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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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そして死が纏う




 困惑、賛辞、驚きからの雄叫び。色々なものが混ぜ合わされた歓声が、大きく大きく響き渡った。

 それはきっと、精石の奥深くで眠る精霊王さえ叩き起したことだろう。


 誰もが、本人さえ想像していなかった光景がそこにはある。


 一瞬の静寂の後に響き渡った音を愉快だと思いながら、その者は嗤った。


「負けた奴の言葉は、どれだけありがたいものでも、正しくとも、遠吠えにしかならない。……残念だったな。万が一、俺が人の言葉に心から従うことがあるとすれば、それは負けた時だ」


 サイードは、レイスの首に剣を当てながら言った。

 レイスは膝をつき、唇を噛み締めながら睨み付けているが反論はしない。


 こうしてお互いが武器を手に対峙した時点で、たとえ試合であれ、そこは力がモノを言う世界になる。言葉が不必要だとみなされる場所だ。

 幾多の戦いを経験しているレイスは、むしろサイードよりそれを知っている。だから今、何も言えないのだ。

 それでいて、試合中にあれ程言葉を発していたのは、勝つと決め付けて侮っていたからに他ならないだろう。

 絶対の自信は、ただの自惚れとなったわけだ。


「悔しいだろう?」


 その無様な姿に、サイードはくつくつと頬を緩めた。見下ろす目線は冷たく、人の温もりが微塵もない。


 試合は終了したのだが、サイードは剣を下ろさなかった。それを不審に思い審判が走り寄ってくるのだが、何故かレイスが手を翳して制す。

 馬鹿みたいに周囲が叫ぶ分、その中心である筈の場所がひどく浮いている。そこでふと、レイスの表情が変わった。


「君は、可哀想な子だな」


 ピクリ、とサイードの腕が動く。聞き覚えのありすぎる言葉だった。

 レイスの瞳には、明らかな哀れみが含まれており、人にしかない強さがある。


「拒む事で檻を造り、それで身を守り、気付かないフリをする。自分は切り離された存在だと装って、そして心を誤魔化す」


 首の横にある剣を素手で躊躇なく掴み、それを押しのけ立ち上がる。痛いだろうにそれでも剣は離さず、サイードの胸倉を掴んで至近距離で訴えた。


「怖いだけだろ? 世界に関わるのが。だから君は、壊そうとするんだろ?」


 被害者面をして。レイスが掴んだままの剣は、容赦無く彼の手の皮を、肉を断ち、雫が剣身(ブレード)から刃先(エッジ)へと流れ地面に落ちていく。

 情けも容赦も無い、まるで見当違いでありながら遠慮の無い言葉である。それが、サイードに、ひいてはルシエに見出した答えなのだろう。

 問いかけでは無い、咎めの言葉だった。


 あまりにも、身勝手なものである。

 勿論、サイードの行動もそうではあるのだが、アピスの人間がそれを言って良いものだろうか。

 被害者面――いや、実際にそうなのだ。

 最終的な決断は本人が下したものではあるが、無責任な行動が一人の少女を殺し、知らないからとはいえアピスの人間達は、さらにもう一度殺そうとしている。

 無知は罪だ。無知で居続けるのは愚かな罪だ。

 世界には知が溢れているが、それでも知ろうともしない行為はそれこそが罪そのものである。


 知れば善になるわけでも無いが、それでもだ。


 サイードは流れる赤を眺めた。その視線はもう、レイスに見向きもしていない。

 瞳が語るのは、剣が汚れた、それだけである。


「殺す意味も無い。お前が敵になるなんて、あり得ない」


 ぼそりと呟かれた言葉が全てだった。嗤いすら浮かべず、サイードはレイスを捨て置いた。彼が障害になる程壁らしい壁を築ける男では無いと判断し、風の国でこんなにも自分が苦労しているのを馬鹿馬鹿しく思う。

 不安要素は排除するべきだが、その不安にすらならないと感じた。


 そして、静かに剣を指輪に変え、素早く戻して鞘に収める。そうやって、態々観客の目を誤魔化す行為すら阿呆らしくなった。


 レイスがまだ何か言っているが、その耳には声が届く事は無い。

 フイッと視線を横に向けたサイードは、来賓席のお姫様を見つめた。

 その少女は、自分の騎士が負けたというのに表情を崩さず、むしろ微笑んでいる。そしてまた、サイードに向けて頷きを一つ。

 今度は、サイードも同じくそうして何かを交わした。


「カワイソウに。どう見ても、良い王になるだろうに」


 届けるつもりの無い言葉は、その意志に反してお姫様へと渡る。彼女は、予想外の賛辞に瞠目しつつも、年相応の花が咲くような笑顔で喜んでいた。

 そして、桜色の唇が小さくか弱い言葉を紡いだ。


 当然、爆音にも似た歓声にそれはかき消されてサイードまで届かないのだが、それでもしっかりと伝わったのかもう一度頷く。それは、先ほどとは違い、何かを了承するかのような仕草だった。


「この戦いが、今までで一番つまらなかったな」


 胸倉を未だ掴まれているというのに、サイードはまるで一人でそこに居るかのように足を動かし、埃を払うような仕草でレイスの腕を外させる。

 そして、そのまま背を向けて退場していった。


 この後には表彰式が控えており、さらにそれが終われば、サイードに国の重鎮達が押し寄せてくるだろう。ある者は私兵に、ある者は純粋にその力を求めて。ただ、それに応える事は確実に無い。


 まだ精石を壊すことと、その為に入城するという目的は果たされていないというのに、その足は控え室どころか闘技場の外へと向かっていた。


「ご主人様に憂いを持たせたくないのであれば、俺なんかよりあのヘタレを監視しろよ」


 背後の物陰に隠れる者へとそう吐き捨てながら、サイードは喧騒に紛れて歩く。闘技場を出たときには、全身を黒が覆っていた。

 頭の中では、何度も何度も可哀想という言葉がリピートされていて、サイードはすれ違う人を瞳で掠めながら言った。


「だったらあんた等は、オシアワセな奴なんだろうな。精々、泣き喚け」



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