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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第四章:捻くれX合せ鏡=共有
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兆し






「……はぁ」


 今までの喧騒が嘘のように、静まり返った場で深く疲労の濃い溜息がひとつ。ゼフは、今まで張っていた結界を解除した。

 小さな村だったからまだ良かったものを、ルシエを筆頭に全員が周囲を気にせず騒ぐので、彼がそういった気を回すしかなかったのだ。


 腕に抱くルシエは、寧ろ今までよく動き回れていたものだと関心するぐらい重傷で、意識を失って荒い呼吸を繰り返す。

 ゼフが、視界に僅かに映るレイスを意識する様子は無い。


「いい加減出て来い」


「あー、やっぱバレてたか」


 それどころか視線は林の中へと移され、低い声が何かを促す。固定した先からは、1人の男の声。ゆっくりと姿を現す謎の男の足下には、その者が背負う大剣までしっかりと影を浮かべていた。


「コレを連れてさっさと失せろ」


「え、見逃してくれんの?」


 コレ呼ばわりされたどころか、ゼフに足蹴にされて無抵抗に転がるレイス。金の髪と瞳の褐色な肌の男――リュケイムは、意外そうにゼフを見ていた。

 一見ゆるい雰囲気にも思えるが、道化師はそんなに馬鹿では無い。警戒は、彼の人生の中で最大のものである。

 ただ、ゼフは気にせず、むしろ此方が見逃す側だと、己の力量を見定められたことが驚きだった。


「ルシエが生かしたのであれば、私は捨て置くだけだ」


「いやぁ、悪いね」


 リュケイムは、一部始終全て監視していた。その対象はルシエではなく、レイスであったが。そして、彼の視線がルシエに移る。

 目を細め、敵意を出さないように気を付けながら、血塗れの小さな身体を眺める。リュケイムには、ルシエの状態がかなり悪く思えた。


 なのに、ローブの男(ゼフ)が仲間だとすれば、何故慌てないのだろうか。浮かんだ疑問は、この監視で出てきた幾つものキーワードから自己解決するしかないのだが、リュケイムからすればあり得ない結果が導き出され、彼の身体が僅かに強張る。

 それを察知したゼフは、関心の息を吐きながらふわりと浮かんだ。


「彼……彼女? あー、ややっこしい。そいつも、俺に気付いてたでしょ?」


「当然だ」


 口にしていたらきっと、リュケイムは問答無用でゼフに殺されていただろう。気付いていないから許される無礼であって、気付いたら跪き平伏さなければならない。


「だったら、判断は俺に委ねると解釈させてもらうわ。で、アンタあんまり傷とかに詳しそうじゃないから」


 「ほらよ」とゼフに投げられたのは小さな袋。中身を確認すれば薬粒が二種類入っており、リュケムは血止めと化膿止めだと言った。


「よっこいせ」


 まさかそんなことをされるとは思わなかったゼフだが、リュケイムは気にせずレイスを担いで林へと歩き出す。


「俺はさ、正直精石なんてもん、無くて良いと思ってる。勿論、感謝と敬意は持ってるが、全部を精石まかせの都合の良いようにする今の状態の方が、精霊王を侮辱する行為に近いと」


 そして、独り言のように言った。ゼフは黙って聞いている。


「礼、言っといてくれよ。そいつの中の、坊主と青年に」


 そして、レイスに優しく笑いながら続けられたのは意外な言葉だ。

 坊主はサイードで、青年はルシエだろうか。リュケイムが、二人は其々別人だと始めから区別できるのは、彼もまた道化師だからだろう。


部下(レイス)を殺さずにいてくれて、俺に殺させないでくれて。後、王女殿下を安らかな御心にさせてくれたのも、ありがとなって」


 リュケイムがここに居たのは、もしかしたらレイスを消す為だったのかもしれない。それを彼は、あまり望んでいなかったのだろうか。

 真相を知るのは、リュケイム程の道化師相手であれば難しいだろうが、きっと間違いでは無い。

 ゼフは黙って、その背中を見送ることなく、自らも動く為に一度宿の部屋へと戻る。ルシエをベッドに下ろし、フードを落とした時、彼は珍しく楽しそうに笑っていた。


「面白い人間も居たものだ」


 それには、ルシエも含まれているのだろうか。本人は、意識を失い苦しそうな表情を浮かべているだけであった。







 小さい頃から何度も見た夢。数人が一人を囲い、少し離れた場所で一人がそれを眺め、さらには数人がその一人を眺める。


 皆一様に美しく、でもその光景をそう思えなかった。


 何かの一場面が切り抜かれた静止画だけが浮かぶ夢は、悪夢のように胸に巣くう。目が覚めれば毎回冷や汗を掻き、熱を出したりすれば必ず現れ。気持ち悪くて仕方が無かった。


 今も、そうだ。


 囲われてるのは、金髪の女。囲っているのは六人。それを少し離れた距離から眺めている黒髪の男。その黒髪を見ているのは、四人の女。全部で十二人。

 背景の無い真っ白の中、それぞれ様々な表情で止まっている。それだけの、不気味な夢だ。


 目覚めの合図は、その光景がガラスの様にヒビを刻んで粉々になる音。


 アピスに来て一週間程経った頃だろうか。此方で初めてそれを見た。

 魘されるような悪夢ではない。ただそれが、二週間、一週間、五日、三日。段々と間隔を狭めながら見るようになると、寝付きが悪くなり、寝覚めが悪くなり。うんざりした。


 ただ、今日は何か違和感がする。身体が異様に熱い気がするからだろうか。焼けつく痛みもある。


 そこまできて、違うとふと気付いた。

 小さい頃から、何百と見てきたのだ。全員の細かい所まで覚えている。昔は一人一人に名前を付けたりして遊んだりした程だ。


 そう、これは今まで見てきた静止画では無い。


 視線の先は、その変化に縫い付けられて、そこでは囲まれている金髪の女の口が開いていた。いや、動いてる。


 そして、女は言った。


『駄目よ? 約束は、絶対なんだから』


 パリンと、全てが砕けた。






「……っ、う……」


「痛むか?」


 快適とは言えない環境、身体の下からくる振動により強制的な激痛に呻く一人の少女がいた。彼女に心配そうな声を掛けるのは、聞き覚えのある者のものだ。


 自分のおかれている状況を忘れているのか、少女は起き上がろうとして失敗し、さらに痛みを感じている。


 リサーナとゼフは、粗末な荷馬車に乗っていた。


「今、誰」


「リサーナだ。だから荷馬車に乗れている」


 なんとか瞳をこじ開けるが、視界どころか記憶さえも朧気で、リサーナは自分が今誰なのかも分からなかった。

 喋るのも、それこそ息をするのも億劫そうで、何とか絞り出した単語が精一杯だったのだろう。大きく息を吐くが、それさえ熱く痛みを伴う。


 レイスから記憶を奪った一夜から今日で二日目。その間、意識が覚醒することが殆ど無く、ゼフはそこで人間の弱さを思い出した。そして、リュケイムに薬を渡されなかったらとゾッとする。


「一応、医者に手当てはしてもらったが、その傷を癒すには水の国に行くしかない」


「そこまで、なんだ」


 かなり包み隠しての言葉を、リサーナはしっかりと理解した。このままでは死ぬのだと。それだけ、傷が酷いのだと。


 アピスには、医者と治癒術師という存在がいる。医者は地球と同じだが、治癒術師は魔法で傷を癒せる者のことだ。

 医療技術は地球より格段に劣るアピスだが、反面、外傷は治癒術師の力量にもよるが軽ければ一瞬で治せる。

 おそらく、医者は患部の消毒をして包帯で巻く処置が精一杯だったはずだ。

 そして、もしかしたら言ったのかもしれない。ゼフに対し、諦めなさいと。


 リサーナは、大した知識もないのに無茶するんじゃなかったと苦笑した。


「疲れた、顔」


 そして、ゼフを見て申し訳なくもなる。

 普段は見えない表情も、覗きこまれていることで窺え、綺麗な翡翠は僅かに陰って寝る必要も無いのに濃い隈が刻まれていた。

 今までと同じ手段で移動しても、確実に間に合わないと無茶をしているのだろう。


「四日」


「う、ん?」


 力無い微笑みに、ゼフは声を絞り出した。


「なんとか、四日持ちこたえろ」


「という、ことは……最低、一週間は、見越しとかないと、いけない、ね。無茶、言う」


 そんな捻くれた返しにも、ゼフはいつのものように鼻で笑って返せない。

 傷が膿み力尽きるのが先か、ゼフが水の国に辿り着くのが先か。どちらにせよ、死神は直ぐ脇に控えている。

 何も出来ないリサーナは、ただ眠ることにした。ゼフと、近くに存在している水の精霊の微弱な力に頼る以外、他無かった。


 ほんの僅か休息をしたゼフは、その後すぐに荷馬車から降り、再び空を駆ける。


 ――約束、したからね


 誰かがそう囁き、二人の様子を見守っていた。






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