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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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だからこそ譲れない


「ファイアドラゴンを倒したとも、ウィンドドラゴンを退けたとも、数々の噂を持つ冒険者。狂戦士(バーサーカー)の異名を持つ大斧使いに対するは、花街から現われたとも思える程に目見麗しく、今回唯一、一度も剣を抜かずに勝ち上がってきた銀髪の青年。その実力は未知数ですが、真逆とも言えるこの二人がどう戦うのか。試合開始です!」


 司会の紹介はともかく、サイードと大斧使いの決着の場は正々堂々な試合へと移された。

 とはいっても、端からサイードは敵として認識してないのだろうが、相手の意気込みは相当なものである。

 大きな歓声と黄色い悲鳴が響き渡る中、大斧使いは心を表すかのように得物を片腕で振り回しながらサイードを全力で睨み付けていた。

 対するサイードは、どうやら今回も剣を構えるつもりは無いようだ。それどころか、客席の女性達に爽やかな笑顔で手を振っている始末である。

 ここまでくると、舐めているとか緊張感が無いだけでは、その奇行を説明できないかもしれない。何せ、今までのサイードを考えれば、正反対とも感じる振る舞いなのだ。勿論、先ほどの毒を抜きにしてである。

 まるで、全力で誤魔化しているというか、装っている気がした。


「助けてくれる大人はもういねぇぞ」


「別に、さっきだって助けてもらってないじゃん」


 それぞれアピールタイムが終了したのか、向き合った時に交わされた言葉はあまり意味がない。いくら浅慮だといっても、大斧使いも一介の戦士なのだ。

 予選では狭く定められていた戦闘エリアはその五倍程に範囲を広くし、二人は中央で対峙する。四方では判定とストッパー役である騎士が控え、観客はゴクリと固唾を呑んでいた。


「狂戦士の名ぐらい、虚勢じゃないとこ見せてくれよな」


「はっ、早々にリタイアなんかさせねぇからな」


 最初に動いたのは大斧使いだった。怒りは消え、真面目な表情となる。

 あまり整ってはいない大きな顔におまけ程度で付いている目は、釣り上がりぎらついていた。その迫力が狂戦士と呼ばれる所以なのかもしれない。


「芸も何もねぇでやんの」


 大斧使いはその巨体に似合わない結構なスピードでサイードに突進してきたが、それは予選での斧使いの動きと同じようなものだ。猪突猛進、一直線。ヒラリと軽い動作でかわすだけで事足りた。

 しかし、その後思わず瞠目する。攻撃の威力が、予選の者と段違いだったのだ。

 先ほど控え室で壁に亀裂が入っているのはしっかり見ていたが、あれでも精一杯手加減していたらしい。地面が、二メートル強の長さと一メートル弱の深さでひび割れていた。


「筋肉馬鹿もここまでくれば、立派な武器ってことか」


 さすがにそんな威力のモノを喰らうわけにはいかず、警戒も兼ねて距離を取る。

 観客は、その力量で大いに沸いていた。


「てめぇが避け続けて地面が壊れるのが先か、俺様の斧が制裁を加えるのが先か」


「試してみろよ」


 次にサイードを襲ったのは、豪腕により振られた斧が生んだ衝撃波だった。

 どこぞの少年マンガかと思わずつっこみたくなる攻撃を、またもサイードは跳んで避ける。

 しかし、大斧使いはわざとその場で地面に斧を突き刺した。


「うはっ、いいねぇそれ」


 そのまま着地すれば、亀裂で足を取られて態勢を崩しただろう。サイードは精霊の加護を受け、地面につくギリギリで再び軽やかに跳ぶ。

 その身体は羽のように軽く、飛んでいるようにも風に乗っているようにも見え、風の国の民にとってとても美しく映るのだった。


「ちょこまかと!」


 しかし、それだけでは防戦一方だ。衝撃波と地面の亀裂が何度も迫り、エリアの地面はまるで大きな怪物の爪痕のように抉れて、見るも無残なものとなる。

 それでも避け続けるだけで、次第に大斧使いの息が切れ大きく肩を上下させはじめた。

 そこでやっと、サイードの目に攻撃の光が宿る。


「お疲れだったり?」


「馬鹿を言え!」


 まるで岩がそこらにあるような不安定な足場を駆け抜け、サイードは舌なめずりをしながら大斧使いへと迫った。

 いくら小物っぽいと言っても、仮にも三回戦まで進む腕を持っているのだ。大斧使いにはしっかりとその動きが映っており、武器が的確に向かってくる相手を捉える。

 見た限り力は拮抗しているように思え、観客からしたら手に汗握る良い試合だ。二人に対してそれぞれ声援が降り注いだ。


「甘い、甘い」


「んなっ!?」


 大斧の届く位置に入った時、崩れた足場を利用して撹乱させながら懐へと向かったサイードには、当たれば確実に首が飛ぶであろう攻撃が迫っていた。

 スピードのせいで止まる事も避ける事も出来ないと思っていた大斧使いにとって、まさかそれが外れるとは思わなかったのだろう。空振りに終わり、思わず驚きで声を上げる。

 サイードは攻撃をしゃがむことで避け、そのままぐっと足に力を込めて両腕を地に付けた。それを軸に全体重を乗せた蹴りの狙いを大斧使いの顎に定める。見事、下から上へと衝撃が彼を襲い、巨体が簡単によろめく。

 当然、それだけでは終わらない。そこからは、攻撃のラッシュであった。

 顎の次は鍛え抜かれた胸。さらによろめいた身体に今度は足払いをし、まるで倒れるのを許さないというかのように背後へと回って背中から一蹴り。

 おかげで後方へ倒れることは回避できた大斧使いではあるが、さらに脇腹に一発くらい痛みでくぐもった呻きが零れる。


「まだまだ、終わらねぇよ。意識飛ばすんじゃねーぞ、筋肉だるま」


 地面を滑るような流れる動きで、サイードは再び大斧使いと向かい合う。

 どこが貴族だ、お坊ちゃんだ。小僧だ――餓鬼だ。そうやって、己の認識の間違いにやっと気付くのだが今更遅い。大斧使いはもう、獲物として狩人(ハンター)標的(ターゲット)となっている。

 ギラリと光る獰猛な視線はその目見麗しさに似合わず――戦慄した。


「俺に剣を抜かせてみろよ」


 最初の一撃で脳が揺れ、視界が定まらない。それでも大斧使いはサイードの言葉に己の誇りを刺激され、まだ持っていられた大斧を振った。


「それで終わりとか言うんじゃねーよな!」


 耳が笑い声と共に危険を訴え、視界が決定的にそれを教える。大斧使いがなんとか意識をしっかり保とうと頭を数回振れば、目の前には爛々とした視線と末恐ろしい笑みを携えたサイードがいた。


「うおおおおおおお!」


「んだよ、やっぱり小物じゃねーか」


 一際大きな歓声。サイードが大斧使いの腕に右足を振り下ろし、すかさず大斧を落とさせ、それを軽々と持ち上げて持ち主の首に添える事で、先ほどまでの派手さに比べて呆気なく試合は終わった。


「勝者、サイード!」


 まだ、気絶する方が楽だったかもしれない。無様に地面に伏せた方が、受ける屈辱は少なくなっただろう。

 進行役の勝敗を告げる高らかな声が響く中、大斧使いは目の前の青年に視線を縫い付けられていた。

 大斧を持てるようになるまでに鍛えなければいけなかった力は、その青年の肉体では到底無理なレベルのもの。片腕で振り回せるようになるまで、驚く程の時間と修行を必要とした。

 負けたことを驚いたのか、見た目にそぐわない腕力に唖然としたのか。

 一つはっきりしているのは、サイードにとって大斧使いの大切な相棒は、自分の腰でぶら下がっている玩具と同等だということだろう。勝敗が決まった合図で、最早用無しだとぞんざいに放り投げて背中を向けたのだった。


「精々這い蹲って泣けばいいさ、三下さん」


 ドスン、と二人の間に大斧が落ちる。その音の裏で、サイードらしい傲慢な言葉が槍のように大斧使いを突き刺す。しかも、大斧の奥から見えた表情は、馬鹿にするというより心の底から見下した笑みだった。


「くっ、くっそおおおおおおおお!」


 大斧使いは、悔しさよりも憤りを感じた。確かに彼は己を過信し天狗になっていた。自分より大きな斧を振りまわせる奴はいないだろう、パワーで勝る者はいないだろうと。それでも彼は、立派な戦士だったのだ。

 ある時は足の悪いお年寄りを背負い、ある時は畑を荒らす大型の動物を退治し、さすがにドラゴンを倒したというのは勝手に流れた噂であるが、襲ってきたドラゴンから行商を守って逃がしたことはある。決して悪人だったり、ならず者だったわけではない。

 だというのにだ。見た目軟弱なサイードは、いくら怒りに満ちて悪意を向けていたといっても、対戦相手に対する最低限の敬意も己のプライドも、戦士としての構えも何も持っていない様に感じた。

 ただ遊び、翻弄し、勝手に飽きて終わらせる。勝者として驕らないことは褒められるだろうが、敗者への労いも何も持たず、ただただ見下して哂うだけ。

 大斧使いは拳を地面に叩きつけて蹲った。

 観客は二人を勝者と敗者でしか見ない。故に歓声は収まらず、馬鹿みたいに叫ぶだけだ。

 サイードはとっくに控え室に向かい退場し始めていた。大斧使いは少しだけ顔を上げてその背中を睨む。

 全身に蹴りをくらっているが、威力は顎の一撃以外大したダメージになっていなかった。だからこそ大斧を持てた事を驚いたのだが、それよりも彼の心に巣食ったのはまだ戦えるという闘争心。

 ゾワリ、と大斧使いの雰囲気が一変する。


「待ちやがれ!」


 腹の底から叫ばれた声に、肩を貸そうと駆け寄って来ていた騎士達が止まって怪訝な顔をした。


「納得いかねぇ! 俺はまだ戦える!」


 何百もの歓声に負けないその訴えは、観客すらも黙らせた。

 しかし、サイードは立ち止まりも振り返る素振りさえも見せなかった。

 それでも構わないと、大斧使いは立ち上がる。二歩ほど歩けば、直ぐに大切な武器を掴む事が出来た。

 不穏な雰囲気を察知した騎士の制止の言葉を無視し、血走った目で尚もサイードを睨む。


「試合は終わったぞ。こっから先は、ただの戦いだけど?」


 そこでとうとうサイードが反応した。殺気を向けられて、試合だからこれ以上は無しだと常識的な言葉を吐けるほど、寛容な心を持ち合わせていない。

 目には目を、歯には歯を。大斧使いも、今の言葉の意味を理解していた。

 しかし、それぐらいでは止まれなかった。


「剣を抜きやがれっ!」


 確実に殺傷能力のある衝撃波が五つ、騎士の制止も空しく放たれる。

 それはまるで檻の様に逃げ場を塞ぎ、サイードを取り囲む。悲鳴と怒号、お祭り騒ぎであった会場は騒然となった。

 サイードが振り返ったのは、衝撃波がほとんど目の前に迫った時だった。跳んで避けようにも、その攻撃の高さは優に三メートルは超えている。さすがのサイードも、その高さを怪しまれずに越えるのは無理だった。

 さらに、衝撃波の間を縫って避けようにも、その隙間に誘われた一枚の葉が粉砕されてしまったのを見て無理だと諦める。

 試合で繰り出されていたものも大分加減されていたのだと、観客はこの時やっと悟った。なんだかんだで大斧使いは常識人であり、決して殺そうとは思っていなかったのだ。

 当たれば死ぬかもしれないという攻撃も、予選でサイードが行ったように、相手が避けれると確信していたからこそのもので、ただ単に自分を認めさせたかったのだろう。

 ウィーネ杯という、戦いではあるが一種のスポーツを披露する場で誠意を欲した。

 力の優劣は当然ある。だが、サイードの言動、視線は、人として見ていなかった。大斧使いだけでは無く、出場者全員を。どうでも良いと、愛想の良さそうな青年の仮面の下で語っていた。

 他の参加者もそれは感じていたが、彼等と同じように黙って見過ごせる程、大斧使いは懐が広いわけではない。

 ただ、控え室の一件でサイードがもっとマシな態度を取っていれば、こんなハプニングは起きなかったはず。苛立ちの仕返しなのだとしたら、二倍返しではすまされない。


「正当防衛ってことで、構わないよな?」


 一般の観客の誰もが、若い青年が衝撃波の犠牲になる瞬間を見ないようにきつく瞼を閉じる。何人もの魔術師が防御の魔法を発現させるが、間に合うかどうか。

 そうしている間に、五つの衝撃波は湾曲して鳥籠のようにサイードを包んで一気に閉じる。

 四方を囲まれ、逃げ場は無かった。


「三下は撤回してやるよ。そんかわり、あんたは冒険者じゃなくなったけどな。ルールは守らなきゃいけない、だろ?」


 轟音と共に砂埃が舞い、何人もが身を縮めて悲鳴を上げた。

 しかし、その耳に聞こえたのは肉を切り裂く音や、まして断末魔でも無かった。

 ただ、安堵も出来ない。派手に舞った砂埃の中からひとつの塊が飛び出してきたのはよかったが、それはかなりの速さを出して大斧使いに向かっていく。彼も騎士は取り押さえられず、塊へ大斧を構えて突進する。

 最早これは試合では無い――死闘だ。

 砂埃の中から出てきたのは、当然サイードである。その身体は、至る所に細かい裂傷を作っていて、陶器のような肌を赤く色付けている。

 頬から流れてくる血を舐め取る姿は、仮面が剥がれて本性が剥き出しであった。


「やっぱ、お遊戯じゃあ面白くねぇよなあ!」


 その手には玩具の剣が握られていて、サイードはそれで大斧の一撃を受け止めた。ピシリ、と不穏な音が耳に届くが、まったく気にしていない。

 大斧使いは既に言葉らしい声を出しておらず、攻撃を止めた剣を鬱陶しそうに力押しした。

 サイードは一体何をしているのだろうか。その身体は僅かに風を纏っており、髪が不自然に靡いていて、もし周囲が冷静であったなら一目で不審に思っただろう。

 単純に、風の国に来てから溜まりに溜まっていたストレスが爆発しているのであればまだ良いが、三つの人格のせいで精神のバランスが壊れているのだとしたら。今の様子では、あながち外れていなさそうだから恐ろしい。


「そこまでだ!」


 そして二人が一度距離を取り、再び打ち合おうとした時。客席の最前列、一際豪華で護衛も立たせている来賓席から一人、その間に飛び込む者がいた。

 その者は右手の剣で斧を止め、左手でサイードの剣のグリップを握って抑え、二人に負けない闘志を纏って叫ぶ。

 瞬間、客席は一気に安堵したのである。まるで、彼が出てこればもう大丈夫だというように――


「伝統あるこの大会で、そのような態度をされては困る。両者、武器を収めるんだ」


「俺、死ぬところだったんだけど」


「だったら尚の事、私がさせないから引きなさい。これ以上は見過ごせない。当然、その懐に忍ばせている武器からも手を離すんだ」


 凛とした響きの声は一切の反論も認めなかった。

 興ざめしたのかサイードは、やれやれと溜息を吐いてあっさりと引き下がる。

 対する大斧使いは、それでも引けないのか息を荒げて睨み続けた。


「君の気持ちも分からないでも無い。この青年は、目に余る言論と行動ばかりだからな。当然、控え室での報告も上がっている」


 肩を竦めて心外だとサイードは思うが、口を挟まずに大人しく剣を仕舞った。そして、一斉に駆け付けてくる騎士達に小言をもらいながら怪我の度合いを診てもらう。

 その間も、大斧使いを宥める言葉は続いていた。


「だが、だからこそ、自分の信念を揺らがせるな。こんな相手の言葉に耳を貸すぐらいなら、素振りでもしていた方が何倍も己の為になる」


「おい。流石にそれは、俺に失礼すぎやしないか?」


 大斧使いはその者の言葉でやっと斧を下ろし、周囲を騎士で固められながら退場した。

 となると、サイードは間に入って来た者と必然的に向き合わなければならなくなるのだが、あまりの物言いに襲われたのは此方だと目を細めた。

 その金の瞳には相手の姿が映されている。相手は忘れたくとも忘れられない、クリーム色の髪にピーコックブルーの瞳をした憎きウィーネ騎士団団長レイスだ。


「全力で殺そうとしていた者が、偉そうに。私を欺けるとでも?」


 サイードは傷の手当てをと救護室へ連れて行こうとする騎士を払いのけ、目の前のレイスに言う。

 流石、民に人気の騎士様だ。かなりの歓声がして、サイードが五月蝿さで眉間に皺を寄せた。

 それでもレイスは、ニコリと目だけは笑わず微笑む。


「まさか素顔でいるとは思わなかったし、この大会に出ているのも予想外だったけどね」


「ちっ……」


 ここでやっと、サイードがこの大会で彼らしからぬ振る舞いを多々していた理由が分かった。考えれば直ぐ分かったことなのだろうが、レイスが騎士団長であればお偉い方の一人として観戦していても当然なのだ。しかも、よくよく来賓席を見れば、お姫様もそこにいらっしゃるではないか。

 だからサイードは、悟られないように振舞っていたのだ。まあ、堪え性が無さ過ぎてどうやら問題児として報告が上がっていたようで、努力空しくしっかりバレていたらしいが。


「何を考えているのかは知らないが、もう少し賢く立ち回ってくれないか」


「何故、お前の事を気にしなければいけない? 俺を探していたみたいだが、こっちは何の用も無いしな」


 苛々と腕を組んで貧乏ゆすりをしながら返すサイードと、余裕綽々、威厳たっぷりのレイス。

 二人に面識があることにレイスの部下達が驚くが、それ以上に普段は柔和な彼がサイードに対し、嫌悪感を剥き出しにしていることで慌てている。

 どうやらその中に、あの森に居た者はいないようだ。

 そろそろ次の試合の為に場を開けるべきなのだが、丁度、大地の精霊と契約している魔術師がエリアの修復を行う為に空いた時間が生じ、二人の会話は続けられた。


「何故だって? 色々とやらかしてくれたくせに、よく言ったものだ」


 強烈なブリザーブが吹き荒れる。レイスは未だ、サイードのあの時の所業を根に持っている様だ。ただ、捕らえるつもりは無いのだろう。


「やらかしたも何も、助けてやっただけだろう。無事、森を抜け出せたみたいで何よりだ」


 サイードもサイードで、レイスと関わり合いたく無い様子。そっと来賓席に視線をやり、お姫様が自分を見ている事に気付いてもう一度舌打ちをしている。


「危うく迷ってしまうところだったよ。さて、それよりもだ。一生懸命別人だと装っていた様だけど、こうしてバレバレだったと分かったのなら、剣もそんな鈍らを使う必要が無いんじゃないか?」


 いつまでこんな奴に付き合わなければいけないのだと思うサイードだが、大勢の人間の前では、レイスにこれ以上の礼儀を欠く態度を取ることが許されない。自分の努力を無駄だと言われ、だから何だと視線だけで返すのだが、彼は気にせずサイードの指輪を目で示した。


「特例として許可しておくから、ソレを使うが良いさ。そして是非とも優勝してくれよ? 私には、君に聞きたい事が幾つかあるのでね」


 その申し出はとてもありがたいものだったが、後半の言葉には面倒事の気配がたっぷりと込められていて、思わず零れそうになった暴言を必死に呑み込む。


「明日の決勝とデモンストレーション、楽しみにしているよ」


 そして、レイスは実に優雅に、尚且つ上目線で、再会を喜びながら自分の席へと戻るのであった。

 逆にサイードは、今までで一番機嫌を悪くし、腰の剣を乱雑に投げ捨てながら退場した。

 顔は若干俯き、何も無い先を激しく睨みつけるのだが、髪に隠されぎみの右の瞳は、隠しきれない感情のせいか金と赤に忙しなく変化していたのである。



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