硝子の島
精霊は、存在するだけで世界のバランスを保つ役割を果たす。では、具体的にどういった影響を及ぼしているのか。
生命は、其々に見合ったサイクルがあり、その調整をするのが精霊なのだ。例えば、人や動物は腹が減る。睡眠を欲し、性欲と共に種を存続させようとする。
では、問おう。それは誰が教え、我々は誰に教わっているのか。
答えられる者は誰もいないだろう。
身体の造りがそうなっていて、遺伝子に刻まれているから。地球であれば、そう答える者もいるかもしれないが、アピスに於いてそれを論じれる者はいない。
つまり、精霊がそうさせ、精霊によりそうさせられているのだ。
だからこそ、アピスでは精霊が必要不可欠だった。
しかし、だとしたら、何故精霊王という頂点が存在するのか疑問が生まれる。力の優劣が生まれるのはどうしてか、と。
精霊に雌雄は無い。だが、ゼフやクランクは確かに男だ。それは、物語に良くある擬人化というものでは決してあらず、そうなると察しがつくだろうが、精霊王とは精霊の中で唯一同種を生み出せる存在だった。
ただ、他の有性生殖とは違い、彼等は肉体の交わりによって個体を生成するわけでは無い。
精霊王は、決められたパートナーとお互いの魔力を混ぜ合わせることで、精霊の元となるベースを作り出し、それに自然界の魔力が合わさることでどちらかの属性の精霊が生まれる。
だからルシエは、精石を破壊して精霊王を目覚めさせる必要があるのだ。
今はまだ全体的に精霊が少ないので、一つ壊すだけでも大きな効果を得られるだけで済む。しかし、何度も言うが重要なのはバランスだ。
陽が風を指定したのは、自身のパートナがゼフだったから。両者が目覚めたことで、その2属性が今後減少し続けることはないだろう。
魔力を混ぜ合わせるのは、何も両掌を合わせる等の動作が必要なわけではないのだから。
しかし、世界にその2属性が増えただけでは、全体のバランスは保たれない。
それに、十分に世界が精霊に満たされた際、彼等が幾ら力を混ぜ合わせようとも、精霊の元と自然界の魔力が馴染んだりはしないのだ。よって、陽と風の精霊だけが溢れるということも無い。
まったくもって、世界とは良く出来ているものである。
そして、力の優劣だが、これについては簡単だ。精霊は其々、世界の成分の象徴である。闇と光が無ければ星の輝きは大地に降り注ぐことは無く、空が無ければ風は行き場を失い、雷は陽を生まず、海は水の終焉。
それらの違いは、世界を占める支配の割合だ。淡水が、下れば塩水に呑まれてしまうように、其々は在るべき場所に必要なだけ存在する。
だからこそ、最も自由度の高い風が最強で、バランスが保たれなければ簡単に上下してしまう水が一番下に位置するのだ。空も風と同じくらい支配の割合は高いが、好き勝手場所を選べる風と違い、空は平等に空で無ければならず、その力は属性の一番真ん中にくる。
何故ここでこのような説明をしたかというと、アピスでは精霊によって成り立つということをより確かに伝えたかったからだ。
何を今更、と思うかもしれない。しかし、ルシエですら情報としてこれらの知識は持っていても、実感できないせいであまり現実味を持っていなかった。
海の精石のある呪われた孤島。人間嫌いで精霊嫌いな海の精霊王は、それを分かっていながら全てを拒絶している。
ということは、だ。島には精霊が居ない。
そうすると、先程の説明で大体の予想はつくことだろう。
「見事に、おどろおどろしい場所だな」
その一帯だけ光は当たらず、それを遮るまるで命が燃やされたように濃い灰色の雲が暗い雰囲気を醸し出している。
島へと上陸した一行はまず、砂浜に足を着けた瞬間に違和感を覚えた。意識は前方へと向いており気付くのが遅れてしまったが、普通であればサラリとした感触がするべき足裏で、パキンと何かが砕ける音がしたのだ。
サイードは、打ち寄せられた木の枝でも踏んだのかと思って最初は気にしなかったが、もう一歩踏み出せば再びその音がする。
「……砂が」
さすがに可笑しいとしゃがみ込んで砂を掬ってみれば、まるで其々が小さなガラスの欠片のようで、数粒摘んで力を加えれば、それは簡単に砕けてしまった。
「砂だけじゃない、島全体が空っぽになりかけてるね」
クランクの言葉で目の前に広がる木々に視線を移せば、同じ環境にありながら成長の度合いがまったく違い、どれも枯れかけというよりは徐々に風化していると言った方が正しいだろう痛々しい光景が広がっていた。
「これが、精霊を失った場所の辿る結末だ」
パキン、パキンと、耳を澄ませば島の到る所から不気味な悲鳴が響いてくる。
そうか、と流石のサイードも言葉を失った。
アピスに来てから常に傍らにあった精霊の気配が微塵も無く、地球で当たり前だったその環境。以前の彼なら、それを不気味に思う自分に嫌悪したことだろう。
しかし、今は違う。意識せずともその言葉は、とてもすんなりと零れ落ちた。
「まるで、縮図だ」
可能性のある、世界を待っているかもしれない未来の一つ。もしルシエが破罪使としての選択を取らなければ、アピスはこうやって終わりを迎えたかもしれない。
徐々に、徐々に、その身を構成するものを砕かれながら、後に残るのは何も無い荒野。いや、大地さえ精霊によって保たれているのだから、それすら朽ちて何が広がるのか想像がつかない。
そして、この先、志半ばで朽ちてしまった場合に起こりうる未来でもある。初めて、その責任の重さを目の当たりにした時だった。
「こんな場所にずーっと居たら、俺達でもどうなるか分かったもんじゃないのにねぇ」
海は何を考えているのやら。この時ばかりは、クランクの暢気さに助けられた。
サイードが素顔を晒すスタイルを選んだのは、何処かで観察しているかもしれない海の精霊王の警戒心を少しでも和らげる為である。
しかし、呪われた島の状態を目の当たりにし、それが無駄だろうと思われる今、クランクのお陰で冷静さを取り戻して新たな算段を立て始めた。
「なあ、精霊が居ないってことは、属性なんて関係ないってことか?」
「どだろ。空っぽだから、干渉は出来るかもしれないねぇ」
三人は一歩も動かず、何時に無く慎重に事を進める事にしたようだ。
ゼフとクランクもマントを脱いで、より動きやすい状態へと体勢を整える。
「……海の王がこの状態になってから、どれくらいだ」
「石になっている間は、時間の概念から外れる」
「つまりは、分からないってことだな」
サイードは、とにかく少しでも情報が欲しいとクランクとゼフに投げかけるが、二人ともが憶測しか持たず大して収穫を得られない。
今までに無い警戒の仕方に、少なからず戸惑っているのだろう。気付けばサイードは、右手の指輪を弄りながらかなり険しい表情をしていた。
前方からは、絶えず耳を刺激する乾いた音。後方からは、嘲笑うかのように波が迫っては下がりを繰り返す。
精霊王の二人は、どうしてか海の王の性格については語らなかった。サイードが聞かなかったというのもあるだろうが、それこそ重要な情報ではないのか。
「サイードって、変な子だねぇ」
「お前に言われたら、この世の終わりだ」
「え、ちょ、君の中で俺ってどんな位置にいるの」
鼻で笑われ焦るクランクだけが、良く言えばどこか達観しており、正直にサイードの気持ちを表せば悉く空気を読まない発言ばかりしている。
それが結局、進んでみなければどうしようもないとサイードに思わせてくれるのだが、やはり彼とクランクは共に居て違和感を覚えてしまう。
「あまり、サイードを疲れさせるな。後が面倒だ」
「なんかその、あんたの俺は分かってますよー的な態度が、かなーり腹立たしいんだけど」
そして、ゼフとクランクの相性もだ。
サイードはひっそりと、クランクの同行を許したルシエに悪態を吐いた。そんな彼を慰めているのか、足元に波が来る。
と、サイードが一瞬にして驚きを浮かべながら後ろを振り返った。
「走れ!」
説明する暇もなく、サイードは片手を振って風の盾を展開させながら叫ぶ。彼等は確かに砂浜に立っていたが、決して波が届くような場所ではなかったのだ。そして、とっくに海は満潮だった。
自然に殺気は生まれない。
ゼフとクランクは、主人の命令に従うように、その言葉で林の方へと追い立てられる。
「大歓迎してくれてるみたいだな」
サイードも、気配なく忍び寄っていた海の王による攻撃に対応しながら、距離を取っていった。
小舟を沈めたのはただの大波で警告だった。しかし、今回のは確実に殺意がある。槍のように尖ったそれは、展開した盾にぶつかってあり得ない金属音を響かせる。
「嫌いって感情に忠実なこと、俺は嫌いじゃないね」
サイードは恐れる事無く、寧ろ嬉々としてそう言った。
その攻撃はまるで、駄々のようだ。来るな、来るなと叫びながら島の内部へと誘い、助けてと乞う矛盾を抱いた、そんな駄々――
「サイード!」
先に避難した二人の声がまた、サイードを高揚させた。
盾の防御が崩れ身体に海水の槍が迫った時、じゃれる様に軽やかに避けて跳んだ姿は、普段と変わらないサイードである。
しかし、ゼフも気付かない内に、その瞳に宿る挑戦的な光は日々強くなってきており、空中で回転した際に空に向いた視線は、確実に誰かに宛てられていた。
「そろそろ、駆け引きとか始めてくれたらありがたいんだけど」
攻撃が髪を掠め同行者二人が肝を冷やしても、サイードは嗤っていた。彼の見ている敵は、どこに居るのか。
世界は常に傍観者だ。その身を破滅に導こうとする存在にも、救おうと躍起になる存在にも、無慈悲な程に――
「あぁ、敗北を痛感する顔が早く見たい」
そんな憂いすら、吐き出された呼気の様に世界は流し視る。
「ルシエは、あの様に笑わないだろう?」
「あんた、歪んでるねぇ。一つの身体に、どうやったら複数心が宿るのさ」
――君達の奥底に潜む真実に、微笑む者はいるのかい?
腕を組み、ホッとした様子でサイードを眺める二人にそう囁いても、届くはずが無い。
常に傍観者でいることもまた、自身にも無慈悲だと世界は気付いているのだろうか――気付かない方が、楽な事だけは確かだ。
「さってと、期待に応えて魔窟に行こうとするか」
「あぁ」
「歩くのー? 俺、疲れるの嫌いー」
謎の会話をしながら待つ二人の前に、軽やかに着地したサイード。鬱蒼とした木々と海を隔てる砂浜の幅は、島の中心へと歩き出した三人の背中でするすると元に戻っていった。
そして、パキンと響き続ける乾いた音の影で、自身の聖域を穢す存在に堕天使は言う。
『可哀想な操り人形に、安らかな慈悲を』
世界が一枚のキャンバスに描かれた絵画であったなら、幾らでも修正が利くのだろうか。ただ、その場合、美しい名画にはなれないのだろう。
島を魔窟と言ったサイード。そこに侵入したのは、太陽が頂点に達するぐらいの時刻だった。
それから時は進んで、今は太陽と月が同時に顔を出す夕方だ。
その間に彼等を襲った様々な出来事から、三人は感じている――軽口では無くこの島は正真正銘魔窟であった、と。
「あー、疲れた……今日はもう、ここら辺で野宿しようよー」
サイードに目立った傷は無いが、三人ともに疲労の色が濃い。特にクランクは、そもそもが運動を好まないのか疲労困憊な様子だ。
現在地として、延々と数時間歩き続けた彼等は、そろそろ島の中心部に来ても可笑しくは無い。
しかし、海の王による妨害は姑息で凶悪で、そのせいで消費した時間の割に進んだ距離はあまりに短かった。
そのせいか、元から話題を振ったり周りに合わせたりしないサイードの口数は普段以上に少なく、ゼフも黙ってその後ろを歩くだけ。
クランクだけが、縦一列で進む最後尾でサイードに向けて文句ばかり垂れている。
「ねー、サイードー! 休もうよー」
パキン、とサイードの足元で朽ちた木の枝と湿った地面に張り付く苔が砕ける音が響く。
暗い雰囲気の木の葉が夕陽を遮る為、その破片は銀とも白とも言えない色を輝かせながら空気中に消えてしまった。
クランクに苛立つのは、態々言わなくとも分かることだろう。そして、絶えず耳を刺激する乾いた音もまた、サイードの神経を逆撫でしている。
さらに、歩けど歩けど目的地には辿り着かない。
実を言うと、サイードは先程から頭の中に浮かんだある事を無視していたりした。
島の中心で眠っているとは、海の国の歴史による情報だ。しかし、島に派遣された警備の者は全て帰らぬ人になったともゼフは言っていた。
では、どうして精石がそこにあると分かるのだろうか。
さらに、普段であれば正確な場所は精霊に聴けば分かることだが、今回は前例の無い精霊の居ない場所。
頼りになるのは、その足と情報、考える頭だけである。
精霊王とて万能では無い。それもまた、クランクを見ていれば分かりたくなくても分かることで、頼ることを知らないサイードにとっては、自分の選択だけが行動の要素だ。
決して長い付き合いとは言えないゼフであるが、彼はそんなサイードの性格を理解しており、気付きながら言葉にしない選択を取っていた。
だが、クランクは違う。
この時彼は、今になってやっとその疑念に気付いており、尚且つサイードを分かっていない。
無駄な意地を窘めるという点では、その選択は間違っていなかったのだろう。しかし、身の安全を考えるのであれば、確実に口は災いの元であった。
「ていうかさ、場所、分かってないんでしょー? だったら、少し休んでも」
「……なあ、ゼフ」
この時の乾いた音だけは、足元の何かが砕けたのでは無く、クランクの何かが砕けかける音だったのかもしれない。
馬鹿が、と同族を案じるのではなく見放したゼフに、サイードは抑揚の無い声で問いかける。
振り返らずにだったので、彼が今どんな表情をしているかは分からなかった。
「精霊王って、殺せるか?」
「え……え!? ちょっと、俺、本当の事を言っただけだよね!」
やっと置かれた立場を理解したクランクであるが、本人を無視してゼフはありのままを口にする。
「消えることは……可能だな。ただしその場合、何かか誰かに力を移さなければ、世界の均衡は崩れてしまうが」
「……っち、手加減は苦手だ」
「手加減って何の!? ていうか、舌打ち!?」
割と重要な情報だったと思うのだが、サイードはそれよりも出来ない事の方が腹立たしい。
そんな様子に冷や汗を掻きつつゼフに縋りつくクランクだったが、ゼフは我関せずを貫いてどうするのだとサイードを見る。
サイードは、諦めたように側にあった一本の歳若い木を蹴って砕き、ドサリと腰を下ろした。
「この子、怖すぎるんだけど」
おそらく、ゼフが先程の事を言わなければ、木ではなくクランクがその目にあっていたことだろう。
半泣きで自分の身体を抱く彼は、ぼそりとそう呟いていた。
「とりあえず、お前等のどっちか、一旦消えろ。……魔力が持たない」
パキン、パキンと手元の木の根や石を八つ当たりに砕きながら、それでもサイードは、しっかりと考えることにした様だ。
知らなければ考えなしに動けるが、分かっているならより確かな方向に進むべきである。相手が人であれば、逆に楽なのかもしれない。常識は違っても本質は変わらず、ある程度予想は付けられるのだ。
しかし、今回は何時も以上に分が悪い。
命は魔力を有しながら、同時に自然界に魔力を放出している。そして、精霊によってそれは増して循環する。
ただ、この島だけは違う。
形はあれど、木も土も何もかもが空っぽで、ゼフ達が普段実体化するのに必要な魔力は自然界のものを用いているのだが、今はルシエのものを使うしかない。
となると、限界が来てしまう。
かといって、一人で一夜を過ごすには危険が大きすぎた。
ここまでで、突然大木が落ちてきたり足場が崩れたり、そんな出来事が多々起きているからだ。
人間には睡眠が必要だが、精霊王は協力はしてくれど代わりに動いてくれるわけでは無い。
それは、ゼフと行動を共にするだけで一目瞭然だった。
彼等は彼等の意思と、契約を結んだルシエに付いて何かの下で生きている。故に、信用はしても信頼はしない――しては、ならない。
「……しっかり働け、水の」
「ちょ、相談ぐらいしよーよ!」
ゼフ達も、サイードの負担を知っているからか、常に側に居ようとしている割に今回はすんなりとその指示を受け入れた。
どうやら先にクランクを残す事にした様で、サイードが一回瞬きをした瞬間、何の動作も無しにゼフは景色から消える。
彼等のいうところの、精霊のみが立ち入ることを許された世界の空間に行ったらしい。
攻撃特化のゼフが残るべきだと思うのだが、機嫌の悪いサイードと一緒に居る息苦しさを知っている彼は、我先にとクランクを生贄に逃げたのである。
サイードとしては、是非ともゼフに残って欲しかった。万一の時にというよりも、自身のストレスがこれ以上溜まらないようにだ。
残念ながら目の前に居るのは、消えたゼフへ必死に助けを求める使えない奴だけであるが。
「一時間だけ気張ってろ。それで十分だ」
深い溜息の後に仕方なくそう零し、マントを敷物に横になったサイード。クランクの返事も聞かずに、彼に背を向ける形で瞳を閉じる。
怒られる、と勘違いしていたクランクは、その様子についていけずに頷くのが精一杯だった。しかし、彼は盲目では無い。歩き続けた身体。自分達が実体化していることで、延々と魔力が垂れ流しになっていたこと。その疲労が、たったの一時間で回復するわけが無いと、気付いて当然である。
それに、鍛え抜かれた精神と肉体ならまだしも、幾ら装っていようとも、その身体は過酷な生活を十数年の間知らなかったはずだ。
「……君は、どうしてそこまで出来るのかな」
空色の羽毛を耳に掛け、ゆっくりと腰を下ろしながらの言葉に返ってくる声は無い。代わりに、聞き飽きた乾いた音がクランクに応え、彼は垂れ目の瞳を悲しそうに細めた。
「力が欲しい気持ちだけなら、分からなくもないんだけどねぇ」
何かに凭れようにも空っぽなせいで危なく、両手を後ろに付いて体重を掛ける体勢が最も楽な状態である。それは良いが、人懐っこく好印象を与える顔には、胡坐を掻く姿が笑ってしまう程似合わない。
そうしながらクランクが見つめるのは、モヤシみたいに頼りなさそうな体格をした青年――いいや、か弱い少女だ。
寝に入ってから微塵も動かないくせに、恐らくサイードは、クランクの独り言の全てを逃さず聴いているのだろう。
「風が居たら、止められただろうから言えなかったけどさ。海は、嫌になっちゃったんだって」
クランクも、分かっているから言葉を止めない。
地についた彼の長く美しい指は、無意味に動いて空っぽな欠片を削り出していた。
「王の義務も、何もかもがぜーんぶ、疲れたらしいよ」
水面に浮かぶ花弁のように儚い声で、クランクはそう言った。それでもサイードは何も返さない。
仕方なく、虚しい気持ちを隠すように嘆息したクランクは、膝に腕を置いて前のめりになる体勢へと変わり、「ふふっ……」と一人不気味に笑った。
「君じゃあ、話にならないみたいだねぇ。ルシエ、出してよ」
挑発にもならない挑発を受け、サイードの身体がピクリと反応した。
風が吹かない。それはつまり、悪戯妖精が居ないということ。木も大地も中身は空洞で、人も立ち入らない場所。
それは、ルシエ達に様々な障害を生んでいるが、考えてみれば、この世界で唯一敵も味方も存在しない自由な空間だった。
勿論、海の王による見えない攻撃には警戒しなければならないが、それ以外で彼等を監視する者も盗み聞きする手段も無い。
クランクは、反応を見逃さず、ふわりと春に舞う綿毛の様に柔らかく微笑んだ。
「……真実を、教えてあげるよ?」
最弱の精霊王。彼は、精霊の中で最も人に近しい存在なのかもしれない。いや、人の心を理解出来る、と言う方が近いか。
人間は、自らの子を愛することができる。しかし、精霊王は生み出した眷属を道具とさして変わらない目で見るしかしない。
しかし、水の精霊王は、虹色の雫のみならず他の属性の精霊までもを慈しめた。
だからこそ、同族である精霊王に変わり者だと笑われるのだが、それはもしかしたら、最弱だからこそなのかもしれない。
「初めから、寝る気なんて無かったくせに、素直じゃないね」
その囁きは、サイードよりもとても人間らしい気がした。