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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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何の為に剣を持つ



 風の国で催される三年に一度の大会、ウィーネ杯。今年度は三日間全てが晴天で、尚且つ例年以上に白熱する試合が繰り広げられていた。本戦進出確実、優勝候補と噂されていた弓の名手はまさかの予選敗退となり、誰も意識しなかったダークホースが二人、決勝戦に勝ちあがったのだ。

 どちらも、今まで何の功績も残しておらず、無名も無名。観客は大いに沸き、賭け事に興じていた貴族のほとんどが泣き、大穴を狙って二人の内の片方に賭けていた没落寸前の貴族が決死の祈りを抱く。

 影でそんな事が起こっていたりもするが、何にせよ、国を挙げての祭りは今日で最終日を迎える。


 この日だけは周辺の店は概ね臨時休業となり、屋台に力を入れ、最後の稼ぎに期待を注いだ。


「本日も、驚くほどの晴天! 風の精石も、この予想外な展開に喜んでいるのでしょう! まずは、未だ全身をローブで包み、その全貌を隠し続けている謎の男。大剣を軽々と、そして優雅に扱いながらここまで進んだ剛健な剣士は、その貫禄を崩すことなく戦えるのか!? 皆さん、大きな声援でお迎え下さい」


 残すところ後一戦となり、今日は進出者が顔を合わせないように各自控え室を与えられている。その為、会場への入場も別々で、まずは大剣使いが大地を震わせそうな大きな声援を一身に注がれた。

 試合の時だけローブの下で背負っている大剣をその上に装備し直す姿勢は、格下であっても備えだけは怠らない律儀さを思わせる。

 主に一人の青年が起こしてきた色々な波乱、そのせいで騎士により最終のルール確認をさせられることになったのだが、大剣使いがそれを受けている間に、観客の視線は南側にあるもうひとつの入場口へと移っていた。


「さて、皆さんが待ちきれないということで。対するは、意外や意外、魔術師の出場人数が上回る中、「武」の部門同士での戦いとなりました! 準決勝でとうとう剣を抜き、華麗な舞いで相手を翻弄。甘いマスクの下には、獰猛な狼が潜んでいたのか? 大剣にどこまでその細腕が食らい付くのか、黄色い声援が会場に響きます」


 そこから出てきたのは、シルバーの髪を風に遊ばれながら颯爽と歩く青年サイード。レイスにバレたことで装うのを止めたのか、観客に何の反応もみせずにスタスタと開始の位置まで歩いていく。表情も、冷たい気配を纏っていた。


 サイードにも、むしろサイードの為に、特に念入りに最終確認をしようと駆け寄る騎士だったが、鬱陶しいの一言で拒絶されている。その威圧感がまだまだ新米を抜けたばかりの騎士にはダメージが大きすぎ、任務を真っ当することが出来なかったのだが、誰が彼を責められるだろうか。


 この時のサイードは、当に我慢の限界を超え、自分本位な虐殺を抑えることに全力を注いでいたのだ。

 あくまでその身にあるのは、精石の解放。そして、それに対しての共犯者はいるが、感情だけの所業はデルの役割には出来ない。ただの虐殺は、本人にしか責任を負えないものだからだ。


 何も知らない観客達は、それでもそんなサイードに、決勝で気負っているのだなと勝手に思って勝手に好感を抱くのである。


「おめでたいにも程がある」


 最早、観客にも騎士にも、律儀に説明を受ける大剣使いにも苛立っていた。

 そんなサイードの感情につられ、周囲の精霊も騒ぐ。ふわり、と小さな風しか起きないが、剣は昨日の男装魔術師の魔法を蓄えたままなので緑の光を漏らし、あろうことか片目は僅かに緑に変わる。

 どうやらサイードは、精霊と同調し易いようだ。そして、それが瞳に出やすい。こんなことまで予想して片目を髪で隠しているわけではないのだろうが、感情の変化が激しすぎる点は弱点にしかならないだろう。激情していようが、冷静に事を運んでいく冷徹さは賞賛に値するが。


「ちゃんと言い付けを守ったみたいで安心したぞ」


「別に。あんたの為に勝ち上がったわけじゃない」


 ただ、この決勝戦だけは今までと少し違う。

 それは、対戦相手がサイードより明らかに格上で、さらに立ち位置として今まで勝利してきた敗者と同じ場所にいるということだ。おそらく、玩具の剣では歯が立たなかっただろう。


「若いってのは罪だねぇ」


 最終確認が終わり、進行役が二人の今までの戦い方や勝ち姿を力説していた。

 その間に繰り広げられる会話は、配置についた騎士にすら聞こえない。


「これだから年の功って言葉は面倒くせぇんだ」


「俺もまだまだ若輩者だがな」


 サイードが剣を抜いた。カチャリと一鳴きしたその剣は、前方ではなく身体の横で刃先(エッジ)を下に向けて構えられる。


「良い剣だ。意志がしっかりと込められているな。ははっ、その意志が歪んでいるが。剣は使い手を選べん」


 大剣使いは楽しそうに笑った。

 強者の余裕か、経験からくるものか。まるで、幾重にも師事を施してきたような姿だ。


「歪んでいて結構。俺は、誰かに褒められたくて動いてるわけでも、息をしているわけでもない。賞賛や同情、同意を求める程度の志など、持つだけ無駄だ」


「良いねぇ。その年でそんな言葉が吐ける奴はそうそう居ない。そうだ、良い子ちゃんには誰だってなれる」


 大剣使いは腕を組み佇むだけだった。

 それでも纏う闘志は逸脱しており、サイードを確かに対峙するに値すると認めている。


「俺に剣を抜かせてみろ、小僧」


 そして、進行役が試合開始を告げた。








「どちらが勝つと思いますか?」


 会場の全てが見渡せる最前列の場所、来賓席で少女が自分の騎士に問いかけた。

 といっても、その騎士も招かれる側なので隣に座っている。


「そうですね、経験や姿勢からいえば、おそらく大剣使いの方が優勢でしょう」


「でも、貴方は青年に勝ってほしい」


 少女はそう言って、隣の騎士に微笑んだ。

 騎士はどこか悔しそうに眉間に皺を寄せながらも、「そうですね」と素直に返す。その視線は、一挙一動を見逃すまいと戦う二人に釘付けだ。

 本来であればその態度は少女に無礼であるが、彼女は咎める浅慮な行為などせず、自分も視線を戻して大剣使いに攻めていく青年を眺める。彼女にとって、試合そのものよりもその青年を見ることが重要であった。


「姫様は、どうしてそこまであの者を意識するのですか」


「理由は説明しましたでしょう? レイスだって、驚きながらも受け入れたではないですか」


 その会話は、この二人にしか理解できない内容であった。本当の意味を知ればこのような大勢がいる場で話せるようなものではないのだが、例え会話の断片を盗み聴きしたところで、まったくといっていいほど汲み取れないからこそ大丈夫なのである。

 髪と瞳の色に良く合うシンプルながらに豪華なドレスを身に纏い、お姫様は微笑んでいた。そこに、我侭姫と民に馬鹿にされるような姿は微塵も無い。


「会わなければ、それで済みました。しかし、アレは危険すぎる」


「何が危険で安全かなど、最早関係のない次元に事はあります。それに、私はあの青年がそこまで浅はかだとは思えません」


 会話に挙がっている青年は、大剣使いに奇抜な剣技で何度も攻撃を仕掛けている。全てを見事に避けられているのだが、その目には焦りも憤りも映っていない。勿論、余裕があるわけでも無いのだろうが、かといって無謀に攻めているわけでもなかった。


(わたくし)は、託します。いいえ、託したいのです。あの青年の持つ、運命さえも捻じ曲げるような揺るがない意志に」


 レイスには、お姫様のその感情だけが理解出来ないでいた。彼は、ウィーネ騎士団団長でありながら、王女の護衛でもある。本来は王の近衛なのだが、その主直々に任命されてそうなっていた。

 そして、護衛となって初めて、王女がわざと我侭姫を演じている事実を知ったのだ。


「後から後悔しても、遅いのですよ?」


 ただ、それを知ったところで何がどうなるわけでもない。忠誠とは、それこそ揺らいではいけないのだ。

 レイスの言葉に、お姫様は本当に暖かく微笑みを深くするのだった。それは、十歳そこらの少女が出来るようなものではない。国を、幾つもの命を背負う姿だ。


「私には、後悔する権利もありませんから」


 一瞬、お姫様は自身の手に視線を落とし、すぐに顔を上げる。


「とはいっても、レイスはレイスであの青年と相対して構いません。私も、全てに同意できるわけではありませんから。お好きに戦いなさいな」


 まだ決勝は始まったばかりで、どちらが勝つとも分からない状況なのだが、武術に長けているわけでもないお姫様は最後に、「あの青年は勝ちますよ」と確証があるかのように言う。レイスもレイスで、「勝って貰わねば困ります」と返し、そうしてそれきり二人は静かに観戦した。


 ただそれは、大剣使いのローブが脱げるまで――






「小僧お前、剣を誰かに師事されていたわけじゃないのか」


「生憎、剣を持ったばかりの素人だ」


 サイードは、攻めて引いてを繰り返し、相手の出方を伺っていた。しかし、大剣使いには一切の隙が見られず、当てるつもりで剣を繰り出すも、全てを軽くかわされている。

 さらには、たった数分でサイードが素人だと見極められてしまう始末。とてつもなく分が悪かった。


「く、あっはっははは!」


 大剣使いは、サイードがあっさりと認めたことで、傑作だと言わんばかりに爆笑した。

 さすがのサイードも、その豪快さに攻撃の手が止まる。好機ではあったが、そこまで笑うことだろうかと思った部分があり、そもそも腹を抱えながらも隙を作らない大剣使いに舌を巻いたからだ。


 暫く、その笑いが静まることはなかった。


「天性の才能か、それとも反則技でもあるのか。どっちにしろ、やっぱお前良いわ」


 大剣使いは、あまりの潔さと軽さがツボに入ったのであるが、それ以上にそのレベルの高さがまるで努力が無意味だと言っているようで笑えてきたのである。

 ボソリと、「こりゃ負けたほうが良い勉強になりそうだ」意味の分からない事を呟いていた。


「よし、決めた。お前俺のローブを脱がせてみろ。そしたら負けてやる」


 とはいっても、大剣使いの方があくまで格上。本人もサイードも、それは事実として分かっている。ただ、今の言葉だけは頂けなかった。


 なめられるのは、度が過ぎなければ構わない。上目線でこられるのも、まあ我慢出来る。しかし、忘れてはならないのが、今のサイードは我慢のし過ぎでこれ以上を受け入れられない状態にあるということだ。


 会場に、突風が吹き荒れた。

 砂埃が酷く、大剣使いも観客も、審判役の騎士も進行役も、全員が思わず目を瞑って髪や服を抑える。

 そして、収まったところで何が起こったのだと辺りを見渡すのだが、何故だろう。少しの差はあれど、皆が次には大剣使いに視線を釘付けにされた。


「で?」


「おいおいおいおい。前言撤回じゃあ駄目か?」


 これには、さすがの大剣使いも唖然である。

 サイードは笑っているように思えたが、確実に冷笑している。そしてその手には、今の今まで大剣使いが纏っていたはずの薄汚れたローブが握られていて、剣が明らかに風で纏われていた。


「大丈夫。俺、何も聞こえてなかったから」


 感情に呼応して、剣の風が強くなる。先ほどの爆風は、溜めに溜めていた男装魔術師の魔法だったのだろう。突風で誤魔化しつつ、上手く操ってローブを剥ぎ取る。魔力は低くとも、そこは流石日本人だったということか。種族的な器用さも相まって、繊細なコントロールのセンスを持ち合わせているのか。


 ただ、それだけでは、今の会場の静寂は作り出せ無いだろう。原因は恐らく、大剣使いの方にある。褐色の肌にゴールドの髪と瞳。鍛え抜かれた肉体に無駄は無く、男らしい格好よさのある者だった。


「あーあー、せっかく最後のお楽しみにしようと思ってたのに。でもま、やっぱ勝ちはお前に譲るわ」


「それはありがたいが、今すぐじゃないだろ?」


 大剣使いはガシガシと頭を掻き毟り、ニカリと満面の笑みを浮かべる。純粋に楽しみたいという感情が浮き彫りになっていた。

 そして、サイードの言葉に「当たり前だろ」と返し、とうとう背中の大剣を触った。


「せっかくだ、俺が剣の何たるかを少しだけ教えてやる」


 周りを無視し、二人の戦闘狂が狩りの時間だと囁いた。

 しかし、それは空気の読めない外野によって邪魔をされる。


「リュケイム団長!」


「元を付けろ、馬鹿! んでもって、邪魔すんじゃねーよ」


 どうやら大剣使いは本来、そこそこお調子者というか明るい性格なのだろう。外野の叫びにご丁寧につっこみを入れる。

 さらに、その一人の邪魔者を皮切りに、観客席が騒然となった。


「な、なんと! 謎の大剣使いは、『俺、旅に出るわ』という言葉と共に突然消えた、前ウィーネ騎士団団長、リュケイム様だった! なんということでしょう、予想外、あまりに予想外です」


 進行役でさえも、我を忘れて馬鹿みたいに叫ぶ。

 ただ一人、この世界の内情の触りしか知らないサイードだけが、取り残されたようにポツンと内の高まった神経をどうしたらいいのだと憤り、そして、またお前かと大剣使いに叫んだレイスを睨み付けている。


「貴方は何をやっているのですか!」


「いいから黙れって! 今俺、忙しい!」


「忙しいじゃありません!」


 なんだこの茶番、と思うのはサイードだけであろう。それだけ、大剣使いの正体は驚くべきものだった。

 騎士団、それもウィーネ騎士団というのは国にとってとてつもなく重要な存在であり、尚且つそのトップともなればそう簡単に投げ出せるようなものではない。進行役の言葉が真実で、それをまるで塵を捨てるかのように簡単に投げたとなれば、このような反応をされても仕方が無いのだ。消えたのであれば尚更である。


「あー、悪い。収集つかなくなりそうだ」


「……興醒めするにも程がある」


 さすがのこれには、大剣使い――リュケイムもお手上げであった。

 サイードも、言葉と共に剣に纏わせていた風を一度治めて、どうしようもないと舌打ち。そろそろ、限界突破したストレスゲージがその胃に穴を開けてしまうかもしれない。


「だなぁ。俺、リタイアするから、小僧何とか周りを黙らせられないか?」


 対戦相手にこんなことまでお願いされてしまうのだから、本当に身体に支障をきたしてしまいそうだ。自分でやれと視線で訴えても、リュケイムは無理無理と首を振るのであった。


 そして、深い溜息を吐いて諦めたのだろう。サイードは、溜めていた全ての力を使い、剣を振る。当然、誰も被害に合わないようにだ。


 すると、豪風と共に観客が戦闘に巻き込まれないようにと造られている壁に大穴が開く。

 

「うん、やっぱお前良いわ」


 確かに黙らせることは出来たが少し、いやかなり大げさだろう。本人の表情が心なしかすっきりした感じを出しているので、これはこれで良かったのだろうが。


「てことで、俺リタイアするわ」


 出会ったときよりかなり口調が変わっているリュケイム。どうやらこちらも、少なからず道化の気質を持っていて、どことなくサイードと似た性質があるのだろう。

 ともかく、波乱ばかりのウィーネ杯。


 今回の優勝者は、サイードに決まった。




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