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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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舞台がなければ役者はいない


「大事なんだろう?」


「何なんだ、お前は……」


 くつくつと、至極楽しそうな笑い声が響いた。

 お姫様に刃が迫ったのに気付いた瞬間レイスがハッとしたが、その時にはもう手遅れで。しかし、それが彼女を捉えることは無かった。

 サイードが、寸でのところで死体から奪っていた針の暗器で弾いたからだ。


「気が変わった、助けてやる。ただし、ヒメサマだけだ」


「だとしても! もう助かる可能性の無い者を、わざわざ手にかける必要はないだろう!」


 ホッとしたのも束の間、レイスは先程の怒りが治まっておらず蒸し返す。

 サイードの助ける発言を得たからだとしても、短絡にも程があった。それぐらい許せない行為だったが、状況は甘くないはず。

 それにしても、何故サイードは急に態度を変えたのか。気分屋だからといわれても納得できるのが悲しいが、今回はそれが理由では無い。

 お姫様が死の危険に晒された瞬間、精霊が大きく騒いだせいでサイードはそうせざるを得なかったのだ。

 どうやら、精霊はお姫様を死なせたくないらしい。それが、この状況に陥らせた最初の騒ぎの原因にも繋がるのだが、さらに精霊は言った。サイードの為にも、と――

 お姫様が風の精霊と契約していることは、気配で気付いていた。

 なので、それをその契約精霊が言ったのであれば、サイードは無碍にしただろう。

 だが、大きく騒いだというのはとどのつまり、無関係な精霊までもがその感情を抱き訴えたということ。それは、普通であればあり得ない現象であった。

 精霊が人を愛したのは昔の話。今や、個人個人を好む事はあれど、人間という種族に対して精霊は何も抱いてはいない。むしろ恨みすら持ち、王の解放を望んでいる。

 サイードを説き伏せる為にその利益を仄めかしたのだろうが、漠然でも精霊の感情が伝わるので純粋な助けたい想いも感じ、少女が精霊に愛される者なのだと察した。

 この世界において精霊は絶対。人間にとっても精霊は必要不可欠。そして、それに愛される者とくれば、ある言葉が思い浮かんだ。それこそ、ファンタジックで貴重な存在だった。

 面白くなってきたと再度笑いながら、サイードはレイスの訴えに答える為、彼を見据えた。


「死を感じながら、怯えながら死ぬほうが良いか? 痛みに苦しんだ末に死んだほうが――良いか?」


 助かる可能性が無いと言ったのは、お前だろう。正論を突きつけるかのように言い放ったサイードだったが、その答えを持つ者はいない。なにせ、どっちにしろ感情論なのだから。

 ただ、サイードは感情だけでそうしているわけではない。

 血は、大地を汚してしまう。血そのものでは無く、そこから伝わる未練や憎悪、そういったものが大地を汚してしまい、そしてそれが精霊を穢す原因となってしまう。

 だからサイードが人を殺す際は、心臓や頭、そういった箇所を狙って可能な限り即死になるようにしているのだ。


「それは……」


 レイスは反論したかった。しかし、言い返せない。

 生への冒涜ともとれるし、苦しみからの解放ともとれる。納得は出来ないが、サイードの絶対の自信を持った傲慢な態度に対抗できる程、心にも状況にも余裕は無かった。


「別に、同意は求めない。ただ、これが俺の考えで、それをとやかく言われたって煩わしいだけなんだよ。で、助けは必要か?」


 それに対し、レイスはグッと唇を噛み頷いた。おそらく、考え方と行動を受け入れは出来ないが、助けてもらわなければ乗り切れないと判断したのだろう。

 自己のプライドより、騎士を取った。


「なら、ヒメサマを抱えて向こうへ走れ。真っ直ぐだ。俺が全員食い止めてやる」


「仲間を!」


「言っただろ? 助けるのはヒメサマだけだ」


 レイスの背後を指し示し促したサイードは、まだ何かを言いかける彼を無視して反対側、敵に向けて走り出した。

 視界の隅でレイスがお姫様を抱き、残った仲間に指示をだすのが映る。まごつく様子に苛立ちながら、茂みへと入った。


「さて、人間相手に陽の力を使う良い機会だ」


 独り言はささやかな警告。力を引き出していけば、布の下で髪が伸びる感覚がした。


「振り返らずに行け!」


 走り出したレイス達に叫んだのは、恐らく敵の意識を自分へと集中させるためだろう。

 数を増して飛んでくる刃を剣で弾きながら、サイードはタイミングを見計らった。その身体の周囲では、一つ二つと火の矢が形成されている。揺らめくそれは、相当の熱を持っていた。

 敵が全員射程圏内に入るのと、矢がその数に達するのはほぼ同時――


「悪しき魂を、勇ましき火で滅せ!」


 詠唱と共に矢が放たれ、森は余韻を響かせつつも変わらない。


「よし、大成功」


 その炎は、断末魔すら許さない業火だった。大きさは肘までの長さぐらいの小さなものだが、そこには凝縮された濃い魔力が込められ、まさしく王の力。僅かに肉の焼ける臭いが風に乗って森を走り、空気となって消えていった。

 ここにきて、ドラゴンがどれだけ有難いものだったのかサイードは実感する。

 死が近くなるほど、培われる力が洗練されるのだろうか。サイードが戦闘を求めるのは、そう思ったからなのかもしれない。代償は命、得るのは経験。

 もしかしたら、ルシエには理由が必要なのかもしれない。言い訳ともいえるが、始めに遡って考えてみれば、いつもいつも物事に理由を付けているのでは――

 初めて、ルシエが人間だと思えた。


「さて、漁るか」


 性質の悪い追い剥ぎだが、わざわざ茂みに入って行ったサイードは、誰もいないのにまるで追い払うようにひらりと一度手を振った。


「我ながら、なんて悪役」


 何故かくつくつと笑い、視界に入った黒焦げで原型を留めない程焼けてしまった死体を発見してから、再度違った笑いを零す。


「だけど、まだまだ抜けてるんだよな」


 やり過ぎた攻撃が敵の所持品まで壊し、自分に呆れながらもそこまで残念がってはいないのだろう。すぐに気持ちを切り替え、どさりと荷物を下ろした。

 そして、徐にマントを外し服を脱ぎ、森の中で死体を前に全裸となる。


 誰もいない(・・・・)場所で羞恥などいらないと荷物を漁り、必要な物をどんどん取り出していく。

 まず足首までの地味なスカートを着て、サラシの中に詰め物をする。その際、何とも言えない顔をしていたのは触れてはいけないだろう。そして、胸元に黒いリボンがあしらわれた地球のブラウスよりは生地が厚く荒い触りのトップスを着た。

 さらに、用意していたこの世界には存在しないだろうカラーコンタクトを装着し、最後に肩にぎりぎり触れるぐらいの長さのカツラを被る。

 すると出来上がるのが、大地の純血種とは違った茶色の髪に赤交じりの薄茶色の瞳をした、どこにでもいそうで、それでいて少し気の強そうな女だった。

 何故だろう、男装している際には日本人特有の童顔さは欠片も無く、むしろ実際の歳より上に見える美青年になるというのに、女になると確かに可愛くはあるが普通の印象を抱いてしまう。


「えーっと、なんだっけ。……そうそう、リサーナ!」


 本当に不思議だ。声も心なしか高く聞こえる。今のリサーナ(・・・・)を見たところで、誰も殺しの技を持ち精石の破壊を目的としている者だとは思うまい。

 何度か咳払いをし、自分の姿を見える範囲で観察して頭の中で作り上げていた人格を復習したリサーナは、軽やかな身のこなしで荷物を纏め死体を飛び越えて、可愛らしい笑顔でレイス達に指示した方向を見つめた。


「ごめんね、お姫様。私、面倒事は嫌いなんだよね。だから、後は自力で頑張って!」


 そして、まるで悪戯が大成功したようにカラカラと笑い声を上げたリサーナは、示した方向とは真逆の方向へと歩き出した。


 精霊がいうに、目的地は近いらしい。何故、お姫様という身分の者が無用心にこの森に来ていたのか謎は残るが、それは知る必要の無い事。むしろ、知ったら駄目なのだろう。そうしたら最後、言葉通り面倒事に巻き込まれるのは目に見えてる。


 鬱蒼とした森に消えていった後ろ姿にサイードの影は微塵も無く、その切り替えの良すぎる様は役者という一言で片付けることが出来なかった。





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