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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第四章:捻くれX合せ鏡=共有
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切望する境地





 時を少し遡り。サイードが顔を洗うと部屋を出て行った後、ゼフはフードを被り直して顔を隠し、窓から外へと浮かび先回りをして宿の裏手へと来ていた。


 そして、足下の林に目を凝らして睨みつける。


「まあ、余裕だろうな」


 正確な数を把握し、力を見極め、ルシエを追ってきた不届き者の観察をした。結果、自分が出る必要は無いと判断し、傍観に徹することにしたのだ。


 そうしている間に、サイードは川に辿り着いて顔を洗っている。ゼフはその後姿を静かに見つめ、月を仰ぐ。


「それ以前にアレのお守りは、荷が重そうだ」


 深い溜息は若干の後悔を共に。額に手を当て吐いたそれには、少なからず疲労が込められていて、それだけサイードの酒に付き合うのが大変だったということか。勿論、それだけでは無いだろう。


 そして暫しゼフがルシエとの出会いを振り返っている間、下ではサイードとレイスが対峙していた。

 

「似ていればまだ……、いや、その方が困るな」


 独り言は、眷属の耳にしか届かず、逸らさない視線の先にはルシエしか映らない。


「何故、こんなにも早く私を解放してしまったのだ」


 悲しみを含んだ言葉は、一体何を意味するのか。そのまま、ゼフは黙ってルシエの動向を見守り、陽の力を行使し始めてからは時折感心していた。

 介入する気は、最後まで無いつもりだったのだろう。しかしそれは、風の雰囲気が変わるまでだ。


 ルシエの後方、川のさらに奥の林から月の光に反射した銀に気付いた瞬間、ゼフは慌てた。急いで間に入ろうとするも、何故か駆け出そうとした姿勢で不自然に止まる。


「どこまでも下劣なっ!」


 強く噛み締めた口から絞り出した声には、逆らえない悔しさと嫌悪が滲み出ており、突き出した手を握り締めれば、自身の長い爪が肌に食い込んだ。

 感情に呼応して乱れつつある風に触れられながらゼフが見た先では、ルシエの身体が穢される瞬間をしっかりと翡翠が映し出した。












「え?」


 それは、とても軽い衝撃だった。道を歩いていたところ、謝ってすれ違いざまにぶつかってしまい、お互いに頭を下げるだけで事足りそうな程に軽い衝撃。

 しかしそれは、無意識に動けたお陰である。レイスが叫び笑った瞬間、ルシエは全力で跳んだ。

 おそらく、地球に居た頃に散々経験した神の試練が身体を突き動かしそうさせたのだろう。右前方に最大限跳ぶ。一歩間違えば、目の前の騎士の集団に飛び込むことになったのだが、その結果、軽い衝撃で済んだのだ。

 それでも、ルシエの左肩と左脇腹からは暖かくぬるりとした感触のものが流れ、全身が熱くなる。


 呆然としつつ、ルシエはその場所へと視線を落とす。そこからは、身体を突き抜けて土の槍が飛び出ていた。鋭い先端には服の切れ端がかかっており、下にいくほど太くなるそれは、体内を突き抜けてきた為にどす黒い斑点をつけている。肩も貫通はしていないが、本来無いはずのものが内にある感覚がした。


 目の前では、そんな自分の姿を嬉しそうに見つめる視線が。恐る恐る左脇腹の槍に触れようと腕を動かせば、かなりの激痛がルシエを襲った。


 それでも触れれば手が濡れる。目の前まで持ち上げて何が掌に付いたのか見れば、そこは赤かった。赤い血で、べっとりと濡れていた。


「なんですか、これ」


 問いかければ剣の鳴る音が返ってき、足下を見れば、加護を受けていないはずなのに空中に浮いている。

 ゆっくりとしか動けず、何とか首を動かして振り返り見た川岸の地面からは、長さの異なる土の槍が数本出現しており、その中の端にある二本がルシエを串刺しにしていたのだ。

 そして、川の向こう岸からは、弓を構えて凛と佇む土色の髪に瞳の一人の女騎士がいた。


 ルシエはやっと理解した。そして、戦慄する。

 もし、跳ぶ前までいた場所から動かなければ、それだけでは済まなかったと。何故なら、先程まで自分が居た場所の前方では、回避しきれずに土の槍の餌食となってしまった騎士の無残な姿がある。

 ある者は腹を、ある者は胸を、一番酷いものでは顔を槍に貫かれている。そんな攻撃を受けたというのに、左脇腹と肩を負傷しただけで済むなど奇跡に近い。


 それでも、ルシエは最悪だと思った。後方では、槍を伝って自身の血液が大量に地面へと落ちていく。


「流石の君も、この攻撃は察知できなかったみたいだね。しかし驚いた。まさか、急所を外すとは」


 レイスはそう笑いながら、ここにきてやっと、最後尾から最前へと移動した。

  

 ルシエは攻撃自体は予想外だったが、女騎士を察知できていないわけではなかった。

 精霊を味方に付けている限り、そして精霊が居れば、ルシエに潜む行為は通用しないのだ。どれだけ上手く身を隠そうとも、精霊に教えてもらえればどうやっても筒抜けとなる。それでも今の状況に陥ってしまったのは、ルシエ側に問題があったからだろう。

 レイスはとても嬉しそうに、巻き添えにした仲間を視界から外し、ルシエの首筋に剣を添えた。

 チラリと一瞥するが、ルシエには然程脅威には思えない。磔に似た状態にされ、身体から大事な水分が抜けていくが、それでもレイスには恐怖できなかった。

 それは、同族愛にも似た感情なのかもしれない。


「油断大敵だ。大地の純血種は特有の技を持っているんだよ。土に干渉し、自在に操れる力をね。しかも、だ。この国では純血種が未だに多く、全員が全員王族とは限らない」


 レイスは雄弁に語り、やっと捕まえたと囁いた。

 ポタリ、ポタリと伝う血液は、槍だけではなくルシエの足下にも染みていく。

 どこかぼんやりとした意識で、ルシエはレイスを見ていた。


「あなたは、サイード(かれ)を可哀想だと言ったよね」


 そして、ひっそりと目を細める。なんとか右腕を上げて、そろりとレイスの頬に触れれば、彼の体温は自分と同じくらい冷たい。


「悪魔の虚言など、私には利かない」


「ふふ、そんな特別な力、実際にあると思っているんだ。可愛いね」


 ルシエはまるで死化粧を施すように、小指に付着した赤でレイスの唇を飾った。微笑は柔らかいが、その額には大粒の汗。やせ我慢はしていないのだろうが、身体は確実にダメージを膨らませていく。

 それでもルシエは笑った。この痛みは、去年、車に轢かれて数メートル引き摺られた時のより軽いと思いながら――


「確かに、サイードは可哀想かもしれないけど。あなたは、虚しそうだ」


「貴様に言われたくはない!」


 払いのけられた腕は、無抵抗に揺れて傷へと響く。ルシエの足下には、真っ赤な水が溜まり、ポタリポタリと尚もその広さを増していった。


「悪魔は居るべき場所へ帰れ!」


 そして、ルシエの首に添えられた剣の刃が皮を裂き肉に食い込み、最大限蔑んでくるレイスを見ながら、この世界で初めて鮮明に死を感じた。


 雑音が消え、自分の血液が落ちる音だけが響き、視界が景色を失い、傷口は煮えたぎる様な感覚がする。


 こんな時、勇者や正義のヒーローと呼ばれる立場の者であれば、窮地に陥った瞬間に秘められた内にある力が覚醒するという場面が展開出来たかもしれない。しかし、ルシエの場合、残念ながら自分の力というものを理解し、限界さえ知っている。

 それでも、死ぬかもしれないと思った瞬間に無を感じ、心地良さに酔いしれた。


 そこは、誰もが望み、誰も辿り着けない場所。


「あぁ……」


 ルシエの口から出たのは、絶望でも悲しみでも無い、感嘆だ。ただそれは一瞬で、意識の奥で身体の中から異物が無くなる感触がし、それによって現実へと無情にも戻される。


「ルシエ!」


 突然の変化に驚き瞬けば、すぐに景色も音も戻り、ルシエの目の前にはゼフが居た。声は焦り、必死さが滲み出ている。ルシエは、彼に抱きかかえられる形で空へと移動していた。


「あれ? ゼフだ」


「何を暢気なことを! 何故私を呼ばなかった!」


 レイス達は突然の乱入者に驚き、大きくざわつく。反対にルシエは、きょとんと呆けた。目の前で怒り狂うゼフを見ても、暫く状況を掴めなかったようだ。

 ただ、起き上がろうとして痛みに呻き、咄嗟に押さえた傷で自分の状態を思い出した。


「あぁ、来たければ来るかなと思って。それにしてもまさか、大地の純血種に固有スキルがあったなんて、デルも教えてくれてなかったしさ。油断しちゃってたかも」


 ゼフは、会話よりもまず傷を見るのが優先だと、所謂お姫様抱っこから片腕で固定するものに変え、肩と脇腹へ視線をやる。予想以上にそこからの出血は酷く、小さな舌打ちが状態の悪さを表した。


「仲間が出来ていたのか……!」


 レイス達といえば、空中の二人を見ながら強く唇を噛んでいるのだが、その相手がまさか讃え崇めていた風の精霊王だと、幾らか真実を知っている彼ですら思い至らないのだろう。


「なんと愚かな!」


 ルシエを逃がしたことにプラスして怒りを増し、隠し玉としていた女騎士に指示を出している。


「どちらが愚かだと。犠牲の上に成り立つものを、どうして誇れるというのだ」


 そんなレイスに、ゼフが一言呟いた。それは訓えだったのか、ただの言葉だったのか。彼は一度だけ、巻き添えで散ってしまった命に視線を向けて短く目を閉じた。


 その間に、新たな攻撃が繰り出される。土の槍や飛礫が迫るが、風の壁が見事に防いだ。


 ルシエはレイスやゼフの行動を見てから、自分の身体に視線を移していた。

 流れる血、切実に助けを求めてくる痛み。それを感じながら、静かに考える。そして、(いか)った。

 こんな状況を作り出してしまった驕りと、ミスを招いた自分を最大限罵倒する。


「取り敢えず、今は退くぞ」


 しかし、罵倒が二周目に突入してすぐだろうか、ゼフの言葉に我に返った。


「え? どうして?」


「どうして、だと? お前、自分の傷がどれほどのものか分かっているのか? 急所を外れてはいるが、出血が多い! 今すぐ止血しなければ、手遅れになるというのに、何をしようというのだ」


 ゼフの言うことは正しかった。正しすぎて反吐が出る。ルシエはそう思い、憤りと共に睨みつけた。

 医学の知識の乏しいルシエだが、自身の状態を一番理解しているのだ。血液は止まる事を知らず、服が吸収しきれない分は容赦なく下降し、ゼフのローブさえ汚し意識を遠くさせてくる。指先は冷え、そのくせ傷口は熱い。


 しかし、駄目なのだ。ルシエの中で、今日この瞬間には、逃げという選択肢が存在しない。


「……だ、嫌だ!」


 まるで駄々っ子の様なルシエの我侭に、ゼフは唖然となった。次には、その馬鹿さ加減に苛立ちを通り越す。


「死ぬつもりか!」


 そんな事、させはしないと抱く身体を問答無用で押さえつける。それでもルシエは頭を振って拒絶した。

 逃げるのは嫌だとそう言って、弱った身体のどこにそのような力が残っているのか、足まで使いゼフの拘束から逃れる。


「じゃあ、血を止めれば、逃げないでいいよね」


「……は?」


 今の状態で魔力を消費するのは自殺行為に等しい。それが分かりつつ、ルシエは空中に一人で立った。片足の魔法の調整が上手くいかず一度大きくふらつくが、ゼフにそう言った時にはしっかりと背筋が伸びている。ただ、据わった瞳からは、安心できる要素が無い。

 そして、自身の両掌を見やり、「痛いんだろうなぁ」と独りごちた。


「何を」


「ん? だから血を止めるんだよ。ゼフは、鬱陶しい土の槍を防いでおいてね」


「だから何を!」


 ゼフは何を仕出かすのか不安でたまらず、止める為に駆け寄ろうとしたが、目の前に迫った土の槍を防ぐ気配を見せなかったルシエの代わりに、慌てて風の盾を出してやらなければならず、不本意ながら従う形になってしまった。

 忌々しくレイス達に目を向ければ、さらに他の騎士もどこからか弓を取り出し、こちらに照準を合わせているではないか。


 そうしている間に、ルシエは瞳を閉じて集中しており、戻りかけていた髪色が再び変化する。掌は次第に赤く輝き始め、ゼフが嫌な予感を抱くと同時に、それは左脇の傷口へと前後から包むように触れた。


「っ! あ゛あぁっ!」


 ゼフだけではなくルシエ自身の耳にも、ジュッという嫌な音が響く。そして、鼻を突く臭いは肉が焼けるもの。


「なっ……にを」


「う、はぁ、いっつ。後、肩だね」


 ルシエは、血を止める為に傷口を焼いたのである。触れた部分の服は見事に焦げ、そこからは血では無く火傷で真っ赤に爛れた肌が覗いていた。

 あまりの激痛に一気に汗を噴出しているルシエは、顔を歪めながら笑い、右手を左肩へとまわした。


「っ……、う、あ」


 痛みを知ってしまったせいか震えながらだったが、意を決した様子でそれを行う。

 なんとか乗り切った時には、ごっそりと消えてしまった体力のせいか、空中でがくりと膝をつく。やっとのことで駆け付けたゼフは、慌ててその右腕を掴んだ。

 俯いている顔からは、重力に従い汗か涙の雫が地面に叩きつけられていた。


「……焼肉みたいに、ジューシーな匂いだったら、まだ少しはマシだったかも」


 ただし、どうやらある意味元気ではあるようだ。

 なんとも的外れな言葉はあまりに場違いで、無理に笑いを誘おうとしたのだとしても、ゼフには言葉の意味が通じない。


 この奇行に仰天したのは、ゼフだけでは無かった。暫く攻撃さえも止み、皆がルシエの次の動向を待っている。


「ねぇ、ゼフ」


「な、んだ?」


 血は幸か不幸か、ルシエの目論見通り止まっていた。そして、呼吸も落ち着いた頃に、その場に静かな声が響く。

 ゼフは返事をするが、狼狽は収まっていなかった。


「土がね、槍が、身体の中から飛び出してきたんだ」


「あ、あぁ……?」


「大量に出血して、首に剣を突き付けられて、切られそうだった」


 収まっていないというのに、さらにルシエの言葉が勢いを強くさせる。それは、絞り出すようにひっそりと全員に届いていった。


 首の浅い切傷を左手で触れながら、ルシエの口は止まらない。


「流石に焦ったよ」


 左手は、陽の力で焼いたことで刺し傷から火傷に変わった脇腹へと移動する。

 その外側は、高温すぎる熱で触れてしまったからか僅かに黒ずみ、それでも厭わずに触れれば激痛が全身を刺す。

 自虐的な行為であったが、何か意図があるように思えゼフが止められずにいれば、次に彼のローブを掴んだ。

 そこにも大きな染みを作ったルシエの血液。まるで慈しむかのような仕草で触れれば、ベチャリと嫌な感触が指に伝わる。


 暫くそれを堪能したルシエは、ゆっくりと掌を目の前に掲げた。当然ながら、その手は赤くなっていた。


「凄く痛かった。痛くて、痛くて、ゼフが来てくれなければ、きっと……」


 そこで、ルシエは唐突に顔を上げる。

 その視線は、地に立つレイスに向けられた。彼は、何かに魅せられているように、ルシエに釘付けである。

 そんなレイスが見たルシエは、ゆっくりと血に染まった手で左半分顔を覆い、右目を大きく見開いていた。

 笑っている、とレイスの唇が無意識に動く。


「ほんと、死ぬかと思ったよ」


 かすれた声で絞り出された言葉。ズルリと手が滑り、美しい顔が五本の線で彩られる。まるで、最初に出した炎の大蛇の様であった。


 あまりの不気味さに、ゼフまでもがそれを見て足を下げたのだが、ルシエは気付いていないのか、周囲を無視して感情を高ぶらせているのか、髪が浮き一気に足首まで伸びていく。


 そして、魔力が爆発した。


「あはっ! あはははは! あははははははは!」


 そこにあるのは、異質、不気味、狂気――狂喜。

 子供の様に無邪気な笑い声だったが、この状況でそう思える者はいないだろう。狂った様に笑うルシエに、全員が震え、中には剣を落として両腕を抱く者までいた。


「レイス! 君に謝らなくてはいけない!」


「っ!?」


 ルシエの頭から、傷の痛みがすっぽりと抜け落ちる。

 その場で立ち上がりゼフの腕から逃れてクルクルと回りながら、ルシエはレイスに向かって叫んでいた。


 標的となってしまったレイスは可哀想に、酷く怯えている。

 それをルシエは、首を傾げて不可解だと訴えるのだが、自分では己の可笑しさが分からないのだろう。

 誰に、何にそれほどまで怯えるのか、寧ろ喜ぶべきなのだと機嫌を悪くした。いや、僅かに尖らせた唇から、不機嫌というよりは不貞腐れたが近いのかもしれない。


「レイスってば、可笑しいね。悪魔を討てそうだったのに」

 

 ここから、ルシエの演説が始まった。


 人が本当に敵うのは、同じ人だけだと思っていたと――


 銃や剣、武器というものが無ければ、生身だと身近に居る犬にだって劣るのだから、強ちそれは間違いではないのだろう。

 大型犬は、その姿から容易に恐れを抱けるが、小型犬の力を知る者は実際少ない。たとえ、小指より細い犬歯であっても全力で噛み付けば、人の神経など容易に断てるということを知ってるだろうか。

 さらに、武器を持っていたとしても、大自然を駆け抜けるムーやシマウマの群れに迫られてしまえば、大した抵抗も出来ずに易々と跳ね飛ばされ踏み潰される。


 自分に対峙するのは、そういうものに等しいと思っていた。あっさりと言ってのけたルシエは、さらに笑みを濃くしていた。


「自惚れていたよ、慢心していた。つまらなくなんか無い。面白い! 楽しい! こうでなきゃ……。そうだよ、こうあるべきなんだ! 抗い、歯向かい、でも、もっとだよ。もっと、もっと、もっと、もっと!」


 狂った様に繰り返すルシエ。動くたびに、傷は確実に悲鳴を上げているはずだ。それすら喜びに変わる。

 だが、暫し狂った様に笑ったルシエは、ピタリと動きを止めた。


 内から漏れる魔力に靡いていた髪は静かに背中を叩き、するすると縮んでいく。表情も次第に消えていき、ゆっくりと口角が下がった。


 そうして、言った。無表情で、まるで魂が抜け落ちたように。


 それは、悪魔の囁きだったのだろうか。


「じゃないと、奪い概が無い」


 その時のルシエの瞳には、何も映っていない。――何も、無かった。




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