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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第三章:捻くれX騎士=水と油
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絶望を撒くか、招くか


「おっし。……礼は言われても、剣を向けられる覚えが無いんだが?」


 思う存分死体を漁り、予想以上の収穫に大満足なサイードが振り返った時、そこには固まっていたはずの騎士達が向ける剣の輝きがあった。

 その目には、感謝の念など毛頭無い。


「何者だ」


 代表してサイードが興味を持った、絹の様に細く滑らかな襟足が少し長いクリーム色の髪をし、ピーコックブルーの瞳の色をした男が言葉をかける。物腰の柔らかそうな雰囲気が、世の女性達を魅了していそうだ。

 だが、姿に似合わない低く冷たい声がその場で響く。


「別に、何者でも構わないだろ。助かったんだから良いじゃないか」


 サイードにその魅力は通じない上、相手側からしても怪しまない理由が無いだろう。躊躇せず軽々と人を殺す精神と技術をとっても、格好を見てもそうだ。


「そうはいかない」


「お堅いねぇ」

 ぼやいたサイードは、睨んでくる優男を意味も無く見つめた。

 暫く無言の状態が続いたが、変化は無いと悟ったのか、仕方なさそうにおどける感じで両手を上にあげたサイードは剣を指輪へと戻した。

 その光景に、騎士達が僅かに驚きで体を揺らす。


「ただの、ふらふらしている旅人さ。怪しい者ではないよ」


「どう見ても怪しいだろ」


「あー、やっぱり?」


 分かっていて聞いてくるサイードに、優男はなんだこの男はと思っているのだろうか。内面を欠片も掴ませない、何を考えてるのか察する要素すら見せない。

 戦いというものは、相手を見極めてこそである。動きを予測し、考えを察知し、どちらがより上に立つか。

 ただ、それはそこに誇りがあればこそである。


「こっちは、戦う気が無いんだがな」


 優男に映るサイードは、そこにいるのにいないと思わせる不可思議さがあった。

 まず口調が定まらない。砕けていると思えば柔らかくなり、しかし次には冷たくもなる。

 思わず人間かと問いたくなった。そんな時だった。


「ん……?」


「お待ち下さい!」


 優男の直ぐ脇の茂みから、まず騎士が一人飛び出してくる。かなり慌てた様子で何かを必死に押し止めようとしていたが、次には暗い森に似つかわしく無い鮮やかな塊が飛び出してきた。


「皆、剣を納めなさい!」


 サイードと騎士達の間に転がった塊。それは、この場に居るには相応しく無い少女だった。

 成る程、先ほど黒尽くめに騎士が圧されていたのは、この少女を守りながら戦っていたからなのだろう。

 気持ち程度に動きやすい作りにされた、小奇麗なドレスで身を包んだ十歳程度の少女は、透き通る緑の髪と瞳をした風の純血種だった。

 純血種と言えばティルダを思い出す。彼は陽の純血種であり、そして王子でもあったのは記憶に新しい。

 そうすると、自ずと少女にも抱くものがある。


「姫様! お下がりください!」


 サイードは、やっぱりなと眉をひそめた。

 純血種は、一滴も別の種族の血が入っていない者。しかし、人間が存在し始めてからのアピスの歴史は、そう浅くは無い。

 その中で純血でいるには、只の人であれば難しいことであると想像に難く無いはずだ。となると、その身が持つ地位は、精石を重んじる人間の中では高いものになっていく。

 めんどくさいことになりそうだ。出てきたフレーズにサイードは感じた。


 その間に、優雅な仕草で立ち上がったお姫様らしい少女は、周りの言葉を無視してサイードの目をじっと見つめる。この世界で、ゴールドの色は珍しくないはずなのだが、彼女は何を考えているのだろうか。


「悪いが、俺はこれで失礼させてもらう」


「お待ちなさい!」


 騎士がサイードにかまけている暇が無くなったのを良い事に、視線を気にせず早々と背中を向けると、その背に透き通った高い声が投げられた。

 しかし、サイードは、お姫様を無視すると決めた様子。振り返る素振りも見せない。


「私を無視するなど、なんと無礼な!」


 お姫様はその行動が癪に障ったのか、さらに叫ぶ。甲高い声が頭に響き、サイードは深い溜め息を吐いて振り返った。

 自分の声でだとお姫様は勘違いをするが、サイードの目はその小さな体の奥で警戒を続ける優男に向けられている。


「行っても構わないだろ?」


「待ちなさいと言っていますでしょう!?」


「……悪いが、姫様がこう仰っておられる」


 まさかの展開。優男であれば、安全を最優先してお姫様の命令を無視するだろうと踏んでいたサイードにとって、今の言葉は予想外であった。

 思わず出た舌打ちは、布に阻まれ届かない。


「なら、勝手に行かせてもらう」


 優男に確認を取ったのは、出来る限り戦いを避ける為だった。背中を向けて黙って歩き始めれば、そこに攻撃が仕掛けられるとも限らない。

 だから、承諾を求めるというよりは宣言に近かったのだが、理不尽に自由を拘束されるのが我慢ならなかったのだろう。その場から去る際に死体の横を通った時、突然動くはずの無い黒尽くめの内の一体が飛んだ。


「ひっ!」


 それは近くの木に強か打ち付けられ、再び地に横たわる。

 お姫様が驚愕と怯えに小さく悲鳴を上げ、騎士達が剣を構え直す中、サイードはもう一度小さく舌打ちをしていた。

 あまりに苛立った時、何かにその気持ちをぶつけたいと思う感情自体はよく分かるものであるが、今のはあまりに無情で非情すぎた。

 何の罪も無い、とはお世辞にも言えないが、いくら殺人を生業にしてきたような者であっても、死を迎えたのであれば失われた生に対して敬意を払うべきだ。自分が断ち切ったのであれば尚更である。

 案の定、騎士達はその行動に嫌悪を抱き、怒りに震えた。


「あの者を捕えよ!」


 そうして、誰もがサイードが早く立ち去ってくれるよう願った中、空気を読まない声が命令した。

 条件反射というべきか、忠誠を誓った相手の命令に忠実であれと染み込まれた騎士の身体は、考える前に行動する。

 囲まれてしまったサイードの近くに、さらに大きく膨らんだ苛立ちをぶつけられるものは無い。


「ヒメサマ含め、全員アレと同じになりたいか?」


 低く、ただ低く漏らされた言葉は、狼の唸りにも勝るものだった。

 サイードという名の黒狼は、先ほど自分が蹴り飛ばし拉げさせた死体を視線で示しながら警告を発する。ヒメサマという単語には、思いきり馬鹿にした雰囲気が込められていた。


「忠実なのも結構だが、守りたいのであれば通せ」


 ただの護衛なのか、言葉通り主であるのか、細かいことはどうでも良い。大事なのは、このままではどちらにせよ全員の命が危ぶまれるということ。

 サイードからすれば、騎士との戦いは極力避けたくはあるが、だからといって別段恐れることでは無いのだ。

 どうせ、後々追われる身であり、姫の一人や二人殺したところで、精石の破壊に比べればその罪は小さい。


「ヒメサマも、我儘が通じる相手を見極めるぐらいは出来るようになった方が良い。これ以上は、痛い目をみることになるぞ」


 金の瞳は、手加減なく幼い少女に殺気を向けた。

 お姫様は今度は言葉も出せず固まり、場に緊張が走る。

 誰もが顔を青くさせ、サイードの一挙一動を見逃すまいとその身体に視線を縫い付けた。


 しかし、お姫様への睨みは、優男が体で防いだことによって無くなる。すると今度は、瞳がスッと細まり、殺気とは違うものが彼に注がれた。

 サイードは未だ、戦いたいという願望を持っていたようだ。

 最早それは、戦闘狂(バトルジャンキー)といえるのではないだろうか。精霊王の力を授かることには抵抗を示していたはずなのに、本当に一体何を考えているのだろう。


「……しかし、まぁ」


 そこでふと、サイードの顔色が変わった。

 視線をこの場の誰でも無い森の奥に突然移し、今度は楽しそうに笑う。いや、それ以上にはしゃいだのだろう。


「流石にその歳で殺されるのは哀れではあるな」


 心にも無い事を呟き、理由を作り、サイードは再び剣を出現させて僅かに身体をずらした。


「まだ、終わってなかったみたいだぞ」


「がっ――!?」


 その数秒後。突然サイードを囲んでいた騎士の一人が、首から血を吹き出しながら倒れた。


「姫様を!」


 サイードの仕業かと疑い、攻撃を開始しようとする騎士。しかし、その視線が生い茂る木々の奥に向けられていることに気付いた優男が、お姫様の警護を指示しながら制止をかける。

 そして、サイードと同じように周囲に神経を張り巡らせた。


「二十人ぐらいか? 向こうは躍起だねぇ」


 今度は言葉と共に剣を振れば、金属音を響かせながら何かが弾かれる。

 その正体は、先程の黒尽くめ達が使用していた暗器に似た刃物。それを見たところでやっと、敵がサイードの他に居ると騎士達は察した。


「と、いうことで。悪いが俺は関係無いから、立ち去らせてもらう」


「……は? ふざけるな! 敵で無いならその腕だ、助けようとは思わないのか!?」


 誰がどう見ても二十人を相手取るのは、今の騎士側には荷が重い。それが分かりながらもあっさりとそう告げるサイードに、優男は憤りを顕わにした。

 しかし、サイードの反応は、呆れたとも身体全体で冗談じゃないと言っている様にも思える。


「警戒されてた相手を助けようと思う程、人間できてないんでね」


「人の死を何だと思ってる!」


「レ、レイス!」


 この間にも、騎士は次々と地に伏していった。

 最早その数は、先程の戦いも含め出会った当初の半分以下になっている。中には、サイードが弾いた刃によってそうなった者もいる始末だ。

 それを怒ったところで、不慮の事故だとかそこに居るのが悪いとサイードは言うのだろう。

 それでもどうにかサイードを引き込もうとする優男の耳に、綺麗なドレスを血に染めたお姫様の切羽詰った声が響いた。

 目には涙を浮かべ、縋る視線をサイードにも向ける。

 それでも何も感じないのか、気付けば徐々にだが騎士達との距離を広げていた。


「どれだけ薄情なのだ!」


「人が人にもたらす死程、無意味なことなど無い。そもそも、手を貸す義理がないだろ」


 刃が飛んでこないエリアまで遠ざかり剣を消したその瞳が、今の言葉が本心だと物語っていた。

 人が人にもたらす死。お互いの生への価値観の違い。サイード達の思う生とは、それこそ人にとっては極論にも近く、とても動物的なものだった。

 種の存続。その為の生。その上でその役割を放棄したと、自らをイレギュラーに定める。

 人はそれぞれに価値を求め、意味を探り、そうして生きているだろうが、ルシエにはそれが無かった。

 故に、人が人にもたらす死に対しとても無感情となる。本来生物にとって同じ種は(つがい)候補、ライバル、仲間、同族であり、他の種は糧か障害、自己の存続の為の共存対象でしか無いだろう。本能で生きているのだ。

 その全てに於いて、敵は敵でありながら敵で無い。

 同種であっても、なわばり争いでの死闘の先は糧であるし、弱肉強食の世界では糧にならないよう生に工夫する。

 そこに、生への執着があるかどうかは定かでは無いが、人間のように生に繋がらない死をもたらす争いが果たしてあるのだろうか。

 自己の矜持や理念、正義を掲げたところでルシエにはただの言い訳にしかならない。


「薄情は、俺にとって褒め言葉だね」


 手をひらひらと振りながら背を向けて立ち去る姿はかなり浮いていた。痛みに呻き苦しむ者の横を見ることもなく歩く心は、騎士達にとって悪魔に感じる。

 絶望を招く点では、否定が出来ないだろう。


「……ん?」


 しかし、突然その足を阻む何かがあった。

 サイードは気付いていなかったのか、不思議そうに視線を下へと向ける。

 そこには誰かの手が足首を握る光景あり、先を辿れば口から血を吐き虫の息な騎士の姿があった。

 その者は、気迫に満ちた瞳でサイードを見上げていた。


「どうした?」


 この妨害に苛立ち、機嫌を損ねるかと思ったが、一体何をしようというのだろう。その騎士へ笑いかけ、気味が悪い程穏やかな声で問いつつしゃがみ込む。

 ただそうしながらも、そっと騎士の持つ剣を奪っているところを見るに、碌な事では無いだろう。

 サイードの服に、血が染みていた。


「た、たの、むっ。姫様を、たす……っ!」


 忠実な騎士の死に際の願い。彼は、その言葉を言い終える事が出来なかった。


「お断りだ」


 勇敢な騎士は、全てを言い終わる前に事切れた。サイードがその背、丁度心臓の真上の位置に、奪った剣を落としたせいで――


「き、貴様ああああああああっ!!」


 呆然とする仲間達。その残虐な所業に我を忘れるレイスと呼ばれた優男。

 レイスは、我を忘れてサイードへと迫る。

 しかしその瞬間、大事なお姫様が無防備となってしまう。

 それを、姿を隠した見え無い敵が見逃すわけがない。

 瞬間、お姫様の可愛い心臓に刃が迫った。




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