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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第二章:捻くれX異世界=意外に普通
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その力、特別


 サイードが見下ろす先には、くすんだ瞳を濁った瞳に変えたリルだったものが転がっていた。

 ほんの数秒、興味なさげに眺めていたサイードだったが、そこからの動きは早かった。外していたマスクと布が、突然部屋を満たした緩やかな風により舞い上がり、再びその顔と髪を隠して元の状態へと戻る。風がそうしてくれている間に、手に持つ剣を死体から引き抜いて血を払った。

 そして、風が止むと同時に部屋の扉が外側から蹴り倒される。リルを刺していつもの姿に戻るこの間、一分も経っていない。


「っ――!?」


 部屋に入ってきたのは四人。その中で一人、息を呑む者がいた。彼等が押し入ってくるのを知っていたサイードは、特に驚くことはなくゆっくりと視線をそちらに向ける。

 ティルダは死体とサイード、どちらに息を呑んだのだろうか。


「リ、リル!? おい、リルっ!」


 ティルダ以外、リーダーと二人の幹部は警戒して武器を構えつつも黙ってサイードを見るだけであった。彼等は一連の会話全てを聞いていた。

 ティルダまでいたのは、彼の精霊の力を借りて気配を消していたからだ。

 では、何故そんなことをしていたのか。それは、サイードがそうさせたから。理由は、今から少し時間を遡って起きた出来事にあった。


 サイードがアジトの散策をしている際、その耳に不審な動きをするリルの事が耳に入った。それを伝えてきたのは精霊だ。

 精霊にとってサイードは、王に近い敬愛する存在である。その度合いは、純血種のソレとは到底レベルが違う。

 そしてその力は、唯一ルシエを特別にするもの。ただの女子高生をアピスで特別にした力だ。


 本来、精霊とは契約によって繋がり、契約は精霊一体としか結ぶことができない。

 アピスの人間は少なからず魔力という、例えるなら生命力がより実感できる形になったものを持っているのだが、その魔力は契約をした時点で精霊の色に染まってしまう為に一体が限界なのだ。そして、精霊の力を自身のものに変換するのに魔力が必要となる。


 しかしルシエは、救世主になることで人間の中で最も精霊に近い存在となり、それによって全ての精霊と意思疎通を図ることが可能となった。契約していようが関係無くだ。その上、契約してなくとも精霊の力を分けて貰える。

 この力は元々、デルが世界を渡るルシエに授けなければならないもので、救世主になるには必要なものでもある。

 とはいっても、現在精霊の力は極限まで弱くなり、存在も少なくなっている。それでも全てがいなくなったわけではないし、そこにある精石に属する精霊しか存在しないわけでもない。

 先ほどマントとマスクを着けてくれたのが風の精霊であるように、本来精霊とは世界中でありふれているはずなのだ。

 ただ、精霊にも力の強弱があり、衰弱してしまうと自身の存在を保っていられず消滅してしまう。そうさせるのが穢れだった。


 少し話が脱線してしまったが、サイードが城の見取り図を入手したりできたのは、単にそういうことだ。

 精霊に呼びかけ、精霊に聞き、精霊の目を借りることで視ることができる。

 当然、そうするにも魔力が必要なのだが、異世界人であるはずのルシエもそれを持っていた。それは何故か。異世界に渡る際、一度体が構築し直されたからだ。

 いくら地球とサイクルが似ているとはいっても、まったく同じでは無い。太陽が上り沈めば月が輝く。そういったモノは地球と同じであっても、世界を構成する要素が違う。なので、そのまま世界を渡ってしまえば、恐らくルシエの体は魔力を知らないことが原因で時間をかけて崩れてしまっただろう。所謂拒絶反応だ。

 だから身体を構築し直し、その際に魔力の芽を植えてその存在を直接体に覚え込ませた。

 とはいっても、芽というだけあって、発芽し成長しないことにはルシエの持つ魔力は目覚めないし馴染まないはず。なのに、異世界に来てたった一日で精霊との意思疎通を図れるのは異常である。仮に、疎通のやり方を予備知識として持っていたとしてもだ。

 しかも精霊との会話は、人間とのものとはまた違う。力の強い精霊であればより人間に近い明確な意思を持っていたりするが、そこらにいる精霊は比較的弱い存在であり、持つ意思も弱い。

 なので、人が何かを見て誰かに報告するとすれば、例えば「城の見取り図がありました」となるものが、意思の弱い精霊に教えてもらう際には「何かあったよ」だけしか得られない。いやはや、なんとも根気が必要なことだろう。


 それをサイードは、アジトを散策しながら存在を確認できた精霊と複数繰り広げたのだ。

 結果、「変なのがいる」から始まってリルが裏切り者だと知った。

 そしてサイードは、すぐさまリーダーを探してそれを教え、嘘だと思うのなら今から暴きに行くから聞いていればいいとのたまい、もしそれが本当であった場合、リルを殺してもいいと許可を得る。同時にある約束を結ばせた。

 それがリルを殺してすぐさま部屋に現れたことと、サイードの所業に激怒しなかった理由である。誰もが信用しなかった中、真実はサイードへ微笑んだ。


 そうして現在の状況が出来上がり、部屋は緊迫した雰囲気で満たされていた。


「殺す必要があったのか!?」


 もう一度剣を振って付着していた血を落とし、残ったものを死体が着ている服で拭っているサイードに向け、ティルダは怒りを込めて叫ぶ。

 その姿をサイードは嗤い、呆れる。誰もがその目が笑っているのに気付いていた。


「答えろ! サイード!」


 馬鹿にされたことでさらに怒りの増したティルダは、サイードを死体から離すように突き飛ばしながら食って掛かった。反撃しなかったのは、その価値すらなかったからだ。


「俺が許した」


 代わりに、視線だけでリーダーに対してこいつをどうにかしろと訴え、受け取った彼は言葉でティルダを止めた。


「なんでだよ!?」


「裏切りは大罪だ。餓鬼なてめぇでも、それぐらいわかんだろうが」


 今度はリーダーに食って掛かるティルダ達のやり取りを、サイードはぼんやりと眺める。まるでフィルターで隔てられているようにそれは映った。

 反論の余地も無い事実に、可哀想なティルダがリルだった死体を抱き締めて泣く。しかしリーダーは、それを無視してサイードへと視線を注ぐ。

 その表情に出会ったときの偉そうな雰囲気は無い。どうやら、色々なことが気になって仕方がないようだ。

 本来であれば、サイードにはその疑問に答える義務はないしその気もない。しかし、リーダーとこの件で話をして許可を取り付けた際に、彼はとある条件を提示していた。


「その剣は、どこから出した?」


 リーダーが知りたがったのは、サイードの能力である。この裏切りを暴いたこともそうであるが、彼には今更ながらサイードが得体の知れない人物に思えていた。

 今だと手に持つ剣がそうだ。サイードは見る限り丸腰であった。常に帯刀してはいないし、弓を背負っているわけでもない。

 当然、ティルダの報告でマントの下に小剣を忍ばせているのは知っていたが、その剣は隠せる程小さくは無かった。


 (ブレード)は平均よりも若干細く長く銀色に美しく輝き、(ガード)の中央には地球でいうところの華奢(かしゃ)なセレスタイトがはめ込まれている。握り(グリップ)は黒く、柄頭(ポメル)では鎖で繋がれた白と黒の翼を模した掌サイズの大きなダイヤのストラップが揺れていた。


 剣の形自体、リーダーは初めて見るものだった。加えて、派手ではないが豪華な装飾。宝剣と言っても良いぐらいのその剣に視線が縫い付けられる。

 しかしそれは、今浮かんだ疑問である。

 リーダーが出した条件は能力を晒すというものだったが、それをサイードは三つに限定していた。そして、裏切りを教えた際には知った方法を答えていない為、現時点で二つの質問をしてしまっている。


「質問は三つまでの約束だ。残るは、後一つだが?」


 剣に関しては、思わず口にしてしまったんだろう。僅かに苦渋を潰した顔を浮かべたリーダーは暫く思案した。

 さて、彼はどう出るのか。そこにサイードの興味が湧く。果たして最後の質問は、反乱軍のリーダーとしてのものか、一個人としてか。

 ある意味力量が問われるものだ。サイードはリーダーを嫌悪はするが、散策の間でついでに知った彼の思惑には感嘆した部分があった。

 少しばかり期待していれば、リーダーが口を開く。


「お前は敵か、味方か」


 傍らの幹部が剣と弓をサイードに向け、いつでも動ける状態で待機している中、部屋に響いたのはそんな質問であった。


「じゃあ、最後の質問からいこうか」


 サイードはどんな印象を持ったのだろうか。その質問は、反乱軍としてのものに聞こえた。

 しかし、一概にそうとは言えない反応をサイードは示す。馬鹿にするような、興ざめした感じであった。


「まあ、断言してやるよ。敵では無い。とはいっても、味方でも無いがな」


 反乱軍がどうなろうと関係無いのだから、サイードにしてみれば当然の事。やはり、どこか拍子抜けしたのだろう。返り血が付いていないか全身をチェックしながら答える姿は、緊張感に欠けていた。


「んじゃ、次だな。この剣は少し特別でね、知り合いから貰ったんだが」


 あっさりと言ってのけ、今度は万が一にでも攻撃されないよう右手に持った剣の切っ先を下に向け、逆手にしながら腕の高さを彼等がよく観察できるように挙げる。


「なっ!?」


 すると、剣は一瞬にしてその手から消えた。さらに、掌を分かりやすいように広げる。

 サイードの右手の中指には、セレスタイトが一つはめ込まれた黒い指輪が光っていた。ちなみに裏側には、白と黒の剣と同じ翼を模したダイヤもはめ込まれている。どの石も、剣を飾っているのよりは小さいが同じ石だ。


 泣きながら様子を見ていたティルダも含め全員が驚きに声を上げる中、もう一度その手に剣が現れた。その時には中指の指輪が消えている。

 それは、魔法でも不可能な現象だった。故に有り得ないと凝視してくる相手へ、現実だと何度か動作を繰り返す。

 ちなみに、これもデルに無理やり用意させたもの。剣を持った事の無いルシエでも扱えるよう、羽の様に軽く錆びもしない剣。精霊の力が乗るようにもされている。

 デルに出来るかと聞き、出来ないと言わなかったので造らせた。装飾は彼の趣味にまかせてある。


「さて、最後だ」


 未だその現象を受け入れられないリーダー達を放置し、サイードは先へと進む。部屋は血の臭いが充満しており、それに酔って気分が悪くなっていたのだ。

 最後の質問は勿論、どうやって裏切りに気付いたのか。


「俺は、こう見えて精霊とオトモダチでね。だから、教えて貰ったってわけ。ソレが、不審な動きをしているとね」


 真実を馬鹿正直に言うはずはない。それでも、ちらりと死体を一瞥しての言葉は、アピスの人間にとって特別なものであった。

 とはいっても、まさか精霊に近い存在だとは思わず、意思疎通が可能な程強力な精霊と契約していると勘違いをした。

 それなりの魔力を持つ者であれば他人の魔力を感じることは出来るが、契約している精霊まで把握出来るわけではない。しかも、サイードの魔力がまだ不安定な分、この場でそれが可能なティルダをも欺き驚かせた。

 それだけで特別になれる程、アピスの人間と精霊は密接した関係なのだ。それを考えたら、穢れにより精霊が少なくなっているというのに自覚をしない人間達は愚かとしか言えない。

 この瞬間、リーダーにとってサイードは、ただの身代わりの駒から戦力に変わった。聊か状況についていけずに固まるが、ここでしっかりと働かなければ、サイードは即効見限って別の行動へと移るだろう。


 時間を無駄にする余裕がサイードには無いのだ。

 それに、ティルダがまだみっともなく抱いている死体(リル)を無駄にできるほど、彼等も余裕がある訳ではない。


「……明日、城に攻め込むぞ」


 リーダーの決断に、そうこなくてはとサイードが嗤う。それが結んでいた約束だった。


 明日はよろしくな、と告げて部屋から出て行くサイードの姿に抱いた感情はどういったものだったのだろうか。疑念、驚愕、畏怖、困惑。どれかなのか、それとも全てなのか。


 部屋には言い知れない空気が漂っていた。




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