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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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さぁ、歴史に名を刻もう


 城の近くに造られた専用の闘技場。かなりの広さを持つその存在自体が、いかにウィーネ杯が国にとって重要で歴史あるものかを物語っている。

 そして本日、街の人間の半分以上が集っていると言っても過言では無いぐらい、そこは人で溢れていた。

 至る所に出店が立ち並び、時折迷子になってしまったのか子供の泣き声が混じりながら、喧騒と熱気で満ちている。

 ただ、観客は朝早くから会場で我先にと場所取りをしているので、外に居る者達のほとんどが会場入りが叶わなかった者か出店目当ての客だ。

 それに全員が全員、純粋にウィーネ杯を楽しむかと聞かれればそうでは無い。

 貴族達は出場者を対象に賭け事に興じたり、他国の間者が紛れたり。こういった大きな行事では、どこでも何かしらの思惑が付き纏ってくる。

 それを踏まえて開催し続けているのでなければ、最大の国と豪語は出来ないだろう。


「あー……」


 そして、参加者の控え室でも一人、ある思惑を持った人物が大きな欠伸をしながら暢気に構えていた。

 シルバーの短髪は無造作に跳ね、ゴールドの瞳を潤めるその者は、様々な雰囲気を醸し出す集まりの中、壁にもたれてひっそりと佇みながらも一際目立った容姿をしている。体つきが成長途中なのか、周りに比べ細く軟弱そうだというのも理由の一つなのだろうが、何より形の良い薄い唇と長い睫に縁取られた切れ長の瞳、すっきりとした鼻筋をした顔が、つまりは整った容姿がむさ苦しい『武』の控え室で異質に見えるのだ。

 何を隠そうサイードである。


「くっそ、めんどくせぇ。いつまで待たせんだよ」


 サイードは、寝不足なのか肩を解しながら独り言つ。

 それを他の参加者はちらりちらりと横目で盗み見て、こいつは警戒に値しないなと嘲笑った。

 どうやらウィーネ杯には、素顔を晒して参加するらしい。服装も簡素なシャツに黒のパンツ、機能性を重視した少しごつめのブーツという姿である。

 誰もが防具や盾を装備しているので、それがさらに小物臭を漂わせているのだが、本人は全く気にしていなかった。

 そもそも、何故サイードが参加者(・・・)の控え室に居るのか。

 リサーナとして光風の便り亭でウィーネ杯の情報を入手した時には、確かに参加エントリーは終了していた。

 それが寝不足な原因なのだが、どうやったって不正参加をしている。

 リサーナの行方を晦ませサイードとして取った行動は、まず参加者名簿を入手することだった。

 そして、その中でも予選敗退しそうな者を探し出し、選ばれた哀れな生贄を出場出来なくさせて名簿を摩り替える。

 無名の者も参加する上に、その人数が多いからこそ欺けたのであるが、何とも卑怯である。

 ただ、だからといって参加すればサイードの思惑が成功するわけでない。言うなれば、これは下準備の段階なのだ。

 その目的の最終地点は、城に入城する権利を勝ち取る事にある。そうすれば、例え精石を目の前にしなくとも、場所を探せば恐らく詩を歌えるだろう。

 なので、大変なのはこれから。そのはずだ。

 しかし、その本人が欠伸を何度も噛み殺すことが出来ず、更に腕を組んで俯いて眠り扱けようとしていればどうも実感しずらい。

 他の『武』部門での参加者も、始めは眼中に無いという雰囲気を持っていたというのに、あまりのだらけ具合で苛立っている様子だった。

 ちなみに『武』とは、この大会は武術を力とする者と魔法を力とする者が入り乱れる試合となっており、その使い手の区別も兼ねて武術専門を『武』と、魔法を主とする者を『魔』としている。

 そして、今大会ではそれぞれで競うわけではなく、予選以外は『武』であれ『魔』であれ関係なく戦わなくてはならない。

 イメージとして、ほとんどの者が魔法を使う(イコール)後衛と思うかもしれないが、魔術師だからといって魔法のみで戦うわけでは無いのだ。でなければ、一対一の戦いになり相手が武術の使い手な場合、魔術師は簡単に死んでしまうだろう。

 そうならない為にも、魔術師は自主的にウィーネ杯に参加し、己の力を高めようとするのである。

 それは武術を専門とする者も同じだ。めったに魔術師と戦う機会が無い分、この機会に経験を積もうとエントリーするのである。

 実戦に近い試合。それは訓練で鍛えられないものを与えてくれる。

 だからこそ、サイードの気の抜けた態度は、向上心に満ち溢れる参加者にとって勘に触ってしまうのだろう。どこぞの貴族のぼんぼんが、親に言われるがまま適当な気持ちで参加している。恐らく、ほとんどの者がそう思ったのではないだろうか。

 独り言を聞けばその口調からまた違って見えるのだろうが、褒めるべきか上辺だけなら、サイードは気品があると勘違い出来る。


「早く終わらねぇかなー」


 本気で寝てしまいそうになり、カクンと身体の力が抜けた反動で朧気に覚醒したサイードは、周りがそう思っているとも知らず呟いて、結局綺麗とは言えない床へと直で横になり寝息を立てるのであった。当然、精霊に出番になったら起こしてくれと頼むのを忘れずに。


「これより、ウィーネ杯を開催する!」


 外では丁度開催宣言が行われ、すぐさま『魔』の予選が開始されており、歓声と衝撃音が響いていた。









 ウィーネ杯のスタートは予選から始まる。今年は『魔』で登録した者が百十名、『武』が八十名の計百九十名による戦いが繰り広げられることとなった。

 得意分野関係なく力を競うこの大会であるが、予選のみ『魔』と『武』を分けて行うのが通例。狭い範囲での混戦においては、範囲攻撃を持つ『魔』が有利となってしまう為にそうなっているのだ。

 毎年、均等に人数を振り分けたブロック毎に予選が行われるのだが、今年は『魔』が十八ブロック、『武』が十三ブロックに分かれて本戦出場者を決め、午後からその本戦が始まる。本戦へと進出できるのは全部で三十一名というわけだ。

 そして、見た目が派手な『魔』から予選がスタートし、勝ち上がった者から順に本戦トーナメントの抽選を行っていく。

 会場の広さの関係で、一度に三ブロックが限界の為に生じる待ち時間は、個々の精神集中を高める時間として使われていた。


「あー……、寝たら尚更疲れた」


 なので、それを寝不足解消に使うというのはただの馬鹿か余裕があるのか。しかも文句まで言うのだから、余裕があるからでなければ一生の恥にしかならないだろう。

 精霊に容赦無く叩き起こされたサイードは、『武』の予選一ターン目の終わり間際で凝り固まった身体を解していた。集合時間が陽が昇って直ぐだったので、地球だと八時程になる今の時間を考えれば、約二時間寝ていたことになる。

 会場は大分熱気が高まっているだろう。予選『武』の部四ブロック目に位置するサイードは、案内役の騎士の指示で会場へと歩くのだった。

 周りの剣呑な雰囲気もどこ吹く風、マイペースに首を解す姿はいつもより柔らかい印象を与える笑顔を貼り付けている。

 薄暗い控え室から外へ出れば、久しぶりの光に自然と目が細まった。

 とりあえず足を止めずにいれば、次第に目が慣れていき、視界には普通では気負ってしまう程の人、人、人――

 円形に作られた闘技場の戦闘エリアには、中央に造られた土台を中心に左右にも同じものがあり、そこでそれぞれ予選が行われる。

 大きな歓声で迎えられたサイードは、その内の左側へ行くように指示を出された。

 他にも六人が同じ場所に促され、全員で七人が四ブロック目の参加者なのだろう。サイード以外の皆が防具を装備し、気合十分だ。


「それでは、ルールは同様、各ブロックエリア内で最後に立っている者を本戦進出者とし、武器は登録したもののみ使用可、致命傷は厳禁とします! エリア外へ出たり、急所に武器を添えられたら敗退。膝をついても負けと判定しますので、各々全力で誠意を持って戦う様に!」


 どういう原理か、進行役の説明が喧騒の中でもしっかりと参加者の耳に入ってくる。

 各ブロックに監視と判定の審判役を務める騎士が三名ずつ付き、準備の確認かお互いに頷き合う。サイードのいるブロックには、光風の便り亭での最後の夜で出会った監視役(・・・)の青年が居た。

 心なしかやつれている気がして、サイードが隠れて笑っていた。


「それでは、武の部予選二セット目、始め!」


 そうしている間に、進行役の合図と共に戦いは始まった。

 サイードの相手となる六人だが、其々が持つ武器を見るに剣を使うのが三人の斧が二人、弓が一人である。


「真面目に頑張るねぇ」


 皆が一斉に構え、近くに居る敵と素早く打ち合っていく。人数的に一人あぶれるこの状況で、サイードは開始と共に軽快にバックステップや側転をしてエリアの端へと移動した。上手い具合に全員の意識外を移動するのだから、その根性に最早脱帽である。

 そんな行動で客席からは幾つかブーイングが上がるが、それは甘いマスクを利用してウィンクをしたり唇に人差し指を当てたりして静めていった。

 その際、女性の何人かが額に手を当てクラリとよろめいた気もしたが、恐らく気のせいだろう。……気のせいであって欲しい。

 こうして、一人だけ明らかに可笑しい者がいる四ブロックのエリアであるが、早々に一人がリタイアしていた。サイードの様にエリアの端に位置取った弓使いが、目の前の相手に集中する者達の中で一番身近に居た者の脛を器用に射たのだ。

 それにより、相手を失くしたもう一方が弓使いへと標的を変えるが、素早い矢の補充で次を射るまでのタイムラグが少ない卓越した技術は接近を許さなかった。


「へぇ……」


 傍観に徹していたサイードは、素直にその腕前へ拍手を送った。

 このような作戦は、外せば自滅しかねないものだ。下手をすれば敵同士がその場で協力し合い、弓使いを倒しにきかねない。

 それを気配を消してこなす様は、純粋に褒められるものだった。

 弓も使えるようになった方が便利そうだと新たな発見をしたサイードであるが、別で対峙していた内の一人もいつの間にかリタイアし四人となった状況では、傍観し続けることは叶わなかった。

 たった三人減っただけでエリアは格段に広くなる。

 サイードの登録している武器は剣なので、それを含めて剣が二人、斧が一人、弓が一人。さて、そうなるとどういった組み合わせになるのか。

 残り二つのエリアでも、早くも進出者が決まったり一対一になっていたりと進展が見られる。


「と、なると。俺が一番場違いってなるかなー」


 周りとの温度差を自覚しているのか、サイードが苦笑を浮かべながら気を張るのと、二本の矢が放たれるのはほぼ同時であった。


「まずはお坊ちゃんにご退場願おうかねぇ!」


 しかも、斧使いまで標的をサイードに決めたのか、せっかくの偶数となったというのに混戦である。この流れからいけば、残りの剣士もそれに加わるだろう。

 弓と違い剣士が背中から切るのは、このような場では侍でなくとも褒められたものではない。


「俺は残念ながら、っと、お坊ちゃんじゃない、うぉ! ちょっと、全員でとかひどくない!?」


 今回のサイードは、今までと比べフランクでおちゃらけた青年だ。矢をサイドステップで避ければ元々居た場所に刺さり、それに反応を返す前に斧が横から振り下ろされる。

 下手をしなくても当たれば脳天からぐしゃりとなりそうな攻撃で、観客からは悲鳴が零れ審判は慌てた。

 それも、少しずれた反論をしつつ前方へと二回転して避けるが、今度は着地地点で剣士が待ち構え素早く仕掛けてくるので、少し驚きながら再び側転してやっと体勢を落ち着けることが出来た。

 まるで曲芸のような身軽な動きは、大いに会場を沸かせた。


「劇団にでも所属してたのですか?」


「いんや、俺はあんたみたいに繊細なだけだよ」


 攻撃を見事に全て避けられた三人は、サイードがそんな動きをするとは思っておらず驚き、弓使いが戦いの最中にもかかわらず思わず問いかける。

 残りの二人は言外に貶され、弓使いも皮肉を言われることになるのだが、剣呑な雰囲気をものともせず、サイードはその場で軽く跳ねてやっと臨戦状態になったのだった。


「これは、武器を使わない方が良さそうだな」


 カチャリ。この大会の為に用意した急ごしらえの腰の剣は、ハンデにはなれど相棒とはならないだろう。そんな理由での発言なのだが、それもまた挑発にしかならず、元々が好戦的なのか結局一対三の戦いでいくしかなさそうだ。

 何故指輪の剣を使わないかというと、あれは森でレイスや他の騎士に見られており、万が一発覚してしまえば計画が失敗しかねない。


「甘くみないで欲しいね!」


 おそらく、斧使いは傭兵で剣士は新人騎士、弓使いは物腰の柔らかさと仕草から貴族か何かだろう。本人達は気付いていないが、いつの間にかこのブロックに観客は釘付けである。


「取り敢えず、一番面倒そうな……」


 剣士の抗議を笑って返したサイードは、三人を見比べ、その視線を弓使いへと定めた。今の位置から一番遠い場所に彼はいるのだが、距離は問題ではないらしい。


「光栄な評価をありがとう」


「いやー、後ろからグサリが一番怖いからねぇ」


 お互い上辺は笑顔なのだが、ブリザードが酷いのは気のせいだろうか。どうやら弓使いも腹黒いタイプの人間の様だ。


「その前に俺様が場外にぶっとばしてやるよ!」


「いいや、僕が膝をつかせてやるね!」


 ちなみに残りの二人が無駄に張り合っているが、観客ですらそれを無視している。


「では、真正面から射抜いてさしあげましょう」


「それは楽しみだ」


 弓をしならせ番えられた矢は照準を定め、サイードの視線が弦を引く左手に集中する。煩わしい外野の音の一切を遮断する集中力は、相手の僅かな動きも見逃さないだろう。

 数秒の対峙の後、攻めを選んだのは弓使いだった。

 空気を切り裂く矢が放たれ、それは的確にサイードの身体へと迫る。またもや側転で避けたのだが、間髪入れずに次々と追い立てるように弓使いは猛攻した。

 体勢を立て直すことが出来ず、四人も居れば広くなったとはいえ狭いエリアを無作為に走るサイード。


「ちっ……、キーテか君は」


 さすがの弓使いも、その俊敏性に思わず舌打ちをしていた。

 ちなみにキーテとは、ほとんど猫と同じ見た目だが尻尾が二股のしかもそれが蛇という、可愛さが半減しそうな動物だったりする。しかも、本体というか頭というべきか、とにかくメインが蛇の方。どっちにしろ害虫駆除をしてくれるので、家庭ではそれ目的で飼われたりするのだが、占める面積が少ない尻尾の蛇が食事をするのだから、想像するだけで珍妙な光景が浮かんでくる。


「お兄さんも中々に鬼畜だねぇ」


 近付いて離れてを繰り返すサイードは何が目的か、まるで矢を放つ場所を誘導するように走っていた。

 会場の中にはその狙いに気付く者も何人かいて、ひっそりと感心していたりする。

 そしてサイードは、大きく斜めから真正面に移動するよう弓使いへと迫った。


「甘い!」


 当然、卓越したスキルを持っているのだから、相手としては飛んで火に入る夏の虫。肩を狙って一本の矢が放たれる。


「ぐあっ!」


 それは見事に命中した。


「なっ!?」


 しかし、その的を変えて――

 崩れ落ちリタイアとなったのはサイードでは無く剣士であり、矢は左太腿に刺さっている。

 驚きに染まる弓使いだが、よくよくエリアを見てみれば、斧使いの右腕にも矢が二本刺さっていた。


「いやぁー。まさかそんなに、お兄さんが俺と一騎打ちしたいとは思わなかったよ」


 状況を飲み込めているのはおそらく、これを狙っていたサイード本人と審判、スカウト目的のお偉い方数人だろう。

 しかも、剣士に矢が刺さったのは今し方であるが、斧使いがそれを受けたのは二人の攻防が始まって直ぐだ。

 正方形に近いエリア内で、弓使いが立っている場所を北側とすれば、サイードは始め南東の端に立っており、剣士は東側、斧使いは縦にも横にも西の端とサイードの中間ぐらいに居た。

 そして、最初の一本を側転で西側に避けたサイードは、悟られないよう注意しながら矢を避け続けて、弓使いからは斧使いが隠れる様に、斧使いからは矢が隠れて反応が遅れる様にタイミングを図って移動したというわけだ。

 剣士に対しても同じ要領で、当たるように攻撃を誘導した。

 弓術は驚くほど集中力を必要とする技である。それが仇となり弓使いは良いように動かされたのだが、こう言ってはなんだが剣士と斧使いも大分間抜けだ。

 剣士に関しては、サイードが走りながらブリッジをし、しかも精霊に協力してもらい矢尻へ少し力を加えて軌道を変えたので避けられなくても仕方は無いが、動きそのものに着いていけず、突っ立っていただけである。狙ってくれと言っているようなものだろう。


「今日の俺は、運が良いみたいだわ」


 軽快な掛け声でブリッジの体勢から起き上がったサイードは、してやったり顔をしながらしらばっくれてニヘラと笑っていた。


「抜け抜けと……っ!」


「小僧がああああああァ!」


 弓使いの表情には余裕が無くなり、使われていたという事実が屈辱を生む。

 当然、斧使いもそうだ。利き腕をやられ、重量のある斧を満足に扱えないだろうに、それでも怒りまかせでサイードへと突進する。


「おっと」


 それはさながら猪――体格からすれば闘牛かもしれないが、直線的で単純な攻撃だということは同じだ。ひょいっと身体をずらすのみで避けた際、サイードは片足をその進行方向へ突き出して、まんまと引っ掛かった斧使いは大きく跳んだ。


「おぉ、飛んだ。すげー」


「うぐっ!」


 そして、盛大に地面へと落ちて顔で数メートル滑る。ケタケタ笑うサイードだが、他は唖然である。

 しかし直ぐに、周囲から悲鳴があがった。


「ん?」


 サイードとしては、この後会場全体が爆笑で包まれると予想していたので、これは予想外だったのだが、弓使いまで同じ位置にある皆の視線を辿れば、そこにはこのまま落ちれば持ち主の背中一直線であろう斧がクルクルと回っていた。


「おー……。あ、タンマね」


 これには審判役の騎士も剣を抜き救出する為に動こうとしたが、サイードがそれを止めて軽やかに跳躍。驚く暇も与えず、なんとそれを足で蹴ったのである。

 当然足は精霊により保護されているのだが、『武』でエントリーしている者が魔術師でもあると考える者はいない。魔術師は貴重で重要な戦力であり、自身もその才能に幸運と誇りを持つのが常識だった。

 なので、単純に蹴ったと思った会場はどよめいた。


「アックスシュート。あ、いや、トルネード?」


 そして蹴られた斧であるが、それは方向を変えただけでクルクルと飛び続け、サイードの緊張感の無い適当でノリだけの技名と共に、弓使いに狙いを変えただけである。

 殺しは厳禁で、あくまで試合の戦いだ。どう転ぶか分からないこの攻撃は、当たれば一大事なので、標的は変わっても当然審判がカバーするべき。サイードも、万が一に備えて構えなければいけないだろう。

 しかし仕掛けた本人は、相手が避けられると見越した上なので、一人場違いに暢気であった。


「お兄さんなら大丈夫!」


 キラキラした笑顔で弓使いを煽る。モラルがなっていないどころではない。


「どこまでも人を馬鹿にして!」


 ノリが良いというわけではないが、弓使いも避けなければ死もあり得るので、期待に答え優雅なステップを魅せるしかなかった。

 そして、その後ろでは二次災害を防ぐ為、結局審判が斧を剣で叩き落とすのだが、彼等はあくまでサポート役なので影に徹してもらおう。


「良い加減、お遊びは終わらせましょうか」


 そろそろ予選も佳境である。冷静ではあるがかなりの怒りを蓄えた弓使いは、避ける為に逸らしていた視線を戻した。

 しかし、そこにサイードの姿は無い。


「そうだね。そろそろ飽きたし、後ろがつっかえてるもんな」


 端と中心付近で対峙していたはずだったが、その声は弓使いの直ぐ耳元でしていた。

 慌てて視線をその方向へ向けたが、時既に遅し。


「おやすみー、お兄さん」


 弓使いが斧を避けている一瞬の隙で急接近したサイードは、横側から迫って跳び、後頭部を狙って華麗な蹴りを繰り出したのであった。

 驚くのが精一杯の弓使いは、声を出す暇もなく地に伏す。今までで最高の歓声が鳴り響く中、少しの間を置いて、本戦進出者決定を示す白旗を審判役が揚げた。

 一連の戦いに有した時間は凡そ十五分弱。しかしサイードは、かなりの人間に強い衝撃と深い印象を与えたことだろう。


「サイード……ですか」


 そして勿論、思惑も動き続ける。

 誰かが歓声の中、静かに呟いていた。



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