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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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鬼事か、隠れ鬼か


「リサーナ、これ頼んだよ!」


「はーい」


「リサーナ!」


「リサーナちゃ~ん!」


「はいはーいっ!」


 風の国の首都ウェントゥスの一角にある店、光風の便り亭は連日活気に満ち溢れていた。こじんまりとしたその食堂は、旬のものを使った家庭的な食事を売りとしていて、知る人ぞ知る隠れた名店である。

 しかし、最近では、普段の何倍もの人間が訪れる人気店となっていた。

 十数席しかない店内は満員となり客の足が中々途絶えず、店のスタッフにとってはさながら戦場。テーブルの間を縦横無尽に走り回るのがたった一人となれば、その苦労はかなりのものだろう。

 客からも店の人間からもしきりに名を呼ばれる少女は、すばらしい働きっぷりを見せていた。無駄に絡んでくる客に対しては機嫌を損ねないように上手くあしらい、素早く注文を聞き、手には何枚もの皿を乗せて料理を運ぶ。


 終始笑顔で働くその健気さと見た目の愛くるしさが、確実に客の心を掴み、女将が渾身の力を込めて作り上げた料理が胃を掴む。素晴らしき連携プレーである。

 今までも十分に経営できていたこの店が急激に繁盛し始めたのは、その少女が店で働くようになってからだった。

 茶色の肩につくぐらいの髪に、赤が混じった大きな薄茶色の瞳。名前はリサーナ。そう、ルシエのもう一つの顔である。


 なぜこんなことになっているのか。それは、十日前に遡る。

 首都が近いと教えられリサーナの姿になったのは良かったのだが、人間と精霊の感覚の違いが誤算となり、女の格好で深い森を歩くことになってしまったのが全ての始まり。今思えば、面倒であれもう一度サイードになっていればよかったのだが、やっと首都に着いた時には、リサーナは強姦を受けたかのようにボロボロな姿になっていた。

 当然、首都へ入る際に通らなければいけない関所で兵に止められ、事情の説明を求められた。

 そして、さてどうしよう、と苦笑いになりながら必死に誤魔化そうとしていたところに、偶然近くに居合わせた光風の便り亭の女将が乱入してきたのだ。

 女将は、まずは身なりをどうにかしてあげるのが先決だろうと兵を怒鳴り付け、可哀想にその兵は自分の服を剥ぎ取られリサーナに献上するしかなかった。そうしてそのまま、どうしてか彼女を気に入った女将によって、半ば強制的に店で働くことになったというわけだ。

 その豪快さには、リサーナも為す術が無かったのだろう。気付いた時には、男に襲われたショックで記憶を無くし、それでも気丈に振舞う健気な少女というおかしな設定が出来上がってしまい、最早修正不可能となっていた。

 またもや思わぬ隠れ蓑を手に入れられたと、手放しで喜べればそれでもよかったのかもしれない。

 しかしさすがに、毎日毎日働きづめではそうも言っていられないだろう。


「いやー、リサーナが来てから、店が大忙しで嬉しいねぇ!」


 陽の国と同じようにいくとは思ってはいなかったが、この十日の成果がこの通り、店の看板娘として売り上げに大貢献してるだけとなれば、本人は焦り以前に呆れを感じる。

 しかし、女将は裏のまったくない純粋な善意でそうしているのだから、責めることも出来ない。

 リサーナは、笑顔の仮面を貼り付けたまま大きく溜め息を吐いた。

 何が楽しくて、こんなにせっせと働かなければならないんだ。そこには、そんな気持ちが篭っている。

 いい加減どうにか手を考えなければとは思うのだが、身動きできない今の状況ではどうしようも無いのかもしれない。勿論、何もしていないわけではなかった。精石の場所は当然分かっているのだ。

 ここに来てから三日経った深夜、ルシエは城の偵察も兼ねて侵入を試みていた。

 風の精石は、王の証として代々受け継がれている。

 しかし、最早崩壊寸前であった陽の国とは違い、風の国は他国との国交も盛んで色々な出身者を受け入れ、制度も設備も最大で素晴らしく整ったところだ。大きな力を持つということは、その戦力もかなりのレベルとなってくる。

 騎士は当然の事、様々な属性の精霊との契約者によって構成された魔術師団を有する風の国は護りも強固であった。

 城の敷地に侵入した途端、何かしらの探知に引っかかってしまったルシエは、四方から魔法がビュンビュンと飛んできて危うく死にかけた。慌てて契約している精霊達に呼びかけなければ、火だるまになり氷付けになり。何が死因か分からない状態となっていただろう。

 ならば、リサーナでいるのを止めて、再びサイードになって行動すればいいのではと思うかもしれない。当然、本人もそれは考えた。

 しかしそれも、今のルシエには難しいことであった。

 何故なら、その手はもっと前、女将に引きずられて店で働くことになってしまった初日で封じられてしまったからだ。


 ――その日はまだ、今とは違ってちらほらと客がやってくるだけのこれまでの光風の便り亭だった。昼も過ぎ、客足が途絶えていた店では、リサーナが奥で遅めの昼食を取っている最中で、女将は夜に向けての仕込みに精を出していた。

 そんな時、入り口に備えられているベルが店内に響く。


「いらっしゃい!」


 クローズの看板が出ていたはずなのだが、女将は別段気分を害することもなく大きな声で相手を迎えていた。

 それが耳に入りながらも、リサーナはもぐもぐと口の中のトルッテと呼ばれる、野菜をパンで挟んだサンドイッチもどきを咀嚼する。よくよく考えれば、アピスに来てまともな食事を取ることが今まで無く、昨晩から地味に感動したりしていた。

 遠くでは来訪者と女将が何か会話をしていたが、業者か何かだと思って気にしない。


「リサーナ! リサーナ、出といで!」


 しかし、突然の呼び出し。仕方なく食べかけのトルッテを置き、首を傾げながらパタパタと走っていく姿は本当に普通の少女だった。

 そんなリサーナだったが、謎の来訪者を見た途端、ギクリと顔を強張らせて固まる。

 その視線の先にいたのは、風の騎士だった。


「君が女将の言っていたリサーナか」


 しかも、見覚えがありすぎる者である。絹の様に細く滑らかな襟足が少し長いクリーム色の髪をし、ピーコックブルーの瞳の色をした、そう――森で出会いお姫様の護衛をしていたレイスがそこにはいた。


「先程の話では、大変な目に合ったそうだな」


 リサーナの驚きと焦りは相当なものであった。

 しかし、表面にはおくびにも出さず、驚く程素早く頭を回転させて自分に出来る最上級の笑顔を浮かべる。


「初めまして。新しくここでお世話になっている、リサーナと申します。大変な目に合ったと言っても、私には記憶がありませんので。それよりも、こんな誰とも知れない私を拾ってくれた女将さんに感謝しています。きっと、私以上に幸せ者などいないでしょう」


「……そうか。一応、こちらでも君の身元を調べておこう。親御さんが心配していたら大変だ」


 どうやら、レイスは怪しんではいないようだ。役者顔負けの演技以前に、サイードとリサーナの共通点が何も無いというのが大きいのだろう。

 ただし、ただの娘にしては言葉遣いや動きが良すぎた為、別の意味で興味を惹いてしまった。


「ありがとうございます」


「一言言わせてもらうと、記憶が無くても衛兵に相談するべきだ。君の為でもあるし、他に被害がいかないようにも。私達は頼りないか?」


 困ったように、諭すようにそう言うレイスは騎士であった。

 リサーナとしても、女将の迫力に負けてここにいるのだが、ここでそれを言ったところでどうにもならない。素直に謝罪を述べ、記憶が無くて状況を掴むのに精一杯だったと言うだけで留めた。


「それで、あの……。どうして騎士様がこちらに? 私の件ででしたら、お話出来る事が何も無いのですが」


 それとなく早く出ていけ、という気持ちを込めてそう言えば、どうやらレイスは元々別件で店を訪れていたらしい。それを伝えようとしたところ、女将にリサーナの話を持ちだされたそうだ。

 女将め、と思ってしまってもまあ、立場的に仕方ない。善意とお節介の境界線というのは、中々に曖昧だった。


「ここの女将は、なんというか、強いな。こちらの話は仕込みがあるからと、君に伝えるようにと言われてしまったんだよ」


「ふふ、力は男性に適いませんが、内面は女性の方が何倍も強いですからね」


 クスクスと悪意の無さそうな笑みの下、耳が痛そうなレイスにしてやったりと笑うのは良いのだが、リサーナの余裕はそう長くは持たなかった。

 レイスが元々の用件を伝える為、懐から一枚の紙を取り出し受け取った瞬間、気付かない程度の時間ではあったが瞳が大きく見開かれる。


「それを目立つ所に張っておいてくれないか?」


「……なんですか、これ」


 レイスを見た時とは比べられないほどの冷や汗が背を流れ、唖然としかけながら精一杯問い掛ける姿は、相当な一大事だったのだろう。

 レイスはここに来るまでも何度か訝しまれたのか、少し居心地が悪そうにしているだけだ。

 渡された紙は、人探しの張り紙であった。ただし、一見手配書にも思える様なもの。


「そこに書かれている者に少し用があってな。旅人らしいのだが、この街に立寄っているはずなんだ。もし、客の中で見かけたりそういう話を聞いた者がいたら、君でも構わない。詰所に知らせて欲しい」


「分かりました。女将さんにも伝えておきますね」


 無意識にしっかりと返事をし、対応したリサーナは最早プロだろう。

 私用だから、普通のものと違って強制は出来ないけれど。そう言って、よろしく頼むとレイスは店を出て行った。

 リサーナの件でも別の騎士が一度事情説明を求めに来るかもしれない、と言っていたが、今は張り紙に釘付けで返事が出来たか自分ではあやふやである。

 気を張る必要がなくなり、紙を持つ手は小刻みに震えていた。


「あんの、クソ騎士がっ」


 グシャリと苛立ちで潰された紙には、どんな絵描きに頼んだのだと文句を言いに行きたいぐらいの粗末な似顔絵があり、その下にはその者の特徴が可能な限り書かれていた。


『黒のマントに同色の布で顔を隠した、ゴールドの瞳の男の旅人。剣術に長けており、身体は比較的細身で年齢は若め。人との関りをあまり好まない様子。見かけた、そういった男の話を聞いた者は、ウィーネ騎士団もしくは城門番に知らせたし。

 ウィーネ騎士団団長レイス・アレフィセー・アランドル』


 つっこみ所満載の紙であるが、とりあえず言えるのは、その探し人はどう考えてもサイードであった。


「見事に手を潰してくれやがった!」


 美味しい食事を堪能し、即刻この店を立ち去ろうと考えていたリサーナにとって、それは大きな痛手であった。

 レイスの去った扉を睨み付けた目は、か弱い少女からかけ離れた獰猛な肉食獣。一瞬で治めはしたが、リサーナはこの店を拠点にすることを余儀なくされ、安易な行動を取れなくなる。

 何せ、ウィーネ騎士団とは、王直属の近衛も勤めるエリート集団である。同国の騎士からも一目を置かれ、他国からは恐れられる。

 しかも、あのレイスが団長とくれば警戒せざるを得ない。真っ当な者の中では確実に最強かそれに近い腕なのだ。

 ただ、そうなればいくつか疑問が出てくるのだが、それはバレなければなんとでもなるだろう。バレなければ、だが――


「リサーナ? リサーナ! 騎士様のお相手が済んだのであれば、早くご飯を食べ終えちまいな!」


「……はーい」


 何とか怒りを静めたリサーナであったが、その代わり頭の中は様々な事が巡っていた。

 そうして、結局のところ、うまい策が浮かばずに焦りだけを募らせる日々を送るのだ。


「リサーナ、か。おい、今の少女について可能な限り調べておけ」


「はっ!」


 影で、避けようの無い面倒毎に巻き込まれながら――

 レイスは優男ではあるが、綻びだらけの設定を見抜く細かな観察力、やはりそこは騎士団長であった。




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