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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第一章:捻くれX変態=泥沼
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さぁ、捻くれな私は何を選ぼうか



「くっ、あはははは! いや~、やっぱ最高だよ!」


 剣呑とした雰囲気は、カミサマの発した大きな笑い声に消失した。

 それこそ大口を開け、笑いすぎて咳き込んだり引き笑いになったり、しまいには床を叩いて悶絶する始末。

 結局、カミサマはしっかりと紗那を試し、そして彼女は見事に合格をした。

 してやられた紗那は当然怒り、未だに笑い転げるカミサマにつかつかと歩み寄る。


「っち、逃げんじゃねぇよ」


「いや、ほんと、ごめんってー!」


 繰り出した拳は、寸前で危険を察知したカミサマに避けられて空を切る。慌てて弁解を始めるも、紗那の怒りは収まらなかった。


「でも、仕方無いじゃないか。これは僕のというより君の為。君が生き残れる可能性を図る為のものだったん――痛いっ!」


「一発逃げたからって油断するな。」


 追撃が見事、カミサマの右頬に命中する。だが、風呂場でのものに比べればその威力は可愛いものだ。

 二人の間にはいつの間にかテーブルとイスが現れていて、カミサマは殴られた部分を擦って「容赦がないなー」と文句を言いながらも座るように促す。


 白いこの部屋では当然それも白であり、影が見えなければ視覚では捉えることが出来なかっただろう。促されるままに座った紗那は、何故自分の影は無いのか疑問に思い頭を捻りながらも、目の前に腰を下ろしたカミサマへと視線を移した。

 そこにはもう気持悪い微笑みを携えた者はおらず、代わりに申し訳なさ満点の苦笑が浮かんでいた。


 紗那は聞き零してなどいない。カミサマは確かに、生き残れる可能性を図る為と言っていた。それは逆に、これからの選択の先には死が伴い、さらに危険性が高いということだ。

 その真意を今、カミサマは告げようとしている。

 しかし、それだけではまだ足りないと紗那は呟く。決断に必要な情報がなさすぎる、と。

 だからだろう、紗那は先ほどとはまた違う挑戦的な笑みをカミサマに向けた。


「僕は、崩れ始めたのをただ見てたわけじゃない。なんとか抑えようと、今まで全力を尽くしてきた」


 カミサマはぽつりぽつりと、本当に悔しそうに言葉を落としていく。それを、紗那は無表情で聞いていた。


「でも、限界だった。残る手はもう、一つしかない」


「最後の手段で、あんたが一番避けていたものだね?」


 それを言うと、カミサマは頭を押さえて項垂れる。それでも紗那は微動だにせず、淡々と思った事を口にした。


 隙間だらけの作りかけのジグソーパズルにピースがどんどんとはまっていく感じで、穴だらけの予想が埋まっていった。

 それに対しカミサマは、「君は本当に聡明だね」と呟いた。しかし、その顔はどこか残念そうで、褒めているとは思えない。

 そういった態度は、紗那にとって苛立ちしか生まなかった。


「君にだけはさせたくなかった。君は僕の一番のお気に入りで、好きな子だから。でも、君以上に相応しい人間が見つからなかったんだ」


 ただ、この言葉だけは、紗那にも込められた気持ちが分からない。その好きはラブなのかライクなのか、ラブだとしてもそれは異性に対するものか、はたまた子供に対するものなのか。

 もしラブだとしても、紗那にとってその感情はどうでもいいことであるので、結果意味のないものになってしまうが、ただ不思議と、なんとなくだが異性に対するラブだと感じる。

 しかし、聞いたとしても答えが返ってくることはないだろう。


「僕にとって、2つの世界は全てなんだ」


「そして世界も、あんたが全て」


 先程の言葉に紗那は結局反応を示さず、話は核心へと迫っていくように思えた。

 紗那は自然とそういう答えを導き出している。自分達は、彼を殺すことで今を生きていられるんだろうと。

 だけど、今まで聞き手に回っていた紗那は、ここに来て頬杖を付きつつカミサマに問いかける。


「ねぇ、私に何をして欲しいの?」


 あまりに冷静で冷めた問い。だが、紗那が知りたいのは、カミサマの気持ちや今までの苦労では無い。

 何をして欲しくて、何をするべきで、どういった方法で、どんなリスクがあるかどうかだ。

 隠すのも言い逃れも、誤魔化しも後回しも当然許しはしない。それに、中途半端な態度が寧ろ、辿り着く最期を明らかにしてしまう。


「君に、世界を救って欲しい」


 カミサマはたじろぎながら乞う。


「どうやって?」


 しかし、間髪入れずの言葉に目が泳ぐ。それを見逃す馬鹿はここにおらず、カミサマは知らず拳を握った。


「アピスに全部で十ある精石を、残らず全て壊して欲しい」


「それはどういったもので、どんな役割があって、どれ程の価値があるものなの?」


 また返ってきたのは、応否ではなく問いだった。一体、このような場面でこんな行動が出来る少女が、地球とアピス合わせてもどれ程いるのだろうか。

 どんな人生を歩み、どんな経験をし、どのような目で世間を見れば、ここまで冷静に物事を判断しようと思えるのか。


 正直、人間味が薄いとも感じるが、しかし、カミサマは紗那がこういう少女だというのを知っている上で選んだのだろう。それ自体には驚かず、寧ろ彼女のお陰でこの場が成り立っていると思っているかもしれない。


 そして、カミサマはおずおずと、今の質問に答える為彼しか知らない歴史を語り始める。


 だがそれは、紗那にとって実に下らなく愚かとしか評価出来ないものであった。








 それは遥か昔に交わした契り。始まりの歌。


 人々がまだ固い石の上で寝起きし、命懸けで食を求め、本能で子孫を残していた時代。そこは、精霊に満ち溢れていた。


 人は精霊に感謝し、精霊は人を愛し、そうやって命は巡った。


 そしてある時、それぞれの属性の中で最も力をもった精霊たちが、人間にある祈りを抱いた。愛を、形として与えた。


 ――愛する命よ、その幸せが永劫であるよう、豊かさが心を満たし続けるよう、我等を捧げる。


 精霊王とよばれるその精霊は、代わりにとある約束を結ばせた。


 ――我等の一部である精霊を、決して穢れに染めてはならない。あれは、我等であり世界そのもの。これを違いし時、全ては無に帰し柱は崩れる。


 そして十の精霊王は十の精石へと姿を変え、約束通り人々に豊かさを与えた。


 水は、枯れることのない癒やしを。

 大地は、溢れる優しさを。

 雷は、発達した技術を。

 陽は、満ち溢れる勇気を。

 海は、雄大な糧を。

 空は、自由な翼を。

 風は、屈しない心を。

 星は、導きを。


 そして光が希望を与え、闇が包容した。


 次第に人々は国を築き、しかし徐々に豊かさに溺れた。人は、たった一つの約束を違えたのだ。




 そして今、終わりを迎えつつある。




 契りを忘れ、それに気付くことなく、ただただ、欲に支配されながら。




 それを嘆く声が呟く。我等はただ、愛していただけだと――






「人間は約束を違えた。だからもう、精霊王が精石である理由は無い。人間が豊かさを求める資格はもうないんだ」


 そう長くはない話を終え、カミサマは深く息を吐きながら静かに涙を落とした。

 透き通るようなブルーの瞳から零れ出る透明な雫は、きらきらと輝きながら陶器のように滑らかな肌を伝い白いテーブルを音もなく叩く。

 その姿は名画の様に美しく、しかし紗那の目には酷く滑稽で無様に映った。

 何故なら、精霊王が豊かさを与えた理由は至極下らなく、そもそも求めることに資格など必要ないと思うのだ。

 単純に、精霊王は過ちを犯しただけで、カミサマは分かっていなかっただけ。

 そう紗那には感じられ、呆れた感情しか浮かばない。


「下らない。だから何だっていうのさ。あんた達はただ認めようとしないだけで、現実から目を背け続けた結果、後が無くなっただけじゃない」


 同情も労いも無く、紗那は当然の如く吐き捨てる。しかしそこで、カミサマが初めて感情を顕わにした。

 今の今までは、いかに紗那をその気にさせようかという思惑を感じる行動ばかりだったというのに、整った顔を怒りで赤く染めテーブルを叩く。


「裏切ったのは君達人間じゃないか! 人間のせいで、世界は危機に陥ってるんじゃないか! それを下らないだと? 僕がどれだけ必死だったか!」


 それだけ努力し頑張ったということなのだろう。しかし、紗那にはそんな言い分通用しない。彼女はアピスの人間では無く、寧ろ地球の生物は全面的に被害者なのだ。仮に地球での温暖化、環境汚染、そういったものも世界を蝕んでいたとしても、今回に関しては無関係といっておかしくないだろう。

 自分の言葉が図星で、恥ずかしくて悔しくて、悲しくて認めたくなくて――

 だから、みっともなく喚いている様にしか受け取れない。


 それに、今必要なのは誰が悪いだとか、誰の責任だとか、誰のせいだとかじゃないだろう。カミサマは、何一つ見ておらず分かっていないのだ。

 それでは気付けないし、認めなければ先へ進めるわけがない。


「だとしても、私には関係ないね。確かに人間が元凶だけど、きっかけを作ったのは精霊王で、それを黙認していたのならあんたも立派な共犯だ」


 なんて冷たい言葉を吐くんだ。何も知らない第三者であれば、紗那を責め立てたかもしれない。しかし、彼女に迫られている選択は、そんなことを気にしていられる次元ではない。今ここでカミサマを慰めたところで、世界は絶対に救えないのだ。そして、何も抱くことができない。


「僕が、共犯? ……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」


 逆上したカミサマはさらに怒りを増し立ち上がり、避ける間もなく無抵抗な紗那の胸倉を掴んだ。そして無理やり立ち上がらせ、テーブルに押さえつける。


 衝撃で背中に痛みを感じ、紗那は顔を顰めた。

 綺麗な顔は醜く歪み、自分を見下ろしてくる視線は射殺さんばかりに鋭い。だけど紗那は、変わらず冷めた目を向けるだけだった。何も捨てれず、何も見ず、それでは何も背負えないというのに。そんな目で――

 自分が間違っているとは思わない。たとえ殴られようと、それこそ殺されたとしても、今の言葉を撤回する気はないという強い意思が込められた瞳。


 求めるのなら失う覚悟を、守るのなら奪う覚悟を。その覚悟が何も無いから喚くしかできないのだ。そう、赤ん坊のように。


 しかし、紗那が相対しているのは、決して赤ん坊では無いのだ。





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