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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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敗者となっても勝者の如く


「本戦進出者は、ここで抽選を行ってくれ」


「はいはーい」


 一つのショーにもなりそうな戦闘で勝者となったサイードは、案内役に従い今度は本戦進出者用の控え室に入った。

 そこでは既に二十三人の今後の対戦相手が待機しており、視線が一斉にサイードへと注がれる。


「へっ、坊ちゃんかよ。金で進んだか何かだろーな」


 その中の一人、大斧を持った男の言葉が室内の笑いを誘った。先に駒を進めた者達はサイードの戦いを見ていないので、認識の改め様が無かったのだろう。

 同じ二セット目の『武』の進出者も、サイードのブロックが一番試合時間が長かったので中途半端にしか見ていない。


「君の名は?」


「サイード」


 まったく相手にしていない様子のサイードであるが、抽選を行っている騎士の指示に従いながらも僅かに眉を顰める。

 騎士は一度手元の参加者名簿を確認して、小さな箱の中から中身を一つ引けと差し出す。吟味する事も無く適当に選んで取り出した石には、白い線で四角い記号が書かれていた。


「一回戦、四試合目だな」


「おや、私の相手ですか」


 それを見た騎士は、部屋の壁に大きく貼られたトーナメント表の同じ記号が記された場所へ名を書き込んだ。反応したのは、一人の魔術師であった。


「こてんぱんにして、社会の厳しさってのを教え込んでやれよ」


「勿論ですよ。貴族だからと、甘えが許される場所ではありませんしねぇ」


 トーナメント表をまじまじと眺める横で交わされる本人を無視した会話。これはさすがに、サイードでなくとも苛立つだろう。

 本戦からは『武』も『魔』も関係ない組み合わせではあるが、『魔』が多い分バランスは悪い。

 四試合目であれば今日中に一戦交えることになるだろうな、と考えたサイードは、そこでやっと室内の連中へと視線を向けた。


「見た目だけは強そうな人ばっかだから、舐めた口利くなとかは言わないけど。さっきからさ、坊ちゃん坊ちゃん煩すぎ。俺、貴族じゃないんだけど」


「そうなんですか?」


 これは意外だと魔術師は驚き、サイードが頷く。周囲も、だったら実力で勝ち取ったのかと信じられないながら、まじまじと目の前の青年を値踏みした。

 見た目だけは、という嫌味はさり気無さ過ぎて気付かない者ばかりだった。


「がはっは! お前等、そんな身構える必要あるか? 所詮運だろ、運」


「だけど、運も実力の内と言うしねぇ」


「だったら、私がその運を上回ってあげますよ」


 確かに本人もさっきの試合は運が良かったと思っているが、他人に言われればただの嫌味。面倒だなと、今後は別の意味で素顔でいるのは控えようと決めた。

 そして、こうなってしまえば、これからの展開を簡単に察する。

 だがまあ、今回は牽制も出来るので愚直だとは言い切れないのかもしれない。部屋にひしめく人間をぐるりと見回したサイードは、抽選係の騎士が文句を言ってくる前に一旦扉から離れ、無邪気な笑顔で口を開いた。


「少なくとも、あっちの人とそこの人」


 さあ、どう毒を吐くのか。サイードは突然、壁に凭れかかっていたローブを来た性別不明の者とレイスに似た優男を指差す。

 何を言っているんだと笑っていた者達が静まり、全員がサイードと指を差された二人の間で視線をさ迷わせた。

 その二人もサイードを笑ってはいたが、殆ど空気の様に気配を消していた為、まさか自分に意識が向けられるとは思っていなかったのだろう。

 ピリっとした雰囲気が部屋を満たしていく。


「俺なら、あの二人の方を怪しむよ? 一人は、女なのに男の格好してるし」


 それが分かっていながら、自分の事は棚に上げて言った。案の定、係りの騎士を含め驚いた面々は、一斉にローブの者を凝視する。それでたじろがない所からして、ローブの人物も大分肝が据わっていそうだ。

 しかし、皆の反応に反して、サイードはやれやれと肩を竦める。


「違う違う。そっちの人は、魔術師みたいな大剣使いさんでしょ。ガタイがずば抜けて良いって訳じゃないのに、身の丈大の剣を振り回すなんて俺も吃驚だけどさ。女は、剣士みたいな魔術師さんの方」


 ピクリ。サイードの標的にされた二人の肩が同時に跳ねる。ここまで他人の手の内を晒すのは戦いに身を置く者としてルール違反ではあるが、ニコリと笑うその顔が、馬鹿にしたお返しだよと威圧していた。

 二人以外の他の面子も、気付かなかった者は言外に格下扱いされ、気付いていた者も自分だけの有利な情報を晒されたわけなので、結果的に全員がしてやられたわけだ。


「あらあら。可愛い坊やだと思ったら、とんだ策士ね。やられたわ」


 誰にも破れそうに無い沈黙を柔らかい雰囲気で突破したのは、クリーム色の長い髪を後ろで一つに纏め男の装いをした、サイードの言っていた剣士のような格好をした者だった。

 ズボンは男の服装だと根付いているこの世界では、それを着ているだけで男装となる。

 ちなみにこの間に、三セット目の進出者が三名この空間に入って来ていたのだが、騎士までもがサイード達に注目してしまっている為、可哀想に扉の前でどうすれば良いのかも分からず戸惑っている。

 これも見越してサイードが扉から離れていたのであれば、男装魔術師ではないがとんだ策士というか、予想出来ていたのなら少しはこういったトラブルを回避する努力ぐらいして欲しいものだ。


「そりゃあ、貴族じゃないのに、貴族だ、ぼんぼんだ、って笑われたらさすがに俺でも気分悪いよ」


「ごめんなさいね。でも、場違いな感は否めないから仕方が無いわ。舐められたくなければ、それ相応の雰囲気を纏うのも強さのうちでしょう?」


 男装魔術師は、開き直ったのか否定をしなかった。声はどう頑張っても女にしか聞こえないので、誤魔化しは効かなかっただろうが、後ろめたさも持っていない。

 背後の進出者が不憫だったのか、サイードは騎士に顎で彼等を示し、スタスタと男装魔術師の横へと移動する。

 その際に肩を竦め、「なら、逆も考えようよ」と言う。


「逆とは、油断させる為に弱いと思わせようとするということか?」


 それを返したのは、ローブの人物だった。興味が湧いたのか壁から身体を離し、サイードと男装魔術師に向かってくる。こちらは声から男だと分かった。渋めなので、三十代ぐらいだろう。


「皆の憧れ、ウィーネ騎士団団長なら説得力があるかもしんねーが。坊ちゃんみてーなのは、普通によわっちいだろうよ! そんなひょろい身体で、剣も玩具レベル。口は達者みてーだが、所詮それだけだろ」


 「けっ!」と割り込んでくる大斧使いは、今日もしくは大会後、闇に葬られてしまうのではなかろうか。先程から、悉くサイードの苛立ちを誘っている気がする。サイードの目が一瞬細まったので、あながち外れていなさそうで怖い。


「とにかく、ローブの人の言ってる通りだよ。まあ、別に自分の力はたかが知れてるから、俺が強いってことじゃないけど」


「剣は使い手を映すからな」


「私は君の言う通り、魔術師だから分からないけどね」


 どうやら、大斧使いは三人の輪に入れてもらえないようだ。全員から薄い反応しか示してもらえず、逆に彼が周囲から笑われてしまい、顔を真っ赤にしながら機嫌悪く部屋の隅に移動していく。

 それを男装魔術師がクスリと笑い、ローブの男は無反応を貫き、サイードは肩を竦める。

 三人で壁まで移動し、本戦開始までの時間を潰す事にしたのだろう。ただし、誰も名乗って仲良しグループを作ろうとはしないので、違った意味合いもあるのかもしれない。


「そんなにこの剣、安っぽいかな」


「値段云々ではなく、グリップがまず使い込まれていない新品同様だ。鞘を見ても同じ。一度も戦闘で使っていないのではないか?」


 サイードの思わずの呟きに、ローブの男が丁寧に説明をしてくれる。

 ベテラン故か、人柄からか。ただ、男がサイードを軽視していたのは自分のタイプを暴露される前までなのは確かだろう。

 そしてサイードも、頷きながらこの男が他とは別格だと感じていた。

 それは男装魔術師も同じである。特にこちらは、精霊と誰よりも親密な関係であるルシエには分かりやすい。

 勿論、自分以外が相手ならかなりの強者になるだろう、という意味でだ。


「え、でも待って。そしたら君、剣を抜かずに予選突破したってこと?」


 馬鹿にしつつも、余程サイードの事を皆気にしているのだろうか。男装魔術師の発言で部屋がざわついた。

 国を挙げてのこの大会では、新人といえど将来有望な者や傭兵として少なからず名が知られている者が出場するので、レベルとしてはかなり高い。なので、予選であれ簡単に勝てるものでは無く、その中で登録武器を使わず戦うというのは相当難しい事だった。

 それを、皆が馬鹿にする小僧がやっていたのであれば、今度こそ本当に認識を改め最大限警戒する必要が出てくるだろう。

 答えをゴクリ、と待つ面々にサイードが取った行動は、微笑むことだった。しかし、それは僅かの時間ですぐにその無邪気な笑顔は消え、全てを拒絶するような冷たい瞳と鋭い嘲笑が浮かぶ。

 両隣からはっと息を呑む気配を感じながら、その視線は先程の大斧使いに向けられていた。


「まあね。俺、運が良かったみたいだし?」


 ああ、怒っている。きっとこの瞬間、部屋の全員が感じたことだろう。そして、大斧使いに対しては、お前死んだなと哀れみを向けた者も何人かいたはずだ。


「でも、本戦に出るからには、俺だって優勝目指してるからね」


 そんな凍りついた雰囲気の中、サイードはそうのたまうのだが、今までで一番笑いを誘いそうな言葉を誰も笑えなかった。新たに視線を向けられた、初戦の相手となる魔術師に至っては恐れ戦いた始末。

 この時、丁度本戦出場者が全て出揃っていたのだが、おそらく魔術師はサイードに歯が立たないだろう。魔法が精霊に頼らなければ使えない限り――


「……で、では、これにてトーナメントの組み合わせが決定。二の大鐘と一の小鐘が鳴り次第、本戦を開始する。本日は一回戦八試合目までを予定しているので、該当する者は必ず控え室へ来る様に! 明日は、一の大鐘と一の小鐘を合図に一回戦九試合目からの者と、二回戦出場者は集合。遅れた場合、容赦なく棄権とみなすので注意すること。それでは解散!」


 係りの騎士も、この空気で告げるのには大分勇気がいっただろう。それが合図となり、それぞれが試合前の腹ごしらえをしたり、明日の為に身体を休めたりする為ぎこちない動きで部屋を出て行くのだが、その際誰もがサイードを遠巻きにするのだからおかしい話である。


「んじゃ、俺はここで寝て過ごそうっと」


「……予選控え室でも寝てたな」


 そのサイードは、また寝ることにしたらしい。ローブの男が呆れたように言えば、「だって、育ち盛りだからさ」と適当に返すだけで、即効床に寝転がった。

 男装魔術師がそれを見て僅かに顔を顰めるが、機嫌があまり良くないサイードを相手にお小言を言うべきではないと分かっているらしい。肩を竦めて出て行った。


「これは、策士というよりとんだ道化だな」


「おじさんも、堅気ぶってるけど、大分やんちゃしてる口でしょ?」


 背中を向けたまま「俺にはどうでも良いけど」とのサイードの言葉に、ローブの男は一瞬驚いた様子で身体を固め、「この道化が」と笑った。


「久しぶりに本気を出せそうな奴に会えたかもしれんな。今後の楽しみの為、全力で鍛えてやるから精々勝ち上がれ、若僧」


 ひらり、と振られた手は了承か抗議か。試合とはいえ、質実剛健な者の集いではないのだから気楽に寝るのは関心できないが、本気で寝入った感じが気配で分かり、ローブの男は再びクツクツと笑いながらその場から去っていった。

 今日に試合があればまた会うことはあるだろうが、サイードが興味を持っていない限り次に接触するのは闘技場のステージだろう。


 暫くして――耳元で聞こえた物音で目を覚ましたサイード。


「鐘、鳴ったわよ。それにしても、暢気なものよね」


 敵意は感じないが、良い気持ちで落ちていたところを無理矢理浮上させられ、誰だと鋭い視線を音の発信源へ向けた。


「私は一試合目だから行くけど、少しは何か食べ物を入れておきなさい。じゃあね」


「あー……、うん。頑張って」


 そこにあったのは茶色の紙袋で、声の主はあの男装魔術師だ。だが、のろのろと彼女に視線を移動する頃には、その身体は扉の外へと消えている。

 どうやら完璧に寝入っていたらしく、外では予選以上の歓声が響き出した。


「トルッテか。お人好し、なのかねぇ」


 集合時間は過ぎ、試合が始まるらしい。頭が覚めるまでぼーっとしていたサイードだったが、渡された紙袋を徐に確認した。

 すると、中身はお馴染みになったサンドイッチもどきである。

 それを見て呟いたサイードだが、その内の一切れに目を細め――


「これは、お坊ちゃんから立派な敵と認識されたと、喜ぶべきかな」


 その言葉が何を意味するのか、言う必要は無いだろう。

 戦いは既に始まっているのだ。





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