 見送りを終えた彼等も、新たな旅を進むのだ。互いに、別々の意気を抱きながら。

 意識もはっきりしたルシエは、クランクが差し出した手を取って起き上がりながら、その言葉を笑みで受け流した。

 せっかくの温もりを奪われたゼフは、すぐさま自分の方へとルシエを向かせながら、顎を掴んで感嘆の溜息を零す。

 銀の髪はアピスに来た頃より襟足を長くし、過ぎた日々を形にしている。金の瞳は、いつだって前しか見ていない。それがルシエの持つ美である。

 しかし、海の精霊王から力を貸し与えられた事で、今だけはどちらも鮮やかな群青色。髪は彼女と同じく波打ってさえいる。


「……美しい」


 ゼフの賞賛に照れたように笑ったルシエは、次には新しく得た力で海を腕に纏った。


「でも、相当同調してるみたいだね。髪が伸びてない。ルシエの長い髪の姿、俺好きなんだけどなぁ」


 前から冷たい美に、後ろから緩やかな美に挟まれて、鮮やかな群青色がルシエを美しい海の化身へと変える。

 髪が伸びるのは、そもそも魔力抵抗と心の反発によるものだ。ルシエの精霊王へ対する信用度とも、お互いの関係の深さと取ってもらっても良い。

 だから、陽の力を使う際に最も顕著に伸び、ゼフと旅をする内に風の力では伸びても肩下ぐらい。水は、使う機会がまだ無いので分からないが、陽ほどでは無いだろう。

 魔法に嘘は付けない。ということで、ルシエが海の精霊王を一番信用しているということを示され、2人は嫉妬に燃えつつ自らの役割を決めた。


「剣と盾は、私が担おう」


「俺は、鎧に。癒しはただ治すだけじゃないって、今になってやっと気付いたよ」


「ふふ、頼もしいね」


 最強と最弱。両極端な精霊王を連れた救世主は、徐々に沈む夕陽の代わりに軽い足取りで天へと昇った。

 その後に続いた2人が両脇に並べば、ルシエは最早用が無いはずのロウジャーの街を眺めながら笑う。視線の先、一番近い港では、沢山の人が群れをなして彼等を見ている。


「我らが悪魔は、何やら面白い事を思いついている様だな」


「……そこだけは、俺、共感して楽しめないんだけどねぇ。ま、仕方無いか」


 夕陽を背負った3人。黙って笑うだけだったルシエの髪は、静かに元の銀へと戻りながら潮風に靡いていた。


「彼女が居たら、相当情操教育に悪かっただろうからね」


 サイードが呪いの島で思いついたもの。それは、ルシエがとっくの昔に考え、下準備を済ませていた。悔しそうに顔を歪める彼が容易に想像できると思いながら、ペロリと妖艶に唇を舐める。


 そんなルシエに向け、付き従う武具と防具は声を揃えて問う。


「さて、我らの天使が画策する、悪魔の罠は如何様に」


 胸に手を当て頭を垂れる2人を合図に、銀髪に群青色の瞳を持つ悪魔が牙を出す。

 腕に纏っていた海はみるみる爪の代わりに剣となり、双剣を持ったルシエはロウジャーの港へと一気に飛んだ。


「魔女狩りならぬ悪魔狩りをしてもらおう。自らの責は、自らで清算すべきだ」


 一々、この手でご丁寧に葬り去る必要は無いのだから。呟くルシエの後に、頷いたゼフとクランクが続いた。

 どんな経緯であれ、人にもまたルシエを生み出した原因があり、歪みを正すのに必要不可欠な罪。ただ、それを望んだ理由は一体どちらか。

 楽しむ為ならば、なんと非道で残虐で、醜悪な策だ。そしてもし、自らの手をこれ以上汚したく無いからならば――


 ルシエは本当に、表情を隠すのが上手い。









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