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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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自分の為





 見事、栄光を勝ち取ったサイード。しかし、決勝戦はかなりの戸惑いを生んだ。

 サイードの力量が優勝候補として申し分ないレベルだったのは確かだが、だからといって栄えある決勝が相手側のリタイアで決まろうとは、誰が予想しただろうか。


 観客の心情としては、概ね二つに分かれた。

 このまま我らが騎士団長様と戦ってもらおう、というものと、再試合で全力を出し合うべきだ、というものにだ。ただ、後者は、元々こうなった原因の一端である観客なのだから、利己的にもほどがある。勿論、大会側がそう決定したのであれば、サイードもリュケイムも従わざるをえないが、二人ともその気は当に失せていた。

 そして、異例ながらこの決勝戦に協議が為されることとなり、サイードは与えられた控え室で時間を持て余すことになってしまう。部屋の中央、またもや床に寝そべって呼ばれるのを待っているのだが、その目は天井を眺めながらも真剣に何かを考えているようだ。


「あそこまで、対魔術師に効果があるのはびっくりだな」


 どうやら、身になった試合、今は昨日の男装魔術師とのものを冷静に分析しているらしい。眼球がまるでその時と同じ動きをするかのように忙しなく動き、誰かが見ていたら気持ち悪いと思ってしまいそうだ。


「ただ、溜めるってなればかなり体力持ってかれるし。正直疲れた……」


 本人が言う通り、その顔色は若干青い。

 まだ戦いが控えている、しかも下手したら決勝が仕切りなおしになりかねないので、瞳を休めるように腕をそこに当てて溜息を吐く。

 気乗りしないのだろうか。いや、どちらかというといつも以上に面倒くさそうだ。出会った時はあれ程戦ってみたいと思っていたはずだが、今はレイスとの関わり全てを避けたがっていると思えた。


 おそらく、元々が持つ危険やハプニングの察知能力の高さがそうさせているのだろう。バレないように、と神経を使っていたこの三日間だ。そうするには、相手を観察しなければいけない。

 その過程でサイードは、レイスとお姫様が自分に視線を向けているのに気付いており、その中に何かが込められているのも分かっていた。それでも装っていたのについては、意固地なだけだ。


「あー、今回は色々しくったかもしれない」


 ぼそっと呟かれた言葉は、疲労の色が濃い。素が出つつも反省するだけで、暫くすれば落ち着いた呼吸音が部屋に響いた。


「……魔法剣士」


 しかし、寝ていたわけではなかったのか、暫くして突然言葉を発する。


「魔法剣士、サイード」


 もう一度謎の言葉を発し、クツクツと笑い出し、次第に身体を横向きに変えくの字に折り曲げて爆笑しだした。

 その様子から、十分元気で疲れも軽かったのかもしれないと思うのだが、不気味すぎる点から、余計に疲れているのかもと思う。きっと、疲れていたんだろう。

 これで、今後魔法剣士サイードと名乗り始めたりでもしたら、きっと世界は崩壊してしまう。

 早く試合を始めてやれと願わずにはいられなかった。


 そして、サイードがそうやって不気味に笑っていた頃、リュケイムは自分の控え室で問答無用に追求されていた。


「貴方は一体、何がしたいのですか!」


「だからー、旅がしたかったって言ったじゃん」


「ええ、言いましたね! ですが、了承した覚えはありませんし、あの後私がどれだけ大変だったか! やれ、副団長の監視不行き届きですよ、だ。やれ、君が追い出したのではないかだとか。追い出すならもっと頭を使うだろうよ!」


「おいおい、キャラが崩壊してるぞ。レイス団長」


 五月蝿いと吠えるレイスに、リュケイムはやれやれだと肩を竦めた。

 レイスは我を忘れているのかリュケイムの胸倉を掴んでおり、いつもの柔和な雰囲気は微塵も無く鬼気迫る迫力である。今の光景を見たら、さすがのサイードでも一歩引いただろう。

 相当、リュケイムには溜まったものがあったということか。


「団長、一先ず冷静に」


 そんな般若と化したレイスを、怖気づくことなく宥める者がいた。淡々と細々と、気配すらなさそうな気弱な声である。

 

「聞きたい事があるからと、私もデモンストレーションが控えているというのに、共に来たのですよ」


「……分かっている」


 その者の言葉に、レイスはリュケイムから離れ、咳払いをひとつしてバツが悪そうに誤魔化した。残念ながら、「部下に怒られてやんのー」と空気を読まない馬鹿が一人、遠慮無しに笑っているのでその口元はひくひくと震えていたが。


「リュケイム様も、少しは団長の気持ちを汲んでやって下さい。ただでさえ、気苦労が絶えず私が大変なんですから」


「さーせんしたぁー」


 リュケイムという男は、本当に三十代の良い大人なのだろうか。

 先ほどの言葉から、もう一人は副団長らしい。決戦後は、優勝者は団長と準優勝者は副団長と剣を合わせるのが習わしなのだ。


 レイスと同年代な感じで青髪の、インテリが形を持って生まれたような副団長は、眉間に指を当てて小さく溜息を吐いた。眼鏡をかけていないのが残念だ。


「おふざけはそろそろやめましょうよ」


 でなければ、私はこれからの準備をさせてもらいますよ。そう言うかのように、副団長はリュケイムに冷めた視線を向けてレイスへも一瞥をくれる。


 それに、誰もリュケイムをただの馬鹿だとは思っていない。たとえ、旅に出たいからという理由で騎士団長という地位を捨てるような男であっても、元騎士なのは変わらない。そして、理由も無く馬鹿な真似をするような馬鹿ではないと、彼等は知っているのだ。


「何故、戻ってきたんですか。しかも突然、こんな形で」


「色々ときな臭い事が耳に入ってきたもんでな」


 副団長は、レイスが本来のペースを取り戻したことで傍観に徹すると決めた。

 扉の前で立ち、部屋に誰かが立ち入らないかどうか気配を探りながら、視線はリュケイムに縫い付けられる。まるで、一挙一動見逃すまいと、彼を見定めるかのように。


「……きな臭い?」


 リュケイムは元々、情報収集能力に長けた男だった。

 騎士でありながらその情報網は裏の世界にまで及び、レイスにとっては剣の腕よりもそちらの方が何倍も恐ろしい。

 恐ろしい、ということは、レイス自身に何かしら秘密があるということだろうか。


 向かい合う形で腰を下ろした二人は、おふざけの空気の一切をかき消した。

 レイスは真剣な表情に、リュケイムはまるで試すようにと若干の違いはあれど、そこは守ることを主とした職を誇りとしている、していた者達だ。


「陽の国が一度落ちたのは当然知っているな?」


「子供でも知っていることですからね」


 まさか他国の話が出るとは思っていなかったレイスだが、それが何年も付き合ってきた元団長のやり方だと分かっていた。

 浅いところから確信へ。道化とはこの人のことだ、とまだ部下だった頃にレイスは同僚に対し何度も愚痴を零していたりする。


「だが、それ以外を誰も知らない。これはおかしいだろ?」


 その国の人間までもが。そう言ってリュケイムは、眉間に皺を寄せて真っ直ぐにレイスを見つめる。


「ただ単に、情報を隠しているだけでしょう」


「それ以外に何があるんだよ。問題は、何故隠す必要があるのかだ」


 レイスは今の言葉を吟味する為、一度リュケイムから視線を外す。

 ただ、だからどうしたのだという気持ちもあった。所詮、他国の問題である。自分たちは武器ではあるが、軍師にはなれない。騎士団長といえど、まとめ役にはなるが所詮それだけだ。


 そんな考えが顔に出たのか、リュケイムは深い溜息で呆れた。


「あのなぁ、不穏なんだよ。陽の国に限ったことじゃねぇ。むしろ俺は、陽の国が何かしら被害を受けた側だと考えてる。それも、早々公にできないような大事だ」


「しかし、あの国は反乱が起こり、王が変わったばかりです。復興するだけでも厳しい状況なんですから、当然では」


「だあ! お前じゃ駄目だ、話にならん」


 しかし、レイスのあまりの鈍さにリュケイムが匙を投げた。

 頭を掻き毟りながら、「だからお前は剣馬鹿って笑われるんだよ」と言う。「貴方には言われたく無い」反抗するレイスだが、少なくともリュケイムは同じではないだろう。使う、ということを知っていると見受けられる。


「だからこそおかしい、ですよね」


 そこで、黙って話を聴いていた副団長がやれやれと口を挟んだ。

 何を言っているんだお前は、とレイスは見やるのだが、リュケイムの方はお前の方が話しやすそうだと彼を座らせようと目で訴えた。

 残念ながら、「嫌です」と一刀両断しつつ副団長は続ける。


「どう考えても、現在の陽の国は国庫も無い状態ですから、復興さえ難しい。それは、私たち騎士ですら分かる事。なのに、反乱で何が起こったのか、どうやって前王を討ち取ったのか。その一切が流れてこないと、リュケイム様は言っているのですよ?」


「いや、だから、それを隠しているんだろ」


 二つの深い溜息が重なった。

 取り残されたレイスだったが、何かを言う前に小さな咳払いで封じられてしまう。


「貴方は、盗賊を討ち取ってその功績を隠しますか?」


 だが、副団長の言葉にやっと今までの会話の意味を知った。


「……確かに」


 いや、納得してどうすると思ってしまっては負けだろうか。鈍いにも程がある。

 ただ、リュケイムが言いたいことはそこでは無い。それだけでは、国の中枢が知っていればいいことだ。続きを、と促され彼は頷いた。


「陽の国が一番分かりやすいから出したんだが、まあそれでだ。どこもかしこも、変な動きが目立ちすぎてるんだよ、最近」


 ちらりとレイスを見て、リュケイムは次々と自身が持つ情報を明かしていく。

 それは、インターネット等無いこの世界で考えればかなり広く多い情報で、リュケイムの能力の高さに驚かされた。レイスと副団長は、今更ながら何故彼は国を捨てたのだろうかと疑問を抱く。

 それすら分かっているかのように、リュケイムは自らの力を見せ付けるのだった。


「でだ。俺が戻って来たのは、それを陛下に伝えて警戒して頂く為だ」


「……は?」


 そうして、唐突にリュケイムは言った。当然ながら二人は驚くのだが、彼は気にも留めない。


「そして、お前たちにも警戒してもらう。……最近、光風の便り亭という場所で身元不明の女が一人、保護されたらしいな」


 ここからが重要だ、と言わんばかりにその声が低くなった。

 副団長は、そういやそんな報告があったようなと浅い反応であったが、逆にレイスは眉間の皺を深くし大きな反応を見せていた。


「男に襲われショックで記憶を無くしたらしいが?」


「どうしてそれを」


 何故かレイスのリュケイムに対する警戒が濃いものになる。それを面白そうに笑いながら眺めるリュケイムだが、目が笑っていない。


「俺は、国に仕えるよりも陛下に忠誠を誓いたくてな。だから、その椅子をお前に譲った」


「捨てた、の間違いでしょう」


 「どっちも変わらないだろ」とリュケイムは言うが、レイスはまるで親の仇にでも会ったかのように、激しく彼を睨み付けた。


 先ほどまでの空気が嘘のようだ。

 何がそこまでレイスの癪に障ったのだろう。彼は奥歯を噛み、無意識に腰の剣を掴んで軽く腰を浮かす。

 おやおや、とリュケイムは笑い、副団長は冷静に傍観するだけだ。


「その女、逃がしたそうだな」


「え、そうなのですか?」


 ただ、それを聞いた副団長は思わず問いかけた。

 そうすると、レイスの怒りが自分に向きかけるのだが、リュケイムが無視して先へと進むので難を逃れる。レイスもレイスで、部下に世話を掛けてしまうタイプということか。


「まったく、俺でも予想できない何かが起こりそうな不穏な空気が漂っているって時に、明らかに怪しい奴を野放しにした挙句、まんまと逃げられちまうとは。ウィーネ騎士団が聞いて呆れる。だから俺は、ウィーネ杯に(かこつ)けて、お前等の緩んだ神経を鍛え直してやろうと思ったんだよ」


「何故貴方に、そんなことをされなきゃいけないんですか」


 ギリッと睨み付けるレイス。しかし、無意味な反抗はリュケイムには通用しないだろう。真面目ながらも笑っていた口元が急に下がったかと思うと、彼は座ったままの体勢で片足を上げ、レイスが反応するよりも早く抜こうとした手を剣ごと踏んで止めた。


「言っただろ? 俺は、陛下に忠誠誓ってんだ。つまりは私兵。正規のお前等がそんなに腑抜けてたら、誰が俺の主人を護るんだ? 騎士が主君の憂いになるなんざ、俺は許さねぇ」


 その威圧感(プレッシャー)は、恐らくレイスでも出せないだろう。

 そもそも、己の誇りの象徴である剣を足蹴にされている時点で、実力差はみえている。

 副団長も、威圧感に圧されて背中に冷たい汗が流れていた。


「後、サイードとかいうあの小僧。公表前に出されていた出場者名簿の中にはいなかったぞ? 当然、参加申し込み書も無かった。どこでどうやって、すり変えられたんだろうなぁ」


 反論も言い訳も許される雰囲気では無い。そこには、洗練された道化の姿があった。


 サイードと戦っていた時は、あれ程楽しそうに見えていたというのに、こうなればそれすら装っていたのだろう。

 馬鹿な真似をするような、という言葉は撤回するしかない。リュケイムはきっと、忠誠を尽くす為になら馬鹿になりきるはずだ。


「二度とこんなヘマして、俺に手間をかけるんじゃねぇ。あの小僧も絶対に逃がすな。見えない不穏(なにか)に付け入る隙を見せれば、陛下に危険が及びかねない」


「……肝に、命じておきます」


 レイスがやっとのことでそう言うと、リュケイムの足は彼を解放した。

 そして、副団長にお前もだと言い付け、これ以上は話すことはないと口を閉じたのである。

 二人は、威圧感から解放されたことに安堵の溜息を吐き、そして己の失敗に反省を見せた。今後彼等はリュケイムに頭が上がらないだろう。


 ただ、それでは失礼しますと二人が退室しようと扉に手をかけて頭を下げた時だった。


「俺を欺けると思うなよ? レイス・アレフィセー・アランドル」


 今までで一番低い声がレイスに降り注ぎ、しかしこの時だけはレイスは何も返さず、一礼して颯爽と立ち去っていったのである。


「ありゃあ、どうしようもないな。あの小僧の方が、大分マシな顔してるだろうよ」


 閉じた扉を見つめ、椅子の背に肘を立てながら呟かれた言葉の真意は一体――

 

 その後直ぐ、協議の結果とデモンストレーション開始を告げに騎士が入室し、リュケイムは何事も無かったかのように出て行くのだが、はたしてサイードは、自分が疲れすぎて壊れかけている間にこのようなやり取りが為され、何より身近にリュケイムという何倍も経験を積んでいる道化師が居る事に気付いているのだろうか。



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