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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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カウントダウンと蚊帳の外



 女は焦っていた。


 たったひとつの目標に向かって、何年も必死に努力し苦労し、やっとこのウィーネ杯に出場することが叶い、無事本戦に出場して準決勝まで進んだのだ。

 なめられてたまるかと、男装をし剣士だと油断させる為に偽装までして。結局それは、思わぬ形で初日に意味を無くしはしたが、それでもだ。

 ここまできたら、何が何でも優勝しなくてはならない。その為にプライドも捨て、人としての常識も無視し、汚い手まで使ってきた。


 しかし、後一歩というところで、初日に抱いた不安が現実になろうとしている。


「あぁ、忘れてた。昨日はわざわざ俺の為に、トルッテをありがとう」


 目の前の、何の力もなさそうな不真面目な青年によって。

 それは女の勘だったのか、精霊の警告だったのか。女――男装魔術師は、額に流れる汗を拭う余裕も無く、恐怖を押し殺す様に唇を噛み締めていた。


「さっきまでだったら、少しは手加減しようかと思ってたんだけどね。だけど、今、俺、相当ココにきてるんだわ」


 準決勝の相手は、男装魔術師の中でかなり高く危険視されていた。

 始めは見た目からなめてかかっていたのだが、その行動と言動、僅かに垣間見た本性に危険を感じたからだ。ただ、現状はあまりに予想外。

 自身のこめかみを叩くサイードの目は、まるで憎悪を叩きつけるかのように男装魔術師を見据えていた。


「喜んでくれたみたいで、よかったわ」


 気丈に返してはいるが、男装魔術師は今にも気絶しそうな顔色をしている。本人の意思を無視して身体は震え、声も弱弱しかった。


「くはっ! そんなに怯えるなよ。別に取って食いやしないし、あんただって、あの糞野郎に良い感情は持っていないだろ?」


 糞野郎。それが誰か、男装魔術師はよく知っている。いや、知っていた。そして、その者こそが彼女の目標でもある。


 男装魔術師の視線が僅かに目標の者へと移り、サイードも同じようにその方向へと動く。そこに居るのはレイスであった。彼女と同じクリーム色の髪に光が降り注ぎ、美しく反射している。しかし、レイスの瞳は彼女を映してはくれない。


「似てるな、とは思ってたけど。本当に血が繋がってるとはねぇ」


「……繋がっているだけだわ」


 言い得て妙だなとサイードは嗤う。

 男装魔術師の目標は、優勝者に与えられるウィーネ騎士団団長との手合わせの権利を勝ち取る事であった。三日目に行われるそのデモンストレーションで、彼女が生まれて直ぐに養子にいってしまった兄と、会話がしたかったのだ。

 権力を欲し、家族を捨てて自分だけ贅沢をしている兄に一矢報いたかった。


 だからこそ、危険に思えたサイードへ、差し入れとみせかけて少し強力な痺れ薬を盛ったトルッテを渡し、他の対戦相手にも、密かに反則行為をとったりした。

 ただただ、地位など無くても強くなれると見せ付けたかった。


「別に、今更運営側に密告する気なんて無いから、そこは安心しなよ」


 サイードはそう言って剣のグリップを触る。それは、三回戦まで装備していたものとは違い、正真正銘の愛剣だ。


「剣が変わってるけど?」


「あんたのお兄さんの計らいでね」


 男装魔術師は、戦いが始まると神経を尖らせ唇を舌で軽く湿らせる。相手が魔術師との相性が良いのか、一回戦と二回戦を短時間で終えているのを知っているので、微塵も気が抜けない。


「策士というより、道化だわ。何よその剣、詳しくない私でも普通じゃないって分かるもの」


「道化、ねぇ。それ、ローブのおっさんにも言われたわ。この剣については、そうだな。むしろ、魔術師だからそう感じるんだろうな」


 見た目だけなら、十分に感嘆できる美しさ。ただ、男装魔術師にはその剣がとてつもなく恐ろしい物に見えた。

 ゾワリと背筋が凍り、触れることすら拒まれそうな気配を感じる。恐れ多いとはこういうことか、と思える程だ。


「ま、いつまでも話してるわけにもいかないし、そろそろ始めようぜ」


 気を抜けば、無意識に後退してしまいそうだった。男装魔術師がそう思って気合を入れ直すと、見計らったかのようにサイードがそう声を掛けてきてハッとする。


「悪いけど、さっきも言ったとおり手加減できないから。あんたとあの野郎は、仲良しな兄弟じゃないみたいだけど」


「我、乞う。契りの下にその力を!」


 男装魔術師が詠唱を開始するのを待って、サイードは試合では今回初めて最初から剣を抜く。そして、余裕そうに立ちながら「それでも……」と続けて、戦場に立った事も人を殺した事も無い彼女に対して全力の殺気を放った。


「似てるってだけで、腹が立つ」


「迫る敵を薙ぎ払え!」


 出し惜しみはしない。その意気込みを表すように、会場に大きな竜巻が発生した。


 精霊はどの国でも色々な種類が存在している、というのは誰もが知っていることだ。ただ、相性として国の持つ精石の眷属と民が一番であり、結果的にその国に属する魔術師はその属性の者の割合が多い。

 男装魔術師もその一人であり、彼女の精霊は風の悪戯妖精(シルフ)である。


 ここで、魔法に於いての魔力と精霊について、少し説明をしておこう。


 魔法とは、魔力を媒体に精霊の力を具現化させるものであるが、何故精霊の力は単体でそれを発揮できないのか。それは、王以外の精霊はある程度の差はあれど、世界に影響を及ぼすことが難しい微弱なものだからだ。

 それこそ、陽の精霊である陽蜥蜴(サラマンダー)は一本の草すら燃やすことも出来ず、悪戯妖精であればそよ風ぐらいしか生み出せない。

 理由としては、これはサイードの推測であるが、精霊は存在することが全てだからだと考えられる。存在するだけで世界は保たれる。存在していれば世界が成り立つ。だから、それ以上に発展しない。


 ただ、そこに魔力が混ざれば違ってくる。

 精霊の力と魔力は別。魔法こそが精霊の力であり、魔力は本来の魔法を増強させる役割を担う。その量と質、魔法そのものである精霊との相性。それにより威力の優劣、上下が発生し、魔術師の力量となる。


 これは、またもやサイードの推測であるが、人間が強い意志を持っており、尚且つ精霊とは真逆の存在だからこそ可能となったのではないか。そう考えられた。何故なら、魔力そのものはアピスの空気中にも含まれるし、命あるもの全てが有しているものなのだ。

 しかし、たとえばキーテと精霊が契約を結ぶことは不可能であり、精霊が勝手に魔力を奪う事も出来ない。


 人間だけが成せる技。そう言えばとても素晴らしいものに思えるだろうが、捉え方によっては精霊の良い非常食。そう考えてしまうのは、サイードだからか。


 とはいえ、魔法のお陰で人の生活が発展しているのも事実だ。

 農業、商業、武力。様々な分野で魔法は、その素晴らしさを人に実感させてきた。だからこそ、最早切り離せないものになっている。


 と、少し語りすぎてしまったが、その精霊の力の増強剤である魔力で男装魔術師を評価すれば、彼女は純血種でないというのに中々優秀であった。

 魔力は生まれ持つもので、その質を鍛錬によって向上させることはできるが、量はどう頑張っても増やすことが出来ない。彼女が放った竜巻を起こす魔法は、規模でいけば、才能の無い者だとその一発で一週間は寝込んでしまう程のものだった。


「運も実力の内だったっけ? だったら、あんたは運が無かったってことだろうな。俺とあのローブのおっさんが居なければ、優勝も狙えただろうよ」


 竜巻がサイードに向かって、意思があるかのように迫る。男装魔術師はその制御を行いながらも、さらに別の魔法を行使するために口を開いた。


「我、乞う。彼の者に絶望を与えたもう刃を」


「人間相手には初めてだな。この剣の本領を発揮できんのは」


 サイードは当然、男装魔術師の契約精霊に対し今までの相手と同じくお願いをしている。ただ、今回は魔法の規模が大きすぎ、巻き込まれるというかたちで避けることが無理だった。


 しかも、続けての魔法は、竜巻をまるでミキサーにするようなえげつないもの。竜巻に巻き込まれ、それも精霊の制御下を離れる。

 魔法は精霊が操れるが、魔力は術者の領域。これもまた、控え室で見つけた対人間への懸念であった。


「ま、別の目的で用意していたのが、功を奏したって感じだけど」


「私の為に倒れなさい!」


 男装魔術師が叫ぶのと、竜巻がサイードを呑み込むのは同時。ただ、それが実はサイードが自らそこに突っ込んだのだと、彼女は術の規模が大きすぎたせいで気付けなかった。


「やった……? なっ!?」


「ごちそうさま」


 竜巻の中にサイードが消えたのだけは分かっていた男装魔術師。自然に収まるのを待っていればもれなくサイードがミンチになってしまうので、死ぬ前に魔法を消そうと魔力の供給を止める。

 すると、徐々に規模を小さくしていく竜巻だったのだが、その中心に黒い影が見えきたのだ。予想としては、かなりギリギリの満身創痍で立っているか倒れている姿があるはずだったのだが、それは見事に裏切られた。


「やったか、は死亡フラグの代名詞つってね」


 僅かに乱れた髪をかき上げるサイードは、まったくの無傷であった。しかも、手に持つ剣は始まりより明らかに輝いており、プレートは銀から緑を帯びた色に変わっている。


「魔力を、吸った……?」


 男装魔術師は愕然とする。アピスに存在する物質の中には、魔力を吸収したり宿したり、精霊の加護を受けることが可能なものがある。

 しかし、そういったものはとても希少価値が高く、何故それが可能なのか解明も出来ていない為、滅多にお目にかかれるような代物では無い。


「惜しい。魔法を喰った、が正解」


「くそっ!」


 相性が悪すぎる。男装魔術師は、自分の運の無さに苛立った。


 魔力を吸うだけであれば、その許容範囲を超えるまで魔法を放てばいいだけだ。そこまで難しいことでは無い。しかし、サイードは言ったのだ。喰った、と。

 だったら、お腹一杯になるまで同じようにすればいいと思うかもしれない。俄か魔術師であれば、そうしただろう。

 ただ、喰うということは消せるということ。そして、わざと喰いきらずに貯めることも出来るのではないか。


 男装魔術師の脳内では、そんな最悪な予想が導き出されていた。


「女の子がそんな汚い言葉を言ったらだめだって。婚期逃すぞ」


「ふざけるな!」


 そして、男装魔術師が魔法を使うのに躊躇した隙に、サイードは僅かに残る竜巻から抜け、彼女に向かって走った。


「我、乞う。我に降る災いを遮る盾を!」


 慌てて手を振って風の盾を作り出す。怯む事も無くそのまま向かってくるサイードに、先ほどの予想が当たっていたのかと男装魔術師は恐れた。


「我、乞う。断罪し正義の槍を!」


 しかし、それでも勝ちたいという気持ちは消えない。盾を前方に配置しつつ、サイードの足止めをしようと幾つもの風の槍を落としていった。


「……避けてる?」


 そこで、ひとつの違和感に気付いた。

 おそらくサイードは、先ほどの竜巻は剣を使って対処したのだろう。しかし、風の槍はただ避けているだけだったのだ。避けきれないものは剣で防ぐが、それも弾くだけ。

 魔法を喰った、と言っていたのだから、そんなことをするよりも喰わせたほうが何倍も楽だろうに。なのにそれを何故しないのか。


「まさか……。剣がすごくても、あの子の魔力が低すぎて使いきれてないとか?」


 宝の持ち腐れ。男装魔術師の頭に、その単語が浮かんだ。だったら――


「当たれば勝てる!」


 槍の数が増した。

 サイードは器用に全てを避け、弾くのだが、活路を見出したと思っている男装魔術師には気持ちに余裕が生まれている。彼女の考えたことは、半分正解だった。

 サイードの剣は、対精霊用にと元々作らせていたもの。それが、本人も言っていた通り対魔術師にも有用であり、竜巻を無傷で対処できたのである。効果として、あの剣は魔法を吸収して蓄えたり喰うことが出来るのだが、それを発動させるにはサイードの魔力が(キー)となるのだった。そして、蓄えた魔法はその行使権を術者からサイードへと移し、溜まった分だけ同じ効果の(パワー)を放出する。

 確かに現在のサイードは、魔力をほとんど持っていない。種はやっと芽を出そうとしている、ぐらいだからだ。

 ただ、サイードは溜めたその力を解放していないだけで、出来ないのではない。だから、半分正解だ。


「やっぱ、学のある奴と戦った方がいくらか楽しいんだよねぇ」


「なんで当たらないの!」


「そりゃ、当たりそうなのは喰いつつ弾いてるし、俺があんたの方に向かっていかなければ、絶対に当たらないからだよ」


 最早、槍というよりは殺傷能力のある豪雨が降っているぐらいの規模になっているのだが、サイードはかすり傷のひとつもしていなかった。

 そして、剣の色もより濃くなっている。


「我、乞う」


「盾、ちゃんと魔力込めないと危ないよー?」


 男装魔術師は別の策を講じることができなかった。詠唱途中で、サイードが目と鼻の先に迫ったのだ。本人は予想以上にそこまで辿り着くのに時間がかかったと思っているのだが、彼女からすれば短時間。攻撃を避けながらにしては、あまりに早かった。


「くっ!」


「お、ナイス反射神経」


 危機一髪、盾がやっとその役目を果たした。

 ガツンと剣がぶつかり、敵を押し離そうと盾が風を放つ。


「笑う、な! だから君はなめられるのよ!」


 普段であれば男装魔術師も乙女だ、美男子が目の前にいれば赤面していただろう。だが、今の状況では、今のサイードの表情には、そんな気がまったく起きない。

 剣は怖い。負けるのも嫌だ。そして、自身にとっては崇高な目的の為に必死になっている。

 この戦いが始まるまでは、あの狂戦士(バーサーカー)を自分も馬鹿にしていたが、こうして対峙してみればその気持ちが十分すぎるほど理解できた。


「そんなこと言われても、楽しまなきゃ無理なんだよ」


 そうやって、憤りを込めて男装魔術師が叫び睨み付けた。

 けれど、答えを返してきたサイードの表情は、予想とは裏腹に苛立つでもなく一気に消える。笑っていた顔は何もかもを無くし、金の瞳が男装魔術師を景色から除外する。

 憎しみ、不満、恐怖。負の感情全てがそこにある、そう思った。


「いいじゃん、少しぐらい遊び感覚でやったって」


 それは、誰に向けての言葉だったのだろうか。男装魔術師にではないのは確かなのだが、そう言った直後にふわりと柔らかく微笑んだサイードは、再び彼女に意識を戻して「そう思わね?」と同意を求めたのだった。


 これには、男装魔術師も思わず赤面してしまった。あまりに優しく、柔らかく、美しかったせいだ。

 

「え? あ……」


 心の中で馬鹿にされているとも知らず、意味も無くうろたえる。


「あんたと俺、その目的の桁が違いすぎるんだよ」


 風の盾が強度を大分弱めているのにも気付かず、男装魔術師はその道化師が作り出す嘘に呑まれた。


「たかだか、お兄ちゃん一人を見返すだけの目的(ソレ)と比べられるなんて、俺を馬鹿にするのも程があるっつーの」


 そしてサイードは、瞬時に剣を逆手に持ち替え、溜めに溜めていた魔法のほんの一欠片を引き出す。


「がっはっ……!」


 そうすれば、風の盾は簡単に破られて、剣の柄頭(ポメル)が男装魔術師の腹部にめり込んだ。彼女はあまりの衝撃に身体をくの字に曲げ、ドサリと倒れる。

 見開いた目は生理的な涙を流し、突然のことに驚いた体内が悲鳴を上げて嘔吐させた。


「てめぇらは、どれだけ俺を苛立たせれば気がすむのかねぇ。今更謝ったって、赦す気はないけどさ」


 薄れゆく意識の中、聴いた言葉は低く地を這う怒りそのものだ。男装魔術師は思う。さらに蹴られないだけマシだな、と――


「勝者、サイード! サイード選手、見事決勝戦進出です!」


 この大会が終われば悲劇が始まるというのに、目前となったカウントダウンにも気付かずに、脇役であり後の犠牲者となる民衆はサイードへ大きな歓声を送っていた。









 その夜。一人の少女が覚悟を決めていた。


「もう、後戻りは出来ませんね。終わらせてしまいましょう。」


 自分の身長の三倍はある窓の外の月を眺めながら、その子は泣いていた。

 ただ、泣きながらも大人でも出せないような威厳と強い意志を持って微笑んでいた。


 そしてさらに、建物を同じくして別の場所では、一人の男が酒を煽りながら闘志を燃やす。


「あの男だけは放置しておけない。あのお方の為にも」


 剣を掴みながら見据える先には、残酷にも男に必死の想いを抱いている者の姿は微塵も無かった。


 リサーナでいるのをやめて、サイードで行動するようになってからの拠点となった森の中では、ルシエが静かに寝息をたてている。

 ルシエは知らない。自分に色々な想いが向けられているなど。


 精霊は必要なことしか教えない。それはある意味無情で軽薄で、とても軽い関係なのだった。



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