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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第四章:捻くれX合せ鏡=共有
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映るのは幻想



 レイスが放った言葉は、仲間にも含めて効果は絶大であった。

 それは、ルシエにとっても最も隠しておきたかった真実であり、最初に捨てた事柄。サイードは男でリサーナは女。ルシエは人の枠を超えて精霊側にいる中性だとして、レイスが言った女の子はそこには居ない。必要の無い存在だった。


 異世界は違いを表し、通常の者が決して踏み込めない架空といっても支障の無い位置にある。それは特別を意味するが、ルシエは自分がそうであるわけではないと自負していた。

 ただ、いくら自分が頑なに思ったところで、客観的にみれば希望通り捉えてはくれない。その立場は異端で別格で、何より特別だ。だから、ルシエは知られたくなかったのだ。


 特別という響きは、本人の気付かぬ内に自惚れや傲慢、隙を生んでしまう。

 他者からすれば、羨む者も当然いるだろう。しかし、ルシエにとっては弱味以外の何にもならないのだ。


「知った時には驚いたよ。違和感は無いし、何よりその強さだ」


 サイードは、今までになく焦った表情をしていた。右手で左腕を掴み、制御不能に陥りそうな魔力を必死で押さえつけるよう努力する。

 その結果、握られる腕に爪が食い込み、白いシャツをじわりと赤く染めた。


 平然としているのはレイスのみだ。

 動揺するサイードと、騒然とするレイスの仲間。この世界にの文献には、異世界(ちきゅう)という存在について幾らか記されていたりする。

 さらには、地球の人間が何らかの偶然と要因が重なり、アピスに飛ばされる事すらあった。


 ここで、疑問に思う人も出てくるだろう。

 ルシエの場合、身体を構築し直し魔力の芽を植えることでやっとアピスに存在できている。そうしなければ、拒絶反応で身体が崩れてしまうからだ。

 では何故、普通にアピスに来れる地球人がいるのか。彼等は、飛ばされた後に死んでしまうわけではない。


 全ては、地球とアピスが一心同体だということが関係していた。

 一心同体であり、デルが両方を行き来できている時点で、二つの世界は繋がっていることになる。そうなると、両世界はお互いを知っているということだ。

 そして、繋がっているということは、混ざり合う危険性が伴う。

 地球からアピスに飛んでしまう人間は、無いはずの魔力をもっているからこそ、そのような悲劇に見舞われる。いうなれば、飛ぶというより引きずり込まれるというのが正しいかもしれない。


 それこそが本当に特別であり稀な事だが、レイスの仲間はそういう事例があるのは知っていても、目にするのは初めてだったのだろう。その驚き具合から、サイードはレイスがその事実をまだ、大きく広めてはいないと気付く。そして、出来れば今回初めて口にしていることを願った。


 レイスは、「でも……」とサイードの焦りを味わうかのように続けた。


「言われてみれば、男にしては確かに力が弱かったな。それに、私にはもう君の剣が通用しないのを、自分で分かっているんだろ?」


 もう一度、余計な事をとサイードは毒吐く。腕を掴む力は、最早自分でもぎ取ってしまうのではと心配になるぐらいだ。


 レイスが見出した勝機は、余裕はそこにあった。百戦錬磨で騎士団団長は飾りでは無い。

 試合でサイードが勝てたのは、剣に不慣れなことが幸いしたからだ。そのくせ、精霊の加護でスピードがあり、基本は成っていなくて滅茶苦茶な型。それが結果的に翻弄することに繋がり、会話も一因となって勝つことが出来た。


 しかし、今回は違う。

 レイスがサイードの剣技で戸惑う事は最早無く、自身も幾分剣に慣れた。ゼフに指導を受けてさえいる。再び剣で勝つには、経験や積み重ねた時間の差が大きすぎるのだ。だからこそ、サイードは指輪を剣に変えていない。


 と、そこまで考え、あることに気付く。瞳の中を冷ややかな光が走った。

 右手を腕から離し瞬きをしたサイードは、途端クツクツと笑う。


「なぁ、お前が用があるのは、首都を壊した奴だよな」


「……君は本当に、空気を読まないね。ある意味才能だ。そうだよ、数千という命をたったの数分で奪った悪魔に、私達は用があるんだ」


 それはレイスにとって、当たり前で不可解な質問であった。

 そしてサイードにとっては、とても重要なもの。


「それは助かる。なら、はっきりと返事をしてやろう」


 満月を背にするサイードは、前方にレイス、川を挟んで後方も両脇も四方を敵に囲まれている状態で俯いた。その上で、スイッチを切り替えるように大きく深呼吸をして瞳を閉じる。

 殺気と怒気にざわついていた木々は途端に黙り、風さえも邪魔をしないようにと息を呑んだ。

 レイスは、今までのフラフラして苛立つサイードの態度が粉散したのに気付き、そして、異様な変化が現れた。


「せっかくのお誘いですが、お断りさせて頂きます。こうみえて忙しい身なので」


 月に負けない輝きを持ち風に靡く髪は銀、全てを見透かすような金の瞳。女だと知っていれば高く感じる背や華奢な身体、肌理細やかな肌も何一つ先程とは変わらない。

 しかし、喉の振動で生まれる声はサイードよりは高く、女としては低いものに。口調と表情も柔和なものになる。


 それは、レイスが知るサイードでは無い。


「一体、何が……」


 レイスもその仲間も、明らかに動揺した。

 視覚は確かに今までと同一の情報を送るというのに、どうやっても先程の青年とは別人にしか思えない。何より、視覚以外の感覚が、ひいては第六感さえもが、全力で警告を発し危険を訴える。


「あぁ、一つの身体に複数の人格があるとか、そういう訳では無いので。個人的に区別しているだけです」


 ルシエは、クスクスと笑った。

 すると、全員がビクリと肩を震わせるのだから、その様が酷く滑稽で尚更笑ってしまう。


「それが本性か」


「それはどうでしょう」


 人当たりのよさそうな微笑みをレイスに向けるが、彼はルシエの瞳の光の無さにたじろいだ。


「ただ、ウェントゥスを半壊した破罪使で悪魔ではあります」


 そしてルシエは、風の力で飛びあがろうとして、ここでやっとゼフが駆け付けていないことに気付いた。

 ゼフに頼むのと精霊に加護を得るのでは、消費する魔力も威力も違う。仕方なく、ルシエは地に立ったまま対峙することにする。


「それで、交渉は決裂ですが、……どうしますか?」


 そのまま、ゼフのことは気にせずに聞いた。

 レイスは、無意識に震える手足を叱責し、乾いた唇を抉じ開ける。


「なら、討つ」


「ふふ、討つのですか」


 表現が気に入ったのか、ルシエは楽しそうだ。零した笑いの反動で髪が揺れ、未だ濡れているそこから銀の雫が舞う。

 満月を背に立ち雫を纏う姿はとても幻想的で、普段であれば見る者の中にはそれこそ精霊だと思う者もいたかもしれない。


「それは困りました。秘密を知られてしまった以上野放しには出来ませんし、無かった事にするしかありませんね。……そう、あなた方と出会わなかったことに、ね?」


 しかし、口から出た言葉は不穏。唇に人差し指を当て、首を傾げても幾らも半減されない。その笑顔はあまりに純真で愛らしく、身も凍るような恐怖を感じさせただけだった。

 けれど、恐怖は時として動く活力になる。


「灼熱の刃、大蛇となりて有を無に」


「手加減は無用だ! かかれっ!」


 歌うような詠唱を合図に、周囲は一斉にたった一人に向け剣を振りかざす。浅瀬の川は用意に越えることができ、ルシエは迫り来る敵を前に、腕を身体の周りで半円を描くように振る。


 ユラリと大気が揺れた。


「っ!? 離れろ!」


「あっは、遅いですよ」


 何かを察知して即座に指示を飛ばすレイスであるが、一瞬の判断が生死を分けるのが戦いだ。炎の蛇が五匹生まれ、ルシエの身体を中心として渦状に天へと上る。


「……あ」


 最期の言葉を発せたのは、二十代の若い騎士一人であった。

 迫った時の勢いを殺せず、目の前に現れた炎の蛇に触れてしまった四名の騎士は、呆気なくその腹を満たす()となる。

 赤い蛇に囲まれるルシエの瞳は紅く輝き、肩まで伸びた同色の髪は大蛇とそっくりに揺れていた。


「凄いでしょう? 骨も残さず食い尽くしてくれるので、埋葬する手間も省けるんですよ」


 蛇の一匹が月に伸びていた首を足元にもたげ、ルシエが当たり前に乗れば、それを残して他の四匹は消えていく。


「貴様はどれだけ命を軽んじれば気が済むのだ!」


 せっかくの魔法をあっさりと消した緊張感の無いルシエへと、一人の騎士が吠えながら向かうが、大蛇の尻尾が軽々と炭に変えた。それでも、誰一人怯える素振りを見せない。

 その様子を些か不思議に思いつつ、ルシエは血の様に変化した髪を弄びながら跳んだ。

 慌てたのは騎士よりも蛇である。急いで追っていこうとし、それを見たルシエがニコリと微笑めばあっけなく消えてしまう。


 最後の一匹まで何故消したのか。そのまま一掃してしまえば楽なはずだが、ルシエは空中で華麗に回転して川の水面に着地した。


 空を仰いで追った騎士達が不味いと焦る。全員、当に川を越えてしまっており、囲んでいた状態から向き合う形になったのだ。


 水面に立ったルシエは、静かに敵を見渡した。最後尾に居るレイスを除いて、一人一人を観察する。

 すると、見えてきたのがそのアンバランスさだ。騎士と呼ぶには年を取りすぎている者、死地に赴くには早すぎる者、明らかに剣を持って日が浅い者。彼等は皆、正義感や騎士道で此処に居るのでは無い。


 その手に、胸に、頭に、心に。残された品や記憶を抱いて剣を持っているのだ。

 ルシエとゼフがウェントゥスを襲った際、父や母、恋人や家族、友人や仲間、そういった自分以外を失い、嘆き、復讐を誓ったからこそレイスに付いてきた。


「そう仰られましても……。何故、重んじなければいけないんですか? 命あるものいつかは死ぬ。その死が、生物としてか人としてかなど、価値観を引き合いにしたところで何になるというのです。まぁ、此方からは不運でしたねとお悔やみ申し上げるしかありません」


 「それとも、黙祷を捧げれば満足ですか」ルシエは淡々と言った。


「あ゛ああああぁぁ!!」


 瞬間、理性というストッパーを外した連中が、川の水に足を取られるのもお構いなしに走った。ある者は言葉にならない咆哮を、ある者は失った人の名を、ある者は涙を。様々抱きつつ、狂気を剣に月を切る。


 それでも、現実は正常な心に傾くとは限らない。


「そう焦らなくとも、輪に戻りますよ。川の水は綺麗で美しくあって欲しいですから」


 残念ながら、剣は切っ先を月に届けることが叶わず水面を叩くだけであった。


 ルシエはふわりと跳び、再び地に足を付ける。川岸に戻っても、攻撃の手は緩まず何人かが突進する。


「……炎の息吹は安らぎとなり、焼き尽くせ」


 そして、技術も何も無い、ただの大きな火の玉に呆気無く呑まれて死んだ。

 ルシエは遊んでいた。子供がボールを追いかけるように、無邪気に命と戯れる。普段であれば、もっと別の感情を抱くのだが、今回はそうしなければならないほど何も感じられないのだ。

 生き残ることを捨て、ルシエに一矢報いることしか考えていない者たちと向き合ったところで、面白味も何もないらしい。


 確かに、がむしゃらとやけくそが違うように、死を覚悟しながら生きる望みを捨てない事と、死を覚悟し生きる望みを捨てて立ち塞がるのでは、剣の重みが変わってくる。


「どうせなら、もっと楽しませて下さい」


 諦めない強い意志は、そう簡単には持てないだろう。しかし、姿はたとえ無様で滑稽でも、諦めきれない想いもまた美しい。


 勿論、ルシエがそう思っているわけでは無い。

 ルシエの場合は、絶望しながらも諦め切れずに藻掻く姿を笑い、踏みにじりたいのだ。


「貴様に、奪われる者の気持ちが分かるか!?」


「ふふ、貴方も十分奪う側でしょう?」


 最後尾から吠えるレイスと一度だけ視線が交じり、ルシエは据わった瞳で返した。

 偉そうに言っても、攻めてくるのは雑魚としか言い様が無い俄か騎士ばかり。彼等にこの中で自分がという想いは無く、皆が皆、この中の誰かがと託してばかりだ。そのような攻撃、精霊の力を用いているルシエには何の効果も無い。

 当然、精霊の力は万能では無いどころか微弱で、魔法はそもそも単体で爆発的な力を発揮するよりも、補助として用いるのが本来である。

 ただ、他の魔術師と違うのが、ルシエの力には精霊たちの憎しみや憤りが込められているという点だ。人が精霊を穢し殺したように、精霊のかわりにルシエが、人間のルシエが奪い、殺す。

 そんな矛盾があるのだから、あまりの馬鹿らしさに楽しまなければやっていられないのだろう。

 事実、ルシエは楽しいから実行する。損しかないのであれば、お人好しには決してなれないルシエが、その身を甘んじて投げる事は無い。


「失礼ですね。これでも、奪われる側でもあるんですよ? 今だってほら、大切な限られている時間を、あなた方に奪われている」


 ルシエは静かに地面に手を着け、小さく詠唱した。

 すると、最前列で対峙していた三人が、足元からの炎の噴出に呑まれる。


 その光景を見た全員が真っ青だとしたら、攻撃を収めた時に顔を上げたルシエは顔面蒼白。段々と焦点が定まらなくなってきている瞳で笑う姿は、果てしなく壊れかけていた。


「知っていますか? 時間はお金では買えないんですよ」


 そんな時、ルシエの脳裏にふと、ゼフの言葉が思い返された。


 ――近いうちに、足元を掬われるぞ


 身体を起こした際にふらついた隙を狙い敵が迫ってくる中、どうしてか聞こえたのだ。稚拙な攻撃を避け、淡々とあしらっていけどもそれは消えない。


 予感というものだったのか、ただの油断だったのかもしれない。どちらにせよ、騎士しかいなかったはずのこの場で、突然の後方から感じた殺気に意識が向いてしまった瞬間、ルシエはミスを犯した。


「今だ!」


 レイスの声に慌てて視線を戻そうとするも、ルシエはその途中で足に全力で力を込め、彼等に向かい跳ぶ。そうしなければならないと、思考ではなく脊髄が判断したのだ。

 その際に映ったレイスは、この後で負うことになる罪を分かりつつ、それでも笑っていた。

 

 サイードとそっくりに、口元をニヤリと上げて悪魔のように笑う。

 その姿だけは嫌いじゃないと、ルシエは頭の隅で思った。




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