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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第一章:捻くれX変態=泥沼
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悪魔が笑えば、


『愛しの紗那ちゃんへ』


 始まりは、なんとも脱力する言葉で書かれていた。

 しかし、量はA4サイズの紙に機械的な文字でびっしりと、そして内容は紗那が想像していた以上に複雑でシリアスなものだった。

 口じゃなく文面で伝えてくれたことを結果的に安堵する。


「頭、パンクしそう」


 気付けば当に日付が変わっていた。あまりの衝撃に立つこともできず、肘を立てて頭を抱える。

 しかし、意外にも疑問や質問はあまりなく、横のノートはほとんど空欄だった。

 書かれていた内容は、今現在の状況とこのままでいけば辿ってしまう結果。そんな情報ばかりだったのだ。


「問題なのは、私にどうして欲しいかだね」


 とはいっても、だいたいの予想はついている。文面からは、準備をさせようとしているのを見て取れていた。


「とにかく、まずは頭を整理させなきゃ」


 だからといって、動揺や混乱をしないわけではなく、むしろスケールが大きすぎてキャパシティーオーバーであったりはするが。紗那は、男が未だ戻ってこないのは、まるでこちらを窺っているようだと感じながらも、自分なりに紙の内容を纏めることにした。


 男の言っていた異世界はアピスという名で、そこは地球と似たサイクルを持つ存在らしい。

 しかしアピスでは、地球には無い所謂魔法が存在し人々の生活の要となっている。さらに、地球が自然サイクルを基盤としているように、アピスでは精霊という存在と量が基盤になっていた。

 魔法はその精霊の力を借りることによって使え、それぞれの属性を持つ。火や水といった、地球で伝説・伝承とされる精霊のイメージで良いと言える。

 渡された紙にはそのアピスについてと、そこで築かれている国の大まかな世界情勢等が延々と書き連ねられていた。


「めちゃくちゃファンタジーじゃん。あれだね、妄想力を侮ってたわ」


 ただ、紗那にしてみれば、これだけであればそんなのもあるんだな程度で終わっていただろう。重要なのはそこから先である。


 そのアピスでは今、精霊がどんどんと数を減らして危機的状況に陥っているらしい。原因は単純明確、人間の争いにより大地が血に染まったからだ。

 精霊は穢れに滅法弱く、どこの世界でも人間は欲に溺れて争いを生み出すのだろう。そのせいでバランスが崩れ、世界が崩壊するレベルにまで陥った。

 しかし、ここまできても、紗那にしてみれば他人事である。いや、地球からすれば他世界事だ。


 ただそれは、地球とアピスが一心同体な関係でなければ、だが――

 男というか文面曰く、アピスが消えれば地球も消える。それが、謎に多発していた自然災害の原因であった。

 こんな事を信じる者の方が神経を疑われる。いくら異世界があっても不思議はないとは思えても、だからといって、一心同体な世界が滅亡しかけてるせいで地球も危なくなっていますよと言われて信じられるか。答えは否だ。


 だが、紗那には男がこんなスケールのでかい嘘を言って自分をどうしたいのか見当がつかず、そもそも男自体に説明できない行動をされている。


「読んでくれたー?」


 とりあえず文面の情報の整理が出来た頃、見計らったかのように男は戻って来た。

 人の気も知らず暢気に冷蔵庫のミネラルウォーターをがぶ飲みする姿へ、紗那はこれでもかというぐらい殺意を覚えるが、そこはぐっと我慢をした。


「んで、私は何をすればいいの?」


 代わりに、紙の上から机をコンコンと指で叩き説明を求める。


「いいの? 君のことだから、大体の見当はついたんでしょー?」


「見当は、ね。でも、具体的な事は全然。だから結論は出せないし、そもそもあんたの考えが分からない」


 分かっているのは、どういった理由にしろ男が自分を選んだということだけだった。だからこそ、紗那には話を聞く権利がある。


 その上で決定を下していくのだ。何を選び、どう覚悟をするのか。

 仮にこれが下手な冗談であれば、紗那は男の綺麗な顔を原型を留めないぐらい殴ってやろうと決めていた。部分的に嘘が含まれているならばそれ次第で、地球が関係あるのかどうかという一番重要な部分が万一嘘であったなら、生きるのが嫌になるぐらい痛めつけて殺してやろうとも。


「うっわー、やりかねないねぇ」


 気配を察したのか、はたまた心を読んだのか。男はひきつった顔でそう言った。そして、紗那の向かい側に腰を下ろす。


「さて、結論からいうとね?」


「タンマ。その前に、ひとつ」


 肘をついて手を合わせ、顎の下へともっていった姿は異様な程絵になり、男の瞳からは今までになく素晴らしい真剣さが溢れていた。

 しかし残念なことに。そう、凄く残念なことにだ。

 紗那は大きく溜め息を吐いて、その倍息を吸い込んだ。頭の中で、こいつのシリアススイッチは何処ですかと、誰に問うでもない質問をしながら。


 そして、腹に力を込めて叫ぶ。


「いい加減、服を着ろっ!」


「うへ? あー、忘れてたぁ」


 ヘラヘラ笑いながら自分を見た男は、腰にタオルを巻いただけの姿だった。


「あぁもう、ここが家なのに無性に帰りたい」


 紗那が思わず零した愚痴には、同情を禁じ得ない。


「さてと、こっからは真面目にいこうかなぁー」


 しかし男は大したダメージを受けず、紗那が不憫に思える。本人は気付いてはいないが、自分でも自覚しているはずの無表情っぷりが、男の前では普通の少女と変わらないものになっていた。

 男はサッと片手を軽く払う動作を取る。すると、ほぼ裸であったのが一瞬で服を纏う。スッと細まった視線に、紗那も自然と同じものになった。

 男もどうやらふざけたフリ(・・)を止めたらしい。

 それが分からないほど紗那は無頓着では無いし、元々人を信用しない性格でもある。


「まずは質問、あるかな?」


「世界の仕組みとか情勢に疑問を持ったところで、どうでもいいし何の意味もない。質問は、全部聞き終わってからじゃないと意味がなさそうなのだけだし、後ででいいよ」


 その答えに満足そうに男が頷いた次の瞬間、世界は一変した。


 見慣れた部屋も、今の今まで座っていたテーブルも、飲みかけで冷めてしまったコーヒーも。何もかも、全てが――


 目が痛くなるほどに真っ白で窓も扉も一つも無い、まるで延々と続く空間の様な部屋。部屋だと思えたのは、男が斜めに身体を倒し、寄りかかる体勢をしていたからだ。


「確か一度も名乗っていなかったね」


 男の服装も変わっていた。黒いズボンに白いシャツという格好だったのが、今では頭に月桂樹の冠をし、物語に出てくる神官よろしく真っ白い一枚の布のような服。その姿で、男は微笑んだ。

 紗那にとって吐き気しか感じない、何もかも優しく包みこむような慈愛に満ちたソレ(・・)


「私は君達人間に、神と呼ばれる存在だ。君は選ばれた」


 交差した視線の中で、紗那は内から溢れだしてくる感情に呑まれていった。

 止めどなく、大量に溢れてくる感情。


 ――気持ち悪い。


 ――きもちわるい。


 ――キモチワルイ。


 気付けば拳を力の限り握り占め、激しい嫌悪をそのまま視線に宿す。


「分かった、帰る。今すぐ、ここから、家に、帰してっ!」


 怖気づいて出た言葉では無い。腹が立ったからだった。それはもう、身体が震えるぐらいの怒り。

 しかし、紗那がどれだけ激しく睨み付けても、自称神様は微笑んだままだった。


「どうして?」


 身長の差で見下ろされた視線は慈愛に満ち、綺麗なバランスの良い血色の通った口を少しばかり動かして、そんな質問をしながら。――神様は、紗那を試そうとした。


「そんな下らない質問をして馬鹿な真似をするのなら、私は帰る」


「君じゃなきゃ救えなくても、かい?」


 それに対し、紗那は鼻で笑った。

 私に責任は無い、もしそうなら選んだカミサマが悪いのだとのたまう。


 紗那は偽善者でも、優しさに満ち溢れる人間でも無かった。でも、誰がそれを責められようか。

 いくら自分のせいで人が死ぬかもしれない、見捨てる気かと詰め寄られたところで、はっきり言って関係無いのだ。しかも、目の前でそれを見せ付けられるならまだしも、知らない場所で知らない人間が。

 自覚も、現実味も、問題の重要性を感じることも、平和な日本で暮らすはずの少女に求める事自体間違っているといえよう。

 しかも、お人よしな性格であったならまだしも、紗那はそれとは程遠い、寧ろ悪いと言われる回数の方が多い性格をしている。


「もう一度言う。こんな真似をして私を試すのなら、帰せ」


 試されるのは何より嫌いで、見下されることにも腹が立つ。

 しかし、今にも殴りかからんばかりの怒りを抱えている紗那に、カミサマは更なる追い討ちをかけた。


「じゃあ質問を変えよう。ここに来た時点で拒否権がなければ、どうする?」


 瞬間、紗那の目が零れんばかりに大きく開かれた。

 我慢の苦手な彼女にとって、今が限界である。これ以上の戯言(・・)を聞かされれば、神様であろうが関係なく拳が飛ぶだろう。


「たとえそうでも、結局動くのは私だ。拒否しても強制されたなら、たとえ世界が滅ぼうと、自分が巻き込まれようと、私は動かない。絶対に!」


 そして、鼻で笑ってやるんだ。私を選んだお前を、ざまーみろと。紗那はそう言って、怯むことなく嗤った。それは平凡な女子高生がする顔では到底なく、まるで悪魔のように妖艶で歪んだ姿であった。





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