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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第一章:捻くれX変態=泥沼
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再会は崩壊への幕開け




「なんであんたがここに居るの!? しかも、風呂場!」


「いや~、良いパンチだったなぁ。でも普通、あそこは平手でしょー」


 リビングには、かなりの温度差のある二人による会話が繰り広げられていた。

 あの後、紗那は男が気絶している間に慌てて風呂場から脱出し、服を着てリビングに避難をした。しかし、そこには気絶していたはずの男が暢気に寛いでいる姿があったのだ。

 手加減無しで顔面ど真ん中を殴りつけた筈なのに、その顔には傷が全く無かった。


「とにかく答えろ!」


 只でさえ状況が掴めないというのに、男ののらりくらりとした調子に会話は儘ならず、紗那は苛立ちから普段では有り得ない大声を上げる。

 しかし、男はゆったりと笑ってソファに座っているだけで答えようとはしない。

 このままでは埒が明かないと、紗那は深い溜め息を吐いた。


「……はぁ、もう良い、分かった。とりあえず家から出て行け」


 玄関を指差しながら、心の中では警察を呼ばれないだけマシだと思えと悪態を吐く。しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「呼ばないのは面倒くさいからでっしょー? 嘘は駄目だよん、嘘は」


「だって、被害届けとかなんだとか……。え、いや、そうじゃなくて! あんた、今……」


 ソファの背に肘を置き、仁王立ちしている紗那に身体を向けて男が放った言葉は確かに正解だった。

 紗那は情け以前に、手続きが面倒くさいからという理由で通報をしたくないと思っていた。ただし、それを口にはしていない。

 出会った当時も男に対して胡散臭さを抱いていたが、今はそれ以上に可笑しいとやっとのことで気付いた。驚愕とも恐れとも取れる表情で震える唇からは、何も言うことが出来ない。

 変な話ではあるが、紗那は絶対の自信が持てる危機察知能力ともいえるものによって警戒はしていなかった。

 しかし、この家は高級といってもおかしく無いマンションの為、セキュリティーがかなりしっかりしている。まず不法侵入出来ない造りであり、しかも戸締りも完璧で、さらには風呂場にどうやって入ってきたのだろうか。

 家そのものに入れても、風呂場となれば思考の海に沈んでいたとしてもまず気付くだろう。なのに音すら聞いた覚えがなかった。

 そんな紗那の戸惑いが分かったのか、男はしてやったりと嗤った。さらに、自身の隣をぽんぽんと叩いて座るように促す。

 戸惑った末、紗那は男から離れてソファぎりぎりの位置にゆっくりと腰を下ろした。


「……何の用?」


 落ち着く為にか唇を浅く噛み視線をさ迷わせ、こめかみを指で軽く叩いた紗那は、男を睨み付けながらポツリと言った。

 今度は男が瞠目する番だった。紗那にしてみれば、当然の問い。危険が無いと判断した上で男がこの場にいるのは、どう考えても何かしら用件があるからだ。

 しかし、男からしてみれば、簡単にそこへ辿り着ける精神が不思議である。


「君は、変わる所か更に強くなったみたいだね。嬉しいけど、残念だよ」


 そして、どこか悲愴を漂わせる表情で、のらりくらりな喋り方ではないものでそう言った。それが紗那には意味深な言葉に感じられ、再び混乱を抱かせる。


 その姿は、出会ったあの時と同じであった。

 変わったのは、自分の身体が縦に成長したぐらいである。悔しいかな、男は著しい成長と言ったけれど、紗那の体型は年齢にしては凹凸が少ない。いや、少なすぎる。自覚している身にとって、気にしていないとは言ってもコンプレックスを感じてはいたことだ。

 だが、目の前の男は記憶と何もかもが同じであった。見た感じ二十代後半に思えるので、二年以上経っていても成長は止まっていて当然かもしれないが服装すらだ。

 尚更胡散臭さが増した。そんな事を思われているというのに、男は気にした様子もなく黙って紗那に視線を向けている。

 けれど暫くして、男は徐にソファの前のガラステーブルの上にあったテレビのリモコンを手に取り、えらくゆったりとした仕草でその電源を入れた。

 すると、当然ながら部屋にはテレビからの音声が響いていく。

 わざとらしくゆっくりと、数字の通りにチャンネルの変わっていく画面を、紗那は怒ることなく見つめた。


『次は、世界中で多発する自然災害についてのニュースです』


 と、男の手がニュース番組で止まる。

 途端訝しげに眉を顰める紗那だが、男はまだ何も言わない。


『アメリカでの竜巻、オーストラリアでの山火事等に続き、昨日中国で大きな地震が発生しました。幸い、日本への津波の心配はありませんが――』


 それは、最近不自然な程頻繁に発生する災害についてのもので、現在世界中で最も注目されている話題についてだった。

 専門家の中では、地球滅亡の危機だなんだと騒がれているらしい。

 しかし、だから何だというのだろう。何か用があるのかと言って、答えのないままにこれを見せられるが、まさかこんなものが関係するとは思えない。

 心の中でそう思い至った直後、憤りを込めて男を見れば、バツが悪そうに眉を下げて彼は苦笑していた。


「えへっ! 察しが良いねぇ」


「……はぁ」


 男に常識は通じないのだろうと薄々思ってはいたが、だからどうしろと言うのだ。自分はただの女子高生であり、男が会いに来たのにはこのニュースが関係していたとしても、出来る事は何も無い。

 しかし、男が何事もなく去るなんて考えられず、紗那は深く溜め息を吐いて目の前に手を翳し、待ったをかけて立ち上がった。


「え、聞いてくれるの? って、ちょっとー、何処行くのー?」


「コーヒー淹れるの」


 頭を抱え、ふらふらとした足取りでキッチンへと向かう。

 背中では男が何かを言っているが、兎に角今は落ち着ける何かが欲しいと紗那は思った。結果、大好きなコーヒーを淹れることにしたのだ。

 インスタントコーヒーを用意して、常備しているポットでお湯を注ぐ。かなりのコーヒー好きである紗那は、豆から挽いて淹れることの方が多いのだが、今日ばかりはその元気が無いらしい。立ち上る湯気からは、いつものには劣るがそれでも良い香りがする。


「わー、僕の分――」


「で、私に何をさせたいの」


 手に持つカップは当然一つ。それが分かっていながら催促してくる男を無視して再び座り直した紗那は、一刀両断そう問うた。


「聞いたらもう、後には引けないよ?」


 その瞬間、男からも紗那からも、いい加減な雰囲気は消え去る。真剣な顔で聞き返してきた男に紗那は笑った。


「でも、あんたにはもう私しかいないんだろ?」


 この時にはもう、紗那の心は決まっていたと言っても間違いではないだろう。彼女は、得体も名も知れない変態の為、全てを守ろうとして破滅に導いた、弱くて怖がりな男の為に悪になる道を選んだ。

 出会った時とは違い、男が浮かべる笑顔が苦しみからだと気付けない程、紗那は餓鬼ではなかった。


「君は、異世界というものは存在すると思うかい?」


 紗那の言葉に目を見開いた男は暫く固まり、目元をふっと和らげた。そして、そう言う。


「そりゃまた、いきなりだね。でもまぁ、別にあっても不思議じゃないでしょ」


 今度は紗那が思案し、自信なさげに答える。当然だろう、異世界とは本の中の幻想(ファンタジー)だ。こんな真面目な場面で出てくる言葉とは、到底思えない。

 しかし、紗那は馬鹿にするでもなく考えて答えを返した。

 世の中は自分が見たものだけが全てではないのだと、教えられるまでもなく知っているのだ。

 狭い世界に浸っていれば、狭く感じて当然だ。けれど、紗那にとって自分の世界は狭くとも、それに浸ってる気は無いので世の中は広い。

 何故なら、この世界は好きなもので溢れていた。たとえ愛は知らなくとも、好きで溢れている。


「ははっ、とにかくこれ読んで。その間に、僕はお風呂で寛いどくから」


「待て待て待て。大事なことに手を抜くな」


 好きなものを思い浮かべ、自然と微笑む紗那に男は目を細める。そして、彼女の出した答えが嬉しいのか小さく笑い声を上げた。

 しかし、あろうことか男は、異世界があると言った次にはA4サイズの三枚の紙を紗那に手渡して立ち上がる。

 慌てて入れたつっこみも無視して、勝手知ったる他人の家よろしく颯爽と風呂場へと行ってしまう。


「……はぁ。まあ、良いや」


 怒っても無駄だと悟った紗那は、ふっと息を吐いて頭を抱え、少しばかりぼんやりとした。でもそれは本当に僅かの間で、「よしっ!」と小さく声を出し気合を入れて立ち上がり、新しくコーヒーを入れ直しながら放置してあった学生鞄から適当なノートとペンを取り出す。

 そして、先ほど渡された紙とそれらと共にダイニングテーブルへと移動し、溢れる疑問や要点を素早く纏められるようペンを持ち、クルクルと回しながら紙を読み始めようとした。

 しかし、いきなり両手で机を叩き足を踏み鳴らしながら、かなりの速さである場所へと向かう。

 壊れるぐらいの勢いでドアを開けば、そこにいたのは見覚えの無いアヒルの玩具で遊びながら湯船で寛ぐ男が居る。


「読んで欲しかったら、耳障りな鼻歌を止めろ! 集中できないから!」


「きゃあーー! 変態っ!」


「ソレ、千切るよ?」


「ごめんなさい」


 繰り広げられたのは、なんていう漫才とつっこみたくなるようなやり取り。

 冗談の通じない紗那の鬼の形相に恐れを為したのか男が全力で謝れば、次は無いと静かで冷たい言葉が風呂場に響き扉は閉められた。

 どうしてか、見られた男の方が顔を赤らめて悶えていたのは余談としておこう。





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